三十六話 コスプレの境界 4
心に葛藤が必要な時というのは誰しもある。
そうすることで、不安定な心の置き所を定めるのだ。
目の前で行われているのが、まさにそれなのだろう。
俺達は何も言わずに苦悩する女子の姿を優しく見守るだけである。
「大丈夫だ私、でも確かに制服に鎧はないかも? こっちの人は何も言わないから普通にしてきたけどやっぱりない? ないの? でもそれにはちゃんとわけがあって絶対間違ってないと思う、うん、私、まだ大丈夫!……」
「何かお前さんの一言で、ものすごい動揺し始めたぞ?」
カワズさんにはよくわかっていないようだが、俺にはよくわかる。
例えるならカルチャーショックが近いだろうか? ともかくこれは避けては通れない道なのだ。
「ま、所変われば恥ずかしいポイントってのは変わるもんだよ。風呂場なら全裸も平気だけど道ならいろんなものがへし折れるだろ?」
「当たり前すぎで、例えがおかしい」
「じゃあ、彼女の中ではコスプレ会場でクラスメイトにあったような気恥しさがこみ上げているって事さ……そっとしておいてやろう」
「今度は何言ってるのかさっぱりわからんぞ?」
俺の的確な例えがちゃんと伝わったらしいセーラー戦士は、赤い顔をして机を叩いていた。
「コスプレじゃない!」
「お、復活した」
「聞いてもらえないかな!」
ものすごい迫力で身を乗り出すセーラー戦士に対して、俺に肯定以外の返事はないように思われる。
「もちろんどうぞ」
俺はそう促すと、セーラー戦士は咳払いを一つして自分の服を叩いた。
「この服は! 学校に通学する途中で召喚されたんだ!」
「そうなんだ」
「そうなんだ! なんだかいつも着ていないと元の世界との繋がりが切れてしまう気がして! でもこんな恰好じゃ戦えないから、上から鎧を着てみたというわけなんだけど……! おかしいかな! おかしいよね! おかしいならそう言ってくれて構わないから!」
最後の方などちょっぴり涙目になるくらい、必死のアピールである。
そこまで言われたら、まぁ別に大した問題でもないわけなのだが。
「いや……うん、いいんじゃないかな? 問題なかったんならそれで、制服って意外と機能的だよね」
「そ、そうなんだ!」
「でもスカートの中とか見えちゃいそう」
実際ばっちり見えていたし。
「それで隙が出来る人とかもいるんだ!」
「意外と打算的だ……」
かなりたくましいセーラー戦士に、そこは素直に称賛を送ろうと思う。
「しかしその意見は確かに。実際あの場の俺達も隙だらけだったのは間違いないだろうなぁ。すごい格好だったし。ねぇカワズさん」
しかしふと、自分達もその隙が出来る瞬間を体験してしまったことを思い出して、苦笑いしながらポツリと呟くと、セーラー戦士の顔色が変わった。
「え゛」
「いや、それ、わしに振るなよ」
カワズさんも微妙な顔で目を細めていた事で、セーラー戦士は右手で顔を抑えてしばし沈黙するが、ついに何かを決意して顔を上げる。
「ええっと、私は……どんな格好で気絶していたとか教えてもらってもいいかな?」
そして恐る恐るという風に聞いてきた彼女に、いっそスッパリ言ってあげた方が親切だろうと俺はびしっと親指を突き出して教えてあげた。
「丸出しだったね! ナイス猫パンツ!」
「!? いやぁ!!」
ゴス!
きれいに決まった、右ストレート。
結界は一部解除していた。
ただし怪我はすぐに治るが。
見事に鼻血を吹き出した俺は、これってばいわゆる一つのギャグ補正みたいなものなんじゃないかと気が付いた。
閑話休題。
「……ごめんなさい。ちょっと取り乱してしまって」
心底すまなさそうに謝ってくるセーラー戦士だったが、今回は全面的にこっちが悪い。このくらいのツッコミは許容範囲内である。
「……いやいや、こちらこそ調子に乗りすぎました。だけど気分も落ち着いたようだし。もう急に泣き出したりはしないでくれよ?」
笑い混じりに、しかし半ば本気でそう言うと。セーラー戦士はパンツの一件とはまた違った自分の醜態を思い出して耳まで赤くしていた。
「あれは!……元の世界のモノが沢山ある部屋で気が抜けた所だったから。
全部こっちの勝手な事情なんだけど……」
だんだんと尻すぼみになりながらも、人のせいにしないとは実にいい子である。
しかし、しっかりと受け答えが出来るなら、俺としてもやっておかなければならないこともあるわけだ。
「あー、じゃぁ俺達の本題に入らせてもらうよ。一応確認しておかないといけないし」
「?」
困惑顔を浮かべるセーラー戦士を前に、俺としても気は乗らないがここは心を鬼にして……。
「何をしにここへ? 感心出来ない理由なら出ていってもらわなきゃならないし、場合によっては同郷のよしみだ、手をかさないわけじゃないよ?」
「……」
俺が口にした瞬間、セーラー戦士からは葛藤が窺えた。
無理もない、こうやって仕切りなおして俺が言った言葉はわかりやすく尋問なんだから。
しかしそこは異世界暦一年は伊達ではないらしい。セーラー戦士は一瞬だけ視線をそらして考え込んでいたが、すぐに表情を引き締めていた。
「……私は調査の目的でここに。
最近、山の一角がなくなったり巨大な樹木が現れたり、そんな不思議なことが続いているらしいんだ。
ヴァナリアじゃひょっとしたら魔族の新兵器じゃないかと疑われていて……。
それで私が調査を命じられたんだけど、もしそんな魔族を見つけた場合、即時殲滅するように言われてる」
「……」
淡々と語るセーラー戦士の言葉に、俺は思わず眉間を抑えてしまった。
あー……彼女から聞いた噂には、ものすごく聞き覚えがあるのだが。
そんな噂になっていようとは、魔族の方々には大変ご迷惑をかけているようである。
そしてカワズさんの視線が勢いを取り戻したような気がして、俺としてはものすごく気まずい話題だった。
「あー、うん……そりゃおっかないねー。でもいいの? そんなこと俺に話しちゃって?」
だがそれは置いておくとして、あっさりと目的を話してしまったセーラー戦士の行動にも驚かされた。
最悪、自白の魔法なんかもダウンロードしなければならないかと考えていただけに、かなり拍子抜けだったのも間違いないだろう。
だがそんな俺に気が付いていたのか、セーラー戦士は何かを覚悟するように力強く頷いていた。
「ばれたらまずいことになると思うけど。……でも私もあなたに聞きたいことがあるから」
「それは?」
薄々はわかっていたが、あえて尋ねる。
すると、どこか弱々しいすがるような表情で、彼女は俺に言った。
「元の世界に戻る方法を知っているなら! ……教えて欲しいんだ!」
「あーやっぱりそうか」
俺はため息混じりに呟く事しか出来なかった。
こんなわけのわからない世界に一人放り出されてしまった女の子が一人、いくら強くなったとはいっても、家に帰りたいと思うのは普通の事だろう。ましてやその扱いがひどかったと言うのならなおさらである。
俺としても同情出来るし、納得も出来る質問だったが、彼女の納得のいく答えを持っていないのもまた歯がゆかった。
しかし仮に持っていたとしても、それを素直に話すわけにもいかないのだが。
「この部屋! 貴方がやったんでしょう! お願い、頼れる人が他にいないんだ! 今まであいつらの目を盗んで必死に探したけど、見つからない……!」
悔しげに、歯を食いしばりながら懇願する彼女は必死そのものだったが、調査に来たというならとりあえず、とぼけておかないとまずいだろう。
少なくても、彼女が素直にそのヴァナリアとか言う国に従っている理由を説明してもらわねばなんとも言えないのだから。
セーラー戦士を解析した結果、その魔力はおおよそ700ほど。
カワズさんに確認しても、かなり高い部類なのだそうだ。
ひょっとしたら異世界人なら俺くらいあるかと思ったが、そんなことはないらしい。
しかし、それはともかく700でも十分すぎるほどに強力な魔法使いだと言える上、寝起きの動きを考えるとかなりの訓練もこなしていると見た。
そんな彼女が逃げ出さないということは、何かしら逃げられない理由があるはずだと俺達は睨んでいる。
興奮しているセーラー戦士が落ち着くのを待って、俺は彼女とは対照的な、出来る限り落ち着いた口調で話を再開した。
「まぁ君の気持ちもわかるけど落ち着いて。さっきも言っただろう? 俺もここに来たばかりなんだ。
君は一年もここにいたなら、さっさと国を裏切って、もっと広く帰る方法を探してみようとは思わなかったの?」
まぁダメ元ではあったがストレートにそう尋ねると、セーラー戦士は悔しそうに唇を噛みしめていた。
「私だってそうしたいけど、出来ないんだ……」
「なんで?」
「それは……この腕輪があるから」
見せられた白い右腕には確かに、言葉通り黒い変な腕輪がはめられていた。
しかし、なんだか嫌な感じの腕輪である。
これはまぁ……あっさりと当たりらしい。
ここまであっさり話すとなると、これはずいぶんと彼女の召喚主は嫌われているらしかった。
「私はここへ来たばかりの時に一度逃げ出そうとしたから、これを……。
契約を破ると私を殺す腕輪らしいんだ。一週間主の元に戻らないとやっぱり殺されてしまう。他にも主の意志で私の命を奪える」
どこか自嘲めいた彼女の笑い顔は、後悔しか見て取れない。
実際俺も、これにはかなり引いた。
「うわぁ、そんな魔法まであるわけか……めちゃくちゃするな異世界人」
自然とカワズさんの方に視線が向いてしまうのも仕方がないと思う。
その時カワズさんは、テーブルの木目の数を数えていたようだった。
「こんなの奴隷と一緒じゃないか! 絶対に許せない!」
しかしこれではセーラー戦士の声に怒気が混じるのも無理もないだろう。
そりゃあ嫌われるはずだ。
これならカワズさんの方が幾らかましに思えるくらいだからよほどだ。
しかしまぁ、ましだというだけで、ろくでもないことには変わりがないが。
「ちょっと見せてもらっていい?」
「ええ……」
俺は許しをもらって腕輪を覗き込む。
真黒な腕輪は、そう言われると禍々しい呪いがかかっているようにも見えた。
こう、作った奴の性根の悪さが滲み出ているような趣味の悪さだ。
「全く、しょうもない物作るよね……」
パキン
だが俺がもっとよく調べてみようと腕輪に手を触れた瞬間、変な音がして、とたんに手ごたえが軽くなったのだ。
「……え?」
それはセーラー戦士も同様で、その違和感の正体は俺の手に中にあるっぽい。
「……」
俺の手にはいつの間にか壊れた腕輪がぶら下がっていた。
だが……あまりにも気まずい。
あれだけ悲壮感たっぷりに解説されたというのに、持っただけでぽっきり。
はっきり言って縁日のおもちゃ並みのもろさだった。
いったい何が起こったのか?
本人含めてよくわかっていないというのがまた、さらに気まずさを助長する。
「……ごめん、こわしちった☆」
沈黙に耐えられなくなってテヘリと舌を出してみたが、凍った空気は元には戻らない。
俺の勇気を返してほしい。
当の本人はわけのわからない表情のまま、一言も言葉を発せずにいるらしかったが、口をパクパクさせて、どうにか声をひねり出してきた。
「どういうこと! 絶対壊せないって! 実際壊せなかったのに!」
「いや……ちょっと持っただけなんだけど」
「まだおわっとらんぞ! 気を引き締めろタロー!」
その時、カワズさんの鋭い声が俺の鼓膜を打つ。
そして気が付いた。
咄嗟に俺は詰め寄ってきていたセーラー戦士を突き飛ばす。
俺の手の中にある腕輪から、どろりとした黒い何かが滲み出していたのである。
「うわ! 気持ち悪!」
思わず腕輪を取り落としそうになったが、何とか堪えた。
これが呪いか? なんてわかりやすい……!
俺はセーラー戦士に飛んでいこうとするそれを……咄嗟に素手で掴んでしまっていた。
ぬるりと油と泥を一緒くたにしたような妙な感触に顔をしかめる。
何かあるかと青くなったが、特に何があるわけでもなく。
掴んだ呪いは抵抗を見せていたが、直接手を触れるとなんとも弱々しくて鼻で笑ってしまった。
こんなもの、蚊の方がまだいくらかいい仕事をしそうだ。
軽く、掴んだ手に魔力を流すと、それだけで呪いはあっけなく砕け散った。
「ふー、キモかったな、なんか」
これで一応は終了なのだろうか?
不安交じりの笑い顔でカワズさんに視線を送ると、こちらもこちらであまりのあっけなさに不安そうな顔で曖昧に頷いていた。
「あれでも致死性の呪いじゃったんじゃがの……素手で掴むか普通?」
「咄嗟だったから仕方無いだろう? それに俺にはちゃちな魔法なんぞ効かないと教えてくれたのはカワズさんじゃないか?」
立て続けに起こる異常な事態に座り込んでいたセーラー戦士だったが、彼女もようやく戻ってきたようで。
「今のは……」
震える声で言うのだけれど、あらまぁ、これはばれちゃったかもしれない。
まいったねどうも。
最近ずいぶん感想や評価をいただいてとても励みになります。
今後ともよろしくお願いします。
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