三十三話 コスプレの境界 1
輝く太陽に、爽やかな風。
シャツは汗で体にべったりと張り付いていたが、どこか心地いい。
ここは家の裏手にある庭なのだが、俺は麦わら帽子にタオルをひっかけた格好で、鍬を振りかぶっては地面に突き立てていた。
狭い範囲だが、畑がそれなりに形になってきた頃にはやはりそれなりに時間もかかってしまっている。
当然鍬など持った事もないので両手は豆だらけだが、安心してほしい。
ちょっと人様には見せられない痛々しい手のひらは、しばらくするとあっという間にきれいに治っていた。
俺ってば、軽く人間卒業し始めているようである。
「何をやっとんのだお前さんは? コー、ホー」
一段落して俺が耕した畑を眺めていると、突然後ろから声をかけてきたのはカワズさんだった。
「やぁカワズさん! 爽やかな日和だな!」
「うむ……むしろ暑苦しい。それで? なんだって畑何ぞ作り始めたんじゃよ? ……コー、ホー」
カワズさんは折角爽やかに挨拶したというのに実にそっけない。
そして、嫌な事を聞いてきたものである。
確かにちょっとばかり理由と呼べる理由はあったが、口に出して言う気にはならなかった。
「うーん……暇つぶし?」
「おいおい、それなら魔法の研究をすればいいじゃろうに……コー、ホー」
「それは……それだろう? 少しくらい体を動かしたいこともあるんだよ、俺的に!」
「……ははーん」
しかしたったそれだけの事なのに、鋭く目を光らせるカワズさんは何かに勘づいたらしい。
意味ありげな声で探るような視線を向けてくるので、俺は思わず口ごもった。
「な、なんだよ?」
「お前さん体力作りとか……考えとらんか? コー、ホー」
ギクリ。
このカエル、確実に急所を突いてきやがる。
まさか俺の密かなコンプレックスに気が付いていようとは。
ちなみに、最近歩き回っているせいかずいぶん伸びた俺の体力も20くらい。
カワズさんにも全然届きません。
「そそ、そんなことありもはん」
「わかりやすすぎるわい……コー、ホー」
だがそんな指摘をしてくるカワズさんこそ何をしているのかわからないだろう。
さっきからゆっくりと謎の動きで、深く息を吐いたり吸ったりしている。
そして奇妙なカワズさんの目の前には、俺が召喚した大型テレビが置かれていた。
「……カワズさんこそ何やってんだよ? コーホーってどこの帝国の人だっての」
俺がそう言うとカワズさんはとても不服そうに半眼を向けてきた。
「いやいや、お前さんがくれたもんじゃろうが。この『サルでもできる太極拳』DVD」
「あー、あれ」
上半身裸になったカワズさんは、太極拳でいい汗かいていたらしい。
確かにTV画面には、ものすごくスローで動く中華な人が映し出されていた。
プレイヤーを召喚した時、ノリで召喚してしまったのだが、カワズさんはしっかり有効活用しているようである。
「このTVじゃったか? 使わんのは勿体なんじゃろ? だから色々やってみとるんじゃ。ええじゃろ?」
「だからってわざわざ大型テレビを外に運び出してやるか?」
「魔法使いに物の大きさ何ぞ関係ありません」
「……まぁそうか。ものを浮かすくらいはなぁ」
言われてみれば俺なんて、この間もっとすごいもの浮かべてきただけに、納得である。
「まぁ、この体もそこそこ動くようにはなってきたが、まだまだ自在にとは程遠いからのう。こういうのもええじゃろ」
「う……、まぁそうね」
一通り終わったのか、カワズさんは呼吸を整えると軽く一礼。
ほっほっほと笑い声をあげて、滑らかになった体で柔軟をしていた。
股割りすげぇな、百八十度はありえない。
「それで? お前さんの畑もどんな感じなんじゃ?」
不意に聞いてきたカワズさんに、今度は俺が今日の成果を発表した。
「俺? だいたい耕し終わったかな? 柵も立てたし。さすがに体中痛いわ、治すけど」
「たいがいじゃのぅお前さんも。しかし、柵をもう立てたのか、何か獣でもおるのか? この妖精郷に」
「らしいよ? 小動物くらいならいるってさ。トンボちゃんに相談したら柵くらいはしといた方がいいって。種を食べられるらしいんだよ。ちょうどいい物もあったしさ」
「ちょうどいいもの? 魔法で立てたんじゃないのかの?」
カワズさんは柵にちょうどいいものというのが思い当たらなかったのだろう、まぁ確かにアレを柵にしようとは普通思うまい。
「うん、ほら」
俺は出来上がったばかりの畑を指差すと、穏やかな顔で見ていたカワズさんの顔がみるみる強張ってゆき。
最後には絶叫した。
「あれ魔剣じゃないですか!!」
「そうだけど?」
そんなに顔色を変えるほどでもないと思うけどなぁ。
俺としては使えるものを再利用したに過ぎない。誰も剣を使う予定がないのならなおさらだった。
「お前さんには伝説に対する配慮とかそういうの無いんかい!」
カワズさんは納得いかないらしく騒いでいたが、ちゃんとした利点もあるのである。
「だって、どれもこれもさびないって言うし、なんだか変なオーラが出てて動物除けにはもってこいかなって?」
「そういわれると最適なような気がするから悔しい! いやしかしじゃの? 伝説というのはもっとこう、貴ばれるものというかの?……の?」
「の? っと言われても。便利なんだから使えばいいじゃない。でもなんかいいなこういうの! 竜の谷じゃ俺がずっとツッコミだったもんな!」
自分でもよくわからない喜びをかみしめていたら、逆にカワズさんは肩を落としていた。
「……どういう事じゃ竜の谷。恐ろしく疲れそうじゃの」
「あっはっは、存在がボケ属性のくせに何言ってんだか」
「やっかましわ!」
うん、これこそカワズさんだ。
カワズさんはまだ何か言い足りなさそうな顔はしていたが諦めてしまったらしい。
そして気分を切り替えようとしたのか、TVの方へ戻ってなにかし始める。
再生機器ならともかく、電波は入らないはずだが、いったい何をしているのだろうか?
気になって俺も覗き込んでみると、リモコンまで持っていて、なおさら意味が分からなかった。
「まだなにかしてんの? 電波入らないのに」
「ふむ、そこが素人の浅はかさ。まぁ見とれ」
「?」
カワズさんは手元にリモコンを構えると、TVに向けてボタンを押す。
当然砂嵐が映ると思ったら、そこにはなんだか別のものがぼんやり映っていたのだ。
俺はカワズさんの肩越しに身を乗り出す。
俺がやった時はいくらやっても砂嵐だったのに、これはいったいどう言う事だろう?
「え! なんで映るんだよ!」
「ふっふん! すごいじゃろ?」
「んん? でもこれなんだ?」
しかしテレビに映っているものは、森とか地面とかそんなものばかりらしいがよくわからない。
チャンネルを変えてみてもどれもほぼ同じである。
いったい何がしたいのかさっぱりだった。
「……カワズさんこれは」
失敗なんじゃない? と優しい瞳で言ってあげようとしたら、言う前に訂正された。
「失敗じゃないぞい! いいか、これはゴーレムの目線なんじゃよ!」
とテレビをバンバン叩きながら力説されてしまった。
「ゴーレム?」
なんか、ゲームのモンスターでそんなのいたななんて考えていたら、カワズさんはそのゴーレムとやらの説明を始めた。
「そうじゃよ、偽りの命を籠めた人形じゃよ。それを結界内に放っておる。このリモコンのボタンと同じ十二体な」
おおなるほど、電波がないならそれに代わるものを用意すればいいと。
そしてゴーレムとやらは、それに代わるものをこのテレビに届けているらしい。
「で、そいつらの目線をリモコンで切り替えられるわけだ。全部一斉に見れたりするの?」
「もちろんだとも。この周辺の地図を作ったから、光点で現在位置を知ることも出来る。ボタンはここじゃな」
いい具合にリモコンにもボタンは多いので、振り分けは楽だったようだ。
しかしカワズさん、何気に電子機器に強い。
俺達の世界に行っても、すぐにでも適応してしまいそうだった。
「それにしても、変わり映えしないなぁ」
しかし、その映像というのがまたつまらない。
画期的ではあるのかもしれないが、さっきからずっと森の中をさ迷い歩いているだけなのだ。
それにはカワズさんも同意見のようだが、そもそも目的が違うようである。
「まぁ森の中じゃからのぅ、楽しむためのもんじゃないから、これでええんじゃが」
「監視カメラってこと?」
「うむ。ズバリ監視用じゃな。今これはきれいに映っておるじゃろ? だがこれは霧の結界の中なんじゃよ。ここで迷って意識を失った者を担いで結界の外に捨てに行くのが役目じゃな」
「へぇ、霧の中でも綺麗に見えるんだ。……しかしえげつないな」
「馬鹿な、ずいぶんと軽い方じゃ」
カワズさん曰く命を奪っていないだけずいぶんと優しいらしい。
しかしそもそも侵入者なんてどの程度いるものか。
半信半疑でぼんやりと映像を眺めていると、ふと眼の端に止まったものがあった。
ちらりと何かが見えた気がしたのだ。
「ん? 今なんかあったぞ?」
「そうか? 人間がおったら自動で見つけるはずじゃが、何番じゃ?」
「たぶん三番」
「ほい」
カワズさんが三番を押す。
画面が切り替わって映っていたのは大きな猫だった。
だがそれを見た瞬間、俺は顔色を変える。
「ネコ?」
「逆さまじゃけどな」
可愛い猫のプリントアウトされたなにか。
ただこの時点ですでに、この世界の物じゃないだろう。
「……引いたり出来る?」
「ああ、三番を押したまま、命令してみろ」
言われた通りやってみるとその全容が露わになった。
だが同時に張りつめていた物はあっさりと霧散して、俺は脱力感で崩れ落ちる。
「……なんだこれ?」
「意味が分からんな」
パンツ。
それは猫のプリントアウトされたパンツらしかった。
命令して連れてこられた人間を見て、俺達はあまりのことに言葉を失った。
「……うわぁ」
「……確かにえげつなかったかもしれん」
カワズさんも認めるほど連れてこられた女の子はあんまりな状況だったからだ。
ガーゴイル三番は女の子の脚を掴んだまま回収してきたらしい。
視覚的にそのまま説明するなら、パンツ丸出しの女の子が足を持たれて宙づりにされている。
しかし、間違ってもいやらしい気分になんてならないだろう。
完全に白目、鼻水と涙を流したまま、真っ赤な顔で気絶している人間を見て、誰がそんな気分になるだろうか?
むしろ、救急車の心配をする方が先だと思う。
「……百年の恋も冷めそうだよな」
「そんなこと言っとる場合でもないんじゃがの。しかしパンツ見て運んでこいなんて言うもんじゃから、どんだけマニアックなのかと思ったぞい」
「ばかいえ! そんなんじゃないわい! ありゃ俺の世界の服なんだよ! それで気になっただけ!」
「……そうじゃの、そういうことにしておいてやるわい」
「だから違うって!」
ぎゃんぎゃん言い合いながら、俺達は女の子をようやく降ろす。
地面に寝かせた女の子の呼吸を確認すると、とりあえずは無事の様だった。
「霧の結界でやられたんじゃろう。何が目的かは知らんが女一人でようやるわい」
「しかし……、同郷だよなたぶん」
俺は改めて気絶している女の子を観察した。
おそらく高校生くらいだろう。よく見ればかなりの美人さんだ。
俺より少し年下くらいという計算だが、正直自信はなかった。
着ている服はたぶん日本の制服だと思うのだけど、しかし馴染みがあるかと言われたらそうでもなかったからである。
その上彼女は金髪で、どう見ても日本人からかけ離れていたみたいだったのだから。
そしてこの娘が普通の女子高生かと言われたら間違いなくそうじゃない。
彼女の上半身にはこの世界の趣が非常に濃く見える。
革製の鎧をセーラー服の上に着こみ、馬鹿でっかい剣に、スカートの下にはナイフを数本所持して登校している女子校生がいたら見てみたいものだ。
これが本当のセーラー戦士だな割とガチな。
俺の馬鹿な感想は、腹の中にしまっておく事にしよう。
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