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五十八話 そして俺は灰をかぶる 1
「それじゃあ、こいつを置いてくれる代わりに、枯れた畑を元に戻すということで」

「は、はい……ですが魔法使い殿、本当にそんなことが可能なのですか?」

「疑うのはわかりますから、お願いは成功したらと言うことで」

「……はぁ、そうですか」

 俺の目の前には枯れた畑が一面に広がっていた。

 有名な麦の産地と言う話だったのだが、今年は不作で大変なことになっているらしい。

 半信半疑で疑わしそうな老人を前に、俺はあっさりと頷くと、さっそく魔法をちょちょいと使ってみることにした。

 役に立ちそうな魔法を思い浮かべて、おもむろに指を鳴らす。

 ぱちんと音が響くと魔法陣が小さく弾けて、目の前の茶色い畑は、一瞬にして生命力豊かな姿を取り戻して見せたのだ。

 うむ、思いのほかうまくいった。

 まだ根っこの方は死んでいなかったようである。

 あっという間に青々と茂った畑を見て、老人は驚愕していたようだったが、これで約束は完了である。

 しかしこれだけやっても、その場しのぎなのは変わらないだろう。

 安定して俺の所に物が入らなければ意味がない。

 そこで考えたのは、ちょっとしたおまけだった。

「それと……これもどうです?」

 俺は適当な苗一本に魔法を掛けてみる。

 するとなんとその苗はぺらぺらとしゃべりだしたのだ。

 なんともわかりやすくおかしな魔法に、老人も驚きすぎてなんといっていいかわからないようだった。

『寒いんだよ! どうにかしてくれ! あと腹減ったよ! いいか? 今から欲しいもの言うからメモとれよ!』

「な、何ですかなこれは?」

 しゃべる不思議な植物と化した不気味なそれを、気持ち悪そうにつつく老人に、俺は得意げに言った。

「これ? 手助けしようにも俺、畑の事なんてさっぱりわからないし。ならいっそ本人に欲しいものを聞いてみたらいいんじゃないかと……」

 俺達にはわからない異常も、植物本人ならわかることもあるだろうという、そんな安直なアイデアです。

 しかし老人は興奮したようにその喋る植物を見て感動していた。

「い、いや、それが本当ならすごいことですよ! ありがとうございます!」

「役に立つかはわかりませんけどね。それよりも例のパソコンを使ってみてくれればそれで大丈夫なんで。うまくいったらで構わないし、余裕がある時でいいから、麦を少し分けてくれるとうれしいですね。 それと偉い人とか、村の人以外は秘密にしておいてね?」

「はい! 必ずそういたします……!」

 深々と頭を下げる老人は、実はこの村の村長さんだ。

 これで三件目と! 順調、順調!

 俺は上機嫌でパソコンを渡すと、あまり長居する気もないのでサッサと村を後にすることにした。

 前の村ではなかなか離してくれなかったので、なにか言われる前にとんずらである。

 ドワーフの村から帰った俺は、かねてから計画していた通り、人間相手にパソコンを配り歩いていた。

 今回は人間サイドと言うこともあって一人旅だ。

 そろそろ人間の方にも手を伸ばしてみるかと思い立ったのが数週間前。

 主だった目的は、おおよそ食べ物である。

 ラインを辿って色々な作物で有名な産地をこっそり回っているのだが、しかし実際旅してみると、大自然の驚異を思う様感じられるアルヘイムより、インパクトと言う面では見劣りするものの、なかなかどうしてこれはこれでのどかな風景も悪くなかった。

 それに元の世界では見たこともないような作物が育てられていたりして、自称食通の欲求も満たされる場合も多い。

 今回も村長さんからもらった、ピンク色のリンゴみたいな果物? を齧ってみると、桃とリンゴの中間みたいな味がした。

「なかなかうまいなこれ……」

 俺は感想を口にする。

 ひょっとしたら大きな都市に行けばもっと面白いものも沢山あるのかもしれないが、そこはもし行くとしても観光くらいのものだろうと思う。

 パソコンを置くには面倒くさそうだし。

 カワズさんもそう言っていたので、多少自重しようという所もあった。

 しかし、肝心のパソコンの方はと言うと人間サイドは今一成果が上がっていないのも確かだったりするのだからなかなかうまくはいかないものである。

 というのも肝心のそれを使える人間が普通の村にはあまりにも少なかったのだ。

 どうやら人間の村は極端に識字率が低いらしい。

 妖精や竜達は一つ集まりで、十台くらいは持って行ったが、人間の村では今の所一つの村に一台ずつしか渡せていないのが普通だった。

 そういう意味では少数で、長寿なアルヘイム側の妖精達の方が遥かに文字が浸透しているし、もっと言えば竜の方が圧倒的に博識である。

 それでいいのか人間種族。

 だけど地味に物の豊富さは人間側が圧倒的なので、実に悩みどころだった。

「人間の村を訪ねて回るようになってからは、食卓のグレードがさらに上がったもんな」

 その呟きは、事実である。

 妖精や竜はとにかく偏食が過ぎるし。

 例えば花の蜜や、肉。

 いや……食べられるものならまだいい。

 ドワーフなんて主食は土とか言っていたし。

 そもそも物を食べる必要すらないのだから、食べ物自体への執着が低くても仕方がないのだろう。

 その分変わったものは沢山持っているし、人間の方では割合高価なスパイスの類はアルヘイム側の方が充実しているが、やはり加工品などのメインの食材は人間サイドが圧倒的なのである。

 結論を言えば、地道に産地を回るのが一番無難だという所らしい。

 俺は用事も終わり、そろそろ家に帰ろうかと考えていると、その時ポケットに入れていた鏡に魔力を感じて取り出してみる。

 すると、それはなんとも珍しい相手から連絡だったのである。

「……なんだよー。やっぱり俺がいないとダメだなー」

 この時、カワズさんが近くにいたなら、キモイの一言ぐらいは言われただろう。

 俺はにっこにこしながら、呼び出しに応じたのだが……。

「や! 久しぶり! ……は? 今すぐ来い? 場所は? ……カルカノ? 聞いたことねぇよ! え? 嘘? マジで?」

 ブツリと用件だけ伝えられて切られる通信。

「……なんじゃこりゃ」

 なんだか俺は、いきなり呼び出しを食らってしまったようだった。


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