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三十八話 ナガミミ達の長い一日 1
「ふぬぬぬぬぬ……」

「むー……」

 俺達は気合いを溜めていた。

 おっきい方は俺、ちっさい方はトンボである。

 俺達はそれぞれ、黒と赤の傘を持って不思議な踊りを踊っていた。

 もっとも踊るとは言っても、その場でくるくると回りながら背伸びを繰り返すだけだがちゃんと意味がある。

 傘に念を溜めるべく、気合いを入れているのである。

 目の前には畑。

 植えているのはイチゴの苗だ。

 そして目標を見定め、極限に達した気合いを解き放つべく俺達は傘を天高く突き上げた。

「「バ!」」

 ぽこぽこぽこぽこ!

 すると一斉にイチゴの苗に花が咲いたのだ。

 俺達は目の前で起きた、イチゴの奇跡に手を打ち鳴らして歓声を上げていた。

 実験は大成功である。

「やった! いけるよこれ!」

「だろ! 俺の改造した新魔法! 『傘を持って踊ると植物が育つ魔法』だ!」

「長い! そして踊りの意味が分からない! でもなぜか楽しい!」

「だろ!」

 今度は実を実らせるべく再び気合いを溜めていると、カワズさんが突然家から出て来て目が合う。

 しかし俺達を見つけるとすぐに踵を返していた。

「いや! そこはツッコミを入れようよカワズさん!」

「そうだよ! 魔法の実験とは言いつつツッコミ待ちだったのに!」

 俺達の抗議にも、カワズさんは目が泳ぎ気味である。

「……いや、ずいぶんと楽しそうじゃから、邪魔しちゃ悪いと思ってのぅ。決して係わらないようにしようと思ったわけではないんじゃよ?」

 だがカワズさんの表情は妙に生温かくて、丸焼きにしてやりたくなってきた。

「……いいよいいよ、これ結構楽しいんだからな?」

「そうだよ、イチゴが出来てもカワズさんにはあげない」

 そしてまた俺達は唸りだす。

 くるくる回って背伸びを繰り返し、念が溜まりきったところで……解放!

「「バ!」」

 ぽこぽこぽこぽこ!

 あ、でっかいイチゴが生った。

 今朝の朝食にはいちごミルクもいいかもしれない。



 今日の朝食のメニューは、はちみつたっぷりのトーストに目玉焼き、トマトとレタスのサラダにいちごミルクである。

 ちなみにトマトとレタスは俺の畑で採れたものだ。

 トーストは召喚で、ミルクと卵はスケさんに頼んだら、まだら模様の不思議な奴が送られてきた。

 ミルクはヤギの物らしい。

 うむ、なかなかの充実度かつ有効活用っぷり。

 そのうち召喚に頼らずに、色々食べられるようになればいいなと思う。

 しかし食材の種類をもう少し増やすには、やっぱり人間の方へネットワークを広げないとダメかもしれない。

 それを含めて今後の課題である。

 まぁメニューはともかく、今日の朝食の数は全部で四つというのは中々に珍しい。

 三つは俺、カワズさん、トンボの分なのだが、あと一つは昨日の珍客の分だ。

 セーラー戦士は朝食を驚いた表情で見つめて、ごくりと喉を鳴らしていた。

「すごいな。昨日から驚かされてばっかりで、なんだか疲れてきちゃうよ」

「そう? 何の変哲もない朝食でしょ?」

 そう俺が言うと、セーラー戦士はとんでもないとぷるぷると手を振っていた。

「そんなことないよ。こっちのパンはもっと固くてぼそぼそしたやつだし、サラダのドレッシングだってマヨネーズなんてないし。いちごミルクに関してはそんな料理すら存在してないから」

「うわぁマジで? それはありえないな」

 こう、スプーンで潰して食べるのが好きなんだけど。

 これを発見していないなんて、異世界人というやつは大分損をしていると思う。

 だがセーラー戦士は別の意味で呆れているらしかった。

「私はこれの方がありえないと思うけど……。でもありえないと言えば、昨日はずいぶんぐっすり眠らせてもらったよ」

「あー、寝心地よかった?」

「うん! ばっちりだった! 大きなお風呂にジェットバスも気持ちよかったし、トリートメントまでしっかりしてぐっすり寝たのはどれくらいぶりだろう? ウォーターベッドなんて向こうの世界でも使ったことなかったしね! もう元の堅いベッドには戻りたくないなぁ」

 と久しぶりの現代的な生活にご機嫌のセーラー戦士である。

 昨日は疲れていたようだったから、此方で寝床を提供したのだ。

 ちなみに俺はリビングでぷかぷか浮いて寝た。

 追い出されたとかではなく、一回やってみたかっただけ。

 しかし完璧に身だしなみを整えたセーラー戦士は、昨日も美少女だと思ったが、さらに磨きがかかっていたのも確かである。

 ……いや、ちょっと待て。

 トリートメントなんて洒落た事が出来る装備が、うちの風呂場にあっただろうか?

 ちなみに俺は、シャンプーだけで洗う派だ。

「リンス的なものが風呂場にあった?」

 疑問に思って尋ねてみると、セーラー戦士も困惑顔である。

「え? あったよ? 試してみたらなんだかよさそうだったんで使わせてもらったんだけど……まずかったかな?」

「いや、俺はそんなの使わないし……」

「あ、それわしの」

 手を上げて主張したカワズさんに視線が集まる。

 なんというか……。

「……予想外すぎるだろ、カワズさん。どこに毛があるんだよ」

「髭! お前が生やしたんじゃろう! わし調合の魔法薬トリートメントで洗い上がりもしっとりさらさらじゃよ!」

 自分で言うだけあってカワズさんの髭は枝毛もなくしっとりさらさらの様である。

「そんなものを開発してたのか……」

「当たり前じゃろ。 わしは身だしなみには気を使う方なんじゃ」

「……艶なんてどう考えたっていらないだろう。蝦蟇油がしみだしてるって」

「そんなもんと一緒にするな!」

 予想外のカワズさんではあったが、そのトリートメントの効果は間違いないらしい。

 確かにセーラー戦士の髪は見るからに、キューティクルもサラサラ具合も増しているのが、俺からしてもよくわかった。

 まじまじと観察しているトンボも思わず唸るほどである。

「むー、あれだね、わたしのポジションが揺るがされている気がする」

「なんだよポジションって?」

 俺が訪ねると、手をじたばたさせてトンボは力強く主張していた。

「ヒロイン的な所に決まってるじゃん!」

「ほっほっほ、マスコットの間違いじゃないかの」

 すかさず笑うカワズさんに、トンボはムキーと割と本気で頭から湯気を出していた。

「なにさ! マスコットはあんたでしょ! このケロちゃんが!」

「それはさすがにやめてくれんかの!」

 放って置くといつまでも続きそうな、この不毛な言い争いを止めたのは苦笑いのセーラー戦士だ。

「大丈夫だよ、二人ともかわいいから」

「わかってるじゃん!」

「わしも!☆」

 星を出すな気持ち悪い。

 しかしこう言ってはなんだが、セーラー戦士も天然なことを言ってくれるものである。

「あっはっはっは。わかってないなセーラ戦士は。カワズさんはかわいいじゃなくて気持ち悪いって言うんだ」

「セーラー戦士じゃないってば……、でもそれはかわいそうだよ。せめてキモかわいいとか」

「いやむしろ。生キモイ」

「それ何の略?」

「生臭くて気持ち悪い」

「お前ら……わしの太極拳を見せる時が来たと、そう解釈してもかまわんのかの?」

 やや笑顔が怖いカワズさんは毎日の太極拳をまだ続けている。もうすぐ達人編に突入するようである。



 騒がしい朝食が終わると、俺もさっそくやらなきゃいけないこと済ませてしまうことにした。

「俺、この後女王様の所にセーラー戦士を連れて行ってくる」

 そう言うとカワズさんはそうだったと頷いていた。

 このまま黙ってかくまっていては、セーラー戦士もうっかり妖精に攻撃されかねない。

 そうならないためにも、話をつけておく必要があるだろうと話していたのだ。

「おう、それならいきなり攻撃されんように、最初はお前だけで話してみるとよかろう」

「わかった」

 しかしカワズさんとこんな話をしていると妖精郷も結構物騒な所だよなと、改めて思う。

 ただ勝手を知っている俺達はお気楽に話していられるが、さすがにこの時初めてこの話を聞いたセーラー戦士は大きな疑問符を浮かべているようだった。

 まぁよくわからない所に連れて行かれそうな張本人からしたら不安なのも当然だろう。

 セーラー戦士はずいぶん警戒している様である。

「女王様って誰の事?」

「この妖精郷の管理人さん。警備を加勢する代わりに住まわせてもらってるんだ」

「それって妖精の女王様ってことじゃ……」

「まさにその通り、何か問題でも?」

 セーラー戦士の顔色が優れないので聞いてみると、彼女は気まずげに引きつった笑いを浮かべていた。

「いやぁ……昨日身を持って妖精がおっかないって知っちゃったばっかりだから。大丈夫かな?」

 あー確かに、昨日のあれはひどかった。

 そうして思い浮かべるのは、初対面で完全武装の兵士を引き連れた女王様である。

「……大丈夫じゃない? 固いようで結構ノリの軽い人だし。カワズさんだって初対面の時に謎のビームを何十発か叩き込まれただけだったよ?」

「それ全然平気じゃない!」

 まぁたしかに。

 いや、うん……でもたぶん大丈夫だと思うんだけど。



 そう思ったんだけど。

「却下だ」

「えー」

 軽い気持ちでお願いしてみたら、結局駄目でした。

 外から来た人間の話をしただけで、つっぱねられましたとも。

 女王様もあまりにも簡単にお願いしてきた俺に呆れ気味のようである。

「お前達は特例だ。そうたやすく特例を作れるわけもあるまい?」

「いいじゃんケチ」

「ケチじゃない! だいたい同郷とはいえ他人であろう? お前が妾に貸しを作るようなことでもあるまいに?」

「あー、そりゃそうだね、うん、それはないわ」

 危うく納得しかけた俺の後ろから、念のためにローブで顔を隠して、隠れてもらっていたセーラー戦士が慌ててやってきた。

「……いきなり裏切らないでくれるかな」

「あ、セーラー戦士出てきちゃったよ」

「だからセーラー戦士はやめて!」

 興奮して声を上げた拍子に、ローブがずれる。

 すると金髪の髪がこぼれて、素顔が露わになってしまった。

「あら美形」

 しかしぼそりと何か呟きが聞こえたような……。

 すばやく声の元に視線を向けると、女王様は猛烈に真顔だった。

「……何か言いました? 女王様?」

「いや何も? ふむ、だが……考慮の価値はありそうだな」

「……急に意見が変わったな」

「だまらっしゃい。 ……ところで人間よ。妾も何の理由もなくそなたをここに置くわけにはいかん。他種族は妖精郷に入れないのが原則でな」

 ただそこはやはり女王らしく、きっぱりと断言していた。

 だが俺の予想を上回ってきたのは、むしろセーラー戦士の方である。

 彼女はなんと言うか、きらめいていた。

「女王様、お初にお目にかかります。私、人の国より参りました天宮 マガリと申します。
突然の申し出、話を聞いていただけただけでも光栄です。
私も簡単には住まわせていただけないというのはわかっているつもりですが、私にはすでに帰る国もありません。よろしければ出入りの許可だけでもいただけないでしょうか?」

 こんなことを優雅に一礼しながら言うのである。

 その動作の洗練のされ方は、淑女というよりもむしろ騎士を思わせる。

 なんというか、勇者オーラが留まるところを知らなかった。

 しかし、そのオーラにやられたのはむしろ女王様の方だったらしい。

「……お前と交換したいな」

「そういうこと言っちゃいますか」

 美形のオーラにやられた女王様に一言言うと、ようやく正気を取り戻した女王様は頭を振って、表情を取り繕う。

「……冗談だ。しかしそうだな、条件次第では住むことを許さんでもない」

「本当ですか!」

喜ぶセーラー戦士に、女王様はうっすら笑みを浮かべると粛々とこう口にしたのである。

「だから写真を撮らせなさい」

 いや……まだ正気ではないのかもしれない。

「……はい?」

 聞き違いだと思ったのだろう。セーラー戦士はもう一度聞き返していたが、やっぱり台詞は変わらなかった。

「だから写真だ、……写真でよかったよな?」

「その通りですね、女王様」

 しかし、そう尋ねる女王様の目論見を察することが出来た俺は、ハッとする。

 いや! この女王正気だ! 

 むしろ打算的なお願いをしようとしている。

 止めようかと思った時にはすでに遅く、女王はすでにお願いを口にしていた。

「うむ、実は妾のブログが今密かに人気でな、とはいっても他に五つくらいしかないのだが」

 女王様が言っているこれは、俺が作ったブログのランキング機能である。

 作られたブログの記事を、読み手が匿名で得点を入れるのだ。

 もっともまだまだ数が少ないので、ただの遊びの機能ではあったのだが、何気にこれが密かなブームなのだ。

 あまりにも現代的な話題を妖精の女王様が普通に話すわけだから、素が出て呆けても仕方あるまい。

「はぁ……」

 気のない返事を返しつつ、訳が分からない風のセーラー戦士に、女王様は微笑みをたたえて頷いた。

「竜の小僧ががんばっておるらしくてな、最近十ほど審査が増えた。ここらで一つ、美形の写真でも上げれば、トップは不動のものだと思うのだが、どうか?」

「えっと……写真くらいなら?」

「そうか! ではちょっと待っておれ! すぐに水晶を取ってくる!」

 ぬかった!

 確かに、セーラー戦士の画像をアップすればあの竜どもは釣れる!

 そして中性的な甘いマスクを利用すれば竜の雌すら……いや妖精連中すら爆釣りじゃないか!

 なんということだろう。俺の「八百万旅日記」がまた廃れてしまう!

 ただでさえ最下位をうろうろしているというのに……。

「……君の仕業だよね?」

「くそ! その手があったか! 確かにいい目の付け所だ!」

「……君達はいったい何と戦っているんだい?」

 セーラー戦士の呆れと脱力感が複雑に入り混じったような声が聞こえた気がしたが、今の俺はそれどころではないのである。


 写真撮影会は滞りなく行われました。


「はい「チーズ」。ふぅ、よろしい。では出入りの許可はしよう。しかし泊る場所はこやつの小屋にせよ。妖精郷に無用の争いを持ち込まぬよう頼むぞ?」

「……心得ました女王様」

 どこか疲れたようなセーラー戦士はご苦労様だった。

「うむ、ところでタローよ、この件は一つ貸しと思ってよいか?」

 しかし、すぐさま振ってきた女王様の雰囲気に俺は身に覚えがあった。

 ははん、なにかまた厄介な頼みをするつもりだな?

 だが今回の事を、俺の借りというのは少し待ってほしい。

「……写真撮ってたじゃないですか。あれじゃダメなんっすか?」

 ややふてくされた俺が言うと、女王様は当たり前だと勝ち誇った表情で鼻を鳴らした。

「あれは出入りの分。泊る分はまた別だ、当然だろう?」

「……みみっちいな」

「聞こえておるぞ。そこでだ、今度もまた使者が来たのでな、行って来てはくれないだろうか?」

「前振りからして厄介そう」

「そう言うな。確かに厄介な所だがな、エルフの里は」

 だがその内容を聞いた俺はすぐさま態度を改め、がっちりと女王様の手を掴むと力強く言った。

「! 謹んでいかせていただきます!」

「……なんで急に元気になった? まぁいいか、やる気があるのならよいことだ。
ついでにお前のパソコンを置いてくるのもいいだろう? まぁ置かせてくれるのならという話だが……」

 あいつらは気難しいからなぁと最後に呟いていた女王様だが、そこは是が非でも置かせてもらいますとも。

 エルフと言えば、ファンタジーの定番!

 一度は会ってみたいと思っていたのだ。

 しかも、エルフは美人の代名詞と言っても過言ではない花形種族。

 ここで張り切らないのは嘘だろう!


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