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六十二話 そして俺は灰をかぶる 5
「いやいやいやいや、確かに敵情視察とは言ってたけどさ……」

「なに? 何か変な所があるかな?」

「あるだろう! 普通あの流れからだと相手の男の顔を確認しに行くくらいのもんじゃないか?」

 ところがどっこい実際来たのは、なんだかとっても血なまぐさい戦場だった。

 そういえば今遠征中とか言っていたっけ?

 だが帰ってくる途中と聞いていたのに、交戦中とはいったいどう言う事だろう?

 セーラー戦士も今一わかっていないようで、困惑顔を浮かべているようだった。

「私も少し顔を確認するだけのつもりだったんだけど、予定と少し違ったかな」

「少しじゃすまないだろ……」

 身を隠せそうな岩場からこっそりと伺い見ると、完全武装の一団が魔物に襲われていたのである。

 しかしそこはちゃんとした正規の訓練を受けた兵だけの事はある。

 密集隊形から、犬型の魔獣の攻撃を受け止め、きっちりと処理していく様は圧巻だった。

「怯むな! 隊列を維持して持ちこたえろ! 我らが故郷は近い、こんな所で一兵たりとも欠けさせることは私が許さん!」

 そんな中でひときわ目を引く青い鎧を着た青年が、号令を飛ばしていた。

 美しい細工の施された剣を振りかざし、勇ましく叫ぶ姿は素晴らしく勇敢である。

 その上、羽飾りのついた兜の下から垣間見えるこれ以上ないほどの金髪と青い瞳の甘いマスクは、確実に美形だと遠目でもはっきり分かった。

「なんてこった……さっそく爆発すればいいのに」

「何を言っているのさ。それよりもあっち」

 だが俺は無理矢理グイっとセーラー戦士に顔の方向を変えられる。

 視線を向けた先にいたのは、とても大きな魔獣だった。

 うわーと思わず声が出る。

 一団とかなり離れた位置に、もう一つ、そこでは何かが戦っているらしかった。

「グオオオオオオ!!!」

 そいつはいつか見たケルベロスなんかよりもはるかにでかい。

 真っ赤な毛に覆われたオオカミを思わせる魔獣は、その毛の一本一本から火を噴いているようにも見える。

 そして自ら吹き上げる炎に負けないほどの、真っ赤な瞳に映している敵は、たった一人だ。

 その魔獣はたった一人の男と向かい合っていた。

 大きさは圧倒的で、勝負にすらならないように見えるが、しかし男は微動だにしない。

 それどころかか一歩も引かずに魔獣を睨みつけているのである。

「な、なんだあの人?」

 一見しただけでも異常な状況に見える。

 パッと見、絶体絶命。

 しかしなぜかそう感じさせないのが不可解だ。

 自分でも良くわからずに戸惑っていると、その疑問に答えてくれたのはセーラー戦士だった。

「私の聞いた所によると、あの人がカルカノの最大戦力らしい。いや……噂が本当ならその表現でも生易しいかも。気を付けてよ? 王子様に近づく時、一番障害になると厄介そうな人なんだから」

「……何を言っているんだい?」

 思考の切り替えがついていかない。

 あれだよ、俺はてっきり恋愛成就のために、王子様の性格分析でもするかと思ったんだよ。

 密かに「俺、恋愛経験皆無なのに、どうアドバイスすりゃいい? ……いや、しかしここは年上の威厳の見せ所なんじゃね?」とかテンパっていたのだ。

 所が実際はマジもんの戦力分析とは、さすが王子様。

 そん所そこらの一般人とは攻略の難易度そのものが違うぜ!って感じである。

 困惑しながらも、俺はその一戦に再び視線を戻す。

 いいでしょうやってやろうではないですか戦力分析。

 だが俺は密かにその光景を見ながらへっと笑った。

 俺とて、そこそこ異世界になじんで来たさ。

 自慢じゃないが、この程度の事態、すでに慣れっこである。

 それに、俺はこういう肉弾戦が強い人とか非常識な人は沢山見てきたからね。ちょっとやそっとじゃ驚かない自信があるのだ。

 セーラー戦士大絶賛の男は、白銀の大きな槍を携えた、見た目三十台に届くか届かないかくらいの男性である。

 確かにどう見ても強そうだ。

 筋骨隆々で背丈は二メートルに届きそうだが、実際は気迫のせいかそれ以上に見える。

 鍛え上げられた肉体の彼は、俺が並んだなら間違いなく、マッチ棒か何かに見えるに違いない。

 短く切りそろえられた茶色い髪は逆立ち、それはまるで獅子の様ですらあった。

 その獅子が動く。

 彼はいきなり目の前の獲物に向かって、大音声で咆哮した。

「正面から向かってくるその意気やよし! しかし、立ちはだかるなら心せよ! 我が槍の前に慈悲は存在せぬ! 行く手を阻むモノ、悉くを粉砕し! 刺し貫くのみ!」

 叩きつけるような宣言は、遠くにいる俺達にすら届き、気迫がそのまま伝わってきた。

 目の前の魔獣は一層牙をむいている。

 彼の気迫は、警戒度を跳ね上げるには十分すぎたようだった。

「あー熱い人だな」

「そうだね」

 俺達二人は感想を述べつつ、もう戦いから目を離せない。

 王子様そっちのけで息を飲みながら見ていたら、ついに魔獣と男は動き出した。

「いざ! 勝負!!」

 男は腰を低く構えて、力を溜めている。

 魔獣は低く唸りながら、一定の距離を保っている所を見ると、かなり強かなのだろう。

 だがある瞬間、体中から炎を噴き出して、男に襲いかかったのだ。

「グゥゥァアアアア!!」

 静から動へ。

 矢のように加速する巨体は、信じられないほどの速度だった。

 だが男はまだ動かない。

 あくまで冷静に。

 瞬き一つせずに敵を見ていた。

 引きつけて、引きつけて、引きつけて……。

 その爪が男を貫こうとした瞬間、男は動いたのか?

 なぜ疑問形なのかと言えば、単純に見えなかったからだ。

 とにかく何がどうなったのか俺にはさっぱりわからなかった。

 ただ、あれだけでっかかった魔獣の半分が消えうせたのである。

 映像のコマを飛ばしたように、唐突にだ。

 肝心の男は元の体勢のままに見えたが、あの男が攻撃したのだと、残ったモノが倒れたことでようやく俺も気が付いていた。

 その一瞬で魔獣の体には穴が穿たれていた。

 ただ空虚に、衝撃も咆哮も敵意もすべてを無にして……一撃で。

 残ったのはねじり切られたような肉片のみだ。

 俺は真っ赤な血を見てふらりと眩暈を覚えたが、すぐに復活してセーラー戦士に詰め寄った。

「なんでこんなスプラッタなもの見せられた! わけがわからないんですけど!」

「……まぁまぁ、太郎も落ち着いて。大丈夫だから」

 なだめてくるセーラー戦士には悪いが、一つも大丈夫な所がない。

 そしてあれが一体何なのかの説明もないのだから、それが一番怖かった。

「「「オオオオオオオ!!!」」」

「うお! 今度はなんだよ!」

 巨大な魔物が倒されたのを目撃したからだろう、今度は兵隊の一団から気勢が上がったらしい。

 どうやら男の半端じゃない勝利を目にして、士気が上がったようである。

 どうにも彼は精神的支柱の様な部分も大きいらしく、それからの雑魚討伐はさらに効率を上げていた。

 すべてが終わり、俺はため息を吐く。

 なんというか……壮絶なものを見てしまった。

 俺はセーラー戦士や、ナイトさんが一番強いと思っていたんだ。

 その上、たぶん彼女達は非常識な部類で、一般的な人とは比べてはいけないものだとも。

 その認識はたぶん間違っていないだろう。

 しかし……あの人はもっと速くて強かったのだ。

 ちゃんと見ているのに全く見えないなんて言うのは、俺の人生で初めての経験だった。

「やべぇ……あれはマジやばいわー。それで? なんなんですかね? あの人は?」

 そして彼の事を知っているらしいお嬢さんに尋ねると、セーラー戦士は再びメモを広げて、自慢の調査結果を披露してくれた。

「城塞都市カルカノの守護神***って話らしいね。今回、舞踏会の警備もするらしいから、何かするつもりなら、係る事もあるかもしれないかなと」

「……帰る」

 俺はすぐさま踵を返して家に帰ろうとする。

 守護神ってお前、そりゃぁ人気もあるだろうよ。

 ファンタジー版本田忠勝って所か、槍使いだしね、ハハハハハ。

 しかし、逃亡する前に俺はがっちり肩を掴まれてしまった。

「……放してくれませんかね? こんな展開は聞いてないんですが? ゆるいラブコメじゃなかったんすか?」

 だが俺が半笑いでそう言うとセーラー戦士は沈痛な面持ちで首を振る。

「それはないよ。恋はいつだって戦争だよ。ここまで来たんだから帰るのは無しにしよう」

「ええー……いや、あんなの嫌だって。容赦なさそうジャンあの人。おっかないわー、あんなでっかい奴を一撃だぜ? お兄さん軽く引いたもの」

 遠目で見てもビクッとしたのだ、目の前であんなもの、睨まれたら怖すぎるだろう。

 ちなみに俺は怖いのは嫌いである。

「……存在自体がどん引きなくせによく言うよ」

「そういう言い回しはやめよう。かなり傷つくから。女の子に言われるとさらに死にたくなってくる」

 元気のなくなってきた俺とは対照的にセーラー戦士は一層のやる気をみなぎらせている。どうやららしくもなく熱血しているようだった。

「とにかく頑張ろう! 大丈夫、必ずしも戦うことにはならないはずだから!
今回はあくまで確認のためなんだ。
でもあの人が相手の最大戦力ってことは間違いないから、頭の隅には入れておいてね? 
さて戦力の分析も終わったし、さっそく街に帰って作戦を考えよう!」

「……本当に戦力分析だったよ、自分で言っちゃうし」

「彼を知り、己を知れば百戦危うからずってね。恋愛もきっと同じさ!」

「絶対違うと思う……。だいたい手を繋ぐ所までもいったことないくせに」

「……君もだろ?」

「そうですけど!」

 ああもう、シンデレラの魔法使いは馬車とドレス用意したらそれで終わりのはずだろう?!

 でも俺の嘆きを聞いてくれる人なんて残念ながら存在しない。

 しかし俺達は気が付いていなかった、男の視線がちらりと俺達を確認していた事を……。


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