五十一話 でっかいことはいいことだ 2
「なんだこの山、嫌がらせか……」
「頑張ってください。まだまだ先は長いですから」
「ほれほれ~しっかり踏んばらんか~い」
カワズさんのからかい声がこの上なくうざい。
今現在俺達は登山の真っ最中だった。
どこを向いても山しか見えない山道を、延々と歩き続けること半日。
テレポートで一っ飛びとはいかなかったのは、ここが入り組んだ山間だからに他ならない。
下手すれば岩肌に正面衝突しそうな場所で、連続テレポートはかなりリスキーだろう。
いや……長距離を移動出来る魔法もきっとあるはずなのだ。
しかしだ。
『そんなことだからお前さんは体力ないんじゃないかのぅ~』(溜息)
……などと言われて引き下がっては男がすたるというものである。
だからこうやって山道を歩いているわけだが、岩山の斜面は進めば進むほど険しさを増していくわけだ。
だが俺とて、もうすでに運動不足の現代人とは一線を画していると言っていいだろう。
思えばこちらに来てから、あちこち旅することも多くなった。
密かに続けている腕立てと腹筋の成果も現れ、風呂上りに見た俺の腹筋はささやかながら割れていた。
今だってちゃんとみんなについていけているのだし、なかなかのものなんじゃないだろうか?
この分ならもう少しキツイ道のりだって……。
「ようやく四分の一といった所ですね。ここから先はさらに厳しい道のりになるようなので気をつけて……ってどうしましたか?」
しょうせいのかんちがいでしたかんにんしてください。
「いや別に……」
なんて言えない俺は、どうにか必死に食らいつくべく、更なる一歩を踏みしめるのだった。
しかし地図を片手に案内してくれるナイトさんは、何気に愛用のフルプレートの鎧を、兜以外はばっちり身に着けていて、それでいて息一つ乱さないとはどういう理屈なのだろうか?
そしてカエルボディを使いこなすカワズさんは、楽々と鼻歌なんぞ歌っている。
そんな彼らの後ろをとぼとぼと歩く俺。
今回、旅の面子はこの三人だった。
ちなみにトンボとクマ衛門は留守番である。
クマ衛門に関しては武器の新調の件もあるので着いて来た方がよかったのだが、森の番という俺達の役目を肩代わりするんだと、ナイトさんと話し合って一人は残る事に決めたそうだ。
トンボは……たぶん今日は面倒くさいだけだろう。
向こうに着いて、何か面白いものがあったら教えてくれと、クッキーをかじりながら送り出してくれたのは、俺の記憶に新しい。
「そろそろ、ワイバーンの住処が近いですね。何が起きるかわかりませんから、気をつけてください」
そして、さっそくナイトさんがこれから現れるらしい名所をさらりと教えてくれるわけだから、文句を言っている場合でもないわけである。
だがまぁその手の類ならば、俺にとっては問題ないだろう。
「あー、その辺はたぶん大丈夫。俺、生き物に割と嫌われる質らしいから」
「どういう理屈ですか。……でもそれはなんとなくわかりますね」
すぐに理解を示すナイトさん。
しかしこうもあっさりわかられてしまうのも、この場合いかがなものだろうか?
俺的に審議が必要そうだった。
「ところでワイバーンってのは、なんとなくドラゴンみたいな生き物を想像させるんだけど、スケさん達の仲間なわけかな?」
「いや。ワイバーンは亜竜といってな、魔獣に属する種じゃよ。竜にそんな事を言おうものなら殺されかねんから覚えておくのもよかろう」
俺の素朴な質問に答えてくれたのは暇そうなカワズさんだ。
ふむ、一緒にしてはいけない種族というのも多々いるらしい。
別にわざわざ不評を買いたいわけではないのだし、覚えておいた方がよさそうである。
「うっす……。しかしこの山、後幾つ位難所があるんだろうな? まるでテーマパークだよ、俺の世界なら余裕で金がとれそうだ」
先行きの不安を軽口でごまかすと、カワズさんからは鼻で笑われてしまった。
「さぁの? そんなん気にするだけ無駄じゃろ? それよりお前さんの体力の方が問題じゃわい」
「だから……大丈夫だって。魔法で回復すればいくらでも……あ」
俺が思わずそう漏らすと、とてもとてもうれしそうなカワズさんは、腰の後ろで手を組みながら、高笑いしていた。
くそ、余計な事を言った。
今の発言はいじってくれと言っているようなものだ。
「ほっほう。お前さん魔法に頼る気満々じゃったわけじゃ! まぁ仕方ないかの!
なに! 好きなだけ使えばええではないか? わしは使わんがな! 若いなんて言うのも大したことないのぅ!」
「ぐっ……。は、はん! こんなのどうってことないっての! 言葉のあやだって!
魔法なんて使うまでもないね! いい観光だよ! 観光!
それよりもカワズさんは乾燥肌の心配でもしていた方がいいんじゃないのか?」
「ふん! わしの潤いボディはいつでもしっとりすべすべじゃわい!」
緊張感のない俺とカワズさんの会話はナイトさんにも当然届いているはずなのだが、しかしナイトさんはきりりとした表情を崩さずに、大真面目で言っていた。
「……心配がないのはわかりました。しかし油断は禁物です。そうでなくとも山は何があるかわかりませんので」
「あー、まぁ大抵の事なら俺が何とかするよ。天災くらいまでなら任せといてくれて大丈夫」
「天災ですか? ……いえ、天候はしばらくはいいはずです」
「……そこはツッコミどころでしょうナイトさん」
「そ、そうですか? 申し訳ありません」
別に謝らなくてもいいのですよ? ナイトさん。
もっともあながち冗談というわけではないのでナイトさんの反応も決して間違っていないのが問題だった。
そんな調子で歩を進める俺達の前に、ようやく最初の名所が見えてきた。
俺はさっそく遠足で動物園にやってきた園児みたいな目でそいつらを見回していた。
大きな岩肌に緑の色の羽根つき蜥蜴が沢山いたのだ。
しかしやはりいつか見た竜達はどちらかというと理性的で、まるで人間と相対しているようだったのに対して、今回のワイバーンは実に獣っぽい。
まるでサファリパークの中を歩いているような、どことなく落ち着かない空気は、明らかに竜達とは違うのである。
ただ俺達には全く近寄ってこようとはせずに、むしろ出来るだけ遠くに離れようとしているのがわかる。
やはり俺は怖がられているらしく、危機感というよりもむしろ寂しさが先に立つ感じだった。
「そんなに怖がらなくてもいいのに」
「……こうやって実際に目の当たりにすると不思議な光景です。獰猛で有名な魔物なのですが」
ナイトさんは獰猛な猛獣達が明らかに怯えているのを見て、感心している風にそれを見ているようだった。
そんな訳で怯えるワイバーンの巣を抜けるのは大して問題はない。
しかし事件はその後、巣を抜けた先で起こった。
明らかに獣とは違う叫び声が、どこからか聞こえてきたのである。
「うわああああ! たすけてくれぇぇぇ!」
そしてそれが助けを求める声だったら無視するわけにも行かないだろう。
「何事?」
「ふむ、人間かの?」
俺達三人が顔を見合わせていると、正面から大きなワイバーンと、それに追いかけられる小さな人影が全力疾走してくるのが見えたのだ。
「どうやら追われているようですね……。私が行きます」
ナイトさんは俺が何か言う前にすでに動き出していた。
ワイバーンに追われているのは俺の身長の半分くらいの奴で、一見すると子供のように見える。
ワイバーンは目の前の獲物に夢中で、こちらの存在に気が付いていないらしい。
すぐさま飛び出したナイトさんは、追われていたちびっことすれ違い。
ワイバーンの焦点が定まる前に眉間に一撃、蹴りを叩き込んだのだ。
俺はさすがに大きさが違いすぎるだろうから、ナイトさんも弾き飛ばされるだろうなと魔法を用意していたのだ。
しかし……。
「ゴアアアアア!!」
なんと弾き飛ばされて墜落したのはワイバーンの方だけだった。
ナイトさんの猛烈な勢いにあらがいきれず、ゴムボールみたいにひしゃげると、派手に地面にバウンドしたのだ。
最後には泡を食って空へと逃げて行ったのだから、どれだけパニックだったかわかる。
そりゃぁ、いきなりあんなとんでもない蹴りを喰らえば誰でもああなるだろう。
むしろ俺としては生きていただけ賞賛したい気分だった。
「ふぅ。大丈夫か?」
「お、おう……」
そして何事もなかったかのように、きょとんとするちびっこを助け起こすナイトさんだが、俺はといえば目前の光景が信じられずに目をこする。
ああいう……ワイバーンとかを力任せに蹴り飛ばしたりするのは戦士的に普通なんだろうか?
セーラー戦士でさえ、もう少し常識的な動きだったような気がしたのだが……。
パワーの一点から見たら、ナイトさんはあまりにもモノが違うように見えた。
「ねぇカワズさん……。ナイトさんさ、セーラー戦士と戦ってる時からすげぇとは思っていたけど、ちょっとすごすぎない?」
俺は新たな常識がまた書き加えられるのかと覚悟していたが、どうやらそうでもなかったらしい。
なにせカワズさんもあんぐり口を開けて締まりのない顔をしていたのだから。
「確かに……わしもさすがに亜竜を蹴り飛ばすのは初めて見たわい」
「そうなんだ……」
どうやら一般的ということはなさそうで何よりだった?
唖然としていた俺達の所にナイトさんは助けた人物を連れてやって来た。
「どうしましたか? ああ、そうだ。せっかくですから、さっきのワイバーンを仕留めて土産にでもすればよかったですね。とてもおいしいと聞いたことがあります」
そして口を開けば、とてつもなくワイルドなナイトさんに俺はいやいやと遠慮しておいた。
「いや……先も長いし、いいんじゃないかな? うん」
「そうですか? それもそうですね」
何となくナイトさんをこっそり盗み見て、俺は自分の腹筋をぷにっと触る。
腹筋が割れてきたとか……この先言うのはやめておこうと思う。
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