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三十一話 竜の招待 5
 事の発端は、気絶から復活をした、かませさんの一言である。

「むぅ……わ、わかった。わしも少々大人げなかったかもしれぬ。しかしなんだ、何か対価は用意してあるのだろう……いた! 殴るな! 何をする!」

「ええい! もう黙れお前! すまんな、こやつはいちいち荒いのだ」

「荒いってなんだ! 当然だろう! こやつは頼みごとをしたのだろう? 無償で受けたりすればそれこそ示しがつかん!」

 長老さんとかませさんが怒鳴りあう中、いやに冷たい口調のスケさんが物申す。

「叔父上……まだそのようなことを。こちらから欲しいとお願いしているのですから対価を払ってもよい位ではないですか、だいたい負けてなお私の邪魔をしますか? 丸焼けにしますよ?」

 その視線にやや怯みながら、しかし言い返すかませさんはがんばっていると思う。

「い、いや! 別にもう受け取るなとは言わんぞ? ただ、谷の竜達は魔法使いがやってくるのを歓迎しておる者達ばかりではない! むしろ不安に思っておる者も多いのだ! そんな状態で弱腰な所ばかり見せていては不安を助長し、ゆくゆくはお前達の不信にも繋がりかねんだろう!」

 かませさんの主張は思ったよりも正論だった。

 確かにそう力説するぼろぼろのかませさんの言い分にも一理ある。

「しかしだな……」

 あくまで穏便に事を進めようとするのは長老さんだ。

 だがこれでは話がまとまらない。

 仕方がないので俺は少し口だしをする事にしたのだ。

「いいですよ。俺、竜のみなさんに贈り物をしますよ。これでも魔法使い見習いなもんで、何か出来るでしょうし」

「おお! やってくれるか!」

 ようやく自分の案が通ったのがうれしかったのか、声が弾むかませさんが少し不憫だったが。

 まぁ俺が折れるくらいで威厳が保たれるというのなら安いものである。

 というか、そっちの方が面白そうだ。

「なら、……酒なんてどうですかね?」

 俺の数少ない竜知識。

 様々な英雄達は神話などで竜や蛇に酒を飲ませ、酔いつぶれている間に倒したという。

 裏を返せば、それほどまでに酒好きだという事だろう。

 すると、やはり伝承が正しかったのか、それとも単に趣向があったのか、二匹の竜の目がきらりと輝いた。

「ほう……我らが満足するような酒を用意出来ると?」

「それは興味深い話だな」

 そんな、ある意味とても熱い視線を送られては、今更言葉を引っ込めるわけにもいかないだろう。

「まぁ期待してくださいよ。そこでですね、この辺りで全く使ってない土地ってあります?」

「「?」」

 疑問のこもった視線を一身に受けて、俺はそう言った。



「要は俺が、竜に敬意を払わせるに値する相手だとわかりやすく認識出来つつ、もらってうれしい貢物を持って来たと思わせればいいと、そういうわけだよね?」

 そして俺は、荒野のど真ん中で、仁王立ちしているわけなのである。

 相変わらずの乾燥した大地は、どこまで続いているかすらはっきりしなかった。

 しかし、故に好都合。

「……何考えてんの? っていうか、お酒なんて持ってるの?」

 トンボの笑い混じりの指摘には抑えられない好奇心が見て取れるが、それはまぁ見てのお楽しみである。

「ん? まぁ今はないけどね」

 そう今は。

 谷以外の荒野は基本的に何も住んでおらず、少々派手なことをしてもかまわないとお墨付きも貰っている。

 なにせ竜が驚く事をしなければならないのだから、少々派手なくらいでは満足しないだろう。

 俺はぺろりと舌なめずりすると、魔法をダウンロードしてゆく。

 そして目当ての魔法を引き出し、漏れそうになる笑いを堪えた。

「さてはじめようか」

「……なんかすごく悪い顔してるよ、タロ」

 トンボの声に若干不安が混じった気がしたが、そんなのは気のせいに違いない。

 とりあえず俺は、出来る限り広い範囲に解析の魔法をかける所から始めた。

 深く、遠く。

 詳細な地理のデータが頭の中に流れ込んでくる。

 するとそこそこ近場に、地下水脈が交差している場所を見つけた。

 深度は約五十メートルといった所か。

 広さも竜が浸かれるほどとなると、それなりの大きさにしなければならないから都合がいい。

「見てろよ……」

「見てるけどさ、まためちゃくちゃするんでしょ?」

「まぁね」

 俺は空中に大きく楕円を描くように指を動かすと、だいたいこんなもんという目安を、片眼を瞑って適当に付ける。

 そして狙いをつけた地面を、そのまま一気に持ち上げたのだ。

 大地が震動し、しかし切り取られたような断面で、いとも容易く地面が宙に持ち上がってゆく。

 浮かび上がったそれは、独楽のような形状で、逆になったピラミッドみたいだった。

 大地に残ったのは、すり鉢状の大きな穴だ。

 いつかの塔や樹ほどの衝撃はないが、十分すぎるほどに浮かび上がる大地は非常識である。

 しかし大事なのは上の岩塊ではない、むしろ下の方なのだ。

 確認すると、すでに地下水が大量にしみだしているのが確認出来て、俺はにやりと笑った。

「さて、まだまだ進化した俺の力見せてやるぜ?」

「うぇ……この上まだなにかするの?」

「当然だろ! むしろここからが本番だ!」

 トンボちゃんに楽しげな笑顔を向けつつ、作業を続行する。

 今度は水が溜まるのを待つのも面倒なので、足してやることにしよう。

「全方位に魔法陣を展開! 放水始め!」

 かっこつけて、両手を突き出してみたがもちろん意味はない。

 窪みに向けて魔法を同時に発動する。

 その数全部で三百六十五個、縁起がよさそうだからだ。

 ちなみに水魔法一発でも何ら問題はないが、そこはせっかく教えてもらったのである。

 だって使ってみたかったんだもん。

 三百六十五個の大量放水であっという間に窪みに水が満たされ、さっきまで何もなかった荒野は見事な池に姿を変えていた。

 さて残ったこの岩の塊をどうしようか?

 このまま消滅させてもいいが、さすがにちょっともったいない。

「せっかくだから、なんかすごいのにしてみようか?」

 何も思いつかなかったので適当に振ってみると、トンボはいきなりにもかかわらず、すぐさまあっさり案を出してきた。

「うーん、すごいのねぇ……。全部金ぴかにしてみるとか?」

「それゴージャス!」

 トンボの思い付きにとりあえず乗っかってみる。

 すぐに岩塊に魔法をかけると、構成分子を魔法が綺麗に書き換えて、絵の具がしみ込むようにその色合いを変えていった。

 タダの土と岩の塊が、Au。

 つまるところゴールドに変化して、金ぴかに輝く表面は、日差しを見事に照り返していた。

「うわー趣味悪いなー」

「……君の案じゃなかったかね?」

 トンボの感想は予想外でビックリだったが、とりあえずよし。

 このままその辺に転がしておいても、いい見世物になるのだろうが、トンボ的にも不評らしいのでもうひとひねり欲しい所だった。

 こういうのはインスピレーションが大切である。

 楽しかった思い出を思い出せ。

 どうせなら名所になるような、そんなものがいいだろう。

 金、神々しい、神様、仏様、楽しい旅行、観光名所。

 様々な単語が飛び交い、俺の額がスパークする。

 ボーンと鐘の音が聞こえた気がした。

「出来た!」

「……なにこれ?」

 わけのわからないものを見たトンボちゃんの心中を察することは出来ないが、造形は完璧であった。

「仏だな!」

 素晴らしいアルカイックスマイル、見事な座禅を組んだゴールデン大仏が池の畔に音を立てて着地する。

 威風堂々とたたずむ百%まじりっけなし、純金製メタル大仏はパーマのきまったナイスガイであった。

 しかし作っておいてなんなんだが、恐ろしいインパクトである。

「ほえー、それでどうするのこれ?」

「うーん、見て楽しむ?」

「……楽しいの?」

「どうだろう?」

 珍しいとは思うのだが。

 しかし誰も知らない知名度ゼロの大仏はただの巨大フィギュアだもんな……。

 まぁ縁起がいいのは間違いないし、何とかなるだろう。

「いっそ、自分で歩けるようにでもしてみようか?」

「どうなんだろそれ? 目から何か出してみるとか?」

「目からビームはロマンだけどなぁ。被害者が竜じゃシャレにならないし。いっそ般若心経が自動で流れ出すとか?……ってそんなところに凝ったって仕方ないだろ俺。まだ肝心の魔法をかけてないんだった」

「そういえば、これってただの飾りなんだっけ?」

「そうだよ、まだ酒を用意してないだろう?」

 俺の言葉でトンボはハッとする。そして余裕で泳げる位の巨大な池を目の前に、震える手で指差した。

「……まさか、これ全部?」

「そのまさかだ!」

 さっそくとってきた魔法を掛けると、池はまばゆく光り輝き、その姿を変えていた。

 いや、見た目は何も変わらない。

 致命的に変わったのは、近くに立っているだけで酔いつぶれそうな強烈な発酵臭だった。
新名所 ゴールデン大仏


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