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沢山の方からあだ名の候補いただきました。
本当にありがとうございます^^
作者の独断で申し訳ないですがビビッと来たのでスケさんで行かせていただこうかと思います。
これからもスケさんをよろしくお願いします。
三十話 竜の招待 4
「さてお客人、ゆっくりしていって下され」

「どうも……」

 俺はかろうじて返事を返したが、この場の雰囲気に生唾を飲み込んだ。

 通されたのは、話に聞いていた竜の神殿らしいのだが、その異様な空間に圧倒されていたのだ。

 竜がそのまま通れるほどの大きな入り口から中に入ると、だだっ広いフロアが顔を出す。

 天井は薄暗く、まともに高さもわからない。

 だが竜が飛び回れるほどの高さがあることだけは窺えた。

 それだけ広い室内を巨大な松明が点々と淡い光で照らしていて、俺達は台座のような場所に座る長老さんと対面する形である。

 その右隣に不機嫌そうな顔で控えている赤い龍の叔父さん。

 そしてあくまで涼しげに、左隣に控えているのはあのエロい青年だった。

 なんというかすごく……ラスボスの部屋だ。

 今にも、ボス戦のBGMが流れ出そうなほどにである。

 そんな雰囲気を払拭すべく、俺は先手を打つことにした。

「このたびはお招きいただき、大変ありがとうございました!」

 丁寧なあいさつ発動!

 深々と頭を下げつつ、笑顔を忘れないのがポイントである。

 これで幾分ましになったかと思いきや。

「いや、楽にしてくださって結構。さっそく質問をしたいのだがどうか?」

 だが俺の一手はあっさりと破壊された。

 なんだと……質問していいか……だと?

 改めて、前置きして質問を投げかけることで、また別種の緊張感が跳ね上がっている。

 それは俺の胃にダイレクトアタックをかましてくれるのだ。

 しかも竜の怖い顔の追加効果で、それはすさまじい効果を発揮していた。

「?……いいかね?」

「も! もちろん答えられることならいくらでも?」

 俺が慌てて頷くと、長老さんはあくまで真剣な声色で言った。

「貴方は……我らを滅ぼそうと思うかね?」

 ひどく簡潔だが、俺的にとても不躾な質問である。

 そしてニュアンス的に、どうにも近いことは何度も言われた記憶があった。

「……なんでこの世界の人達は人の顔を見るなり物騒な方へ話を持っていこうとするかな?」

 思わず素に戻ってしまうほどに、その手の質問はうんざりだった。

 そんなことするわけないだろうと。

 そもそもそんなことをしても意味がない。

 俺の顔はひょっとして凶悪すぎる目つきだったりするのだろうか?

 第一印象がどんなものか、さっそく鏡でも見て確認したくなったが、長老さんが不満そうな俺を見て楽しそうに笑うので、それはやめておいた。

「ふむ……理解出来ないかね? しかし自覚がないようだから言っておこうか。
私がもし君ほどの力を持っていたとしたら、間違いなくそうするからだよ。
滅ぼされたくなければ要求を飲めとね。一番簡単だ、誰でも死ぬのは恐ろしい」

「これまた物騒な。俺なんて一飲みにしてしまえそうなくせに」

 俺が言うのもなんだが、そんなもの竜の前に出ろと言われた時点で俺が感じている恐怖である。

 その上、盗賊のような考え方に、俺はいつの間にかため息を吐いていた。

 確かに簡単ではあるのかもしれないが、それを許容出来るかどうかは別問題だ。

 さらに言うなら、目の前のでっかい竜にそれをする気があるかと問われても、はいと答える気にはならなないだろう。

「いやいや、確かに我ら竜族はおおよその生物を凌ぐ力を持っているし、その自負もある。
しかし決して無敵というわけではないのだ。
現に竜が束になっても勝てぬであろう化け物が目の前におる。
長生きはするものではないな……対峙しただけでここまで心胆を寒からしめたのは初めてかもしれぬ」

「そんなに警戒されるようなもんですかね?」

 下される自分の評価がどれだけ無差別殺人鬼みたいなものかを知ると、正直虚しくなるのだが。

 長老さんは俺の問いかけに、大きな瞳を閉じて喉を鳴らすと、窘めるように言った。

「ふむ……自らの力量を正しく理解するのも重要なことだ。
君との力の差を理解して、なお好き好んで君と争いたいと思う者など存在せぬだろう。私がそうであるようにな」

 ジロリと、傍らの赤い竜に長老さんは視線を向ける。

 すると視線に気が付いた赤い竜はむきになって否定した。

「そのようなことはない! わしは臆したりなどせぬ!」

「だからお前は愚かなのだ……やめておけ。この方は力の価値をわかっていないだけで、使い方はすでに心得ている。それとも何か? わざわざお前が、その価値を教えて差し上げるのか?」

「……ふん」

 赤い竜は長老の言葉に鼻を鳴らして、しかしそれっきり口を閉ざした。

 その反応に、長老さんはこれが答えだとばかりに俺に視線を戻すのだ。

 そして長老さんは静かに言った。

「実際そうなったとして、私に出来ることと言えば、誇りを守るか、命を守るか。その選択位のものだろう。
もっとも、どちらも君のさじ加減次第ではあるわけだがね。
君に敵対の意思がないと知って、私がどれほど胸をなでおろしているか知れば、そんなセリフは出てこないだろう」

 疲れたような、諦めたようなセリフに、俺もどうしたらいいやら悩むばかりだ。

「妖精の女王様は完全武装で、脅しには屈しないとか言ってきましたよ?」

「フフフ、あ奴らしい。私も君に出会うのが最初だったら、同じことを言ったのかもしれぬな。
だが勝つ気で相手取ろうなんていうのは己を知らぬ愚か者か、命を捨てたものくらいだろうさ。
負けるとわかっている戦いほど虚しいものはない。
……さて、だが私が君を見た感想だが、実はそう悪くない」

「……なんか、すごい言われようだなぁ」

 こんな有体にいってしまえば化け物に、こうまで言わせてしまうのだからとんでもない。

 とはいえ、こうやって理性的に話してしまえば、もう化け物とは思えない俺がいた。

 おそらくは俺がただの人なら、彼の印象は終始化け物のままなのだろう。

 そうならないのもまた、この魔力のおかげだというのも、考えてみれば皮肉な話なのかもしれない。

「気を悪くしたのなら謝ろう。しかし私は確かめねばならなかった」

「何を?」

「さぁ……なんなのだろうな。強いて言うなら君という生き物をかな?」

「……それで? 望んでいたものは見れたと思ってもいい……のかな?」

「どうだろうな……だが君を客人として招いたのは正解だったとは思う。妖精の主には感謝せねばな。
さて私の話はここまでだ」

 そう話を締めくくると、長老さんは満足げに頷いていた。

 まぁ、俺の人間性を見たかったと、そういうことかな?

 どう解釈したかは長老さん次第だろうが、用が終わったのなら俺の方も本題に移らせてもらうとしよう。

「よし。それじゃあ今度はこっちの話をしよう。あなた達に受け取って欲しいものがあるんだ」

「ほう、それは?」

「これなんだけど……」

 俺はこの日のために用意していた、とっておきの道具を披露した。

 がまぐちである。

「……何それ?」

 今まで声も出さなかったくせに、きっちりこのオモシログッツに食いついてくるトンボはなかなか食いしん坊であるが。

 まてまて、本題はこの後なのだから。

「これこそどんなものでもしまっておける魔法のがまぐちだ!」

 なんでがまぐちかって? そりゃぁポケットじゃ知名度が高すぎるからさ!

 あえて何がとは言わないが。

 どうでもいいワンクッションを挟みながら、本命をがまぐちから引っ張り出す。 

 もちろん、記念すべき俺製パソコンの初披露である。

 だが自慢の一品であるパソコンを見せると、長老の目が点になった。

「これはなんなのだね? わしらにはどうにも小さすぎるが?」

「変身出来るんでしょう? そこの息子さんに聞きましたよ。それはともかく、そちらがこっちを見定めていたように、こちらもあなた達を見定めさせてもらいました」

「ほう? それで合格はいただけたかな?」

 どこか楽しそうにそう尋ねてくる長老に、俺は大きく頷いて見せた。

「もちろん。血気盛んな方々ではあるようですけど十分理性的だし。それならこれも使いこなせると思う。もちろん正体不明の魔法使いからこんなものを渡されるんだから、怪しいと思うだろうし、タダとは言わないから。
何か困っているというなら力を貸すということで。 どうだろう?」

 まぁ物を渡して対価も渡すというのも変な話なのだろうが、この際仕方がないだろう。

 新しい物ほど受け入れられるのに時間がかかるものなのだ。

 それに、こいつは出来るだけ多くの人に受け取ってもらわないと、その真価を発揮出来ないのだからなおさらだった。

 しかし、長老さんは対価に関しては否定した。

「ふむ……いや、信頼の証としてこれは受け取ろう。しかし、どういうものかは説明してもらえるのかな?」

「ああ! もちろん! なんなら説明書も付けようか?」

 初のプレゼンテーションに緊張しつつ、俺は咳払いしてからきらりと目を輝かせた。



 では説明しよう! さっそく変なことを言うが、実はこれ、厳密にいうとパソコンではない。

 どちらかというと現代の携帯電話に近いものになるだろう。

 まずこれ単品では、そんなに複雑なことは出来ないのだ。

 出来ることと言えば、文章や絵を描くこと、画像の編集が精々で、それは鏡へのタッチパネル方式と付属のキーボードのようなパネル、さらにマウスで行う。

 ちなみに、何気にこの文章がすごい。

 ある程度、意味の分かる文章になっていると、鏡の向こうの人物にわかる言語になって通じるのだ。

 俺が手紙を読めるようになった魔法の応用だとカワズさんは言っていたが、はっきり言って謎魔法だった。

 付属品は自分の見たものをそのまま保存出来る水晶、これは要するにカメラである。

 これは手に持って「スタート」「ストップ」のキーワードを口にすることで、自分の目で見たものを直接保存する魔法がかけられている。

 水晶は魔力を使って動くが、連続使用時間は一時間ほど。

 付属のスタンドにおいて、本体につなげておくことで魔力の充電が可能である。

 もちろん「チーズ」のキーワードで直接写真を撮ることも可能だ。

 そして目玉の機能、それが通信である。

 これには文章モードと会話モードの二つがあった。

 文章モードは妖精郷の家にある、情報保存用の魔法機械に入力した情報を蓄積するモードだ。

 自分用のスペースを製作して、その中に編集した情報を描き込む。

 または全員共通のスペースで、カテゴリー分けされた場所で会話をやり取りする。

 個人に向けて文章を手紙のように発信する。

 などが可能である。

 これらの情報は保存され、いつでも見れるし、編集も可能だが、もちろんプライバシー保護のため、メールは閲覧出来ない。

 会話モードは、子機同士を繫ぐ、簡単に言えばTV電話が近い。

 魔法的に言えば鏡同士で会話する魔法を簡略化したものになるだろう。

 本体の魔力を使って、相手の子機を指定し、会話するだけのシンプルなものになっている。

 鏡の魔法と少し違うのは、自分の魔力を使わないでいい点、そして顔を非表示に出来る点だろう。

 これで、例えばドラゴンと人間でも問題なく会話出来るはずである。

 とまぁ今はこんなものだが、うまくいくようならさらに出来ることを増やしてみるのもいいかもしれない。

 とりあえずメインはメールとTV電話、これだけは出来るだけ簡単に使えるようにしてあった。

 慣れるまでは、むしろこれだけでもいいだろう。



 一通り淀みなく説明を終えられて、満足した俺は大きく息を吐く。

「まぁ、こんなところかな? 魔力は自分でどうにかするから、小さな子でも使えると思うけど。
でも分解しようとすると爆発するんで気を付けてね?」

「……爆発とは穏やかではないですな」

「もちろんこれが壊れるくらいの小さな爆発だから、大したことはないと思う。あくまで分解されないようにするための緊急の意味合いで」

「……ふむ、見られたら厄介なものが入っていると?」

「いや、見られたら売りに走られそうなものが入ってる。これはどっちかというと人間用の仕掛けだから、気にしなくてもいいよ」

 しかし説明を終えても、今一反応の悪い長老に俺は内心うろたえていた。

 何か下手を打っただろうか? 

 心配だったがどうもそう言うわけではないようで、単純に今一長老はわけがわからなそうな顔をしていた。

「ふーむ、いや面白そうなものではあるが、結局これは話をするための魔法具だということかな? それならば我らも使えるぞ?」

「それはそうなんだけど……誰でも使えるっていうのが大事なところで……。話し相手も魔法が使えなきゃ会話出来ないんじゃ意味がないから」

「うーん、そんなに会話がしたいのなら身近の物と会話をすればいいんじゃないか?」

「うう、まだそんなに配ってないし、どう説明したものやら。……それじゃぁとりあえず会話モードを試してみようか」

 とにかく見てもらった方が早い。

 手はず通り、家にいるカワズさんにメールを送ってみると、OKの返事がすぐに来た。

 ちゃんとパソコンは正常に動いているらしい。

 しかし映し出されたカワズさんはなぜか、少しボロっちかった。

『よ、よう……そっちはどんな感じじゃ』

「……カワズさん、何やってんだよ?」

 何か魔法の実験でも失敗したのだろうか?

 それになぜか画面の向こうが騒がしいのだが。

 不審に思っていると、カワズさんは苦笑いを浮かべていた。

『い、いやぁ、それがお前さんらが行ったとたん、思いもよらなんだ客が大挙して押し寄せてきてなぁ……こら! それはさわっちゃいかん!!』

『ねぇねぇカワちゃん、カワちゃん! 「れいぞうこ」ってやつ、もっと色々つめちゃっていい? あ! なんか映ってる!』

『どれどれ? んん? あ! この人知ってる!』

『***もいるよ! おーい!』

『だから今、話している最中で……!!』

 カワズさんを押しのけ、出てきたのは、見知らぬ妖精の女の子達だった。

 それに反応したのは相変わらず俺の頭の上に隠れていた、トンボである。

「あ! **じゃん元気!」

『そっちこそ! 竜のとこに行かなきゃいけなくなったんだって? おっかないでしょー』

「うん! もう来てるよ! でも何とかやってるー」

『え! そこって竜の谷なの! どんなだった!』

『えっほんと!』

『***竜のとこにいるんだって!』

 画面の向こうでは、珍しい話に沢山の妖精達が集まってきていた。

 見知った顔に注目されて、トンボなど得意の絶頂らしい。

「そうそう、わたしも責任って言うの? そういうの感じちゃったけど……。まあ、うまくやってるかな? わたしって出来る女だから……ね!」

「ね! じゃない! あの……カワズさんに代わってもらえるかな?」

 だが俺が話かけた途端、画面の向こうの女の子達は悲鳴を上げてどこかに行ってしまった。

 かなり複雑な気分である。

『お、おう! 助かったわい!』

 そして女の子達に埋もれていたカワズさんがようやく顔を出した。

「助かったじゃねぇよ! どういう了見だ! 人を使いに出しといて自分は妖精とキャッキャウフフか! この色ボケガエル! なにがカワちゃんだ!」

『し、失敬な! あいつらが勝手に来たんじゃ!』

「俺はわかっているぞ! 何気にまんざらじゃなかったんだろう! 調子に乗って俺が作り置きしておいたお菓子とか、お出ししたんじゃないのかい!」

『な、何のことじゃろう? はて知らんな?』

 どうやら図星だったらしい。

 どうしようもないエロガエルである。

 でもそんなカワズさんに、助け舟を出したのはトンボだった。

「たぶんおっかないのがいなくなったから、集まっちゃったんじゃないかな? みんな好奇心旺盛だからねー」

「……おっかないのって、ひょっとしなくても俺のことだよね。納得いかねー」

「まぁまぁ、いいじゃない。ちゃんと実験は成功したんだし?」

『そうじゃ、そうじゃ』

「便乗するなよカワズさん。……なんかもう疲れた。とりあえず切るわ」

『おう! 健闘を祈るぞ!』

 ブチリとカエルのサムズアップと疲労感を残して通信は切れた。

 これでプロモーションになったのだろうか?

「こんな感じなんだけど……」

 恐る恐る振り返る俺だが、俺の心配はすぐさま杞憂に終わったらしい。

 なぜならばいの一番に食いついてきた男がいたのだから。

「なんですか! この素晴らしいものは!」

「……なんだスケさん? どうしたんだよ?」

 それはもうがぶり寄りである。

 その勢いは俺ですら、引き気味になったほどだったが、スケさんはかまいもしない。

「どうしたんだよじゃないですよ! なんですか今のは! ところでスケさんとはもしや私の事ですか!?」

「そう、スケベだから」

「これは一本取られましたな! だがよし! 些細なことです! それよりもこれ! 今のはなんですか! 妖精さんてんこ盛りじゃないですか!」

 あー、そこに反応したのか。

 スケさんの中ではパソコン≒妖精さんと仲良くなれる道具になっていないか?

 これはまずいと口を開こうとしたのだが……。

「いや……あれはね」

「父上! これはぜひ私に! 私にいただけませぬか! というか何台かください! 配ります!」

 ……これは黙っておいた方が吉かもしれない。

「……だんな、だんな、予備に後二つほどありますんで、いかがっすか?」

「いただきましょう! 後でもう少し詳しく使い方を伝授してください!」

「待った!」

 だがなんだかうまくいきそうだったのに、止めた怒声は例のあの人である。

「……なんですか叔父上?」

 心底ウザったそうなスケさんに、赤い竜は問答無用で怒鳴りつけてきた。

「さっきから聞いておれば、それはこの谷の内情を外に漏らすようなものではないか! そんな物置いておくでない!」

「……そんなもの、出す情報くらい私だって選びますよ。もっとも、自由気ままな我らに隠さなければならない内情がどれほどあるのかは知りませんが」

「ぐ……とにかく駄目だ! だいたいそんなモノ、置いておいたところで百害あって一利なしだ!」

「……」

 まぁ確かに、考えてみれば情報の流出なんてのは、向こうの世界でも嫌われることである。

 しかしそんなことは意にも返さず、スケさんは俺に一度だけ振り返ると、あくまで笑顔で頭を下げてきた。

「……申し訳ありませんタロー殿、どうやら家族会議が必要なようです」

「えぇー……」

 スケさんの後ろ姿からは家族会議では明らかに考えられないほどの殺気が滲み出ているのだけれど?

 気のせいなのだろうか?

 長老もどこか焦った様子で、赤い竜を説得していた。

「……なぁ、悪いことは言わん。ここは素直にもらっておいた方がいい」

 だがそれで簡単に納得するような赤い竜でもない。

「お前まで何を言い出す! よもやこの小僧にまで顔色をうかがえと言うのではあるまいな!」

 やはり赤い竜は聞く耳など持っていなさそうだった。

 それは長老もわかっているのだろう、ため息交じりにだが、止めるのは諦めたようだ。

「……お前、せがれに最後にあったのは何年前だ?」

「んん? もう十年になる、それがどうした?」

「そうか……もうそんなに経ったか。どうしてもやるというのなら止めはせんが……忠告だけはしておいてやる。小僧と侮ると後悔することになる。特にあの状態のアレとはな」

「……何を言っているんだ?」

 長老の口調は、というか雰囲気は悟りきった賢者を思わせる。

 それはどこか、見ているものを不安な気分にさせる不思議な表情だった。

「叔父上、わかっておいででしょうが……竜たる者、意見を違えた時は己の力を持って押し通す、そうですな?」

「おおとも! わかっておるではないか!」

 威勢よく首肯する赤い竜に、スケさんの雰囲気が明らかに変わった。

 そして非常に静かな表情でスケさんは視線を上げたのだ。

「此度の案件、私には引く気がありませぬ。ならばこの身を持って示すまで」

「みなまで言うな!」

 メキメキと骨のきしむ音を立てて、スケさんの姿が変化してゆく。

 その姿は質量を無視して巨大に膨れ上がってゆくが、しかし……大きくなりすぎじゃないだろうか?

 そう思ったのは俺だけじゃないらしく、赤いのも同じだったらしい。

 だんだんと自信満々だった表情が、これまた急激に変化していたが、あまりいい変化とは言えないだろう。

 本当の姿を現したスケさんは、長老から受け継いだ黒い鱗を持つ竜の姿を、惜しげもなく俺達に見せつける。

 その姿は先に見た二体の竜よりはるかに若々しく、そして巨大だった。

 人間の時と同じ金色の目がギョロリと動くと、赤いのが呆然と呟くように言った。

「……でかくなったなお前」

「では……行かせていただきます!」

「ちょ……!」

 超特大の火炎のブレスが飛んできたので、とりあえずは結界で止めておいたが。

 生身で受けたら、文字通り三度消し炭になってもおつりが来そうな炎だったのは間違いない。

 辺り一面火の海になったが、辛くも赤い竜は何とかかわしていたようである。

「や、やばー。スケさんすごいよタロ……」

 トンボも怒れる竜と化したスケさんに、ブルリと身震いしている。

 その気持ちはよくわかる。俺だってあれは変わりすぎだと思うよ。

「そうだな、怒らせなくてよかった」

「いや、あれは気は長い。怒ることなどめったにないよ。……ある一方向を除けば」

 ああ、なんとなく答えはわかった。

「……いいんですか? 長老さん?」

 念のために尋ねてみると、俺の結界の後ろで、長老さんは巨大な肩をすくめて見せていた。

「ああなった竜は止められませぬ。それにああなった息子はなおさら止められませんな。なに、殺しはせんでしょう」

「……息子さん強いの?」

「もちろん。すでに私は超えております。そろそろ跡目を譲ろうかとそう思っているのですよ。
ですが……もう少し落ち着いてからの方がいいと思いましてな」

「……それは俺も同感です」

 確かに、数々の暴走具合を見ると、もう少し時間をおいてからの方が落ち着きそうだった。

 スケさんはすでに数発のブレスを命中させ、追撃戦に突入している。

 赤いのも頑張っていたが、明らかに馬力で押されているのが見て取れた。

 これがエロの力か……。

 白熱した空中戦は、生命力を削りあうようなすさまじい大怪獣決戦である。

「あ、女王様の方にもこれを渡そうと思うんで、長老さんにも一機渡しておきますよ。
たまに話すのなら、これは手紙も送れますから、タイミングを取りやすいですし」

「おお、なるほど、確かにそうした方が話すタイミングも取りやすいですな。ありがたくいただきましょう」

 轟音の鳴り響く中、記念すべき一回目の取引は滞りなく行われたのだった。



 そしてしばらく後、人間の姿に戻ったスケさんが気絶した赤い竜を引っ張ってきた。

「失礼しました。いささか手間取りまして」

「いささかねぇ……」

 ぴくぴくと痙攣して床に沈んでいる赤い竜は、俺の脳裏にある単語を思い起こさせるのに十分すぎるインパクトがあった。

 一番イメージの竜らしく、カッコいいのに、締まらない。

 その姿はまるで、主役を引き立てるがごとし。

 赤い噛ませ犬。

 故にかませさん。

 本人には直接言うことはないと思うが、新しいあだ名が生まれた。
色々突っ込みどころの多そうな話です^^;


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