五十六話 でっかいことはいいことだ 7
それを見た時の感情を言い表すとしたら、恐怖とか喜びがめちゃくちゃに混ざったような、そんなものに近い気がした。
マグマの池を、両手を大きく振りながら歩いてくるマスコットはどこまでもシュールである。
ゆらゆらと陽炎でその姿はいびつに歪んでいるようだったが、それは確かに虎丸一号だった。
なんというか……素直に喜びたいけど、目を爛々と輝かせて真っ赤な池を歩くそれは、本気で近寄りがたい。
彼は生きていた。
そして割と元気そうだった。
『ウニャーン!』
計算通りとはいえ、気の抜ける鳴き声に、俺はほっとしつつもぞっとしたものである。
そして彼が池を脱出するのに苦戦しているのは、むしろ好都合だった。
次の作戦を実行するにあたって、どうしても協力してもらわねばならない人がいる。
俺はさっそくナイトさんに向き直った。
「そこでナイトさんの出番と言うわけですよ!」
「……はぁ、それで私は何をすれば?」
今の惨状を見て自信なさげなナイトさんだったが、そんなに難しいことじゃない。
「ええっとね、ナイトさんには悪いんだけど、この後巨人さんと模擬戦をしてさ、負けてあげてほしいんだけど」
てっきりすぐにでも引き受けてくれるとばかり思っていたが、ナイトさんの返事は思ったより否定的だった。
「わざとですか? それは感心しませんよ」
きっぱりと言われて、思わずひるむ。
どうしようかと思っていたら、カワズさんが助け舟を出してくれた。
「そう言わずにやってくれんか? 戦いに関して、ある程度定評があるのはおぬしだけじゃし」
「ですが……勘違いして戦いになど出たら死にますよ?」
真顔できっぱり言うナイトさんの意見は至極もっともだが、そうも言っていられない事情があるのだ。
「そりゃそうなんだけど……ドワーフさんの話だとワイバーン相手にビビりましたーなんて言った日にはその場で殺されかねない雰囲気らしいし。
今回のはワイバーンを倒すための応急措置みたいなもんで……」
俺も正しいのかはわからないのではっきり言い切るのは気が引けるが、そこは評判のすこぶる悪い巨人である。
実際危ないのは間違いないらしいので仕方ない。
巨人さんの一番の問題はメンタル、そこはドワーフ達と意見が合っていた。
だからこそ、こんな派手なことまでして自信をつけてもらったんだから。
俺だってこれは少々やりすぎだと思わなくもない。
しかし見た目、これは絶対やばいとわかりやすい攻撃じゃないと意味がなかったのだ。
流石にアレを食らって、へでもないなら、『あれ? これ着てれば最強なんじゃない?』くらいに思ってくれるはずだろう。
そこまですればどんな気弱な奴にでも安心感を与え、戦いの場に立つ勇気を与えてくれるはずだった。
そして最後に、攻撃する度胸をつけてもらえれば申し分ない。
「まともに戦う気さえあれば、巨人のパワーとあの鎧の防御力で駄々っ子パンチでだって相手を倒せるはずなんだよ。だからね?」
「そうですね……。ですがこういったことはやったことがないですから、うまくいくかはわかりませんよ?」
しかしナイトさんはやはり自信なさげにそう付け加えていた。
あまり乗り気でないことはわかるが、今回はドワーフさん達に対しての義理もある。
俺はドワーフさんの視線が痛いので、手を合わせて拝むように頭を下げた。
「そこを何とかお願いします! ナイトさんにしか頼めないんだ! 怪我したら治すし、自信をつけてあげればいいだけだから! ね?」
それでも快くとはいかないだろうなぁと顔を上げると、ナイトさんの様子が何かおかしいことに気が付く。
どうしたのかと不思議に思っていると、彼女は口もとに手を当てて、何か呟いているようだった。
「……私にしか頼めない」
「ん?」
するとどうだろう。今までの今一乗り切れない表情とはうって変わって、やる気に満ちあふれた顔でナイトさんが拳を握りしめているではないですか。
「頭を下げる必要などありません! お任せください! 必ずや! ご期待にお応えして見せましょう!」
「おおう……そう言っていただけると光栄です」
張り切って武器を準備するナイトさんはものすごくうれしそうで、これなら問題なさそうだった。
いや、しかしややヒートアップしすぎな気がするが。
いささか不安を感じていると、カワズさんが暑さのせいでだらだらと大量の汗を流して俺に文句を言ってきた。
「おい! そろそろ巨人の小僧もこっちに来るぞ! さっさとこの灼熱地獄をどうにかせんかい!」
「おおっと、そうだった。ちょっと待てってくれよ?」
確かにカワズさんのしっとりボディにはちょっときつい暑さである。
まぁナイトさんがやる気を出してくれているのは悪いことじゃないんだし、大丈夫だろう。
となるとやる気があるうちに始めてしまった方がいい。
俺は慌てて、模擬戦場の準備を整えるべく作業を急ぐことにした。
「……それじゃぁ、どの程度動けるかしっかりやってみて」
巨人さんは相変わらず虎丸一号だが、ナイトさんの方は視界が広い方が模擬戦と言うなら動きやすいだろうと、今は兜を外して武装は無事な方の大剣一本でやるらしい。
巨人を相手にして、どうしてそう言う発想になるのか謎である。
向かい合っている二人の大きさは巨大ロボットと、逃げ惑う一般市民ほどの差があるだろう。
しかし気迫の方はむしろ、大きさとは真逆だった。
それはきっとドラゴンとノミくらいの差があるに違いない。
「どこからでもかかってきなさい。ただの模擬戦です」
『ウニャーン……』
虎丸一号はどこか元気がないが、音声をむしろかわいい系にしておいてよかったかもしれない。
生真面目さも闘争心もマックスのナイトさんに、間違って腑抜けた事でも言おうものならせっかくさっき付けたばかりの自信をも粉々に打ち砕くような事を言ってしまうに違いないなかった。
「じゃあ始め!」
無事に終わりますように……。
こっそりと祈りつつ、開始の合図をすると、まず動いたのは虎丸一号だ。
ちゃんと耐久力実験の効果はあったらしく、なかなかアグレッシブである。
『ウニャーン!』
可愛い雄叫びを上げて大きな腕を振りかぶる。
しかしその攻撃は、俺が見てもひどいと思えるほどのテレフォンパンチだった。
案の定ブオンと勢いよく振られる腕を、ナイトさんは少し引いただけで容易くかわした。
「……」
勢いに振り回されて一回転する虎丸一号。
しかし今度は反対側の腕を振り回す。
だがそれは単に振り回しただけという感じで、お粗末な攻撃は俺でも避けられそうだ。
「あいつは戦いの才能もあんまりないんだよ……」
困り顔のドワーフさん(緑)も頭を抱えていたが、それよりも心配なことがあった。
二回の大振りを避けたナイトさんの機嫌が、見るからに悪いのである。
柳眉を逆立てるナイトさんは、はたから見ていても恐ろしい殺気を出し始めているようだった。
「だ、大丈夫かな? ナイトさん」
「手加減とか下手そうではあるがの……」
カワズさんが駄目っぽいと諦めているような生暖かい微笑みを浮かべていたが、まだ大丈夫だと信じたい。
しかし、今やドワーフの里中で噂の、ワイバーンを一撃で粉砕したネームバリューこそ自信をつけさせるにはもってこいなのだ。
『うにゃ!!』
さらに虎丸一号は足を振り上げて踏みつけ攻撃に打って出た。
「……」
しかしナイトさんが何をするわけでもなく足が逸れる。
「……今のは?」
「たぶん、踏むのに抵抗を感じたんじゃねぇかな?」
ドワーフさん(緑)が額を抑えているが、まさにそう。
そんな余裕は今、お前にはないのだと、俺も青くなった。
そしてさらに最悪なことに、虎丸一号はそのまま足を滑らせて尻餅をついたのだ。
びしりとナイトさんの額に青筋が浮かんでいるのを見て、終わったとそう思った。
『ウニャン?』
今にもテヘリと聞こえてしまいそうなしぐさと鳴き声は、かわいさと反比例して確実に彼女を挑発していることだろう。
「……!」
速い踏込の後、ズンと重い音がする。
「歯を食いしばれ!」
『!』
彼女は巨人の高い背丈など歯牙にもかけずに一気に駆け上り、身をひねると竜巻のように遠心力を上乗せして武器を思い切り右下から振りぬいたのだ。
大きな頭めがけてフルスイングである。
踏み込みの一瞬は速すぎて、とてもじゃないが目で追い切れなかった。
金属同士がかち合う甲高い音とともに、オリハルコンの硬度に負けてナイトさんの武器が粘土のようにひしゃげていたが、同時に虎丸一号は―――空を飛んだ。
「……うわぁ」
俺の口から声が漏れる。
俺の頭はそんな巨人さんを追って上下した。
尻餅をついた状態だったというのに、それはもう高く、巨人の巨体が持ち上がったのである。
地響きを立てて地上に戻って来た虎丸一号の頭は、びっくりするぐらいべっこりとへこんでいた。
ナイトさんは深呼吸すると、完全にひしゃげた自分の剣を虎丸一号に突き付けた。
「貴様! ふざけているのか! 模擬戦とはいえ気を抜きすぎだ!」
ああ……やっぱり我慢出来なかったか。
ナイトさんは肩をいからせ、まだ言い足りないのか鼻息も荒くさらに何か言おうとするが……。
「さぁ続きをやるぞ! こんなもので終わりではないのだろう!?」
俺は天を仰ぐ。
残念ながらそれはないよ、ナイトさん。
そこには目から光がなくなり、力なくその場に横たわる虎丸一号の姿があった。
物理防御は魔法ほど完璧と言うわけではないんだ。
それでもワイバーンくらいの攻撃ではびくともしないはずだったんだよ。
だがオリハルコンの鎧をへこませる勢いで脳みそを揺すられては、無防備だった中の巨人さんが耐えられるわけもない。
現状に気が付いたのだろう。
ナイトさんの顔が見る見るうちに青ざめる。
「お、おい……まさか気絶したのか! それは困る!」
オリハルコンがいくら軽いと言ったって、そんなにがくがく振れるものではないんだけど。
俺はさすがに不憫になって、ポンとナイトさんの肩を叩いて首を優しく振っていた。
「ナイトさん、諦めよう。それはもう戦闘不能だ。もうゴールさせてあげよう……」
「いえ! あの……はい……」
シュンとするナイトさんには悪いが、グデっと力のない巨人さんがもう動けないのは明らかである。
「改めて思うが、おっそろしいねえちゃんだな……」
ドワーフさん(緑)は先ほどとはまた違った意味で呆れているようだった。
「やれやれ、ここまでオリハルコンがへこむかの普通。今度は盾でも持たせるかの?」
「たぶんそれじゃダメだと思う」
「……じゃよな」
こうして俺達の性格改善の作戦は、予想以上のナイトさんの物理的攻撃力の前に崩れ去ったのだった。
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