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セーラー先生の魔法講座。
三十七話 コスプレの境界 5
「あーっとこれは、お前、なにか結界使っとったじゃろ? 魔法に反応する類のものを。それに引っかかったんじゃろうな。
どうやら外そうとした者にも、なにかしら仕掛けてあったらしいの」

「ひどいことするよね、「偶然」ってすごいや!」

「まぁ、あの手の呪いは触った瞬間に始まるからの。そのまま手を離せばよし、実際外すと発動する類じゃろ」

「そんな厄介な呪いも、俺の魔法なんかで「偶然」壊れちゃったわけだね! よかったよかった!」

 説明してくれるカワズさんと無駄な悪あがきをしてみる俺の図である。

 カワズさんは持ってきた動く箒で、砕けた腕輪を掃除していたが、欠片を一つ拾い上げてやれやれと嘆息する。

「まぁええ落としどころじゃないかの。報告さえせんでもらえれば、帰ってもらって構わんし。
おめでとさん、お前さんは解放されました。好きな所へ行くとええぞい」

「ああ! そうとも! 出来れば俺達善良な魔法使いのことは秘密にしてくれるとうれしいかな!」

「……」

 にっこりと必死にごまかそうとする俺。

 カワズさんは、それは無謀だろうと馬鹿を見る目で視線を突き刺してくる。

 しばらくは自分の自由になった腕を眺めながら呆けていたセーラー戦士だったが、今はすごく納得のいかない表情で俺の方を凝視していて、たいそう居心地が悪かった。

 そしてセーラー戦士がついに口を開いて、俺は身構える。

「……すごいことが出来るんだね」

「いやいや大した事ないって、面倒くさいものが一つなくなってよかったねくらいの認識でいいんじゃないかな? セーラー戦士よ?」

「だからセーラー戦士じゃない!」

「そうじゃよ? これ以上を望むのはわがままというもんじゃ、セーラー戦士よ!」

「……そうじゃなくって! 今のは魔法? 見たこともなかったけど」

 話の腰を折られて不機嫌そうな彼女だったがやはり強引に修正されてしまった。

 俺としてはそのまま折れてくれればとても助かるのだがそうもいかないらしかった。

「あー、うんまぁ、そんなものだね。カワズさんから教えてもらったんだ」

 最も呪いの掴み方など教えてもらった覚えはまるでないが。

 だがそう言った俺に、眉間に深い皺を寄せたセーラー戦士がズイと顔を寄せてきた。

 しかし美少女がここまで至近距離に来るというだけで、俺みたいなのを動揺させることなどたやすい事を理解しているのだろうか?

 もし理解してやっているのだとしたら、この娘、とんだ策士である。

「……ひょっとして、君ってとんでもない魔法使いだったりする? もしかして例の山をどうにかしたり、巨大な木が現れたって言うのも?」

「い、いやまさかそんなこと……」

 意外に鋭いなセーラー戦士。

 いや、普通気が付くか?

 しかし、その事件は俺的に黒歴史として封印したい分類なので、もっとデリケートに扱ってほしいのだけれど。

 どうにか俺が張本人じゃないと軌道修正してみようとしたのだが、カワズさんから頭を小突かれてしまった。

「往生際が悪い奴じゃのう。このお嬢ちゃん、どう見たって確信しとるぞ。さっさと諦めんかい」

「……あー、でもカワズさん的にはいいわけ? 隠しといた方がいいんじゃないのか?」

 俺としては四分の一くらいはカワズさんに気を使ったんだけどなんて思っていたら、今更だとまた小突かれた。

「隠す気があるならお前の部屋なんぞに連れて行かねばいいじゃろうが。
最初から手を貸してやるつもりなんじゃろう? あまり感心せんがな」

 あらら、確かにそう言われたら、まぁその通りだったのかもしれない。

 家に連れてきた時点で、俺も興味津々じゃないか。

 そんなつもりはなかったと思っていたが、どうやらすでに俺もずいぶんと気にかけてしまっていたらしかった。

「……それじゃあやっぱり! 帰る方法を知ってるんだね!」

 歓声を上げてそう言ってくるセーラー戦士はなんだかものすごく期待してしまっているし。

 これはもう、そろそろ本当のことを言ってあげるしかないかもしれない。

 俺は深々とため息を吐くと、確実に彼女が望んでいないであろう答えを口にする事にした。

「あー、まぁ結論から言うと、帰る方法はある。でも実行出来ないんだよ」

「そんな!」

「答えは単純、魔力が足りない」

 やはりというか、セーラー戦士は崖の上から突き落とされたみたいな顔になってしまった。

 しかしこれは何度も試した結果の確定事項だ。それだけに淡々と語る俺だったが、セーラー戦士は納得がいかないようである。

「魔力なら……そうだ! 魔力なら私のを使えばいい! 私はこれでも魔力の量はすごいらしいから……」

 あー、一応彼女もそういう事で連れてこられたんだ。

 必死で言うセーラー戦士に俺は静かに首を振る。

「悪いけど、それでも無理。君もここに来たんなら魔法は教えてもらったんだよね?」

「それは教えてもらったけど。どんな魔法だって使えたよ! それとも精霊魔法とか?」

「? いや、そんなんじゃない。俺は使える可能性があるだけで魔法自体は持ってないし」

「? ……ごめん、よくわからない。でもさっきから魔力さえあればどうにか出来るって聞こえるんだけど?」

 セーラー戦士の言葉はまさに的を射ている。

 だがそれが出来ないという話なのだ。

 俺だって他に方法がないか一応考えてはみたんだ。

 例えばパソコンの時に使った魔石を大量に使えば、あるいは可能かもしれない。

 しかし一個作るに、100万近くの魔力を持っていかれて、ようやく10程魔力が籠められる魔石が出来る、その程度。

 不足分は到底補えそうにない。

 そして仮にダウンロード出来たとしても、引き出した魔法がそれ以下で使えることはまずないだろう。

 2000万か3000万か……それってどんな嫌がらせなのだろうという数字である。

 だがこんな事をいきなり説明した所でわかってもらえるとも思えない。

「その通りではあるんだけど……、その前に召喚とかって魔法は使える?」

「いや、私は使えない。そもそもよくわからない」

「じゃぁその辺りの話から」

 とは言っても小難しい話をいきなり言ったところでわからないだろうから、俺は実際に実演も合わせてセーラー戦士に見せてみることにした。

「あー、じゃあ何か欲しいものある?」

「えっと、急に言われても。……じゃあショートケーキ」

「いいね、ショートケーキ」

 俺は机の上に意識を集中して、そのまま召喚魔法を実行した。

 どこかのケーキ屋さんには悪いが、リクエストなのだから仕方がない。

 成功の暁には、スタッフがおいしくいただかせていただきます。

 テーブルの上に展開した魔法陣が青い輝きを発すると、皿の上に乗ったショートケーキが姿を現していた。

 ケーキにはビニールのフィルムが付いていて、此方の世界製でないことはすぐにわかってもらえるはずである。

 俺はショートケーキを皿ごと差し出すと、セーラー戦士は小さく震えていて、予想以上に驚かせてしまったらしかった。

「なんて言ったらいいか……私が知っているものとは違いすぎてて。今のが召喚魔法?」

「そうだけど? 君もおんなじ魔法でここに連れて来られたでしょ?」

「いや、私のはもっと……大きな魔法陣で、何人も魔法使いがいて」

 記憶があいまいなのかぼんやりと説明されるが、それはまぁそのヴァナリアとかいう国が独自に改良した召喚の魔法陣なのだろう、しかし根本は同じもののはずである。

 俺はショートケーキを指さして言った。

「あー、見ての通り俺はそれなりの魔法使いではある。
こうやって召喚の魔法を使えるから言える事なんだけど、これは生きているモノじゃないから割と簡単にもってこられる、だけど生きているモノとなるとさらに魔力を使うんだ。
もっと言うなら向こう側に送るのには、さらに桁外れの魔力が必要になるんだよ。
たったこれだけの事でも、君が数回干物になるかってくらいの魔力が必要になる」

「こっちに持ってくる事は出来ても、送り返すのは難しいってこと? そんなことがあるなんて……」

「俺もおかしな話だとは思うけど、嘘は言ってない。現時点でその魔法は俺にも使えない」

「……どうしても?」

「どうしても。時間をかければやりようはありそうだけど、何年かかるやら」

「……そんなのやってみなくちゃ!」

「やらなくてもわかる。俺は自分の魔力の量を正確に知る事が出来るから。あーっと解析の魔法が使えりゃ説明も出来るんだろうけど。基本の魔法は使えるの?」

 興奮して身を乗り出したセーラー戦士を言葉で押しとどめ、俺もまた椅子に座りなおした。

 ここで声を荒げても仕方がないと思ったのか、ぐっと吐き出そうとした言葉を飲み込んで椅子に座るセーラー戦士の動きは鈍い。

「……基本は一応」

 一つ深呼吸をして、そう言ったセーラー戦士に俺はにこりと微笑んでいた。

 そしてやって見せてくれと促すと、セーラー戦士は魔力を集中し自分の前にあったカップに向かって魔法を掛けると、カップはふわりと持ち上げたのだ。

 何をやってるんだろうこの子? それは普通の魔法でしょうに。

「いや違う違う。もっと基本的な……そう! 属性魔法の方!」

 色々呼び方があったことを思い出して言い換えてみたが、セーラー戦士はなぜかきょとんとしていた。

「それなら使えるけど、でもそれが基本? 私が聞いたのと少し違う」

「……違っちゃうの?」

 いやいや、ちょっと待ってくださいよ。

 いきなり基礎の部分から揺るがされて固まる俺。

 これでも人間やめて勉強したのだ。

 それが、こんな基本的な所で違いますよと言われても。

 この食い違いはいったい何なのだろうか?

 何か知っていそうな奴に視線を向けると、目を細めて手を組みながら、努めて普通を装おっているカワズさんがいた。

 しかし、じっとりと汗をかいているので、非常にわかりやすい。

 油の照り返しがポイントなのだ。

「……おいカワズ。何か心当たりがあるな?」

「……何のことじゃろう? わしゃ知らんぞい」

「往生際の悪い……。まぁいいさ、セーラー戦士に解説してもらえばすべて解決してもらえるんだからな」

「だから! そのセーラー戦士っていうのやめてくれないかな!」

 そんな赤い顔で言われても、もう決まってしまったことなのに。

「やだ。じゃあ先生よろしくお願いします」

 そして俺はすっと今まさに魔法で製作してみた伊達眼鏡を差し出してみる。

「はぁ……ひょっとしてコスプレキャラとかで定着しようとしてる?」

 軽い溜息を吐きつつ、眼鏡をかけるセーラー戦士はどこまでもいい子だった。

 あ、そこはかけちゃうんだ。

 案外ノリのいい子なんだと思います。

「では簡単に説明してみるよ」

 きらりと伊達眼鏡を上げつつ、セーラー戦士が自分の知っている魔法について話し始めるとカワズさんはより落ち着かなくなった。

「私が教わったのは、まずさっきみたいに物を浮かせたり、体の体温を保ったりする、日常的に使う基本魔法だね、こういうのもある」

 セーラー戦士が自分の服を軽く叩くと魔法陣が現れて、着ていた服の汚れがまるで新品のようにシミ一つなく消えていた。

 おお、洗濯の魔法か。

 これが現在のセーラー戦士を作ったというわけですね、わかります。

 だとすると、それはそれでなかなか罪深い魔法だと言えるだろう。

「それと五属性の属性魔法。後は精霊魔法の三つだね。これで全部だと思う。
それ以外の魔法は少なくても私は見たことがないよ」

「おいおい、さっそく初めて聞く単語がいくつか出てきたぞカワズさん」

「……さぁてのぅ」

 再びジト目を向けてやると、まだシラをきっているし。

 そんな俺達に気が付いているのかは知らないが、セーラー戦士の言葉は続いた。

「基本的に属性魔法が上位の魔法で、さらにその上に精霊魔法がある。
それ以外は全部基本魔法ってくくりみたい。
でも私はこの基本魔法の方が便利だったかな? さっきもやったみたいに、掃除や洗濯なんかもあっさり出来ちゃう魔法もあったし」

 折角説明してくれたセーラー戦士には悪いが、今一俺には納得出来なかった。

 その分類でいくと、俺の魔法はほとんど基本魔法ということ言うことになってしまうんじゃないか?

 翻訳や、解析が百歩譲って基本でもいいとしたって、死者蘇生や異世界転移までともなると納得いかない括りだろう。

 そしてもう一つ、聞き覚えのない魔法も問題である。

「その精霊魔法ってのはなんなんだ?」

 カワズさんから聞いた魔法に、そんなものはなかったはずだ。

 セーラー戦士は俺をいくらか過大評価していたらしく、自分が知っている事を俺がまったく知らないということに不思議そうではあったが、ちゃんと補足を付け加えてくれた。

「知らないの? 精霊魔法は精霊の加護を持っている人しか使うことが出来ない、才能に左右される魔法だって聞いているよ。でもその分、威力は強力で扱いにくい」

 ……威力が強力で扱いにくいだと?

 それはいくらなんでも鬼畜すぎるだろう。

 何せ俺の属性魔法は山を吹き飛ばしたんだから。

 あれより強力な奴をバカスカ撃てるということか? 

 そんな世界、危険すぎて見ていられない。

 とすると、何かが間違えているのだろう。

 相変わらず黙っているカワズさんだが、その冷や汗が何かを隠していると物語っている。

 これはそろそろだんまりも潮時にしてもらうとしよう。

「それで? カワズ先生。セーラー先生はこう言っておられるが、そこんところどうなのよ?」

「またなんか変わってる……」

セーラー戦士の呟きはともかく、カワズさんはかたくなに顔を背けた。

「……しらんもん」

「いじけるな! この食い違いはなんなんですかねぇ?」

 しかし視線に力を籠めて、カワズさんを睨みつけると。

 カワズさんは逃げ出した。

 そうはさせるか!

 俺は素早く魔法を展開し、捕獲に最適な魔法を発動する。

 こんなこともあろうかと! 前回の失敗魔法をさらに改良してあったのだ!

「逃がすか! ネバネバウィップ!!」

 説明しよう!

 ネバネバウィップとは!

 前回の光る鳥もち、ネバネバビームを改良し、鞭のように伸ばせるようになってしまったビームである。

 アッという間に捕獲されたカワズさんは一瞬のうちにネバネバでぐるぐる巻きにされて、元の位置に引きずり戻された。

「放せ! 放さんかい!」

 もがくカワズさんは今の自分の置かれている状況がわかっていないらしい。

 俺はもがくカエルのそばに歩み寄ると、勤めて平坦な声色で囁いていた。

「カワズさん……あんたは今、意見を主張出来る立場にない。もしだ……もしあの人を人とも思わない缶詰状態が何の意味もなかったんだとしたらだ、俺は何するかわかんねぇよ?」

「……!」

 にっこりと笑顔のまま説得すると、カワズさんはゲコリと喉を鳴らしていた。

 なんでだろうね?

「はぁ……仕方ないのぅ。ええい、クソ。ほんとは言いたくなかったんじゃがのぅ。
今の一般的な魔法理論なんぞ、お前さんに教えても何にもならんからじゃよ。気が付かんか? この時点でも矛盾があることに」

 セーラー戦士はきょとんとしていたが、確かに釈然としない所はいくつかあった。

「例えば、基本魔法の方が魔力を喰うとか?」

「……おかしいじゃろ? その括りでは異世界召喚まで基本になってしまう」

「それで属性魔法の方が基本なんじゃないかって?」

 俺の疑問に答えてくれつつあるカワズさんは首を横に振る。

「それだけじゃない、五属性の魔法を使えなければ、基本の魔法も使えんのは知っておろう?
こちらの世界の生き物は潜在的に五つの魔法は誰でも使える。体に魔法陣がすでに刻まれておるんじゃ。しかしお前達異世界人は刻まれておらん。だから一度使って見て、習得せねばならないという話を聞いた。そのあたりも疑問に感じた所じゃった」

「そこんとこどうだった?」

 実際俺はそういう事はなかったが、セーラー戦士はぽんと一度手を叩いて頷いているところを見ると、その通りだったようである。

「そ、そういえば。先に属性魔法の勉強をさせられたと思う」

 ふむ。これで、一応筋は通ったというわけか。

「じゃあその基本がなんで普通の魔法よりも上位かって話だよな? そこんとこどうなの?」

 セーラー戦士に再び振ると、彼女は記憶をたどるように言葉を選んでいた。

「えーっと、魔法使いの家系に代々魔法陣が受け継がれているからだって聞いたかな?
優秀な魔法使いは優秀な魔法陣を持っていて、自分の代でそれをもっと威力があって効率がいいものになるように研究するんだって。それが魔法使いらしいんだけど、言われてみると確かに太郎さんの使う魔法の方が魔法っぽいかな?」

 それだけ手間がかけられているなら上位と言われるのもわかる気がする。

 現代出身の俺からすると、属性魔法の五種類だけでも十分魔法と呼べる代物だと言うことは理解出来た。

 まともな攻撃力を備えた魔法を使えるというのなら、さぞかし一般人には抗いがたい代物だろう。

「精霊魔法は?」

 その問いに答えたのは観念したカワズさんだ。

「あれはな……精霊という、目に見えん生き物に自分の魔力を食わせて力を貸してもらっとるだけじゃ。精霊は魔力を食べて生きておる種族でな、選ばれた人間しか使えんというのはあれじゃ、魔力の味の好み。
威力が安定せんのも当たり前じゃろ? 他人任せなんじゃから」

 だがこちらは期待していたものより、えらく拍子抜けな答えが返ってきた。

 それは俺だけではなかったらしく、セーラー戦士も驚いているようだった。

「それだけ! あの人達めちゃくちゃ威張り散らしてたのに!」

 ああ、主に彼女をこき使っていたのは精霊魔法を使っていた奴らみたいだ。

 カワズさんは苦笑しつつ、それでもまぁすごいことはすごいんじゃよと付け加えていた。

「まぁえばるだけあって、それなりの無茶はしとるからの。精霊に好かれる魔力を持つもの同士を掛け合わせて、より精霊を集める様にとか……まぁ色々と」

「ということは、結局のところ実際は属性魔法の方が、威力があるわけだ?」

 疑問だった部分を質問すると、カワズさんは大きく頷いた。

 どうやら、俺の考えは間違っていなかったらしい。

「そうじゃよ、精霊魔法に威力が負けるのは、単純な魔力不足じゃ」

「それって、本当?」

セーラー戦士も今までの考えが覆されて戸惑っているようだったが、カワズさんは苦笑いで肯定していた。

「本当じゃよ。それに知っておるかの? 古代の書物が見つかると、たまに魔法が載っておることがあるんじゃが、そのどれもがわしらには使用不能なほどに魔力を使うんじゃよ。
今までの魔法使い達はそれを欠陥魔法と呼んでおった。使えぬ机上の空論だとな。
しかし同時にわしらはそのいくつかの魔法を改良して日常的に使えるようにもしておるんじゃよ。
それが今、基本魔法と呼ばれるもんなんじゃが、ある書物を見つけて、わしの漠然とあった疑問が解消された」

 それが、魔法創造が載っていた魔法書ということか。

 あれは魔法さえ使えてしまえば、魔法を見ること自体はそう難しくはない。

 普通の魔法使いよりも遥かに高い魔力を持っているカワズさんなら、大量のまだ見ぬ強力な魔法を見ることが出来ただろう。

そしてそれが属性魔法よりも高度なものだと確信出来てもおかしくはない。

「なんか見えてきた。昔はそんな改良なんてしなくても魔法を使えていたってことだろう?」

 そしてそのような魔法があるにもかかわらず、大してて改良もされずに書物が残っているということは、そもそもその必要がなかったという話だ。

「その通り、なかなかさえておるではないか。
それがなぜか何らかの要因で扱える魔力が徐々に少なくなり。最終的に今の形に落ち着いたんじゃろうな。
魔法使い達は少ない魔力でいかに威力を出すか、それに固執するようになった。
精霊に力を借り、最も基本的で攻撃的な基本魔法に心血を注ぐようになった訳じゃ。
戦えるものは優遇され、特権階級になり。戦えぬものは身分が自然と低くなると」

 とそれがこの世界の現状というわけだ。

「ようするに今の魔法使いは……低い魔力に合わせてるだけだってことか!」

「だから言いたくなかったんじゃよ!……そうじゃよ! 笑いたければ笑うがいいさ!」

 ぷんぷんと頬を膨らませて怒るカワズさん。

 魔法第一にやってきたカワズさんだからこそ、今の話をするのはプライドを傷つけそうである。

「いやいやありがとう、面白い話が聞けたよ」

 カワズさんの拗ねた顔を見て満足した俺だったが、それとは違って浮かない顔をしていたのはセーラー戦士だった。

「つまり、向こうへ行くための魔法は……古代の人しか使えないようなとんでもない魔法だと?」

「まぁそういうことだね。ひょっとしたらまだこの世界に改良された別の送還魔法があるかもしれないけど、どちらにしても望み薄かな?」

「……」

 お気楽に言ってしまったが、ちょっとまずかっただろうか?

 場の雰囲気を出来るだけ和やかにしようと思ったんだけど、望みが絶たれたことで、やっぱり落ち込んでいると思うし。

 女の子を泣かせる奴はクソ野郎だと、ウチの母さんからこってり刷り込まれているからなぁ。

 昔、女の子を泣かせて起きた悪夢を俺は絶対忘れないだろう。

 また泣いてやしないかと恐々していたのだが、意外にもセーラー戦士の顔はまだ力を失ってはいなかった。

「……大丈夫?」

「……うん、ありがとう。でも今は自由になれただけで満足しておく。それに可能性がゼロじゃないってわかっただけでも収穫だと思うから」

 そう言える、目の前の女の子は強い力にあふれて見える。

 死んだ魚みたいな目をした俺とは雲泥の差だろう。

 彼女に言ったら嫌がられそうだが、これが勇者なんだなと妙に納得できた。

side out


side ???

 暗い大聖堂で一人の少女が祈りをささげていた。

 ステンドグラスから差し込む光の中で、一心に祈り続ける少女はあまりにも神秘的で神々しい。

 あるいはその姿に神性を見出すものがいたとしてもおかしくないほどに、少女の祈りは犯しがたいものに見えた。

 そんな彼女の背後に黒いローブの影が現れる。

 影は少女のそばに立つと、ささやくように告げた。

 「……勇者の反応が途絶えました、おそらくは死んだのではないかと」

 端的に伝えられた報告に、今まで微動だにしなかった少女がピクリと反応して顔を上げた。

 しかし、その顔にはなんら感情の起伏は見られない。

 「勇者が? ……そうですか、それなりに犠牲を払ったのだけれど、やはりあれは失敗でしたか」

「そうですか? かなりの資質を秘めていたと思いましたが?」

 影が口をはさむと、少女の視線が鋭くとがる。

 しかし少女は、影を窘めることもせずに冷淡に笑っていた。

「敏すぎました、それに女性でしたし。女性は荒事に男性ほど価値を見出しませんから」

「はぁ……」

「それに、いくら優秀であろうと、妖精風情に後れを取るようでは魔族相手に使い物になるとは思えません。……ここまでと言うことでしょう」

「それでは?」

「そうですね、もう一度実行する必要がありますわね。今度は……」

 祈りを終え、少女は立ち上がる。

 その顔は深い笑みと、何の感慨も浮かんでいない冷たい瞳で影を見つめていた。

「真の勇者を呼び出せるよう、万全を期して事に当たらねば」

「……はっ」

 影が短く返事を返し恭しく首を垂れると、少女は命じる。

「前回のように、早々に不審を抱かれて逃げ出されることなど無いように。ふふふ、出来れば今度は美しい殿方がよろしいですわね」

「……巫女様、そのような発言はお控えくださいませ」

「冗談ですよ。ここにはあなたと私の二人しかいないのです、堅苦しいことを言わずともよろしいでしょう? それよりも、あなたにはやらなければならないことがあるのではなくて?」

「……御意」

 そして影は、来た時と同じように音もなく姿を消した。

 影がいなくなったのを確認して、少女は再び祈りを捧げる。

 彼女が祈りに何を籠めているのか、それは彼女以外知る由もなかった。
あんまり意味のない伏線かも。


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