三十九話 ナガミミ達の長い一日 2
エルフの里は妖精郷よりもさらに森の奥深く、幻と言われる湖の中にあるんだそうだ。
住んでいるのは妖精の中でも厳格な掟を持つ高貴なエルフの一族で、彼らは純血を重んじる。
故にその姿を見ることも難しく、見たものは幸福が訪れるとかなんとか。
「湖の中って浮き島なのかな? なんか安定感なさそうだよね」
「いやいや、それはそれで興味深いがなぁ。それよりも、わしはエルフの作る工芸品の方に興味があるぞい」
「エルフってすごく手先が器用だっていうよね! 作るものも不思議な効果があるんだって! 友達にお土産も頼まれたし、沢山買えるといいよねー」
「写真も撮って帰ろうかのぅ。タロー? ちゃんと魔力の補充はしてきたかの?」
「してきた、してきた。カワズさんの分の水晶もばっちりだって」
「そうかそうか、お前さんは抜けておるからのぅ。ゲロゲロ!」
「一言多いぞ……、そういえばクッキー作って来たけど食べる?」
「食べる食べるー!」
「……完全に観光気分だ」
浮かれている俺達を横目で見つつ、セーラー戦士はため息を吐いてた。
彼女は目的地も近くなってきて、自分の武器を確認にも余念がないようである。
大剣とナイフは、この森に来ていた時に着けていた物らしい。
彼女愛用のバスタードソードと呼ばれる片手でも両手でも使える剣は、ずいぶんと使い込まれているようだった。
しかしどうにも気負いすぎなのが気にかかる。
あくまで今回は招待なのだ。
あんまりトゲトゲしてもらっても困るのだけど。
「ちょっと物々しすぎないか?」
声をかけてみたが、俺とセーラー戦士にはやはり認識に違いがあるらしい。
彼女は口を尖らせて、信じられないという風に言った。
「アルヘイムを歩き回るって時に装備の一つもしていない方がおかしいだろ! ただでさえ魔獣がうろついているような場所なのに!」
まぁ確かに言われてみればその通り。
目から鱗である。
「……音を立ててたら野生の動物は寄ってこないらしいよ? 昔、テレビでやってた」
せっかくなので俺が豆知識を披露すると、なぜかセーラー戦士の疲れ顔がひどくなった。
「いや、向こうの動物と同じに考えるのもどうかと思う」
「……俺からしたら向こうの動物の方が全然怖いけどな」
なにせ対抗手段もないわけだし。
それに比べてこっちの魔獣は寄っただけで逃げていくわけで。
……なんか、それはそれでちょっとへこんだ。
「よくわからないけど、今回は私が警戒しておくよ」
そう言って辺りを警戒しているらしい彼女は、何を言っても無駄らしかった。
「……それじゃあよろしく。とは言っても、無理しないで下さいよ?」
「わかってるよ。君達を見ていたら確かに気負いすぎな気もするし」
そう言って笑うセーラー戦士は、何とも複雑な表情をしていた。
察するにセーラー戦士なりに、今の状況に適応しようとしているという所か。
慣れるまでは自分で安心出来るようにした方がいいに決まっている。
何かあればフォローすればいいだけの話しだし、俺もそれ以上何か言うのは止めておいた。
まぁ気楽なものだし、すぐになれると思うけどね。
今回指定された場所は、簡単な魔法の結界に囲まれた場所だった。
入り組んだ森の中を進むと、不思議な抵抗をかすかに感じる。
しかしエルフはかなり上位の妖精だという話だが、最初に妖精郷を尋ねた時よりも抵抗が弱い気がしたのはどういうことだろう?
その辺り、カワズさんもわかっているようで、いまいち釈然としていないようだった。
「ふむ……迷いの結界じゃな。森の中で方向感覚を狂わせる類のもんじゃ。だがこれが本当にエルフの結界か?」
カワズさんが言うように、結界の質が低いのである。
あのトンボでさえ違和感を覚えているのだから、その質の低さはは推して知るべしだ。
「もうすぐ森を抜けるし、抜けちゃえばわかるでしょ」
「えっと……迷いの結界がかかっているのに、もう少しってわかっちゃうのかな?」
俺達の会話についてこれないのはセーラー戦士だが、これは仕方のない事だろう。
「まぁおおよそ。わたしも妖精の端くれだし、このくらいならね」
気楽なトンボの台詞の通り、森はすぐに抜けられた。
辿り着いた場所は、聞いていた通りの大きな湖だった。
長閑な湖畔は美しく、きらめく水面の上を水鳥が飛んでいるのが見える。
しかし美しいことは美しいが、それだけだ。
ただ湖があるだけ。
他に何かがあるわけでなく、これではただのピクニックに最適な行楽スポットだろう。
「本当にここなの?」
セーラー戦士も疑問の声を上げるが、しかし俺はかすかな違和感を覚えていた。
「あーそう聞いたけど、カワズさん何かわかる?」
一応専門家のカワズさんに振ってみると、カワズさんは考え込みながら、周囲をしきりに観察している様だった。
「ふむ、場所はここに間違いないと思う。ここはスポットの様ではあるのぅ」
「ああ、なるほど。それならなにかあるだろうな」
重要拠点のスポットに何もないという事もない。
その辺りカワズさんの見立ては確かである。
「怪しいのはやっぱり湖かのぅ?」
「それじゃあ俺が調べてみようか」
ここまで条件がそろっているなら、何かが隠してあると思った方が自然だろう。
俺はすぐに解析の魔法で湖を調べると、おかしな揺らぎがはっきりとあることが分かった。
「……なんかおかしいぞこれ?」
「どうしたんじゃ?」
「湖に妙な魔法がかけられてる。この感じは、妖精郷に近いかな? でももっとずっと巧妙に隠されてるみたいだ」
妖精郷で霧との間にある壁のようなそんなものだ。
しかし、解析の魔法を使わなければ見破れないとなると、相当に高度な代物であることは間違いないようである。
違和感の正体はこれか。
攻撃的なモノでないだけに、わかりづらい。
カワズさんもそこまでは気付けなかったようで、今度は言われた通り湖の周囲を注意深く見つめると俺に尋ねた。
「なるほど。それで? どうやったら入れそうかの?」
「入るのは簡単っぽいね。ただあると信じて飛び込めばいいみたいよ?」
「そうか、ではいくかの」
そう言ってあっさり頷くと、カワズさんは何の躊躇いもなく湖に飛び込む。
俺もそれに倣って、そのまま湖に飛び込んだ。
「ちょっと! どういう事さ! 説明してよ!」
セーラー戦士の慌てた声が聞こえたが、残っていたトンボが彼女の頭をぐいぐい押して大丈夫だからと促す。
「タロとカワズさんがそうだって言うならだいたいあってるから。ホラいこう!」
「……もう!」
そうして全員が飛び込むと、膜を抜けるように軽い感触の後、世界は反転したのだ。
結界を抜けると、そこは明らかに別の場所になっていた。
「うわーすげぇ」
俺は思わず辺りを見上げながら、感嘆のため息を漏らした。
湖の向こうは奇妙な森に繋がっていて、今までいた森とはまた違う不思議な雰囲気の場所だったのだ。
「湖の中ってこういう事なんだねー。うわー手が込んでるー」
「なるほどな。ここに里があること知らねば抜けられぬ結界か。あの迷いの結界もダミーかの? まさかあの程度の結界ではここがエルフの里とは思うまい」
「……驚きすぎてる私がおかしいのかな?」
森は真っ白な、杉のようにまっすぐ伸びる植物が生い茂っている。
しかしそのどれもが巨大で背が高い。
そして何より気になった違和感をまず口にしたのはセーラー戦士だった。
「……静かだ」
「静かすぎるね、生き物の声が全然聞こえない」
耳を澄ましながら不気味そうに呟くトンボの言う通りである。
「あー、そういえば」
その森はどんなに耳を澄ましても、虫の声一つ聞こえないのだ。
どういう事なのかわからないが、しかしそんなことより重要なことがあるだろう。
俺は大地を踏みしめて、わくわくと高鳴る鼓動を抑えきれなかった。
「なぁ、ここがエルフの里なんだよな! 耳の長いエルフがいるんだよな!」
「そうじゃよ? つーかわくわくしすぎじゃ」
カワズさんは俺の顔を見て、なんだか面倒くさそうな表情を浮かべていたが、俺は今どんな顔をしているのだろう?
きっとものすごくいい顔なのは間違いない。
その割にトンボの顔が引きつっていたが、失礼な話である。
「そうだよ、エルフなんてたぶんそんないいものじゃないよ?」
トンボがなんとも悲しいことを言って来るので、俺はやれやれと何もわかっていないトンボの頭を撫でてやった。
「まったく、疲れるよロマンを介さない輩というのは」
「うわ……ものすごく腹立つんだけど」
「あのバカのテンションの上がりようの原因はわかるかの? 向こうの人間からすると」
「えっと、よくわからないけど。たぶん向こうでエルフって言ったらすごく美人なイメージがあるから……かな?」
非常にわかりやすく俺の言いたい事を説明されると、なんか照れるのだけれども。
案の定、理解と共に呆れ声が飛んできた。
「ああ、わかりやすい奴じゃのー」
「いいだろ別に! 期待するだけならタダなんだから!」
しょっぱい反応のカワズさん達に、俺もさすがに恥ずかしくなってそう言った。
でも神秘的で高貴な雰囲気漂うエルフ美女。
ファンタジーだけに、期待を持っちゃう事が悪いわけないでしょうに!
しかし俺のこの熱い思いは理解される事はないようで、実に残念だ。
だが自分でも馬鹿だなと思うような寸劇を中止させたのは、きりがよかったからじゃない。
「……何だいったい?」
俺は不意に気がついて顔を上げたのだが、それでも意味がわからなかった。
突然、勇ましい気合いの入った雄たけびが、空から降ってくれば誰だって馬鹿話は中止するだろう。
「ぬおおおおお!!」
「逃げて!」
「お?」
鋭いセーラー戦士の指示が飛ぶ。
ズドン!
俺は気楽にその光景を眺めていたら、地面が爆発したようにえぐれて、飛んできた土をかぶってしまった。
「……」
トンボは俺のすぐ後ろに隠れているし、カワズさんも今回は何もする気はないようで、ニヤニヤ笑いながらやっぱり俺の後ろにいる。
真剣に表情を引き締めているのはセーラー戦士ただ一人だが、確かに言えることは確実に今は非常事態だという事だろう。
落っこてきたのは、武骨な鎧にモーニングスターを振り回す、耳の長い巨漢だったのだ。
だがそいつは丸い。あまりにもでかくて丸いのである。
いやいやいや……耳が長い?
まさか……!
この時、初めて俺の顔色は蒼白になった。
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