二十八話 竜の招待 2
「ううう、グワングワンする~タロ、あの移動法はもうやめよう~」
「うーん、速いのは速いんだけどなぁ」
目を回しているトンボは、どうにも酔ってしまったらしい。
気持ち悪そうに口元を抑えていたが、テレポートでもそんなことがあるとは知らなかった。
「てれぽーとだっけ? 速いのはわかるけど連続で空中に放り出されるって、ちょっとしんどいよ~」
「羽、持ってるくせに何言ってんだよ」
空を飛ぶ生き物はこういうのに強そうなのにと勝手に思っていたのだが、トンボは非常に不満そうである。
「それなら普通に空を飛ばせてよ! 大丈夫! タロなら自由落下しても死なないって!」
「いやぁそれは死にそうだけどな……」
「いやいや、絶対死なないでしょ。タロなら空だって誰より速く飛べるはずだよ!」
ウインクに親指を立てて言ってくるトンボに、俺は怯んだ。
「くッ、やるなトンボ! そんな希望に満ちあふれた言葉で言われても、うれしくなんてないんからね! 当然帰りも使いますとも。俺にもう乗り物酔いは通用しないのでね。帰りはトンボにも魔法かけてやるよ」
「なにそれ! ホントそんなのあるんだったら帰りは忘れないでよ?」
「もちろん! 帰りにね!」
しかしテンションを高めに保っていられたのもそこまでだ。
どちらともなくため息をつき、俺はぼそりと呟く。
「……ちゃんと帰りがあればいいよな」
「……そうだよねぇ」
俺達は尻すぼみになる自分達の笑い声を自覚しつつ、何とも不条理な現状を嘆いたのだった。
テレポートによる連続飛行で一時間ほど。
そこはすっかり森を抜けた場所で、草一本見かけない所だった。
乾いた空気に砂塵が舞う。
赤い土の剥き出しになった大地は、ただひたすらに地平線の向こうまで続いていた。
しかしそれ以上に目を引くのは、無数に浮かぶ岩塊だ。
でっかい岩が、そのままの意味でふわふわと浮いている。
岩というよりも、むしろ山が浮いているに近いその眺めに、最初俺は目を疑った。
岩山は所々がぼんやりと青く光り、ゆっくりと空を漂っている。
なんとも幻想的な眺めは、あまりにも非常識で、言い知れない迫力があった。
「すごいなー、これが竜の谷なわけ?」
「うん、たぶん。普通なら竜以外近よらない聖域らしいよ。女王様が言ってた」
そうなのだ。ここは竜の谷という名前の、その名の通り竜が住んでいる土地なのである。
事前の説明ではトンボが解説をしてくれるという話だったのだが、トンボも実際来るのは初めてらしい。
説明のほとんどは女王様からの又聞きだった。
だがトンボちゃん、今、聞き捨てならないことを言ったね?
「いいのかよ……近づいて?」
「別に近づいちゃいけないって決まりがあるわけじゃないし。ただ危ないから誰も近寄らないだけなんだって。もちろん名前通りドラゴンが住んでるからだけど」
「……なんでそんな所に行かなきゃならないんだ?」
わかってはいたが、どうやら竜というやつは、やはり危ない連中らしいことはよくわかった。
永遠のボスキャラ。
ドラゴンとも呼ばれるそれは、ファンタジーモノなら欠かせない存在だろう。
勇者の前に立ちふさがり苦難を与える、ベストオブボスキャラである。
もっとも最近のゲームなんかじゃ、ドラゴンではいまいち刺激が足りないのか、ラスボスとはなかなかいかないが、それでもフィクションですら強力な存在だということは間違いはないだろう。
ましてや実物、おっかなくないわけがない。
俺の頭の中では、火を吐きかけてくる化け物が三度くらい俺を消し炭にしていた。
トンボもそのあたりの認識は俺と同じなのか、非常に気の進まなさそうな顔をしていたが、彼女の方はすでに諦めムードを漂わせている。
「仕方ないじゃん、女王様の勧めなんだから……。でもなんでわたしが行かなきゃならないんだろう?」
巻き込まれた己の不幸を嘆いているらしいトンボ。
それは俺も同じようなものなんだけど。
「「納得いかない」」
声をそろえて俺達は愚痴るわけだ。
なんで俺達がこんなおっかない所に来ているかというと。
妖精の女王様直々の推薦があったからだった。
「竜がお前に是非会いたいと使者を出してきた。会いに行ってはくれないだろうか?」
そんなことを突然言われたのだが、俺はすぐには理解出来なかった。
「は? 竜って言うとあの蜥蜴に羽の生えた奴ですか?」
竜という生き物のイメージをなるべく具体的に口に出してみたのだが、それを聞くと女王様はさも楽しそうに笑いを噛み殺しながら頷いた。
「くっくっく、そうだ。その竜だ。竜の長とは知己の仲でな、お前の事が今、話題になっているのだよ」
女王様は随分楽しそうにおっしゃって下さるが。そんなのは寝耳に水である。
なんだか嫌な予感がするが、俺には尋ねることしか出来なかった。
「ええっと……それはどういう?」
「当然だろう? 良くも悪くもお前はこのアルヘイムでは時の人だよ。
魔力に敏感な者ならば気が付かぬわけがない。しかし手を出すには危険すぎる」
女王様の指摘に、今度はカワズさんが唸る。
「ふむ、それでここにわしらが住み着いたと知って、探りを入れてきたわけですかな?」
「まぁそんなところだ。どうだ? お前のそれは、配って歩かなければ意味のないものなのだろう? ならば一番初めは竜というのは?」
そして俺の作った魔法パソコンを指差して、そんなことを言われたわけだ。
だがそれはどうなんだろう?
正直、俺は竜がパソコンを使っている絵が想像が出来ない。
だって竜だし。
このパソコンを巨大な竜がせこせこ動かしている様は、まったくギャグにしても映像が浮かんでこないのだが。
「いや……そりゃそうなんだけど、竜がパソコン使えるかなぁ?」
遠慮気味にそう口に出してみたが、女王様は自信ありげに言った。
「なに、人間の道具だというのなら問題なく使えるだろうさ。あれは見かけによらず、深い知識と見識を持つ種族だ。人間などより遙かにな」
「いや、サイズ的に……。それにこれって物とか言葉とかをやり取りするものでして」
「それならば、あ奴らと取引出来るのなら有益だろう。竜の土地には人間の土地では手に入らぬ希少な鉱石がよく出ると聞く。それにあ奴ら自身も財宝を溜めこむのが趣味みたいなものだからな」
「……」
俺の台詞を先読みしていたかのように、反論する暇も与えずに言葉を紡ぐ女王様。
その表情は常ににこやかだが、どことなく不思議な圧力があった。
有無を言わせないとでも言うのか、とにかく即ごめんなさいとは言いづらい。
「行ってきてくれるであろう? 向こうにつけば案内を用意しているらしい。こちらからは***をつける、失礼のないようにするのだぞ?」
あくまでお願いのスタンスを崩さない女王様は、今度はトンボも巻き込んだ。
不意打ちを食らったトンボちゃんは涙目である。
「えぇ! わたし!」
「……何か?」
「……いえ、何でもございません」
しかし、勝敗以前の問題だった。
黙ってしまった俺達を見て、女王様は満足げに微笑みを浮かべる。
「よろしい、ではよい知らせを待っているぞ?」
にっこり
あの時の笑顔を思い出して、俺は震えた。
笑顔って脅迫にも使えるんだなって確信したよ。
「あれは殺す笑みだったよ……。わたし拒否権なんて絶対なかったと思う」
「しかもカワズさんは今回サボりだし」
「そうそう! あれ絶対わたし達を差し出したよ! 居残る気、最初から満々だったし!」
「なにが『パソコンの受け答えをするものが残らねばならんじゃろ?』だよな! 目がわしを巻き込むなと切実に訴えてたよ」
そう、何が納得いかないって、カワズさんは今回留守番なのだ。
ちゃんと理由は捏ねていたものの、納得出来るわけがない。
ただまぁ呼ばれたのは俺であって、カワズさんではないのだから、来る必要もないのは事実で、それがまた腹が立った。
『まぁ、実技試験とでも思って、今回は頑張ってくるがええよ。わしはお前さんが召喚した電化製品でもいじっておるから!』
わくわく顔のカワズさんは全く悪びれた様子もなかった。
「そのくせ、お土産は要求してきたからね」
「竜の体の一部をもらってきてくれってやつ? 色々魔法に使えるからって話だけど、それって俺、相当変な人じゃないか?」
会ったばっかりで体の一部を要求って……。
「あのすいません。爪、少し分けてくれませんか?」
なんて初対面の奴に言われたら、俺なら引く自信がある。
このおみやげは没だろう。
「ここだよな、その待ち合わせの場所は?」
「……そうだと思うけど。色気のない所だよね」
「全くだ」
指定されている場所は、赤く塗られた竜の形を象った岩だという話だったが、確かにその岩はすぐに見つかった。
それは確かに特徴的な、自然に形作られたと思われる竜型の大岩だった。
しかし近くに寄ってみると、塗られた赤は明らかに血の色だったり、辺りには白骨がごろごろ転がっていたりするのだけれど、どういうリアクションを取れば正解だったのだろうか?
トンボ共々、気まずげに周りをうろうろしてみる。
しかし結局、それ以外の場所は見当たらず、その場所で待ってみることになったのだ。
「なぁ、トンボちゃん? 時間とか決まってるんだっけ?」
「タロが、ここに入れば簡単にわかるって。待ってればすぐ来ると思うよ?」
そんなトンボの台詞に、会った時の事を思い出した。
「お前はわからなかったじゃないか」
からかうようにそう言うと、トンボは赤くなってむくれ顔になる。
「もう! 昔のことはいいじゃん! あの時は気が動転してたの!」
「……それにしても、トンボちゃんってさ、女王様でさえあんなに武装して待ってるくらいなのに、平然としてるってある意味すごいよな。今でも全然普通だし。やっぱり魔力感じたりするの下手なの?」
「う、うまくはないけど。今はちゃんとわかるもん! あ、これ死ぬなって感じ!」
トンボはぎくりとわかりやすく動揺していたが、しかしその台詞はちょっと不思議に感じた。
俺は少し森をうろうろするだけで、出会った魔獣が尻尾を振って平伏するぐらいの魔力らしい。
今まで気にも留めなかったが、下っ端らしいトンボが何の影響も受けないというのが、今更ながらに違和感がある。
「ほんとか? その割には全然普通じゃないか」
そのまま思ったことを口にすると、トンボはなんでもなさそうにあっさり言った。
「そりゃそうだよ。もう知り合いだし、怖がるだけ損だもん」
それはもう本当にそう思っている顔で、呆れるほどに能天気に言い切られてしまった。
それはそれで、なんだかむずかゆいな。
「トンボて……何気に大物だよ」
「そう? わたしもそうじゃないかって思ってたんだ!」
そしてトンボは、俺の頭の上で胸を張ってはっはっはと快活に笑っているのだ。
確かにこの妖精、大物になる素養は持ち合わせていそうだった。
トンボと雑談をしながら待つこと十分ほど。
いい加減待ちくたびれたと思い始めた時、日差しが急にさえぎられて、それが大きな影だと気が付いた。
「あれは……」
「あ、来たみたい」
手をかざして影を見る。
指の間から見える影は、大きな翼を広げていたが、それは突然消えた。
ズン!
「……」
そして地面を陥没させるほどの勢いで、そいつは空から墜落してきたのだ。
いや、ちゃんと着地しているのだから、墜落ではないのか?
しかし驚いたのは、その姿が人間だったということだろう。
そいつはひび割れた地面に膝をつき、そこからゆっくりと立ち上がった。
真黒な髪に、金色の目の瞳孔は縦に長い。
それは人間ではないと俺に教えてくれるのだけれど、身に着けている武骨な鎧と精悍な顔つきはどう見たって人間にしか見えなかった。
しかもかなり凛々しい感じの、好青年である。
青年は俺の前にやってくると、目を見開いていきなり動きを止めた。
その顔は驚愕に見開かれていて、普通ではない。
何事なのだろうか?
俺を見てそんなに衝撃を受けることがあったのか?
やっぱり俺の魔力か?
怖がられるのも面倒だなとは思ったが、仕方がないので俺の方から話しかけてみる。
「あー、えっと、あなたは?」
「……!」
しかし男の行動は、俺の理解から宇宙へ飛び出すほどに逸脱していた。
「そこのあなた! 私と一緒に子を成しませんか!」
ええー……。
なになにこの人、アッチ系?
そんな嫌な勘違いは、微妙に自分に焦点が合っていないことで幸い晴れた。
そう、この青年の視線の先は、俺の頭の上。
どうやら真っ直ぐトンボに向けられているらしい。
だがトンボはポカンとしているかと思いきや、間髪入れず青年の目の前に飛び出すと、電光石火で返事を返す。
「OTOTOIきやがれ☆」
首をかっきるポーズ付だ。
会心の一撃に、青年は地に崩れ落ちた。
瞬殺である。
これほどまでに電撃的で、秒殺で、意味の分からない告白を初めて見た。
本当に撃墜された男はもはや動かない。
「えっと……なに? 容赦ないねトンボちゃん?」
「反応自体は間違ってないと思う、気持ち悪かったし」
「……それはそうだけどね」
しかし、いつまでもこのままと言うわけにはいかないか。
俺は恐る恐る打ちひしがれている男に声をかけてみると、わずかながら反応があった。
「えっと……大丈夫?」
青年は震えながら身を起こす。
その姿は竜などとは程遠く、生まれたての小鹿のようだった。
青年はまだダメージの抜けきらない顔だったが、それでも胸に手を当て、俺達に向かって礼をしただけ立派だと思う。
「ぐふ……問題ありません。失礼、申し遅れました。私、この谷を収める長、*****が嫡男、名を***と申します。お待たせして申し訳ない。あなた方が妖精郷からの客人か?」
「……そうだよ?」
なんだか、ギャップがありすぎてわけがわからないが。
少なくても俺のイメージはすでに好青年からは程遠い。
いいとこ好色青年だ。
「なんてあだ名にしようか?」
「変態で十分じゃない?」
俺はなんとなく尋ねると、憮然とトンボちゃんは言い放つ。
「……かわいい」
それでもなお、顔を赤らめる青年。
まぁ、その意見には同意だが、俺も誰かを呼び続けるのに変態と言い続けるのはちょっとつらそうだった。
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