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二十九話 竜の招待 3
「いやあっはっはっは! お見苦しいところを見せてしまいました。私もあそこまで見事にバッサリとフラれたのは初めてですよ!」

 青年は何とも爽やかに笑いながら、トンボの鮮やかなフリっぷりを褒め称えている。

 肝心のトンボは俺の頭の後ろから出てこないというか、警戒心MAXでピリピリしていた。

 必然的に話相手は俺になるわけなのだが。

 俺は戸惑いを多めに含んだ口調で、とにかく口を開いてみた。

「あー、……ええっとあなたは人間なんですか?」

「ああいえいえ、竜ですよ。私は人間と言わず、どんな種族にも変化する魔法を使います。
今日は、私が人間の姿になるのが一番うまいので案内役を仰せつかりました。
ちなみにあの告白は美しい方に出会うたびにやっておりますが成功率はゼロですね。
何が悪いやら! この際、新しい文句を考えてみるのもいいかもしれません!」

「……ええっと、なんというか、頑張ってください?」

「いやいや、この程度! 私は落ち込みやすいが、立ち直るのも早いのが自慢なのです! 
そもそもこの魔法にも因縁がありまして。
太古の昔……と言ってもまだ私の曾爺さんの代なのですが、竜族が激減した時代があったのですよ。
竜族はこの世界で最強の肉体を誇っておりますが、そのせいか出生率が低いのです。
そのくせ、その時代は戦が重なり、血の気の多い竜の多くが死んだものだから手が付けられなくなりましてね、悩んだ末にご先祖様達は考えたのです。
いっそ、他種族とも子供を作れるよう、魔法を考えたらどうかと。
魔法はそんなに得意ではない私達ですが、それこそ血のにじむような努力の末、ついにこの魔法の開発に成功したのです。
誇り高き竜族は、他種族などと交わるべきではないなどと戯言をほざく、当時の纏め役をぶち殺し、この偉大なる発明を竜族へ広めたのですよ……まぁ何が言いたいかと言いますと」

 ここでいったん区切って青年は咳払いすると、とてもいい顔で言った。

「すべてはエロの力ですね!」

「いや、そのまとめ方はさすがにどうだろう……?」

「そんなことはないでしょう。私はそんなご先祖様達を尊敬しているのです! ところで妖精郷とは美しい妖精が沢山いる、夢のような所だとか! ぜひとも詳しくお伺いしたい! 出来る限り詳細に!」

「……いや、話せるほど長くいるわけではないので」

「そうですか……野生が足りませぬぞ! タロー殿!」

 ぐっと拳を握りしめながら力説されてしまった。

 俺はと言えば、なんだか今にも貧血でも起こしそうだ。

「……どうしようこの全開スケベ」

 こっそりとトンボに耳打ちしたら、トンボからは見ればわかると怒られた。

「はじめからわかってた! まともに取り合ってたら駄目だよ!」

「いや、そう言うわけにもいかないんじゃないか? 一応案内しに来てくれたみたいだし」

「そりゃそうだけど……。でもどう考えても案内には向いてないよね、この人?」

「いや……いっそ男相手に腹を割って話すには、このくらいの方がいいのかも……とか?」

「……どこまでバカなの男って?」

「……深いことを言うなぁ」

 快活に笑う青年を眺めながら、俺は自分の駄目な部分を覗き見ているような、残念な気分になってきた。

「どういたしましたか? タロー殿?」

「いえいえ気にしないで。しっかし樹海もすごかったけど、ここもすごいなぁと」

「だよね。聞いてはいたけど圧倒されちゃう」

 当たり障りのない所で風景を話題にすると、青年は思いのほか普通に説明してくれた。

「ああ、外から来た人の感想というのは初めて聞きましたよ。
何せ異種族を見つけたら見敵必殺が基本ですからね。
浮き島はご覧になりましたか? あれは浮かぶ性質の鉱物を含んでいましてね、若い竜達の居住区になっているのです。もっぱら外敵の排除はあいつらの仕事なのですよ」

「へー……そうなんだ」

 だが説明はしてくれたが、内容は普通じゃなかった。

 やっぱりおっかないです竜。

「安心してください。ちゃんと父上があなた方を襲わぬようにと指示を出しておりますゆえ。
あなた方はあくまで客人、ゆっくりしていってください」

 微妙に安心出来ない保証に、本当に大丈夫なのかと不安になった。

 そういえば女王様は竜族の長と仲がいいとか言っていた気がしたが、どういう経緯でこんなおっかない習性の方々と知り合ったのか、まったく繋がりが見えない。

「なぁ、なんで女王様って、この人達と仲がいいの?」

「知らないよ。でも竜の長とはたまに話し合ったりしてるみたいだよ? あんまり仲は良くないみたいだけどさ」

 好奇心でなんとなく尋ねてしまったが、トンボもよく知らないらしく、謎は深まるばかりである。

「……そうなんだ」

 でも知ったが最後、なんだかすごく怖い目に合いそうな気がした。




 そのまま青年に案内されるままに進んでゆくと、だんだんと深い谷に入っていっていることに気が付いた。

 左右の壁が高くなり、見上げるほどの絶壁になる頃には、空の隙間から巨大な竜が飛んでいるのが確認出来た。

「この谷は、比較的年長の竜の住処になっていますね。一番奥の神殿が長の住処ですよ。
つまり私の父上が住んでいるのがそこなのです」

「へぇ」

 適当に相槌こそ打っていたが、実際のところビビりまくりである。

 今更だが俺に何の用なのだろうか? 

 まぁ魔力的に考えて物騒な用なのだろうが、大事にはならないで欲しいものである。

 しかし、そんな期待は結構あっさりと裏切られる事になった。

「ね、ねぇあれ?」

「?」

 まず最初に気が付いたのはトンボだった。

 トンボが髪を引っ張るので上を見上げると、さっきまで遠くの空に見えていただけの、羽の付いた影が、だんだん大きくなってきているのに気が付いた。

 それを見た全員の表情が、徐々に硬くなってゆく。

「……少しまずい。叔父上が来た」

 ぼそりと呟いたのは青年である。

「叔父上?」

「!! まずい! 逃げてください!」

 聞き返す間もなく事態は急変する。

「逃がすものかよ!!」

 大音声で響く怒声が俺達に叩きつけられ、同時に猛烈な突風が巻き起こったのだ。

「うひゃあああ!」

「なんだなんだぁ!」

 吹き飛ばされそうになるのを、俺は何とか這いつくばって堪える。

 砂埃が視界をふさぐ中、どうにか目を開くと、そこにはあまりにも大きな体が俺達の行く手を遮っていたのだ。

 赤い鱗と、大きな黄金色の瞳が俺達を射すくめる。

「その力! 我らに限らず、この世界に害悪! 故に滅ぼす!」

 空に向かって一声吠えた巨大な竜は、俺達に向かって人の言葉でそう言った。

 あまりの迫力に俺は言葉を失う。

 頭の上のトンボも、少なからずパニックになっているようだった。

「ななななななにこれ!」

 あれだけ毛嫌いしていた相手に説明を求めるくらいだからよっぽどだろう。

「叔父上は頭に血が上りやすいんです! どうかご容赦を!」

 なんだか、とても残念そうに首を振りながら言う青年はどこか諦めムードだが、こういう時こそがんばって欲しい。

「いや! 俺ら何にもしてないよね!」

 ただ俺達がいくら動揺しようが、向こうは知ったことではないらしかった。

「強さに恐れをなし、牙を収めるなど竜族の誇りが許さぬ! 我が牙にてその命! 刈り取ってくれよう!」

 渋めの声で宣言する竜は、第三者の目線で見られれば、さぞかっこいいことだろう。

 しかし、当事者になってみると冗談ではない迫力だった。

「ばばば、バトルか、やらなきゃまずいの!? どうしよう!」

「や、やっちゃえタロ! ドラゴンなんかぶっ飛ばせ!」

 そんな無責任なこと叫ばんでくれよ、トンボちゃん! 

 そして案内人! 無言で俺を押し出すのはやめてくれ!

「いえ、こうなってしまっては仕方がないので実力を見せてもらういい機会かと」

「そういうのやめてくれない!」

 いよいよ、本気で戦わなければならないかと、涙目になっていると。

 救いの手は思わぬこと所から伸ばされた。

 牙の間から絶え間なく唸り声を上げる、赤い竜のすぐ後ろ。

 そこからぬっと、音もなく黒い腕が現れたのだ。

「やめんか! この大馬鹿者が!!」

 そしてその腕は、さっきの赤い竜以上の音量で怒鳴りつけると、赤い竜をそのまま地面に叩きつけたのである。

 巨体が衝撃に負けて岩を砕く様子は、まるで爆弾が破裂したようだった。

 破片がこっちまで飛んできたが、俺は瞬きも出来ずに驚かされるだけである。

「ぬぐぉ!!」

 粉塵がようやく収まると、身体の半分を地面に伏せた赤い竜が悔しげに唸っていた。

 そしてそれをやった張本人、今度はひときわ大きな黒い竜が俺達の前に姿を現したのだ。

「失礼した……タロー殿とお見受けしたが、いかがか?」

「放せ! この老いぼれが!!」

「やかましいわ! 私が老いぼれならお前も老いぼれだろうが!」

「ぬおぉぉぉ……」

 ぐりぐりと頭を地面にめり込めさせられる赤い竜。

 それを憤懣やるかたない様子で力を籠める黒い竜。

 呆気にとられていたが、かろうじて俺は黒い竜の質問に答えることが出来た。

「……えっと、そうですけど」

「すみませぬな、この馬鹿がはしゃぎすぎまして。妖精の女王から、名前が聞こえぬ呪いをかけられておると聞いております。私のことは、そうですな……長老と。この谷の物達からはそう呼ばれておりますゆえ」

「はぁ、長老さんですか」

「お前も非礼を詫びんか! 馬鹿者が! 里を滅ぼす気か!」

「……わかった。……だから頭を離せ……顎が開かん」

 観念したらしい赤い竜がようやく大人しくなって唸っているのが聞こえた。

 静かになってやっと全体が見える様になったが、やはり竜達はとんでもない大きさだった。

「……なんかすごいね、竜って」

 呆けたようなトンボの呟きに、俺も痛く同感である。

「一々スケールがでかい」

 目の前で繰り広げられたあまりにも派手な自己紹介に、俺はどうしたものかと命の危険を感じていた。
新キャラの青年のあだ名が思いつかない。
今のところ、エロスか助平、エロキャラ。


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