五十三話 でっかいことはいいことだ 4
いや、落ち着こう。
この場合、大事な部分はちっさいおっさんがいたことではない。
「また」いたのである。
背も顔も全く同じに見えるドワーフのちっさいおっさんは、さっき別れたばかりだというのに、まるでこちらを不審人物のように見ているのだ。
「……」
まてまて、よく見ると少し違うか。
俺は再び注意深くちっさいおっさんを観察する。
さっきのドワーフの人は赤い帽子をかぶっていたが、今度の人は緑の帽子をかぶっていた。
無言で俺はカワズさんの方に視線だけ向けると、カワズさんもわからないようで、首を振っている。
となると小声で緊急会議である。
「……さっきの人と同じ人か? 双子のお兄さん? そんな口ぶりじゃなかったよね?」
「どうじゃろう? わしもドワーフは初めて見るし」
「からかっている、ということはないと思いますが……」
「……お前ら人の家に入るなりこそこそと何しとるんだ?」
イライラした声色で注意されてしまったので、俺はすぐに姿勢を正すと、とりあえず別人の呈で話を進めてみることにした。
「すいません、失礼しました。実は届物があって」
「届物?」
考えてみればどの道、手紙の受取人の手掛かりはさっきの道案内くらいしかないのだから、相手が誰だろうと見せてみるしかない。
俺は親方から預かって来た手紙を渡すと、ドワーフの人(緑)はそれを見て、おおと声を上げて驚いていた。
「おお、おお! 覚えてるぞ! ……こいつは何年か前、俺が外を旅していた時に、少しだけ世話してやった小僧か! あいつまだ生きてやがったんだなぁ」
しみじみ言うドワーフさん(緑)はものすごく嬉しそうに見える。
やはり子弟の絆という物は深いものらしい。
親方も手紙を書いて正解だった様である。
「ええはい。今は人間の村で鍛冶屋さんをしていましたよ」
「ほっほう! あの小童がなぁ……。少しはましなものを打てるようになったのかねぇ」
「ああ、それなら……」
そういえば、俺の持っている唯一の剣は親方の作だった。
気になるのなら見せてもいいだろうと、俺はがまぐちから愛剣を取り出してドワーフさん(緑)に差し出したのだが、なぜかドワーフさん(緑)は嫌そうな顔をして、その剣を恐る恐るつついていた。
「……そんなに警戒しなくても」
そんな汚物を触るみたいな反応はちょっぴり傷つくのだけれど、ドワーフさん(緑)は仕方ないだろうと困り顔である。
「なんか厄介な魔法がかかってるだろこれ? しかし……この剣、恐っろしい魔力を感じるんだが、どうなってやがるんだ? 本当にあいつが打ったもんなのか?」
そういえば自分が色々やっていたことを思い出して、俺は慌てて付け加えた。
「いや、これはもらった物に俺が魔法を掛けたんで。面白いと思ったやつは端から色々試しているから、触っても大丈夫ですよ?」
「……めちゃくちゃするな、あんた」
それでも恐ろしげなドワーフさん(緑)だったが、魔法を掛けた本人の確認が取れたことで安心したのか、剣を手に取って、手慣れた動作で引き抜いた。
だが露わになる鈍く光る刀身をしっかりと確認して、彼は頬を緩ませていた。
「ああ、こいつは……。相変わらず荒い仕事だが、精進はしとるようだな。ああ、すまない。もういいぞ」
ドワーフさん(緑)は剣を鞘におさめて俺に返す。
そして今度はため息交じりに、俺に視線を向けていた。
「……それで? あんたはいったい何をしに来たんだ? 手紙には武器を作ってやってほしいとあるが?」
「ああ、それももちろんだけど、まず先にこいつをもらってもらおうかと!」
俺は再びがまぐちに手を突っ込んで、今度はパソコンを早々に売り込んでみた。
ナイトさんがえ!っという顔をしていたが、ここはひとまず連絡手段を確立せねば。
この先色々作ってもらえるかもしれない……もとい武器に不都合が出たら大変だ。
「んん? なんだそりゃ? おかしな箱だな?」
今までの経験上、おかしな顔をされるかと思ったが、しかし予想とは裏腹に、今回は好感触の様だった。
ドワーフさん(緑)は、取り出されたなんだかよくわからないけど精巧に見えるモノに興味津々の様である。
ふふ、これも職人の性といった所か、……ここは速攻で決める!
「これを使えば離れた相手と会話が出来る優れものなんですよー」
「へぇ。そいつは便利かもな。それで? こいつをやる代わりに武器をよこせって?」
用心深くドワーフさん(緑)は尋ねるが、それとこれは別として考えていただきたい。
「いやいや。こいつは出来るだけ沢山の人に持ってもらった方が役に立つもんで。
むしろ置かせてもらう代わりに何かお手伝いをしてもいい位でしてね。
よければみんなで使ってやってください。はい、これ説明書」
「説明書って……なんだかめんどくさそうだな。しかしまぁすまねぇ。
しばらく暇はなさそうなんでな、持って帰ってもらった方がいいかもしれないぜ?」
「ええ!」
あれだけ喰いつきがよかったのに、一転して予想外の答えが返ってきた。
ドワーフさん(緑)は少しだけ申し訳なさそうにわしわしと頭を掻いて渋い顔である。
「今は村全員で巨人の武具を作ろうって話が出ててな。あいつ図体がデカいから、時間がかかってしかたねぇのよ……」
「巨人! そんなのいるの!」
だが何とも面白そうな企画とワードを耳にして、俺は思わず身を乗り出していた。
村でやってる面白いことってこれか!
そりゃあ夢中になるはずである。
だって巨人なのだよ?
これが落ち着いていられるわけがない。
おっきいモノに、人はロマンを感じるものなんだ。
だいたいの物に巨大とつけるだけで、ロマン指数がかなりアップすること請け合いだろう。
巨大ロボット、巨大昆虫、巨大建築物……。
そしてそもそも巨人なんて、名前からしてすでに巨大そうである。
だがそんな興奮した俺は、その時きらりとドワーフさん(緑)の目が光ったことに気が付かなかった。
「お? あんちゃん巨人知らねぇのか?」
「……でっかい?」
「そりゃぁ巨人だからなぁ……」
「見てみたいです!」
鼻息を荒くする俺に、ドワーフさん(緑)はニヤリと笑って、物珍しそうな顔になった。
「そうか? 珍しいな兄ちゃん。ならせっかくだから一緒に行くか? 面白いものを持ってきてくれた礼だ、連れて行ってやるぜ?」
「ほんとに!」
「ああ、かまわねぇよ。つっても今この村に来てんだけどな」
「マジでか!」
テンポの良い会話は続く。
おお! さっそくその巨人とやらにお目にかかれるのかと、俺なんてワクワクが抑えきれないくらいだというのに、ふと後ろの二人の様子に気が付いた。
なんというか、二人とも非常に厄介なモノと対面する前みたいな顔である。
「巨人ですか、それはまた難儀なものと……」
「そうじゃのぉ、毎回の事じゃが、お前さんは興味の方向性がおかしい」
どうやら二人の反応はすこぶる悪いようだった。
「えぇ、巨人だよ? おっきいんだよ? 何それ、難儀なの?」
少し不安になってきた俺に、ナイトさんは深く頷いてきた。
「はい。そもそも危険なのですよ。巨人は荒々しく、戦好きで有名ですから」
「……マジで?」
そんな風に言われると少し尻ゴミしてしまうじゃないか。
いや、単純にパワーだけなら大丈夫なんだろうけど、すごまれたりしたら嫌だし。
好戦的な相手に多少なり萎縮してしまう人種なのだよ俺は。
「そんなに心配しなくてもいいと思うけどな」
しかしナイトさんの警戒具合を見て、苦笑するドワーフさん(緑)にカワズさんもナイトさんもわけがわからなそうに首をかしげているが、はてどうしたものか?
反応に困ってしまう。
こうなると、とにかく見てみないことには判断の下しようがない、そう思った俺はちゃっかりパソコンはその場において、巨人とやらを見に行ってみることにしたのだ。
そして村の広場に巨人は確かにいた。
ただ……少しばかり俺のイメージとは違っていたのは間違いないだろう。
いや、確かに大きいのは大きい。しかしその性格は思っていたものとギャップがあっただけである。
「もうしわけねぇー……。なんだか手間かけさせちまってぇー……」
「気にすんじゃねぇって! うじうじしてんな! 俺達が武具をこさえてやるって言ってんだから!」
しかし俺としては、それ自体はなんの問題もなかった。
むしろ安全で実に素晴らしいといえるだろう。
だけど、足を運んだ広場にはさらに面白いものもある。それは見るからに気弱そうな巨人さんを叱咤しているそいつら。
そこには……ちっさいおっさんが沢山いたのだ。
「すげー。やっぱ別にからかったわけじゃなかったんだ」
疑った事を反省しつつ、まったく同じ顔の色とりどりのおっさん達がせかせかと巨人の周りを忙しそうに駆け回っているのを俺達は感心しながら眺めている。
見渡す限りの同じ顔に、カワズさんの目も、きょとんと丸くなっていた。
「これだけ同じ顔がおると、なんかキモイのぅ」
「あー、カワズさんがそれ言っちゃうんだ」
「……なんじゃ? わしが増えたらむしろチャーミングじゃろ?」
「やめてくれよ、肌が黄緑色になりそうだ……」
「それは、どんな病気なんじゃよ?」
しかしドワーフ達にはなにか帽子にこだわりがあるんだろうか?
……たぶんあるのだろう。
一人一人微妙に違うカラフルな色の数々は一人として同じ色じゃない。
多分この色で個人を判別するのだろう。少なくても俺達にはそれしかなさそうだった。
「すまねぇ。感謝してもしたりねぇくれぇ感謝してるよぅ」
ただドワーフに頭を小突かれながら、うれしそうな巨人さんは、どう見ても先の風評とは当てはまらないだろう。
「……荒々しくて戦好き?」
「……そのはずなんですが」
傍らに、用心だと完全武装で立っていたナイトさんも、その気弱そうな巨人さんを見て拍子抜けしたようだった。
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