四十三話 ナガミミ達の長い一日 6
ダークエルフが妖精なのか、それとも別の種族なのか?
人間の間では魔族とも混同されがちな彼らは、実はもっと単純なものらしい。
「ダークエルフは多種族とのハーフなのです。エルフはどういうわけか血が混じると、肌が褐色になりますから、すぐにわかるのですよ」
「へー、それがダークエルフなわけか。あ、ひょっとして彼も?」
丸い人の毛皮を撫でながら尋ねると、ダークエルフさんは頷いた。
「はい、彼は獣人とのハーフですよ。たぶん毛皮の下はそうなんでしょうが、全部剃ってみるわけにもいきませんから」
と笑い混じりに彼女は説明してくれる。
ダークエルフさんに連れられて、俺達は結界の出口とやらに向かっていた。
正しい道順で森を歩くと抜けられるらしいのだが、本当にエルフは小細工が好きらしい。
「気を付けてください、道順を間違えると永久に出られませんから」
「こわ!」
というわけでエルフの里に到着……とはいかずに、その前に俺達はエルフの里の入り口手前、そこにあった小屋まで連れてこられると、待っていてくれと頼まれた。
大人しく待つこと数分、ダークエルフさん達は鎧から普通の服に着替えてきたようだった。
「すいません、我々は町の中での武装は禁じられているもので」
「がう」
しかし彼女達が着ていたのは普通の服と言っても、厚手の青い生地に詰襟の付いた、ずいぶんとしっかりしたものらしく、それはまるで軍服の様だった。
ただ鎧とは違って、ある程度は体つきもわかってしまうわけなのだが……というかわかってしまうのがすごい。
主に胸のあたりがである。
これがダークエルフか……エルフとは違うのだな、圧倒的じゃないか。
スレンダーなイメージの強いエルフには出せない、ダークエルフだからこそ許される至高の美。
出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる、鍛え上げられた肉体とグラマラスなスタイルは褐色の肌と合わさってなんとも野性的で妖艶な魅力を醸し出していることだろう。
「ありがとう……俺、感動した!」
「……彼はどうしたのでしょう?」
拳を握りしめる俺に困惑気味のダークエルフさんだったが、カワズさん達はなれたものだ。
「馬鹿をこじらせただけじゃ。気にせんでもええよ」
「なんだか邪なことを考えてるよ、あの目は」
トンボちゃん、そんな汚物を見る目で見ないで。
そんなことはないのだよ。
俺はただ単に芸術的観点から大自然が生んだ美しい奇跡に、痛く感動しただけですとも。
ついでに言うと、丸いのは一応ぱっつんぱっつんの軍服は着ていたが、どう見ても巨大なぬいぐるみだった。
うん、エルフの高い文化水準が窺えるね。
だが一つ、いただけないものも目に入る。
それはダークエルフさんは首に、丸い人には足に、いつか見たような黒いアクセサリーが付けられていたのだ。
気にはなったが、そこは触れない方がいいだろう。何でもかんでも開放すれば言いというわけではない、ここにはここのルールというものがあるのだから。
「では改めて、このたび里の案内を仰せつかりました*****です。先ほどは大変失礼いたしました」
ダークエルフの人はそう言うと、膝をついて仰々しく頭を下げる。どうやら正式な最敬礼のようなものらしいが、まずはそれでセーラー戦士に謝罪してきた。
だが慌てたセーラー戦士は、高速で首を振っていた。
「ええっと、こちらこそ。でもあなたは強いんだね。あのペンダントがなかったらどうなっていたかなんてわからないよ」
「いえ。あなたこそ素晴らしい腕をお持ちだ。あのまま続けていれば私達は負けていました」
剣を交えた者同士、何か通じたものがあったのか、二人はお互いの健闘を称えあって握手をしていた。
あ、でも手に血管が浮いてる。
「次は負けないよ?」
「望むところです」
ミシミシ音がしている握手を見て、ああ、やっぱり悔しいんだなとスポーツマンシップの黒い部分を見た気がした。
「さてお二人さん! さっそくで悪いんだけど二人のあだ名はなんにしようか!」
空気を換える意味も込めて、せっかくなので恒例の命名である。
これから里を案内してくれるのなら、長い時間一緒にいることになるのだ、コミュニケーションをとるのに、呼び名が統一出来ないのも困るだろう。
「あ、やっぱりやるんだそれ」
するとセーラー戦士が微妙に嫌そうな顔をしていたが、当たり前じゃないですか。
「なんでしょうか?」
困惑顔のダークエルフさんに俺は気楽に言った。
「いやなに、ちょっと君達にあだ名をつけようと思ってね」
「……あだ名ですか?」
しかし、彼女は俺の提案にどうにも戸惑っているようである。
それはそうか、あだ名なんて格式ばって付けるものでもないものな。
「やっぱ嫌?」
もっともどうあってもつけさせてもらうわけだが、一応そう尋ねてみると、ダークエルフさんは何故か控えめに顔を赤らめていた。
「いえ……そういうわけではないのですが。なにぶんあだ名などつけられるのは……初めてなもので」
なんと、これは意外な事である。
しかし、という事は嫌なわけではないらしい。
俺は安心して深く頷くと、コホンと一つ咳払いした。
「では、僭越ながらわたくしが初あだ名をつけさせていただきましょうか」
しかし初めてのあだ名となると、そう毒が多いのもまずかろう。
さてどんなものにしたものか?
やはり長耳さんとかそのあたりか?
いや、この先まだエルフの親しい人物が出来るかもしれないと考えると、身体的特徴はまずい。
だとすると真っ先に思いつくのは、最初に出てきた甲冑姿だろうか?
あのインパクトは相当なものだったからな……よし決めた!
「じゃぁナイトさんで」
俺がそう名付けると、彼女はきょとんしていた。
「ナイトですか?」
「そう、ナイトさん。うん、呼びやすいし、いい感じ」
俺にしてはなかなかまっとうなあだ名の付け方をしたんじゃないだろうか?
わかりやすいし。
しかし自画自賛していたら、思わぬ所から抗議が出た。
なんと、思わずといった感じだったが、口を出してきたのはセーラー戦士だったのである。
「……意義あり! それはキメすぎじゃないかな!」
なんという、言いがかりだろう。
まぁ確かにキメすぎな気もしないではないが、語尾に「と」が付くと日本名みたいで呼びやすいじゃないか。
「なんだよセーラー戦士。いいあだ名だろ? あ、気が付いた? 甲冑もだけど、夜って意味もかかってるのだよ、ダークエルフっぽくない?」
俺がこの思い付きを得意げに披露すると、そういう問題ではなかったらしい。
セーラー戦士はなんとも複雑な、奥歯にキャラメルでもくっついたような顔で葛藤しているらしかった。
「そんなのはどうでもいい! 私! セーラー戦士だよ! もうちょっと……とにかくそれでいいのかい!? カワズさんも私の時はなにかこう、色々言ってたじゃないか!」
瞬間的に俺とカワズさんの視線が交差する。
そしてお互い瞬きだけで何かわかりあうと、カワズさんきょとんとした顔になった。
「……悪くないんじゃないかの?」
「いいよなぁ? ナイトさん」
「ああもう! 変なところで連携がいいなぁ!」
カワズさんはわけがわからないという風に頷いて。
しかし何が納得いかないのか、セーラー戦士はぬぐぐと唸る。
「ええっと!……例えば褐色さんとか!」
「肌の色とかで呼ぶと何かしら問題が出る気がするしー」
「どこからだよ!……ええっとそれじゃあ、巨乳さんとか!」
「……やっぱ気になるんじゃな。女の子でも」
「べ、別に気にしてるわけじゃないけど! でもホラもっと! 絶妙に嫌がらせ風味というか! そういうのが君の持ち味だろう?」
「えー、そんなことないよ(棒)」
悔しげに歯ぎしりするセーラー戦士に、今度はトンボが優しく肩をたたいた。
「……やめときなよ。 なんかもう、やめときなよ」
セーラー戦士はひどい裏切りを受けたような顔をして、その場に崩れ落ちたのだった。
「それじゃぁ、ナイトさんで決定で」
「なんだか照れくさいですね」
初のあだ名というのはなんというか特別なものを感じるだろう。
ナイトさんは照れて気恥ずかしげに首の後ろに手を当てていたが、大体そんなものだろう。
「あっはっは、そんなの呼ばれているうちに慣れてくるもんですとも! な! セーラー戦士!」
「……セーラー戦士じゃない。そして私に振らないで」
ふむ、いじけてしまった。ちょっといじりすぎてしまったようである。
「でも問題は丸い人の方なんだよな……」
しかし続いてすぐ隣にいてなぜかワクワク顔に見える丸い人を眺めて俺は唸った。
「なんじゃ、ダークエルフの彼女よりよっぽど特徴的だと思うんじゃが?」
確かにカワズさんの言う通り、おそらくはクマの獣人とエルフのハーフで、ずんぐりむっくりとしたクマのような外観の彼は、特徴の宝庫のように思われる。
「だけどぶっちゃけト○ロしか思い浮かばない……」
俺にとって切実な問題だった。
「それは……何か問題あるのかの?」
「あーいいんだ。こっちの話だから」
だがさすがにそれは躊躇われるのだ。
俺は悩んだが、悩むのもおかしいかと頭に浮かんだ名前を採用することにした。
「せっかく和風のしゃべり方なんだから、そのものズバリ、クマ衛門でいいかな?」
「……それはどうなんだろう?」
俺の安直なネーミングに打ちひしがれていたセーラー戦士が復活してきた。
うん。このニュアンスは日本人にしかわからないよな。
「がう! がうがう!」
しかし案外乗り気だったのが本人だったものだから、俺達は口を閉ざすことになった。
「んん? 『響きがご先祖様に似てるからそれがいいでござる?』まぁ気に入ったのならこれでいいけど」
本人が気に入っているのなら、わざわざ気分を損ねる必要もあるまい。
昔の人はこんな名前多かったからね。
さて、あだ名も決まったことだし、さくっとエルフの里に乗り込むとしよう。
「じゃあ、私から離れないようにお願いします」
ダークエルフの人改め、ナイトさんは小屋の少し行った所に歩いてゆく。
そしてある所から突然姿を消したのである。
驚きはしたが、俺達も彼女に倣って進むと、急に視界が切り替わった。
まず見えたのは真っ白な塔である。
そして同じく真っ白い建物が建ち並んだ美しい町並が姿を現していた。
町には耳の長いエルフ達が沢山いて、白い町を華やかに賑わせているようだった。
「それでは、さっそくエルフの里に招待いたしますが……」
町のことを説明しようと立ち止まったナイトさんだったが、彼女の説明をまともに聞けるような精神状態の奴はここには一人もいなかったりする。
一同大興奮で、未知なる町を鼻息を荒くして眺めていた。
「まずは観光だな!」
「そうじゃの! 何か飯のうまい店はないかの?」
「いやーここは、お土産でしょー。アクセサリーの可愛い店知らない?」
「ナイト……クマ衛門……セーラー戦士……どっちもどっち?」
「ええっとですね。まずは宿泊施設にですね……」
俺達の熱気に押されタジタジになるナイトさん。
そんな彼女に向かって、クマ衛門が諦めろとでも言いたげに首を振っていた。
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