三十二話 竜の招待 6
酒の池。
こんこんと湧きだす水は、溜まった瞬間から酒に変わる神秘の魔法である。
そんなものを作ってしまえば、やることなど決まっていた。
もちろん宴会である。
目の前には巨大な、なんだかよくわからない生き物の丸焼きがドカンとおかれ、俺達はそれぞれ竜の財宝から気に入った酒器を持ち出して、酒盛りに興じていた。
「あははははは! お前はいいやつだ! 本当にいいやつだ!」
「うまい! このような酒は飲んだことがない! それにこの量! 人間の酒宴にまぎれこんで浴びるほどの酒というやつは体験したことがあったが、まさか本来の姿で浴びるほど酒を飲めるとは思わなんだ!」
「浴びるどころか泳げるっつーの! 俺の魔法を見くびっちゃいけないよー。この酒は普通の酒じゃないしー」
俺がかけた魔法、それは池の水を丸ごと酒に変える魔法である。
ただし、ただの酒じゃないがな。
こいつは俺の魔力をたっぷり含んだ、神酒とも呼べるような代物なのだ。
腐らず、汚れず、常に清く保たれる。
そのうま味は海のように深く、この世のものとは思えぬほどに甘い。
滋養強壮に効果があり、一度飲めば傷を癒し、魔力はみなぎるだろう。
しかも元は水だけに飲んで一晩経つと、元の水に戻って二日酔いにはならないというなんとも至れり尽くせりの一品なのだ。
「ただしー、魔法はこの池にかけてあるのでー、離れすぎるとーただの水に戻りますー。お持ち帰りはできましぇん」
「なるほどなるほど! ならばここで飲み尽くしてくれよう!」
「これならいくらでも飲めそうだしな!」
水を得た魚の様にはしゃぐかませさんと、大きく頷く長老だった。
実際予想よりも遥かにおいしくて俺も驚いた位なのだ、二人がご機嫌なのもわかる。
昔、舐めさせてもらった酒はうまいとはとても思わなかったのだが、これは別と思えるほどにうまかったのだ。
二日酔いにもならないと安心しているせいも手伝って、杯はぐいぐい進んだ。
俺はもとより、トンボも小さな器で飲みながら、頭をふらふらさせている。
それにしても竜のざる具合にはあきれてしまった。
長老さんとかませさんもいい具合にほろ酔いで、この贈り物は大成功と言えるだろう。
「うはははは、なんだか気持ちよくなってきた~」
頭がぐるぐる回るのです。
そんな俺を見て、赤い顔のトンボはげらげら笑う。
「もーのみすぎー。タロのみすぎですー」
「お前だってさっきからカパカパ飲んでたりー。……あれー? トンボが三人に見える?」
「あっはっはっはっは! もう酔ったのか! 人間は情けないな!」
かませさんの安い挑発に、この時の俺は何を思ったか立ち上がって言った。
「にゃにおー! おいこらかませさん! のみくらべっすっか! まだまだいけるじぇ?」
「だれがかませさんだ! いいだろう! 叩きのめしてくれるわ!」
「おいおい、お前達。ほどほどにしておけよ? なぁ息子よ!」
「……おにゃのこがひとり、おにゃのこがふたり、おにゃのこがさんにん……ZZZ」
そんな具合に飲み比べを始めてしまうくらいにはぐでんぐでんである。
体のサイズに合わせて、俺はコップで、かませさんは樽で飲み比べを始めたのだが。
どうにも旗色が悪かった。
「どうした? んん? 顔色が悪いぞ?」
「ぬぐぐぐ、うっぷ」
すでに、胃袋どころか鼻の穴まで酒の匂いがこみ上げてくる。
……しかたない、ここは一つ。
「にゃらば! こっちも奥の手を使わせてもらおう!」
「なにぃ?」
俺は宣言すると、体内の毒素を浄化する魔法を掛けたのだ。
卑怯と笑うなら笑うがいい! 勝者こそが正義なのだよ……。
と一気に素面の状態に立ち戻ってしまったわけだが。
そこでようやく周りの状況に気が付いてしまった。
「……あれ?」
俺達の他にも竜達に知らせてくると、そんな事を始まる前に言っていた気がしたが、いつの間にかそこら中で宴会が始まっていたらしい。
あるものは器じゃ足りなくなり、そのまま池に顔を突っ込んで飲んでいる。
竜が飲みすぎで、そこら中でひっくり返っている様は……あまりにも無残だ。
だが大人しいのはまだいいのだ。
血の気の多い竜らしく、酔っぱらってケンカしている者までいる。
しかしそこは竜、火炎の飛び交う物騒な喧嘩である。
酔っている時は気にも留めなかったが、そこら中で火柱が上がって、とんでもないことになっていた。
「……あらら。幸い、壊れて困るようなものはないけど」
放っておいていいものか?
お酒は飲みすぎちゃいけないよね?
しかし、竜の喧嘩に飛び込むなんて、はっきり言って酔っていたってしたくはない。
俺は、頬を掻いて、しばらく冷めた頭で熟考。
「ま、いいか」
結局素面でいることが問題だという結論に落ち着いて、改めて飲みなおすことにした。
「……」
「いやぁ、それから大変だったんだって、後始末とか。あーでも元の水に戻そうかって言ったら満場一致で却下されたけどさ。あいつらの酒好きには呆れるよ。うん。めでたい席以外、立ち入り禁止にはなったみたいだけど」
「ほー」
「でも楽しかったよね! 盛り上がっちゃってさー! 竜もそんなに悪い奴らじゃないんじゃん?」
トンボと一緒にあの宴会の土産話をカワズさんに話してやると、カワズさんはわなわなと震えだす。
「なにそれ! うらやましいんじゃけど!」
そして大満足の旅の成果にカワズさんが爆発した。
結局のところ喉を鳴らしてきゅっとやりたいみたいである。
いやいやカワズさん、そっちだって満喫してたくせに何言ってるんですか。
しかし何はともあれ、おっかなかったが楽しい旅だったのは間違いあるまい。
最後に、スケさんが妖精郷に住みたいと言ってきたのでトンボと一緒に丁寧にお断りさせていただいたが。
「つぅわけで、おみやげもらった」
帰りがけにもらった大量のお土産を、俺はがまぐちから取り出しつつ、机の上に広げてみせる。
長老さんがぜひにとくれた物なのだが、それを見せた途端、カワズさんの目が点になった。
「もらったって……ミスリル銀に、ヒヒイロカネ、オリハルコンにダマスカス……随分と奮発してもらったんじゃなぁ……」
「そんな伝説の金属だらけなのかよそれ?」
どこかで聞いたことがあるような、実際には存在しない幻の金属達。
ただの金属だと思っていただけに、驚きの事実だった。
確かによく見てみれば、ぼんやりと光を発していたりするのだが、そんなもの俺にわかるわけがない。
そういえば、他にも剣とかもらっちゃったんだけど……。
なんだか怖くなってきて、念のためにカワズさんに見せてみることにした。
「ねぇねぇ……カワズさん、ひょっとしてこれもすごいもんだったりする?」
「なんじゃ?……これは!」
全部で十本くらい。
剣などどうせめったに使わないからと、適当にもらってきてしまったのだけれども、目を向いたカワズさんの反応を見ると、どうやらやはり、かなりの一品らしかった。
「どれもこれも、どこぞの名のある魔剣や聖剣ばっかりじゃと思うが……こんなもの本当に竜が持っとったのか? 多分竜殺しの魔剣もあるぞ?」
「あーええっと、竜の谷に入った人間が持ってたものなんだって」
持っていく時、それとなく聞かされた事をそのまま伝えると、カワズさんは納得がいったのか、何やら遠い目をして、そりゃそうじゃよなと黄昏ていた。
「……世知辛いのぅ。いくらいい剣を持っとったって、そう簡単に人間が竜になんぞ勝てるわけないしの。言われてみれば当たりまえか」
俺はカワズさんの台詞を聞いて、持っていた剣を放り投げた。
なるほど、どうやらこれは竜殺しを夢見た英雄達のなれの果てらしい。
……お祓いでもしておこうかな?
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