ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
六十一話 そして俺は灰をかぶる 4
「全く何をやっているんだい! まだ埃が残っているじゃないか!」

「……申し訳ありません、お母様」

「ふん! そう思っているならちゃんとやることをおし! グズだねあんたは!」

 ヒステリックなおばさんが大量の洗濯物を女の子に投げつけている。

 女の子はそれを文句の一つも言わずに拾い集めて籠に戻すと、黙って洗濯の準備を始めた。

 井戸の前に座り込み、黙々と作業を始める女の子は控えめに言っても気の毒だ。

 俺達はと言えば、庭の草むらの中に潜んで、そんな昼ドラのような状況を覗き見ていた。

「……なんだって、俺がこんなことを?」

「まぁまぁ折角来たんだから。でもひどいだろ? あれで母親だっていうんだから信じられないよ!」

 セーラー戦士はぷりぷり怒っているが、俺は怒るまではついていけていない。

 わけがわからないからだ。

 こそこそと隠れながら、俺達はなんで女の子を見守っているのだろう?

 年の頃は十六歳くらいだろうか? 

 彼女はふわふわの栗毛の、かわいらしいというのが何よりぴったりくる女の子だった。

 しかしこう言ってはなんだが、彼女はどこか薄汚れていて、どう見たって下働きのような印象を受ける。

「あの子、この家に住んでる子だから」

「この家って……ここ?」

 俺が思わず尋ね返すとセーラー戦士は大きく頷いていた。

 しかしセーラー戦士はそう言うが、女の子が今いるお屋敷は、有体に言ってしまえば金持ちが住むようなすごく立派なお屋敷だった。

 とてもじゃないけど、こんな家の子には見えないのだが、セーラー戦士は何やらメモ帳を取り出して当然だとなぜかしたり顔である。

「君が戸惑うのもわかるよ。でも彼女はこの家の元持ち主、つまりこの国の貴族だった人の娘なんだ。
彼女のお母さんはまだ彼女が幼い時に他界してしまって、その後、お父さんの方が再婚したんだね。
だけどそのお父さんの方も病気で亡くなってしまって……現在義理の母とその連れ子の姉二人と同居中ってわけなのさ」

 すらすらと語るセーラー戦士だが、いったん区切ったあたりで俺は思わず首をかしげていた。

 あれ? そんな風な話をどこかで聞いたことがあるぞ? と。

 確かにどこかで小耳に挟んだ気がするのだが、はて? 今一思い出せない。

「……それで、あの女の子が下働きの真似事みたいなことをさせられていると?」

「そうなんだ! ひどい話だと思わない? 父親がいなくなった途端、いわゆる継母はやりたい放題! 彼女をいびり倒してるっていうんだから信じられないだろ?」

 まぁ確かにひどい話である。

 だけどだね……その話、やっぱりすごく聞いたことがあるんだ。

 ここまで出かかっているんだけど。

「あーうん。そうね……ひどい話だ。所でそんな彼女とどういう経緯で知り合ったんだよ?」

 この質問はセーラー戦士的に都合が悪かったらしく、とたんにぐっと言葉を詰まらせる。

「それは……あんまり言いたくない」

「言わないと、このまま帰る」

 俺が言葉通りそのまま帰ろうとすると、セーラー戦士は慌てて俺を呼び止めた。

「うぅ……仕方がないか。空腹でふらふらしている所を助けてもらって、ご飯をおごってもらったんだ。その上、宿まで世話してもらっちゃって」

 テヘっとばつが悪そうなセーラー戦士だが、お兄さん軽く引いたよ。

「なんか……相変わらずギリギリの生活してるよな。お兄さん、珍しく真人間みたいなことを言わせてもらうけどさ。そういう時はちゃんと連絡しなさいよ。ぶっちゃけ関係ないとか言ったって、そのくらいの良心は持ってるよ? 俺だって?」

 哀れむ俺に、慌てだしたのはセーラー戦士である。

 彼女は顔を真っ赤にしてわたわたしていた。

「い、いや、その時はたまたま! たまたまそうだっただけなんだ! ……その、男の人にあまり借りを作りすぎるのもどうかと言う気がするし……」

 つんつんと人差し指を合わせる動作はあざといが、かわいらしい。

 だがしかし、貸し借りとか、そういう問題でもない気がするが。

「俺っていったい君の中でどういう設定なのよ?」

 少なくても、目の前で空腹のあまり知り合いが倒れていたら、持っていた食料を渡すくらいの事はするように見えて欲しいのだが……セーラー戦士は蚊の鳴くような声でぼそりといった。

「……人のパンツの柄を初対面で言ってきたり、同棲を進めてきたりするような?」

「……すいませんでした。しかし君も非常事態によくそういう事考えつくよね」

「当たり前じゃないか! 婦女子たる者、貞淑であるべきでしょ! 同棲なんてもってのほかだ! 手を繋ぐところもギリギリグレー!」

 大きく両手でペケマークを作るセーラー戦士を前に、俺は眉間を抑える。

「……あれだね。今時の高校生が乱れてるとか冗談に思えてくる言葉だよ。
だけど俺はセーラー服で異世界をふらふらしながら、空腹で倒れかける方がよっぽど危険だと思うんだ」

「……いい勝負だね」

 それと同レベルなのか!

 今後自分の言動を見直す必要があるのか? 俺は?

 とにかくセーラー戦士は意外に身持ちが固いが、どこか抜けているらしいことはよくわかった。

「そ、それはともかく! 一宿一飯の恩義は返さないといけないだろ? そこで今回のお願いなんだ!」

 力強く言い切るセーラー戦士だったが、俺からしたらそのお願いとやらの対象が見ず知らずの女の子というのはいただけないだろう。

「ふぅん。で? それでなんで俺が手を貸さないといけないんだよ?」

 俺は同郷で顔見知りの女の子だから、手を貸す気にもなるが、初対面の相手に利点もないのに魔法を使う気にはならない。

 だが、セーラー戦士はその辺りはちゃんと考えてあるようだった。

「うーん。 とりあえず私は旅の途中にパソコンを三台ほど善意で配ったんだけど、それじゃあ足りないかな?」

「……あ、ちゃんとそれは忘れてなかったんだ」

 ふむ、確かに俺の異次元がまぐちの劣化版を渡して、三台ほどパソコンを預けていた事を思い出した。

 全部配ってくれたというのなら、そのくらいの対価は安い物なのかもしれない。

「うん。それでどう?」

 俺は少し考えたポーズを作ったが、答えは決まっていた。

「ん、まぁ大した頼みでもなさそうだし、いいんじゃない?」

「ホント!」

 すごくうれしそうなセーラー戦士だが、俺としてもいつかの特攻の件もあるし、少しくらいいい所を見せておいてもいいだろう。

 あんまり見くびられても困るので。

「だけど、あんまりブラックなのはよしてくれよ?
その継母とやらの性格を変えてくれとかはやだからね?」

 そしていくら俺でも、人格改造なんて言うのは遠慮したい。

 それはセーラー戦士も当たり前だと不愉快そうだ。

「そんなこと頼むわけないだろ? そうじゃなくって、もっとてっとり早く彼女が幸せになる方法があるんだ」

「何それ?」

 もったいぶるセーラー戦士にあえて尋ねると、待ってましたとばかりに目を輝かせて、彼女は言い放ったのだ。

「それは……彼女の恋を応援する!」

 拳を握りしめ、本気も本気なセーラー戦士の宣言に、俺は口を開けてぽかんとしていた。

「なんというか……セーラー戦士もばっちり女の子してるんだなって感じだよね」

「……どういう意味かな?」

 えーっと、あれだね、女の子って恋愛のことになると本気出すよね。



 それは一人の少女の物語である。

 いじわるな継母と義理の姉妹達にいじめられ、苦労の絶えない少女には、幼馴染の男の子がいた。

 共に良家の男の子と女の子はすぐに仲良くなり、歳を重ねるにつれ、お互いに想いを募らせていたのだが……しかし、少女の父親が亡くなってしまい、状況は激変する。

 彼女の家は没落し、身分の釣り合わなくなった二人は次第に疎遠になってしまったのだという。



「その話とは少し違うんだけど、最近ここの領主の息子が魔物討伐の指揮を執って遠征したんだ。
そして領主は高齢で、今回の手柄を継起に跡目を譲ろうと考えてる。
それに伴って催される帰還パーティーで街中から貴族の子女を集めて、息子の花嫁を決めようって話らしいんだ……だけどこのパーティを提案したのは実はその息子なんじゃないかって噂がある。ここまで言えば分るよね?」

 確かに嬉々として語られるセーラー戦士の説明は、やっぱりどこかで聞いたことがあった。

「あー、その領主の息子ってのが幼馴染なわけだ。さっきの話といい、すごく聞いたことがあるなぁ……なんだっけ? 白雪姫?」

「シ・ン・デ・レ・ラ! シンデレラだから! そう言う面白くないこと言わないで欲しいな!」

 ついに我慢出来なくなったらしいセーラー戦士に、割とマジで怒られてしまった。

「あーうん、確かによく似てるね。うん、よく似てるよ」

「だろ? これって奇跡だと思わないかな! なんというか……私は運命にも似ためぐりあわせを感じたよ! でもシンデレラにあって、今のこの状況になかったモノがあるだろう? ね? わかるでしょう?」

 ニコニコ笑顔の輝きが留まる所を知らないセーラー戦士は、黙って俺を見ている。

「シンデレラがいる、そして王子様までいて……そしてもっとも肝になる奴がいないね、っていうか普通いないよ」

「でも心当たりがあったら呼ぶでしょう? やっぱり?」

 どや顔のセーラー戦士を前に、俺の表情は自然と渋くなった。

 ……俺ならわからないでもないけど、セーラー戦士だと意外すぎだろうと喉元まで出かけたが、彼女はものすごく楽しそうで、俺はその言葉を飲み込むことにしたのだ。

 初めて会った時には人間不信寸前だったのに、よくぞここまで持ち直したという感じだった。

 この世界での楽しみ方を彼女なりに見出したというのなら、それを手助けするのもやぶさかではないだろう。

「……わかった。せっかく来たんだし、手を貸そうじゃないか」

「うん! それで私なりに考えてみたから、敵情視察に行ってみない?」

「はいはい……」

 この場合、敵情視察とは相手の方を見に行こうということか。

 まぁ恋のキューピッドを買って出るというのなら、その王子様とやらの顔を見ておくのもいいだろう。

 ただ、思わず爆発する魔法を投げつけたりしなくて済むといいよね。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。