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五十七話 でっかいことはいいことだ 8
「なんかすいませんでしたぁ……旅の人にまでごめいわくおかけしてぇ……」

 なんだか色々へこんでしまった巨人さんを慰めるべく宴の席を設けることになった。

 という名目で、打ち上げである。

 ようやく完成した虎丸一号がご神体のように広場の中心に飾られていて、何ともコミカルなことになっているが、いきなり壊したのがばれるといくらなんでも水を差すので、修理だけは終わらせている。

 だがそれはそれ。

 ドワーフ式の宴会は広場に集まり、立食パーティが主だったスタイルらしく、沢山のドワーフ達が様々な物を持ち寄ってきていて、みんなそれなりに楽しんでいるようだった。

 そして肝心の巨人さんはと言えば、落ち込んではいるものの、何が何だかわからないうちに意識が飛んでしまったので比較的傷は軽いようである。

 むしろ問題はもう一人の方だ。

 ちらりと俺はその問題の人物を確認すると、隅っこの方に彼女は座っていた。

「申し訳ないです……」

 絶賛落ち込み中のナイトさんはしゅんと耳を垂れさせ、ミルクのカップを両手で持ったまま、深いため息を吐いていた。

 あの耳動くんだ……。

 ちょっとした感動はこの胸にしまっておくとしよう。

「仕方がない! 今日は飲もう! 嫌なことがあった時はこうするに限る!」

「そうじゃのぅ! 気分を切り替えるのも大事じゃぞ?」

「おう! とっておきの果実酒があるんだ! 持ってくる!」

 すぐさまドワーフ達が空気を読んで、樽ごと酒を引っ張り出してきた。

 おまけにチーズや肉なんてものも用意してくれて、ほんの数分でナイトさんの周りには残念会の会場が出来上がっていた。

 しかしドワーフの人達、気難しい種族と聞いていたが、身内には意外と愉快な民族性のようだった。

「せっかくお役にたてるチャンスに、この体たらく……」

 しかし絶賛落ち込み中のナイトさんにはあまり効果はないようで、俺達も慌ててフォローを入れた。

「いやいや俺も無茶言ったよ! 巨人にオリハルコン装備させて戦ってっくれって、そりゃ全力になるよ! よくぞ生き残ってくれたよ!」

「むしろ戦士ってのはそうあるべきだ! うん! 何が起こるかなんてわかんねぇんだから! いざって時に迷うよりよっぽどいいさ!」

「そうじゃよ! そもそも情けないのがこいつ! あれだけの装備をもらっておいて一撃で気絶とかありえんわい!」

「……もうしわけねぇ」

「……カワズさん、巨人さんディスってるって。巨人さん落ち込んでるから。
まぁ、あれだ! ナイトさんは特例だから。 
むしろナイトさんのアレを食らって、気絶で済めば上等だよ?
ホラ! 肝心のワイバーンだってナイトさんは蹴りで一撃だからね?」

「「はぁ……」」

 なんというか、あっちもこっちも大変である。

「……どうしようカワズさん?」

 どうしたものかと藁にも縋る気分で尋ねてみたが、カワズさんはといえばあっさりしたもので、これはこれで仕方ないと、もう自分の宴会準備を整えていたようだった。

「いや、明日になれば何とかなるじゃろ?」

「そんなもんかな?」

「割と人間、そんなもんじゃよ? それより折角酒と、うまいものがある。この場を楽しむのも人生を楽しむコツじゃて」

「……まぁそうだね」

 そう言うカワズさんはもうゲコゲコ笑いながらドワーフの宴に消えていったのだった。

 俺も仕方ないかと開き直って、果実酒を一杯もらって飲んでみたが、思ったよりも甘くないものらしい。



 一部のテンションは下がり続けていただろうが、そんな事は騒ぎ始めれば、あまり関係ない。

 辺りが暗くなってくる頃、ドワーフ達はそれぞれの家からスタンドに丸いガラス球をくっつけたようなものを引っ張り出してきて、並べていた。

 準備が整うと、それはまるで電球のように光り始めて、辺りを照らし始めたのだ。

 いくつも煌々と明かりが灯る村の中は、あっという間にまるで縁日のように姿を変えていた。

「あれは魔法?」

 楽しくなって横にいたドワーフさん(緑)に聞いてみると、彼は楽しそうに答えてくれた。

「いやいや、あれは蛍光ゴケを乾燥させて燃やしてんだよ。容器に入れて火をつけると一晩くらい明るく光るんだ。ちゃんとした明かりが欲しい時は、ああやって燃やすのさ」

 おーまた蛍光ゴケか。なかなかいいね蛍光ゴケ。

 確かにソレは電球に負けないくらいの光量があるし、火を入れているせいか地下のものより温かみが増しているように見える。

 実にエコで不思議な光だった。

「へぇ、いいね、こういうのも。俺の元いた所の祭りもこんな感じだったよ」

 なんとなく懐かしい気分になってそう言うと、ドワーフさん(緑)はうんうんと納得しているらしい。

「まぁ、宴なんてものはどこも似たり寄ったりだろうさ。楽しんだもん勝ちさね?」

「あー、まったくだね」

 ドワーフさん(緑)と俺はしばし頷きあっていたが、ふとした瞬間会話が途切れてしまった。

 まぁそれも仕方ない。聞かなきゃいけない事ってやつがあるのは二人ともわかっていたことである。

 あまりツッコミたくはないが、俺は本題の方を聞いてみた。

 その本題とは、俺があまりうろうろするとプレッシャーになるようなので、任せてぶらぶらしてこいと言われたあの人達の事である。

「……それでそっちはどんな感じ?」

「ああ。あいつの方は樽で飲み始めたな」

 そう言って顎を杓った先には樽で酒をがぶ飲みするでっかい巨人がいて、あちゃーと俺は顔を覆う。

「……それって大丈夫なの?」

 まさか樽とは、大盤振る舞い過ぎるだろう。だがそれも作戦の内らしい。

「まぁ巨人だしな。つぶしちまえば明日の朝さ。だけど問題はダークエルフのねぇちゃんの方だな。頑なにミルクを飲み続けてる」

「あー……。それはいったいどういう状況?」

 またなんとも厄介そうな。

 するとドワーフさん(緑)もなんと言ったものかと非常に苦心しながら、こめかみの辺りを押さえていた。

「いや、そのままの意味なんだが。こっちの方はもう止めた方がいいんじゃねぇかなと思うくらい、ミルクのみだな」

「……樽で飲み始めるより心配なミルクの飲み方に興味があるよ」

 ナイトさんの様子を恐々見てみると、確かに最初からずっと同じカップでなみなみとミルクを継ぎ足しながら飲んでいるようである。

 心なしか顔が赤いのは……場酔い?

 だがどう見たって素面には見えない。

「私はぜんぜんだめむしです……こんなわたしが武器などと……やっぱりほしい!」

 ああそこは欲しいんだ。

 でもやっぱりミルクになにか混入してるのか?

 ドワーフさん(緑)に質問と視線を向けてみると、高速で首を振っていた。

「……とにかく武器はちょっと奮発してくんないかな?」

「……そうだな、頑張ってみるさ」

 なにはともあれ、ちゃんと参加出来ているのだから大丈夫だろうと思いたい。

 しかしそんな宴は、予想外の珍客によって中止を余儀なくされたのだ。

 突然警鐘が鳴り響き、大声を上げてオレンジ帽子のドワーフが広場に走り込んできたのである。

「大変だ! ワイバーンが一匹飛んできた! みんな逃げろ!」

 和やかなムードだった村に、一気に緊張が走った。

 そして聞き覚えのある鳴き声が空の向こうから飛んでくるのが、俺の耳にもしっかりと聞こえたのだ。

 まったく無粋な話だ。

 他のメンバーは今回は頼りにならなさそうだし、ここは一つ頑張らなければならないだろう。

 俺は少しだけふらつく体を持ち上げて、手短なドワーフさんに言った。

「なぁ? 今、広場にみんないるかな?」

「ああ! 見張りのやつ以外は! 何する気だあんちゃん?」

「なら、なるべく広場に人を集めといて。ちょっとすごいのやるから」

「すごいのって……、なんか嫌な響きだな!」

 そう叫びつつも、ちゃんと言った通りにしてくれるドワーフさんには感謝である。

 俺も何気にやる気満々だった。

 いやなに、ちょっと最近魔法がワンパターンかなってね? 

 ここは一つものすごい魔法の一つも使ってみたら、ひょっとしたら株が上がるんじゃないかと。

 俺はダウンロードで面白いと思われる魔法を取ってくる。

 大体が今回の相手は宴に乱入するようなうつけ者だ。

 撃ち落として今晩のおかずにするのもやぶさかではないが、それじゃあ村に大なり小なり被害が出るだろう。

 ならばまずは……壊れないようにする。

「さて……これなんかどうだ?」

 俺はここ数日過ごした村の全体像を思い浮かべ、魔法を展開した。

 最近では一番の大魔法だ。

 複雑で巨大な魔法陣が村全体を包み込み、魔力の光があふれ出る。

「凍結、一時間位で」

 俺の言葉と同時に、ギシリと何か軋んだ。

 だが光が消えると、特になんら変わりのない村がそこにはあった。

 ドワーフ達はみんな広場に集まっていて、ざわざわと落ち着きがなかったが、そのうち何人かは村に起こった異変に気が付いた者もいる様だった。

「どうしたんだ! 物が動かねぇ!」

「家の扉も開かねぇぞ!」

「静かに!」

 俺は混乱が起こる前に出来る限り大声でそう叫ぶ。

 何を隠そう今回の魔法は時間の凍結である。

 村にある一切の物の時間を、一時間だけ止めたのだ。

 時間が止まった物質を壊すことはもちろん、動かすことさえ出来ないだろう。

 これで村が壊れることは絶対にない。

 例えば俺が全力で魔法をぶっ放したとしても、この村だけは傷一つなく残ることだろう。

 そんなことはしないけどね。

 まあつまるところ、後は煮るなり焼くなり料理し放題である。

「ワイバーン位どうってことはない! これは俺の魔法だから! 落ち着いてこの広場にいれば絶対に大丈夫!」

 俺の言葉がどれほど効果があるかはわからなかったが、自信だけは満々で宣言しておいた。

 後は念のため、広場にドーム状の結界でも張っておけば完璧だろう。

 その時ドワーフ達の動きを嗅ぎ付けたのか、ワイバーンが夜の闇から躍り出てきたが、さっそく俺の張った結界に激突していた。

「……すげぇ間抜けだ」

 しかしべたっと結界に張り付くワイバーンは、俺には見覚えがあったのだ。

 いや、ワイバーンの顔なんて見分けがつくわけがないのだが、額の所に大きな傷があったのである。

「……ありゃりゃ、ひょっとして復讐とかに来ちゃったのかな?」

 この村には滅多にワイバーンは近づかないらしいので、よっぽど腹に据えかねて追いかけてきたんだろう。

 だとしたら、なかなか根性のあるワイバーンだった。

「だけど、このタイミングで乱入ってのはよろしくないでしょうよ」

 そんな事は彼には関係ないのだろうが、迷惑なものは迷惑だ。

「その根性に敬意を表して動きを封じて転送か、そのくらいが無難かな?」

 考えをまとめ、後は実行するだけの段階になって、しかし異変はその時に起こった。

 ガシャンと重い金属音を立てて動き出した何かが、広場の方からのそりと現れたのだ。

 俺は覆いかぶさった影に視線を上げると、その正体にようやく気が付いていた。

「……えー、何で動いてるのかな?」

『ガオーン!!!』

 見上げるとそこにいたのは口から湯気をだし、だらりと両腕をたらす虎丸一号だった。

 しかし、心なしか鳴き声がいつも以上に迫力がある気がするのはなんでだろう?

 そして目が黄色から赤に変わっているのは何の冗談だ?

「あー……あれってひょっとしなくても巨人の人?」

 周りにいるドワーフ達に聞いてみると、彼らは一矢乱れぬ動きで頷いて来た。

「ワイバーンって聞いた途端に鎧を着始めたぜ? 『おらはやれる! ワイバーンがなんぼのもんじゃい!』って叫びながらな!」

「でもあれ相当酔ってたよな? 樽いくつ飲み干した?」

 ……だが、と言う事はだ。あれはすべて酔った勢いでと言うことか?

 それにしては俺の知らない未知の性能が引き出されちゃってませんかね?

 赤い瞳の虎丸一号は一旦力を溜めるように身を丸めると、弾丸のような勢いでワイバーンに向かって跳んで行ったのだ。

 そしてそのままトラ丸一号は、俺の張った結界をぶち抜きやがったのである。

 一個の巨大なボールと化した虎丸一号は、ワイバーンを巻き込んで猛烈なタックルをかました。

「ッギャ!!」

 一声鳴いたワイバーンは、その突進を受け止めようとしているようだが、とてもじゃないが止められるものじゃなかったらしい。

 鋭いはずの爪は滑らかなオリハルコンのボディに弾かれ、そのまま地面に吹き飛ばされていた。

 墜落したワイバーンは首を振ってどうにか立ち上がろうとするが、しかし虎丸一号は空中で丸まった体を開くと、月夜に舞い……。

 両足を揃えて、そのまま真っ直ぐ落っこちてきた。

「ギエェ!!」

 弱っていたところを強烈なドロップキックが炸裂する。

 踏み潰されるワイバーンは体をくの字に曲げると、地面にめり込んで、ぐったりと気を失ったようだった。

 そして、その上で赤い目をビコンと光らせた虎丸一号は、勝鬨を上げるのである。

『ガオーン!!!!』

 すべては一瞬の出来事だった。

 しかし、その一瞬こそが虎丸一号の誕生した意義完遂の瞬間でもあったわけだ。

「……勝っちゃったよ、おい」

 怒涛の展開に置いてけぼりを食らう俺はかなり間抜けな顔をしていただろう。

 いやいや、あれだけ苦労したのに、酒乱で解決? 何それ怖い?

 それに俺の知らない機能が虎丸一号に搭載されていたような気がしたのは気のせいか。

 とりあえずわかりやすいところで目が赤く光ったりとか。

 なんとなくジト目でドワーフ達に視線を向けると、とたんにわざとらしく口笛を吹いて視線を逸らす奴が続出した。

「お前らか……」

 流石謎の多い種族、ドワーフ。

 伊達に伝説になっているわけではないようだ。

「いやまぁ、別にそれはいいんだけどさ。でも問題があるんだよ」

「なんだよ? ワイバーンはやっつけたのになんかあるのか?」

 ドワーフさんの一人が言うので、俺は黙ってそれを指差した。

『ガオーーーーーン!!』

 暴走はまだ止まっていないのですよこれが。

 さっきの戦いを見る限り、巨人さんは実は弱くはないらしい。

 気弱な性格が邪魔をしてあの体たらくだったらしいが、それでワイバーンをああも容易く蹂躙は出来ないだろう。

 さらに俺の魔法の直撃に耐え、ワイバーン用の結界を紙のようにぶち抜くオリハルコンの装甲はちょっとばかり気合いを入れた魔法でも使わないと止められる気がしなかった。

 それでいて中の人の無事を保証しつつ、鎧を壊さないようにとなると、どうしたものか?

「なんか、ものすごく面倒臭いよね?」

「……面倒臭がらんででちゃんと考えんかい」

 飲みすぎて青色になったカワズさんがふらふらしながらやってきたが、今のお前にだけは言われたくない。

 しかし確かに面倒だと言っている場合でもないようだった。

「あーこんなことならナイトさんに、先に武器を作っておいてもらえばよかったかな?」

 そうすれば楽が出来ただろうにと笑っていると。

「……私がどうかしましたか?」

 突然ぬっと、これまたふらふらしたナイトさんがやってきたのである。

「ナイトさん! 大丈夫なの?」

 ちょっと確認しただけでも全然大丈夫そうじゃなかったんだが、ナイトさんは大きすぎるくらい大きく首を縦に振っていた。

「……何をおっしゃる。私が大丈夫じゃないわけなくなくないですか?」

「すでに口調がおかしいのですが……」

 トロンと目じりを下げ、赤い顔のナイトさんは、目の前で吠える虎丸一号を見据えて眉をひそめている。

 どうやら、なにか虎丸一号は彼女の癇に障ったらしい。

「……なんですかね? 私の宴会をぶち壊そうとはいい度胸じゃないですか。そしてそこはかとなくむかつく顔をしています」

「……そう?」

 俺は何となくごくりと喉を鳴らす。

 なぜなら、そこには獲物を見つけた鬼がいたからである。

 俺達は何も言うことが出来ずに、新たに現れた質の悪い鬼を見守る事しかできなかった。

 今日は確かに祭りだ。

 今から何かが始まろうとしているのはこの場にいる全員がよくわかっていた。

「おいお前! 人が飲んでる時に何してるんだ!」

『ガオーン!』

「がおんじゃない! それしか言えないのか!」

『ガオーン!!』

「だからわけがわからないと言っているだろうが!!」

 叫ぶや否やナイトさんは飛び出した。

 しかし、それはあまりにも無謀だろう。

 相手はオリハルコンの全身鎧。

 対してナイトさんは先の模擬戦で武器を完全に破壊してしまっている。

 つまり丸腰なのだ。

「おい! ナイトさん! そりゃいくらなんでも!!」

 俺もさすがにあせって叫ぶ。

 酔って無謀な特攻の挙句、死んじゃいましたなんて言うのはシャレにもならない。

 すぐさま魔法を使おうとしたのだが。

 異常な加速でナイトさんの拳は巨人の鉄槌を潜り抜け、恐ろしい勢いで虎丸一号の眉間に叩き込まれたのだ。

 確かに堅い虎丸一号だが、頭が重いのは間違いない。

とんでもない衝撃を頭に食らったなら、バランスを崩してもおかしくはないだろう。

 だけどさすがにそのまま後ろにひっくり返り、十回転してから、地面に頭をめり込ませるとは思わなかった。

 俺の突き出した右腕がなんともむなしい。

 もうもうと土煙を上げて、地面にめり込む虎丸一号を見れば、その衝撃のすさまじさを物語っているようだった。

「すげぇー……。素手でぶっ飛ばした」

 はっきり言ってありえないのだが……そこはナイトさんなのだろう。

 だがそのありえない光景は、頑なな職人達にさえ火をつけるのに十分な内容だったようである。

「「「うおおおおお!!!」」」

 ワッと湧くドワーフ達は熱狂と言うのがふさわしい盛り上がりだった。

 いやいやあんた達、これってば同士討ちだからね?

 喉まで出かかったが、だれも聞くわけなさそうな盛り上がりである。

 だがここでまたいっそう大きく歓声が沸いた。虎丸一号はなんとよろよろしながら、立ち上がっていたのだ。

 そりゃそうだ、強いとは言ってもやはり、そこはただのパンチだったのだろう。

 いくら力があるとは言った所で、オリハルコンの装甲にダメージは大してないと思われた。

 だが……足元がおぼつかない虎丸一号は見るからにダメージがあるように見える。

 考えてみればそれはそうだろう。

 度を超えたアクロバットのような回転を、泥酔中の中の人が受ければどうなるか……。

 ただでさえさっきからクルクルと動き回っているというのに、その状態は推して知るべしである。

 一転してグロッキー状態にもっていかれた虎丸一号は、瀕死の小虎の様だった。

 思わず許してあげてよ!と叫びたくなるような頭の揺れ方だったが、うちの鬼はそんなものでは納得してくれなかったようである。

「なんだ? それで終わりってことはないだろ? そんなにいい鎧なんだから?」

 ニッコリとほほ笑むナイトさんはまさしく女神の様であったが、とてもじゃないが近寄りたくはない。

 そのまま延長戦にもつれ込んだ、思わぬ再試合をドワーフ達が取り囲み、新たな催しとして再燃してしまったものだから、もはや手の付けようがなかったりする。

「あちゃー……どうしようかこれ?」

 ぽつんとその場の流れに乗り遅れてしまった俺は、横でグロッキーなカワズさんに振ってみると、カワズさんは水をちびちび飲みながら適当に言った。

「あれなら大丈夫じゃろ? 怪我したら治療でもしてやれば十分じゃわい」

「……それも、そうかな?」

 戦いは前後不覚の巨人さんの奮闘により、思いのほか長引いたが、それでも一ラウンドTKOでナイトさんの完全勝利で幕を閉じた。

 そしてこの饗宴は、巨人さんには新たなトラウマを。

 ナイトさんには心の傷を。

 ……そして俺達の心の中に一夜の熱い夢を残し、終焉を迎えたのだった。



「……」

 次の日、ナイトさんが両手で顔を隠したまま動かなくなってしまった。

 しかし宿屋には熱狂的なファンが沢山握手を求めに来たので、僭越ながらわたくしめが対応させていただいております。

「おりゃぁ感動したよ! あんたみたいな戦士は見たことがねぇ!」

「あいあい、今選手は試合後で、ちょっとグロッキーだから、今日の所は勘弁してあげて」

「俺! あんたのためになんか作るからよ! ぜひ受け取ってくれよ!」

 今回の人は黄色いキャップのドワーフさんである。

 本日十人目のお客さんだ。

 これはきっとナイトさんの武器はいいものが沢山出来るなと、俺はなんとなく確信していた。



 それと巨人さんなんだけど……。

 素面に戻った巨人さんは昨日のことはあまり記憶にないらしい。

 しかしいつの間にか仕留めためていたワイバーンを担いで、ご満悦のようだった。

「ありがとうございましたぁ。これで胸を張って村に帰れますぅ」

 何度も頭を下げる巨人さんに、俺は苦笑せずにはいられなかったよ。

「なんか君も大変だね? しかしおっきな戦いって何があんのよ?」

 なんとなしに尋ねると、巨人さんは困った顔でこう教えてくれたのだ。

「それが、新しい魔王様が即位したらしくってぇ。里のみんなが盛り上がってるんですぅ。
巨人は魔族寄りの種族なんでぇ」

「魔王とかマジか……」

 また面倒くさそうな事が世界のどこかで起こっているらしい。

 全く難儀な話だなぁと、俺はこっそりため息を吐いた。

 まぁ、セーラー戦士も勇者って話だったし、魔王の一人くらいいてもいいだろう。

 だがそうなると、やはりちょっと心配なのがこの巨人さんである。

 俺は即席の魔法をダウンロードして、あるものを作ってから巨人さんに手渡した。

「なんかもう、どうしようもなくなったら、これを食べるといいよ。士気高揚の効果のある飴」

「すいませんす。がんばりますぅ」

 まぁぶちゃけアルコール効果のある飴をあげてみたのだが。

 きっとこれさえあれば戦うことになっても生き延びることが出来るだろう。

 あの夜の虎丸一号が降臨すれば、もはや敵はないと思うのだ。

 まぁうちのナイトさんを除けばだけどさ。
やっと完結ドワーフ編でした。


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