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四十六話 ナガミミ達の長い一日 9
「今日はタロー殿のみお越しいただくよう言付かっています。皆様はこちらで待機していただけますでしょうか?」

「マジでか……」

 次の日の朝、さっそく迎えに来てくれたのはナイトさんである。

 だがその申し出に、まずカワズさんがあっさり頷いた。

「ほうそうか。じゃタロー、お前さんだけしっかり挨拶してくるといい。わしゃ昨日の観光で疲れたからの。部屋でのんびりさせてもらうわい」

「……ひでぇなカワズさん」

「じゃ! わたしも部屋で何かしてるよ! 頑張ってね、タロ!」

 続いてこちらもあっさりしたもののトンボが両手を握り締めてエールらしきものを送ってくるが、その思惑はわかりやすい。

「……お前ら絶対面倒なだけだろう?」

「「そんなことないない」」

「くぅ……ここぞとばかりに声を揃えてきやがって」

 どうやらここには無理してでも俺についてきてくれるような奴はいないらしい。

 緊張するっつうのに。

 子供ではないのだから行きたくないとは言わないが、なるべくなら遠慮したいシチュエーションではあった。

「あの……」

 セーラー戦士も何か言いたそうにしていたが、これ以上ごねても仕方ないだろう。

 俺はニヒルな笑顔を浮かべつつ、ひらひらと手を振ってみた。

「……セーラー戦士もみんなと一緒にいるといいよ。なに簡単さ、すぐに終わるって」

「……わかった、じゃあ私もみんなといるよ」

 あれ? これってひょっとしてついてきてくれるフラグへし折っちゃった?

 俺のばか。

 しかしこうなって改めて「緊張するからついてきて」なんて言えない。

 俺にも面子はあるのである。

「ではよろしいですか?」

 最後に確認するナイトさんに、微妙な未練を残しつつコクリと頷く俺だった。

「……うん、よろしくナイトさん」

「……」



 彼女の案内でたどり着いた噂の議会塔は、しかしやはり下から見上げるとなかなか大きな建物である。

 少なくても小市民の俺を威圧するだけの迫力は備えているのは間違いないだろう。

「あの……ネクタイ着用とかそういうの無いよね?」

「? すいませんよくわからないのですが?」

「ですよね! いやこっちの話だから! うん!」

 畜生! 普通に返されてしまったぜ!

 そりゃ知らないですよね、異世界だもの。

 意味不明の冗談をかまして体温が上がる。

 この先ナイトさんと二人でやっていけるかやや不安な俺だった。

 建物の中もそれはもう上品な造りで、中世の神殿なんかはこんな風なんじゃないかと自然に想像してしまうくらいに荘厳な雰囲気をかもし出していた。

 床も天井も壁も当然のように影が映り込むほど磨き上げられていて、光り輝いているのだ。

 俺、どこのメーカーかもわからない変なスニーカーでいいのだろうか?

 思わず足の裏を確認したくなったが、なんとかそれは堪えることに成功した。

 だってガムを踏んづけていたりしたらどうしようと不安になってくるツルピカ度だったんだもの。

 内心おろおろしていると、ナイトさんが急に立ち止って、俺もまた歩みを止めた。

 危うく行き過ぎてしまいそうになってしまったが、まだ特に部屋らしい部屋も見当たらない。

 だというのにナイトさんはそこから一歩も動こうとはしなかった。

「どうしたんですか? えっとここかな? 目的地は?」

「いいえ、ですが私はここで」

「あれ? 最後まで案内してくれないの?」

 最後の希望がそんな事を言ってしまったので、プレッシャーがぐっと増したのを感じる。

 こんなとこで一人にされてもすんげぇ困るんですけど!

 もう一人の俺が心の中でわめいていたが、実際どうなるか?

「ええ、すいません……。私はここから先に入ることは許されていませんので」

「ああそう……」

 そして、ささやかな希望は崩れ落ちてしまった。

 結局俺は一人でいかねばならないらしい。

 なんという心細さ! ふと受験前の記憶が頭をよぎってしまった。

「ここからは私がご案内いたしましょう、どうぞこちらへ」

「はぁ……」

 だが、俺の生命力は少しだけ回復した。

 続いて現れたのはなんと眼鏡をした文官っぽい格好のエルフさんだったのだ。

 しかしそれが目の冷めるような美女だとしても、たった一人の時に面識もない女の人になれなれしく声をかけるなんて……できない! そして文官エルフさんはあまりにもクールすぎた。

 冷たい瞳で、最初以降一言も会話しないとなると、和むどころかむしろ気まずさがレベルアップしているのは間違いない。

 無言で進むこと一分くらいだろうか? 連れられてきた場所は、今までとはまた少し趣が違っていた。

「こちらです、中でお待ちください。まっすぐ行けば入れますので」

「こりゃどうも」

 ああ、やっぱり行ってしまうのですね。

 そっけなくそうとだけ言って姿を消すエルフの人。

 一人になってしまった俺は、無言で目の前の不思議なモノを眺めていた。

「……滝? 室内に?」

 通されたそこは黒い大理石で出来た川に流れる滝だった。

 辺りを見回すが、他に入れそうな部屋もない。

 ここをどう通れと?

 疑問に思いつつ、言われた通り川に入ってみようとすると、なんと川の上を歩けたじゃないか!

 ぼんやりと光の膜みたいなものがあり、足の部分だけ床が現れているらしい。

 感心しながらまっすぐ滝へと進んでゆくと、俺は濡れることもなく、滝の水は自動でカーテンのように開いたのである。

「滝の自動ドアとは恐れ入った」

 こういう所、案外ファンタジーの世界も馬鹿に出来ない。

 しかし幻想的な自動ドアから通された場所は、あまり気分のいい所ではなかったのだ。

 丸いフロアは高い壁でさえぎられ、上の方に椅子が取り囲むように配置してある。

 俺は見降ろされる形で、ちょうど真ん中に腰かけろとばかりにおいてある椅子がまた嫌な感じだった。

「これじゃぁまるで裁判だな……」

 言葉通り、それはどこか裁判所を思わせる。

 そして俺を見下ろす様に、いつの間にか五人の人影が壇上に現れていた。

 この人達が長老会とかいう人達なのだろうか?

 とりあえず挨拶しておいた方がいいのかな?

 俺は頭を下げて、ニッコリと笑ってみた。

「どうも始めまして、こんにちは。太郎と言います。御招きに預かり光栄です」

 そんな挨拶に応えたのは、五人のちょうど真ん中にいる、きりりとした眉のナイスミドルだ。

 白い法衣のようなものを纏った彼らの中でも、特別威厳のありそうな彼は、やはりエルフらしく、とんがった耳をしていた。

「うむ、こちらもわざわざご足労感謝する」

「さて、俺としては挨拶してしまえばそれで終わりだと思っていたんですけど。これはどういうことですか?」

 ただ早速で悪いが、この状況を説明してもらわなければならないだろう。

 どう見たって通されたこの場所は、対等の話が出来るような場所ではないからである。

 俺は試験を受けに来たわけでもなければ、裁判を受けに来たわけでもない。

 昨日の出会いがしらの歓迎といい、試されるような状況にもいい加減飽き飽きしていたのである。

「はて、何の事であろうか?」

 あくまで惚けるエルフの長に、俺もさすがにこめかみが震えた。

「あー面倒くさい。この物々しい雰囲気のことだよ。まるで今から尋問でも始めようって空気だ。悪いけど俺はそんなものに付き合う気はないよ?」

 もはや敬語はやめてそう言うと、向こうの空気も明らかに変わった。

 それは嫌悪感とか、そう言った類の負の感情だということは、鈍い俺でもなんとなくわかる。

「……それは申し訳ない。だが我らもただ単に君の力量を試すためにここに呼んだのではないのだよ。
君が危険であるかどうか、その辺りも見極めさせてもらわなければならぬのでね」

「なんで俺がそんなことをされなくちゃいけないんだ? まぁ実力を把握しておきたいって言うのはなんとなくわかるよ? 竜の長老からも俺の力は危ないって注意されたし。でもだ、それならこんな回りくどいことをせずに見せてくれと頼めば出し惜しみなんてしない」

 どっちにしたって、俺の実力なんて魔法を使うまでもなくわかるだろうに?

 そう言うと、男はさっそく本性を現したようだった。

「……ならば遠慮することもなかろう。その力とやら、見せてもらおうか」

「んん?」

 男はそう言って立ち上がる。

 すると残りの四人も同時に立ち上がって、何かが動き出した様だった。

 五人が呪文な様なものを口ずさみ、祈るように手を組んでいる。

 何が始まるのかと心持身構えていると、俺の周囲に、怪しげなオーラのようなものが揺らめき始めたのだ。

「……なんだこれ?」

 それは最初紫色の淡い光だったが、どんどん濃く、勢いを増してゆく。

 光りは俺の周りで渦を巻き、一つの魔法陣へと姿を変えていた。

 俺はエルフの長達をじっと見つめたまま微動だにしない。

 すると真ん中の男は俺を見下ろしたまま不敵に笑ったのだ。

 そして勝利を確信したのか、彼は饒舌に語りだした。

「エルフの封印結界だ。古代から伝わる数少ない秘術だよ。光栄に思うといい、君は危険すぎるのだ。
我らエルフの権威に傷をつけかねないほどにな。
この結界はたとえ竜であろうとも手も足も出せぬ堅牢な牢獄だ。さぞや心地よい眠りを提供してくれるだろう」

 魔法陣から飛び出した輪っかが幾重にも分かれて、俺の周りをぐるぐる囲む。

「……なるほどねぇ」

 やっぱ面倒くさい。

 光りの檻は無数に増え続けて、ついに俺の周囲を完全に覆い尽くしてしまった。


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