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今回はちょっと毛色の違う話になりました。
四十九話 余計なお世話 2
「カワズさん……無茶しやがって」

「ぐ……わしとしたことが」

 俺の目の前には水分三十パーセント減くらいのカワズさんが干からびていた。

 俺が酒の池を作ったのに対抗して、酒が無限に湧き出す風呂を作ろうとしたら……このざまである。

 だから止めておけといったのに。

 人間、欲をかくとろくなことがないらしい。

 最終的に、入っただけで酔っ払いそうなのは色々と問題があると、濁り湯に変更になった事を、カワズさんはまだ知らない。

「しかし……、素晴らしい出来栄えじゃろ?」

 俺の魔力をたっぷり含んだ飲料水をがぶ飲みしつつ、復活の兆しを見せるカワズさんに、俺は視線を逸らして曖昧に頷くことしか出来なかった。

「ああ、そうだね……いい風呂にはなったと思うよ?」

 しかし全体を通してみて、結果的に相当いい家になったのは間違いないだろう。

 ナイトさんとクマ衛門の趣味に合わせて作った部屋も喜んでもらえたようだし。

 クマ衛門など、畳の部屋でい草の匂いを堪能しながら、何度転がっていたのかわからない。

 ちなみに一階をナイトさんの部屋、二階がクマ衛門の和風屋敷。

 三階は倉庫になっている。

 そしてこの倉庫から、風呂への出入りが出来るようになっていた。

 他のメンツはすでに風呂の完成を見届けて、どこかに行ってしまったようで姿が見えない。

 俺も辺りが暗くなってきたし、区切りもいいので、まだやや軽いカワズさんを小脇に抱えて、一階のナイトさんの部屋へと戻った。

 誰もいないかと思ったが、ふとウッドデッキの方に人の気配を感じて様子を伺ってみるとそこには、ナイトさんが手すりに腰かけていて、外を眺めているようだった。

 沈んでゆく夕日に照りだされ、銀髪をなびかせているナイトさんに俺は息を飲む。

 絵になるとはこういうことを言うんだな。

 とても俺と構成成分が同じだとは到底信じられない。

 いや、妖精だから、俺とはすでに根本から違うのだろうか?

 だとすれば、俺はきっと世界のいらないもので構成されたに違いない。

 呆けて見入っていた俺に、ナイトさんも気が付いたらしい。

 もう少し見ていたかったような気がしたが、見つかってしまったのなら仕方がないだろう。

 俺は観念して出ていくが、心なしか振り向いたナイトさんは少し影のある笑顔だったのが気になった。

「ああ、タロー様。皆さんは先に下に降りられましたよ。クマはトンボ殿に連れて行かれてしまいました」

「仲がいいのはいいことだ……でもおもちゃにされなきゃいいけど」

「はははっ。そうですね。クマではトンボ殿には勝てなさそうだ」

 そう言ってナイトさんも笑う。

 トンボは強引だから、今頃クマ衛門はトンボにいいように引っ張りまわされていることだろう。

「そう言うタロー様はどうしたのですか?」

 ナイトさんに尋ねられて、俺は小脇に抱えたカワズさんを前に突き出した。

「俺? いや露天風呂もだいたい完成したんでね。でもカワズさんがずいぶんはっちゃけたもんでさ、家まで運んで行こうかなと」

「……ZZZ」

 しかしでろっとしているカワズさんは、白目をむいていびきをかいている。

 ……予想以上にグロイな。

 心なしかナイトさんの顔も引きつっているようだった。

「ええっと……そうした方がよろしいかと」

「うん」

 俺はとりあえず頷いておいたが、しかしカワズさんはともかく会話をしてみるとやはりナイトさんの元気が今一ないようだった。

 表には出していないのだが、声に今一張りがない気がするのだ。

 いったいどうしたのだろうか? 

 ナイトさんが元気のない原因……。

 そこまで考えて、心当たりがありすぎるのが問題だろう。

 ずいぶん今日は無茶したものなぁ……。

 思う様やりたい放題やってしまった己の愚行を思いだし、俺は罪悪感のあまり尋ねてしまっていた。

「えっと……やっぱり悪いことしちゃった? どうしても嫌なら普通の家にするけど?」

 そう言うと、ナイトさんは慌てて手を振って俺の言葉を否定していた。

「ああいえ! とても感謝していますよ。素晴らしい家で……こんな家に私などが住んでいいかと思っているくらいでして」

「そんなこと気にしてたのか! 全然問題ないって! 他の誰の物でもなく、これはナイトさん達の家なんだから!」

 努めて明るく言ってみたつもりだったのだが、ナイトさんの表情は晴れない。

 それどころか、ますます落ち込ませてしまったようで、俺は慌ててしまった。

「私の家ですか……」

「そうそう!……やっぱり気に入らないかな?」

「いえ……私も木の上の家に住んでみたいなと、昔、考えていたこともあったくらいですから」

 ナイトさんがそんな事を言うので、なんだか意外で、顔に出てしまった。

 本人もそう思っているのか、彼女は頬を赤らめて気恥ずかしそうに頭を掻いていた。

「子供の頃の話ですが、本当に……私にはもったいない家です」

「そんなことないと思うけどな……」

 夕焼けに照らされていた彼女を思い出すが、少なくても、俺やこのカエルにはあんなに絵になる雰囲気は出せないだろう。

 あれだけでも、この家の持ち主としての資格は十分だと思う。

「なんというか、あなたが里に来てからの数日がすべて夢のようで。何がどうなっているのか私の中で整理がついていないのです」

 ナイトさんがここ何日かのあわただしさを思い返しているのかそんな事を呟くが、確かに俺としてもおかしな事になったと思わずにはいられない数日だった。

「まぁ確かにドタバタした旅行だったからねぇ」

 俺もエルフの里の旅行を思い出して、あまりのドタバタ具合に頭を抱えたくなる。

 こんなにも劇的に環境が変化することなど滅多にあるもんじゃないだろう。

 かく言う俺だって最近のめまぐるしい変化についていけていないのだから、そんな馬鹿に振り回されて、戸惑わないわけがあるまい。

「セーラー殿にも悪いことをしました」

 しかし割合重い話の合間に、思いのほか面白い固有名詞が出てきたもので、思わず吹き出してしまったわけだが。

「セーラー殿って?」

「え? あの方はセーラーというのではないのですか? タロー様の呼び方を真似てみたのですが」

「ん? ああそういえばそうだった、あってるからそれでいいよ」

「そうですか?」

 うむ、しばらくはそのままセーラー殿でいてもらおう。

 なに、一度きりだろうからサプライズになれば幸いである。

 ナイトさんは不思議そうな顔をしていたが、改めて俺に向き直ると、今度は突然お礼の言葉を口にしていた。

「今回のことは本当にありがとうございました……正直、受け入れてもらえるとは思っていませんでしたので。その時は旅に出ようと思っていたんです」

「ありゃ、それじゃあ、ひょっとして悪いことしちゃったかな?」

 断られること前提で来ていたのなら、俺がここに留めてしまったも同然だろう。

 それは彼女達の広い選択肢を狭めてしまったのではないだろうか?

 悪かったかなぁと本心から思っていると、ナイトさんは静かに首を振っていた。

「いえそんなことはありません。行く所があるわけでもありませんでしたし。恩を返したいと思ったのも本当です。
貴方のおかげで母のお墓も、ちゃんと建ててもらえることになりました。本当に感謝しています」

「いやいや、俺達も君に迷惑かけたから。それに美人が困っていたら助けるでしょ?」

 俺が笑い混じりにそう言うと、ナイトさんは困った顔で俺の言葉を聞いていた。

「そもそもそんな風に言うのは変わっていますよ……」

「そう? そんなモノかな?」

「はい。ダークエルフというのはそういうモノなんですよ。存在自体が受け入れがたいというか……とにかくそうなんです」

 悟ったようなことを言うナイトさんは、今までどんな風にダークエルフとして過ごしてきたのだろうか?

 それは想像することしか出来ないが、おそらくは俺がなんと言った所で口先だけの言葉になるのだろうなとそんな風に思った。

「はぁ、なんというか、世の中には理解出来ない事って言うのは沢山あるもんだよ」

 咄嗟にいい事なんて言えない俺は、適当なまとめ方でその場を占めようとしたら、ナイトさんは軽く頷いて微笑んでくれた。

「そうですね。でもたまにですけど、貴方の様な方もいるのだから面白いと思います」

「面白がられてしまった……」

「自覚なかったんですか?」

 ナイトさんと俺はお互い目が合うと、どちらともなく笑いあう。

「いやいや、ありましたけどね。そういえばナイトさんに言っておかなきゃいけないことがあったんだ。
……あのさ。俺、セレナーデさんにナイトさんのこと少しだけ聞いちゃって。あの里にいた理由もなんだけど……」

 いつかは言わなければならない事だけに、早めに言っておいた方がいいかとそう思ったのだが、ナイトさんは大して気にした風でもないようだった。

「ああ、聞いたのですか。別にかまいませんよ。私が望んでしていた事ですから」

「……そっか」

「ええ、ですから貴方が気になさる必要はありません」

 彼女はあっさりとそう言うが、気を使ってもらっているのは間違いあるまい。

 だというのに俺は結局なんでナイトさんの元気がないのか、その原因すらわからないのだから情けなかった。

 俺という男は、どうにも察するということが下手らしい。

 もっとも、俺がそんな気配りが出来る男だというのなら、年齢がそのまま彼女いない歴になどならなさそうだけど。

 どことなく落ち込みつつ、これ以上死に体のカワズさんを放置しておくのもまずいので、俺はしぶしぶ話を切り上げることにした。

「……わかった。じゃぁ俺、カワズさんをそろそろ持って行ってくるわ。ナイトさんもしばらくしてから来るといいよ、ごめんね、なんか。」

「いえ、タロー様、なにも謝ることはありません。むしろお世話になった方に話していなかったことが心苦しかったくらいですから」

 そう言ってもらえると少しは助かる。しかしそれとは別になんとなく気になったので俺は最後に一言付け加えた。

「……そういえば、一つお願いがあるんだけど?」

「なんですか?」

「様づけって絶対やんなきゃダメ?」

「……絶対ダメです。こればかりは譲れません」

「そうですか……」

 きっぱりと言い切られて、駄目かなぁとぼやきながら、俺は部屋を出る。

 しかしこの時、俺にはちょっとした閃きが頭をよぎっていた。

 そうだ、俺で元気づけられないのなら、元気づけられる人に来てもらえばいいじゃないか。

 きっと俺の表情が見えたなら笑っている事に気が付くことが出来ただろう。

 俺は扉を閉めると同時に、思いつくままに魔法を掛けた。



side ナイト

 タロー様が出ていって、私はまた一人になった。

 一緒について行った方がよかっただろうか?

 だがクマはともかく、私は今一なじみきれていないことを自覚していた。

「こんな立派な家まで用意してもらって……。かえってご迷惑をかけてしまったのではないだろうか?」

 私はいつもそうなのだ。

 いるだけで誰かに迷惑をかけてしまう。

 なんとなく私は幼い時を思い出していた。

 まだ、父も母もいた頃の古い記憶だ。

 父は人間で、母はエルフという変わった家族だったが、人里はなれた場所に居を構えていたおかげで、私は劣等感を持つことなく育った。

 今考えると、人間の国で騎士をしていた父はダークエルフについてわかっていたのだろう。

 私と母が隠れる事が出来るように、ちゃんと住む場所を用意してくれていたのだ。

 母はいつも笑顔で私に色々なことを教えてくれた。

 たまに顔を出すと父も優しく、母はその時、いつも以上に笑顔だったことを覚えていた。

 そして騎士だった父はいつも言っていた。

 自分は生まれついての騎士ではない、常に騎士であろうとするから騎士なのだと。

 幼い時の私は、そんな父に憧れていたのだ。

 父に剣の訓練をねだった事もある。

 もちろん最初、父は困り顔だったが、私が熱心に頼むと、ちゃんと剣を教えてくれた。

 もちろん私は騎士などではない。

 むしろそれとは真逆の存在だろう。

 だからこそ自らを常に戒めておかねばならないと思ってきた。

 しかし、今の私はどうだろうか?

 私は閉じた扉を黙って見つめながら、おでこをくっつけてため息を零した。

「全く……私は何をしているんだろうな」

 父が戦で命を落とし、母が病気で亡くなると、私は旅に出た。

 今際の際に、熱にうなされ母は何度も何かに許しを乞うていたのだ。

 何も知らなかった私は、その意味が分からずに、どういう意味だったのかを知るために母の故郷を探し、その道程でダークエルフがどういうものなのか、エルフがどういうものなのかを知った。

 今思えば、母も私を産んだことで後ろめたさを抱えていたのだろう。

 そしてすべては単に運が良かっただけなのかもしれないが、確かに母の罪は許され。

 私は自由の身になった。

 だというのに今度は恩を返すためとその恩人の所に転がり込んでいる。

 その上、クマまで巻き込んで迷惑をかけているのだから、どうしようもない。

「これじゃぁ、騎士らしくなんて、とてもじゃないけど言えないじゃないか」

 今更ではあるが自己嫌悪だ。

 流されるままにここまで来てしまって、自分自身に軸がないようで不安になる。

 実際、目標がなくなってしまった私は、その通りなのだろうと自分でも自覚があった。

「……これからどうすればいいのかな、母様、父様」

 一人でいることで気が緩んでいたのだろう、ぽつりとそんな台詞が出てきた事に私自身驚いていた。

 だが、その声に応えるように部屋の中が青い光に包まれて、私は一気に自己嫌悪から引き戻された。

「……なんだ?」

 咄嗟に身構えたが、事態は飲み込めていない。

 だがとても大きな魔力を感じる。

 いつでも抜けるようにしている短剣を構えると、いつの間にか私の背後に不思議な魔法陣が浮かび上がっていることに気が付いた。

 だが私は魔法陣から出てきた人影を見て、驚きのあまり手の中にあった短剣を取り落してしまっていた。

 光りの中に現れた人に、見覚えがあった。

 見間違うはずがない。

「……かぁ……さま?」

 ぽつりと私が呟くと、光の中のエルフの女性はゆっくりと目を開ける。

 そして私と目が合うと、懐かしい笑顔で微笑んだのだ。



『……久しぶりね』

「……本当に、母様、なの?」

 思わず情けない声が漏れる。

 目の前の、何の脈絡もないおかしな光景に、ただただ私は目を奪われていた。

『ええそう。そう……なのよね。こんな魔法があるなんて私も驚いたわ。少しの間だけどあなたとお話しが出来るみたい』

 そう言って笑う母の声は、自分の知っている物と全く同じで、話し方も同じで。

 これは夢なのだろうか? 

 自分の目がまるで信じられない。

 あれほど、声を聴きたいと願っていた母が目の前にいる。

 でも私は何を言ったらいいかわからなくなって、言葉を詰まらせた。

 言いたいことは沢山あった。

 例え幻でも、夢でも、胸が詰まるほどに沢山だ。

 こんな事があるわけがない。

 ただ、弱った今の心はそれでも起こった奇跡を拒否出来ないでいる。

 それに私には……真っ先に報告しなければならない事もあったのだから。

 私は完全に引き込まれていた。

「母様、聞いてください。 私、母様の生まれ故郷に行きました。そしてちゃんと許してもらう事も出来ました。
母様のお墓もちゃんとあります。父様の故郷はもうないと聞いていたから、父様の名前も一緒に」

 報告すれば喜んでくれると思っていた。

 だけど、母様の表情はどこか曇っていて、悲しそうなのはなぜなんだろう?

『そう……ありがとう。でもやっぱり苦労させちゃったのね』

 母の言っている意味が分からずに、私は戸惑っていた。

「え? でも母様はずっと気にしていたんじゃ? 母様が死んだ夜だって、あんなに謝っていたでしょう?」

 唖然として言葉が零れる。だけど、母は目を閉じその言葉を否定する。

『いいえ、私が謝っていたのは……たぶん、あなたへだと思うわ』

「……私、に?」

 一瞬理解出来ずに、私は母の声に聞き入っていた。

 私に何を謝ることがあるのだろうか?

 母は私に何も許しを請うような事などしていない。

 むしろいつも私に優しくしてくれていたというのに。

 混乱していた私に、母は少しだけ間をおくと、とても穏やかな声で告げたのだ。

『ええそう。ダークエルフだっていうだけでも、世の中の目は厳しいわ。
エルフは寿命が長いから、もう少し長くあなたと一緒にいられると思っていたの。
でも病気でそれすら出来なくなってしまって。ごめんなさい……ずいぶんと苦労したのでしょう? ……本当にごめんなさい』

 幻かもしれない母の言葉は、どこまでも優しく、とても悲しかった。

 そんなことを気にしていたのか……。

 だけど、そうだとしても私の気分は落ち込んでいた。

「……そう……だったんだ。やっぱり私はダメだなぁ。いつも迷惑をかけてばかりだ。母様もダークエルフの私なんかを産んで後悔したでしょう?」

 それはずっと気になっていた事だった。

 エルフの里に行ってからずっと、いや、自分という存在がどういうものか知るほどに深まっていた疑念だ。

 こんな所で言うつもりなんてなかったのに、思わず言ってしまっていた。

 だけどそんな私に、母は見たことがないような顔で叫んでいた。

『そんなことない!』

「え?」

『絶対にそれだけはないから。私はあなたのお母さんになれたことを誇りに思っているわ。それだけは忘れないで。だからそんな泣きそうな顔で笑っちゃダメよ……』

 そう言って母様は私に手を伸ばす。

 もちろん触れらるわけなんてない。

 頬には何の感触もないはずなのに、母様が触れた途端、暖かいものが頬を伝っていた。

 私はポロリと流れる暖かい滴が、自分の涙だとその時になってようやく気が付いた。

「……母様、でも母様の故郷じゃダークエルフはいけないことで、私のせいで母さんは故郷に帰れなくなったんでしょう? ずっと私の事を恨んでいると思ってた」

 幼い自分はなぜ母様が謝っているのかわからなかった。

『……違うのよ。そんなことはないの。他のだれがどう思おうと、私達だけはあなたのことを愛している。だから自分の事を嫌いにならないで』

「……」

 ずっと不安だった。

 自分が愛されていたのかどうか、時が経てば経つほど、自分の事を知れば知るほど不安は病のように胸の中で大きくなってしまっていた。

 床に点々と水滴が落ちてゆく。

 こんな風に泣いたのはどれくらい振りだろうか? 

 涙の流し方なんて今の今まで忘れていた気がする。

『大丈夫、いつだって私はあなたのそばで見守っているから、楽しい時ちゃんと笑って、泣きたい時はちゃんと泣くのよ?』

 そんな風に優しく声を掛けられて、私は顔を上げていた。

 でも、ちゃんと言っておかなくっちゃいけない。

 私は、母のように優しく父のように誇り高くありたいのだから。

「うん……でも私は大丈夫だから。これでもずいぶん強くなったんだよ? だから母様は父様のそばにいてあげて」

 母はそんな私の顔を見て、安心したように笑う。

『……そうね、でもたまには誰かに弱い所を見せられるようにしておきなさいな。きっとそれもいいことよ? 
それじゃあ、そろそろ時間みたい。この魔法を使ってくれた方にもお礼を言っておいてね。
あなたにちゃんとした言葉を残せなかった事、ずっと後悔していたの。
幸せにおなりなさい。きっとあなたにも幸運は訪れるはずだから』

「うん。ありがとう。さよなら母様」

『ええ、元気でね……』

 私が手を伸ばすと、母の手は私の手に届く前に幻のように消えてゆく。

 さびしいとは思う、しかし消えてゆく母の手から確かに受け取ったものがこの胸にあった。

 ひょっとしたらすべて幻だったのかもしれない。

 でもそれでも受け取った言葉のすべてが偽物だったとはどうしても思えなかった。



side 太郎

「うまくいったかなぁ……」

「……お前というやつは、いったい今度は何をしでかした?」

 世界樹の根元に腰かけて、俺がボーとしていると、カワズさんがそんな風に声をかけてきた。

 どうやら水分補給はうまくいったらしい。

 この物言いだと、俺が何かしたことはばれているのだろう。

 蛙のくせに狸寝入りとはやってくれるものである。

「あー、起きてたのかカワズさん。いやナイトさんが落ち込んでいたみたいだったからさ。俺なんかよりもお母さんに励ましてもらった方が元気出るかなってさ。イタコの口寄せみたいな事やってみたんだけど」

「お前はまた極端な、おっそろしい魔力が出とったぞ……それで?」

「あー、うまくいったと思うよ?」

 ナイトさんはずっと家族の事を気にしていたみたいだし。

 これで少しは気分が楽になればいいんだけど、などと軽く考えていた俺だったが、しかしカワズさんは難しい顔をしていて、少なくても愉快そうには見えなかった。

「……だがタローよ、わかっとるか?」

「何が?」

「いやいや。実際の所、その呼びだした彼女の母親が、彼女をよく思っとるかどうかわからんじゃろ? ひょっとしたら我が子を疎んでおったのかもしれんということじゃよ」

 そこまで言われて、俺はようやくその可能性に気が付いていた。

 俺は頭から血の気の引く音を聞いた気がした。

 確かに、よく思っていたと決めてかかるのは早計である。

 最悪、本当に恨んでいたとしたならば、さらにナイトさんを深く傷つけることになったとしてもおかしくはないのである。

 なんでこんな簡単なことに気が付かないのだろうか?

 あまりの自分の軽率さに眩暈がした。

「……」

「どうした?……まさかそういうこと、全く考えてなかったんじゃなかろうな?」

「……だ、大丈夫だと、思う、よ? そんな、折角あの世から出てきて、恨み言言ったりは……しないだろうし?……」

 言い淀む俺に、カワズさんは大きくため息を吐くと、突然立ち上がって俺の目の前で腕を組む。

 そして拳を作るとちょいちょいと俺を手招きした。

「ふむ、タロー……ちょっと結界全部解け」

「……うっす」

 言いたい事はよくわかった。

 俺はすぐさま結界を解くと、中腰になって歯を食いしばる。

 そして、カワズさんの強烈なげんこつを食らって、滲み出す涙をぐっと堪えた。

「~~~っ!」

「まぁわしがやった所でどれほどの意味もないだろうが、あの娘はお前さんを殴るような真似は何があってもせんだろうからな。心に止めておけよ? なんでも出来るからと言って何でもしていいわけではないぞい。だからお前は思慮が足らんと言われるんじゃ」

「……全く持ってその通りです」

「悪いと思っておるんなら、本人の方へ誠意を見せんかい」

「……ごもっともで。これで良かれと思ってもやってんだからどうしようもないな俺……」

「全くじゃ」

 確かに今回のことは考えなさすぎた。

 下手すればナイトさんに怪我をさせるよりも、もっとひどい仕打ちをしてしまったかもしれないんだから。

「……何が良かれと思ったんですか?」

「ほきゃきょ!?」

 ハラハラしている所に突然声を掛けられて、慌てて振り向くと、そこにはナイトさんが立っていた。

 心臓が飛び出すかと思った。

 そしてそのままジャンピング土下座である。

 怖くて顔が上げられない。

 しかしゆっくりと足から順に視線を上げてゆくと、顔に到着した時点で俺は固まってしまう。

 彼女の目は泣き腫らして、赤くなっていたからである。

「あの……」

「……あの魔法はあなたの仕業ですね?」

「……は、はい!」

 じろりと睨まれて今度は背筋を伸ばして正座である。

「えっと……やっぱりまずかったですか? っていうかごめんなさい!」

 地面に頭をこすり付けると、ナイトさんは眉を吊り上げていた。

「……唐突にああいう真似はしないでください。おかげでこのありさまです」

 そして自分の目を指し、そう言うナイトさんに俺は己の愚かしさで死にたくなってきた。

 しもうた! これはやっぱりやらかしてもうたかもしれん!

 だがしかし、なんか殺されても文句は言えないレベルなんじゃないかと覚悟した時。

 突然ナイトさんはすがすがしく笑ったのだ。

 その笑顔はとても綺麗で、カワズさんも含めて俺も思わず見とれてしまったほどだった。

「ですが……あなたに感謝を。そして私のような者に力をお貸し頂いたこと、大変申し訳ありませんでした。この身、微細ではありますが、必ずや身命を賭して御恩をお返しすると誓います。どうか今はその言葉だけでご容赦を」

 予想外の感謝と謝罪に、土偶のようになった俺である。

「はへ? えっと……俺は殺されないんでしょうか?」

 俺の突飛な発言にナイトさんは肩をすくめていた。

「……あなたは私をなんだと思っているんですか? そんなことはしませんよ。でもそうですね……」

 そしてナイトさんはコホンと咳払いした。それに反応した俺もさらに背筋を伸ばす。

 判決はいかに?

 覚悟していた俺に、ナイトさんはビシリと指を突きつけてきっぱり言った。

「ならば今回のことで、貴方の事を様をつけて呼ぶのはやめさせていただきます。タロー殿とそう呼ばせていただきますので」

 そう言った彼女の言葉に俺は目を点にした。

 しかしどうやら悪いことにはならなかったらしい。

 ナイトさんの顔を見ればそのくらいはなんとなく俺でもわかる。

 その笑顔は今までより少しだけ柔らかく。

 素敵な笑顔になっている気がした。



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