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四十四話 ナガミミ達の長い一日 7
 エルフの町を色で例えるなら、白というのが最もしっくりくるだろう。

 漆喰で塗り固めたような真っ白な四角い家が建ち並び、石畳の敷き詰められた道路も白いタイルで飾り付けられている。

 しかしそこかしこに趣向の凝らされた彫像や彫刻がちりばめられていて、殺風景というわけでもなく独特の趣が漂っていた。

 エルフが細工が好きだというのに嘘はないようである。

 散策するだけでもそれなりに楽しめそうな町を前にうずうずしていた俺達に、ナイトさんは歯切れの悪い様子で言った。

「町の中を観光したいと言うのはわかりましたが、あまり……その、楽しむには向いていないかもしれませんよ?」

 ためらいがちにそんなことを言われて始まった観光だったが、ナイトさんの言葉の意味はすぐに分かることになる。

 というか露骨にわかり安すぎた。

 町に入った途端、人ごみが割れる割れる。

 明らかに俺達一行を避けているのが丸わかりの態度である。

 見つけた雑貨屋に入っても、店員の態度は最悪だった。

「んん? ……あんたダークエルフだろう? それに……なんだって他所の種族がここにいるんだ?」

 たまたま訪れた一軒目からこれだ。

 せっかく妖精硬貨という妖精族限定で使えるお金もわざわざ用意してきたというのに、このままでは使えずに終わってしまいそうだった。

「この方達は……、長老会の方々の客品でして。なんとか融通していただけないでしょうか?」

「……帰ってくれ、あんたらに売るものは何もない」

 ナイトさんも頑張ってくれていたようだったが、エルフのおっちゃんは露骨な態度を変えようともしないできっぱり言った。

 これにはナイトさんも困り顔で、どうにもこのままでは望み薄に見える。

 いやはやエルフの根性の悪さは民間レベルで定着しているらしい。

 しかし、このままお土産も買えなかったら色々と面倒になることは目に見えているわけで。

 特に女王様辺りは間違いなく機嫌が悪くなることだろう。

 ふむ、そっちがその気なら、最後の手段に打って出る必要があるかもしれない。

 俺はナイトさんを押しのけて、ツンケンしていたおっちゃんの前に進み出た。

「あー、ナイトさん。面倒くさいんで俺が変わるよ」

「え?」

 戸惑うナイトさんと胡散臭そうに怯むおっちゃんに俺はニコリと微笑んだ。

「なぁ、おっちゃん?」

「んん? な、なんだ?」

「これ見てみ?」

 俺がポケットから取り出したモノを見て、おっちゃんは困惑顔を浮かべていた。

 それは俺が唯一召喚されていた時に持っていた、財布の中の五円玉である。

 そして五円玉には糸がくっついていて、俺はそれをゆっくりと振り子のように揺らした。

「それがいったい……」

「よそ者には品物を売ってくれないんだよね?」

 振り子が揺れると、ぼんやりと五円玉が光る。

「……ああ」

 するとおっちゃんの目尻がとろんとだんだん下がってきた。

「じゃあ俺達ならどうだろう? 俺達偉い人だよね?」

 最後に指を鳴らしてそう言うと、おっちゃんの態度は急変していた。

「……失礼しました! どうぞこちらへ! 好きなだけ見て行ってください!」

「どうもありがとう♪」

 態度を一変させて急に下手に出始めたのである。

 劇的に態度を翻したおっちゃんに、むしろ慌てたのはナイトさんだった。

「いったい何をしたんですか!」

「え? 催眠だけど? ちなみにお題は、この町で一番偉い人がお忍びでやってきた呈で」

「やめてください!」

「えーだって、話しても埒が明かなさそうだったし。俺達だってお土産買えないと困るし」

「そういう問題ではありません!」

 割と必死なナイトさんだったが、問題と言えば客によって態度を変えるおっちゃんの方ではあるまいか?

「おっちゃん、これの値段ってどのくらい?」

「はい! 全品半額でかまいません!」

「えー本当? ありがとうー♪」

「……だからやめてください」

 おろおろと困り顔のナイトさんには悪いが、俺も売ってもらえないのは非常に困るので、ここは涙を呑んでもらおうと思う。

「ナイトさんもそんな肩ひじ張らないでええんでない? ほら、ご主人もこう言っていることだし、欲しいものを買っていったらええがな、半額で。ねぇおっちゃん?」

「ええ! お好きなものをどうぞ!」

 すがすがしい笑顔でそう言ってくるナイスミドルのオッチャンのきっぷのいいこと。

 すでにそれは別人だった。

 目がぐるぐるしているけれど。

「遠慮しておきます! というかあなたが洗脳まがいのことをしたからでしょう!」

「おい、タロー! がまぐち貸せ! もう両手じゃ持てん!」

「……」

 そんなこと言ったって、すでにカワズさんは支払いの体勢で待機中である。

 トンボもセーラー戦士も支払いをカワズさんに任せて、すでに次の店に狙いを定めているようだった。

「あ! あっちの店もよさげだよ! タロ! 行って見ようよ!」

「ほいほいOK。あ、ちょっと待って。五円玉準備するから」

「だから! やめてください!」

「いいのかな? あ……あの手鏡かわいいな」

「買っちゃいな、買っちゃいな。ちゃんと両替してきてもらってるから。みんないい人達ばかりだよ、これも五円玉効果だよね」

「そんな効果は存在しませんから!」

 最後の方はちょっと涙目のナイトさんだ。

 俺の五円玉催眠魔法は思いのほか効果があったようで、どの店も快く商品を売ってくれた。

 しかしナイトさんはあれだ、律儀な人だ。

 それからどの店に行っても何も買わなかったし、食事さえまったく口をつけなかったんだから立派なものである。

 エルフ料理はなかなか美味で、香辛料とハーブのよく効いた、インド風みたいな味でした。

 ちゃんと写真も撮りましたとも。

 一通り廻り終わった時には、満足げにほくほく顔の俺達とは対照的に、ダークエルフの二人はなんだか疲れ顔だった。



 観光も一通り済ませて、最後に案内されたのは、宮殿のような外観の立派な建物である。

 クマ衛門は警備の仕事が残っているからと先に帰ってしまったので、連れてきてくれたのはナイトさんだ。

 どうやら一応他所からの客品をもてなすための施設らしく、張るべき見得は張られているらしい。

 もっとも、そんな客は滅多にいないらしいが。

 現に今だって受付以外は人っ子一人いないわけだから、何のための施設なんだか今一わからない。

 引っ張りまわしてしまったせいで、ずいぶんよれているナイトさんは、どこかほっとしたようにため息をついていた。

「……今日はこちらでお休みください。明日また迎えに来ますので、その時議会塔の方へ案内させていただきます」

「議会塔?」

「はい。中央の一番大きな建物がそうです。そこで長老会の方々がお持ちしておりますので」

 長老会というのはさっき会話でちらりと聞いた気がするので、おそらくここで一番偉い人だろうと当たりをつけた。

 ならばその人達に会うのが今回のおつかいという事だろう、俺は納得するとナイトさんに頷いた。

「OK、わかった。いやぁ今日は楽しかったよ! ありがとう!」

「いえ……お気に召したのならよかったのですが」

 俺が握手をしようと手を差し出すと、ナイトさんの表情が強張る。

 そして少しだけ躊躇ってから彼女は言いづらそうに、言った

「……あなたは、その、気にならないのですか?」

「は? 何が?」

「ダークエルフが……です。人間からは魔物と同様のイメージを持たれていると聞いたのですが」

 どこか落ち着きがないナイトさんは、相当の覚悟でこの質問をしたのだろう。

 まぁ確かにそんな話もあるのかもしれないが、俺には全然関係のない話だった。

「あー、俺もちょっとした事情があってね。というか、そんなに気にならないというか。むしろ好き?」

 異世界ではそんな固定概念ないわけだし、おそらくはセーラー戦士も同じだろう。

 しかし、ナイトさんにとってはある種の衝撃だったようで、動揺を隠しきれないようである。

「それは……とても珍しいですよ」

「まぁタロだしね」

「元来緩い奴だしのぅ」

「君らね……あんまり褒めてるように聞こえないんだけど」

 若干失礼な物言いの二人は置いておくことにして、しかしナイトさんくらいの美女でもそのカテゴリーに入るとすると、どこか釈然としないものを感じた。

「それにしても、あなた方はとても不思議です。魔物と妖精と人間なのに随分と親しい関係のようだ」

「そう? けっこうカワズさんと俺は因縁渦巻く関係よ?」

「そうじゃのぅ。ただならぬ関係じゃの」

「わたしは、なんか面白そうだからくっついてるだけ」

「私も、元の世界に帰る手掛かりになりそうだから一緒にいるだけだよ」

 俺も含めて言いたいことを言う面々。

 ナイトさんはそんな俺達の何をどう勘違いしたのか、微笑ましげである。

「いえ、それでも一緒にいて楽しめる間柄というのはいいと思います。好ましいです」

 そう少しだけうらやましそうに笑っていた。

 なんとなくそんなナイトさんの手を、俺は無理矢理掴んで、ぶんぶん力強く握手する。

「とにかく、ありがとう! また機会があったら是非一緒に遊びに行こう!」

 そう言わなきゃいけない気がしたのだけれど、ナイトさんは黙って握手した手を見つめていただけだった。


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