四十二話 ナガミミ達の長い一日 5
「なんだあれ?」
現れたエルフの一団、その先頭の男が声の主らしい。
セーラー戦士も騎士も、彼の声に動きを止めている。
そして男が一瞥すると、騎士の方が丸いのを引きずって素直に引いたのだ。
今一納得がいかない風のセーラー戦士だったが、相手がいなくなったのではどうしようもない。そのまま素直に剣を収めて戻って来た。
ただ気になったのは男の手に見事な細工の弓が握られている事だろう。
おそらく剣を砕いた狙撃手はこいつらしい。
どうにも不信感のぬぐえない俺だったが、男は俺達の前に進み出ると、優雅な動作で頭を下げた。
「失礼しました。妖精郷の方々ですね?」
「……はぁ」
いやいや、攻撃してきておいて何言ってんの?とか。
謝るのが先だよね?とか。
なんだかとても失礼な感じの視線が気に入らねぇよとか、言いたいことは多々あるが。
それを言う必要はないだろう。
なぜならば、こっちの視線も十分すぎるほどに失礼だからだ。
そこには夢破れた男の疲れ切った視線があった。
「あの……どうかいたしましたか?」
どこか死んだ瞳の俺が気になったのか、男は渋い声で尋ねてくる。
だが放っておいてくれないと困る。
何せ私情この上ないもので。
「別に、もうどうでもいいんで……俺の事はお気になさらず」
「は、はぁ」
曖昧な返事を返すエルフの男には悪いが、俺の期待値を思えばこれは当然の反応なのだ。
出てきたエルフの一団は確かに、美形なんだろうさ。
先頭のこの隊長っぽい男からして、髭なんか生やしちゃった渋いおじ様だものよ。
スキンヘッドのごっつい奴もいる。
すらりと長い金髪の長髪もいるさ。
中には若い、とんでもなく整った顔の美丈夫もいるだろうよ。
もっとも、そうでもないごっつい奴らも沢山いるけど。
だが共通しているのは、どいつもこいつも鍛え上げられた鋼の肉体を惜しげもなく披露してくれちゃって、あまつさえみんな基本は美形だという事さね。
ま、女の子なんて影も形もいないけどな。
……。
それでいいのかエルフぅぅぅぅぅぅ……!
もっと自分のアイデンティティを大切にしろよエルフぅぅぅぅ……!
ここは弓を携えた美女が出てくる所なんじゃないのかエルフぅぅぅぅ……!
はぁ……もう知らない。
俺の嘆きに満ちた表情に男は戸惑っていたようだが、一応隊長っぽいので、一向に進まない話を進めることにした様だった。
「先ほどの奇襲はあなた方を試させていただいた。此度の招待はあなた方の力を見極めることにあるとは、理解いただけているとそう伺っています」
あの女王、そんな事わざわざ付け加えなくてもいいだろうに。
しかしまぁそれに関しては表面上は不満を出さないようには心がけた。
だけどそれにしたって派手にやってくれたものである。
いや……派手にやったのはだいたいこっちだけど。
複雑に、どう出たものやら微妙な気分になったが、俺はとにかく謝ってみる事にした。
「いえいえ、こっちも連れの者が大分無茶をしちゃいたしまして」
「……そういうこと言うんだ」
こちらもセーラー戦士の視線もおっかないのでサッサと話を進めよう。
それに俺達も兵隊さんを傷つけちゃったわけだし、そのお詫びも込めて俺はさっそく提案してみた。
「せっかくです、俺達の方で相手の人の手当てをしたんですけど、どうでしょう?」
しかし俺がそう言うと、隊長っぽいのは顔をなぜかしかめていた。
「……いえ、それには及びませぬ」
「そういうわけにもいかないでしょう? あれで無傷なんてことは絶対ないでしょうし」
なんとなく、セーラー戦士が暴れた跡に目線がいくが、やはりかなりえぐい景色だった。
というかあれで無傷なら、スケさんといい勝負である。
喰い下がった俺に、男は渋い顔のままだったが、とうとう折れてさっきの二人を呼んだ。
呼ばれた二人はやはり相当に怪我をしていたらしく、騎士の方は未だ足を引きずっているようだった。
「おい! お前達! この方が治療してくださるそうだ! 粗相のないように!」
「……はい」
返事をしたのは騎士の方だ。
くぐもった声で中の人はよくはわからないがそれにも増して、いまいち仲間内とは思えない空気のほうが気になった。
この気まずい空気はなんなのだろう?
二人というか、エルフの一団と最初の奇襲組の間には、なんだか壁のようなものを感じた俺だった。
「……それでは、我らはこれより報告に行かねばなりませんので。お前達、怪我が治ったらその方達の案内をしろ!」
しかし、そこの所を観察する暇もない。
隊長の男はそう偉そうに言い残して、来た時と同じようにゾロゾロと全員で帰ってしまったのだ。
いやいや何しに来たんだお前達。
治療の間くらい待ってなさいよと。
だが俺以外は理由に心当たりがあるらしい。
なんとなく気持ちの悪そうな顔をしているうちのファンタジー組みは、やはりうんざり気味だった。
「まぁ歓迎はされんわな」
「やな感じ。あいつらおんなじ妖精にも感じ悪いって有名だもんね」
なるほど、どうやらエルフって人達は、どうでもいい排他的な発想はファンタジー的に共通の様である。
「ああそうなんだー……」
だが誰もいなくなって、俺がぐだっと怠そうに返事を返すと、カワズさんは呆れ顔だった。
「やる気ないのぅ、さっきまでの元気はどうした?」
「だってー。お前エルフって言ったらー。もっとこう……色々あるだろう?」
ところがどっこい出てきたのは、ムキムキの男ばっかりの集団だぜ?
そりゃあ、やる気もなくなるってもんだ。
「いや、あれは警備の騎士じゃろう?」
「馬鹿野郎……戦う弓使いなんかに美学を感じるんだろうがよ」
まったくロマンをわかってないなカワズさんは。
だけど、ムキムキのエルフ集団がいなくなっただけでもまぁ良しとしよう。
もっともあいつらなんぞ、すでに俺の眼中にない。
何気に俺の興味はこの襲ってきた人達の方に移っていた。
俺は少しだけやる気を取り戻すと、さっそく目的の人物達に視線を向けていた。
まずフルプレートの鎧を着こむ騎士。
これもまぁ気になるというか、ものすごい存在感だ。
しかし問題は丸いやつの方だろう。
鎧こそ着ているが、熊のように黒い毛皮に、猫のような髭、そして三角に尖った耳である。
見た目は首のないクマのようなのだが、その姿にはどこか愛嬌があった。
さらに言うと、思わずお腹に乗って跳ねたくなるような丸さ!
見ているだけで、飛び乗りたい。そんな欲求が湧き出してくるじゃないか!
底辺だったテンションが徐々に上がっていっているのが自覚出来る。
どうにもうずうずしてきて、今にも子供心に火が付きそうだ。
「それじゃぁ、ちょっとじっとしてくださいね」
俺はすぐさま治癒の魔法を実行すると、魔法は満身創痍だった二人の怪我をあっという間に治してしまった。
これには二人も驚いたようで、しきりに全身をくまなく見まわしている。
よし、治療はこれで完璧らしい。となれば質問タイムに突入しようではないですか!
俺は早速きらりと目を輝かせ、にこやかに話しかけてみた。
「さてこんにちは! 俺の名前は太郎って言うんだ? 君の名前は?」
「……***がうがうがうぐるがう」
「あー、やっぱ名前は聞こえないかー。しかしなんだってそんな喋り方?」
「がうぐるるがうがうがうぐるる!」
「マジで! そんなことがあったりするわけ! ……異世界あなどれねー」
俺が気持ちよく談笑をしているというのに、周りのギャラリーの表情は険しさを増してゆく。
いったいなんなんだと文句を籠めて視線を向けると、おずおずと言ってきたのはセーラー戦士だった。
「ごめん……何話してるの?」
「え? だからこの人と雑談してるんだけど。なかなか面白い人だよ?
でもなんだか複雑だよなぁ……こうマスコット的な言葉か、ぶっちゃけしゃべれなくてもいいぐらいに思ってたんだけど、ぺらぺらしゃべるんだもん」
贅沢は言わないが、でっかくても少しばかりかわいい声がいいとか思うわけだよ。
しかし実際の声は少し渋い。
これはこれでキャラが立っているし、味があるのでいいのだが。
だが俺のこんなロマンはまたしても理解されないようだった。
まぁ仕方ない、エルフの美学もなかなか共有できなかったものな。
そう思ったが、なにやら視線の種類が違う。
ひょっとしたら俺、何か勘違いしてる?
案の定、その違和感は正解だったようで、根本的に戸惑いの理由が違うらしかった。
「ごめん、君って……ひょっとしてこの人の言葉わかってるの?」
おずおずとセーラー戦士から不思議そうに聞かれたのだ。
俺は丸いのに視線を戻す。
お互いに目を合わせて、同時にこくんと頷いた。
「え? わかるけど みんなわかんないの?」
「全然」
「私もー」
「わしもさっぱりじゃ」
なんということだろう。この丸い人と言葉が通じていたのは俺だけだったらしい。
「……なんでだ?」
こういう場合、大体こいつが悪い。
恐らくは事の発端であろう人物にお伺いを立ててみると、しれっといいやがった。
「そりゃぁわしがお前さんの翻訳魔法に、獣人の言葉も入れたからじゃろ?」
「……何その無駄なクオリティ」
「言わんかったかのぅ? わし結構頑張ったんじゃて」
「……そんなことしてるから、名前がわからないなんていう凡ミスするんだろうに」
どうやらこのカワズさん、マイナー言語にこそ力を入れたらしかった。
よかったんだか、悪かったんだか……。
「まぁそういうこともある」
「あってたまるか!」
悪びれもすることなく、カワズさんは頷くので、マジで勘弁してほしかった。
とりあえず怒鳴ってみたが、まぁおかげでこの人と話をすることが出来たんだから、このくらいで勘弁してやろう。
そして俺の他にもわくわくしている奴もいる。
「ね、ねぇこの人なんて言ってるの?」
さっきから気になっていたらしいセーラー戦士は、キラキラした目でそう尋ねてきたのである。
おお! わかってくれるかセーラー戦士よ! やっぱりこのもふっとしたのが何を話しているかとか気になるよな!
そんなセーラー戦士に、幸せのおすそ分けをすることにしよう。
「あー、じゃあ直訳で『拙者***と申す。傷の手当、感謝する。しかしこのような素晴らしい魔法を掛けてくださらずともよかったでござるのに。拙者頑丈なのが取柄でござるゆえ』」
だが折角そのままで伝えてあげたというのに反応は悪かった。
俺が不満そうな顔をすると、同じく不満そうな顔のセーラー戦士だった。
「えっと……ふざけてる?」
「いや、俺もなんでこんな話し方なのか聞いてみたんだよ。そしたら昔、この人の先祖が侍と修行友達だったんだって。それから脈々と受け継がれているらしいよ。
ちなみに先祖は熊の獣人だってさ」
たぶんかなり昔から召喚魔法は行われていたんだろう。
そこで召喚されたかわいそうな侍が一人、熊の獣人と親交を深めていたと。
なんとも心温まるエピソードだ。
うんうんと一人納得していたら、思わぬところから俺に言葉が飛んできた。
「……あなたは彼の言葉がわかるのですか。それはよかった。彼も誰かと話したがっていたので」
くぐもった声だが、それはフルプレートから聞こえてきたらしい。
この人普通にしゃべれたのか!
ぎょっとしながら失礼なことを思いつつ、ごくりと喉を鳴らす俺。
いやいやなんとなく、しゃべらないキャラだと勝手に決めてかかっていたのだが。
「えっと……あなたは?」
まぁ鎧のインパクトで丸いのに迫っていただけの、戦士さんだ。
出てくるのはやはりムッキムキのおっさんか。そのあたりだと思う。
過度の期待は厳禁だろう。
しかしおもむろに外された兜から、長い銀髪が零れ落ちたあたりで、俺の意識は完全に釘づけになってしまっていた。
「失礼、申し遅れました。私は*****。ご覧のとおりダークエルフです。見苦しいかもしれませんがご容赦を」
キラキラと月の光をそのまま写し取ったような銀髪に褐色の肌、何より特徴的な長い耳。
そして、これぞエルフと言わんばかりの凛々しい相貌には金色の瞳が輝いている。
それはまさにダークエルフって感じだった。
俺のテンションはこの日、MAXを迎える。
エルフ? それがなんぼのもんですか?
俺はダークエルフが大好きです。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。