二十四話 お家を建てよう!
「こほん! では正式にあなた達の案内をすることになった****です! 崇め奉るように!」
「よろしくトンボちゃん俺太郎、よろしく」
「たのむぞトンボ、わしは**……いやカワズさんでええわい」
「だから! なんなのそのトンボって! ****! あと崇め奉ってもないわ!」
「だがあえてトンボで」
「いやいやタロー、ここは一つトンボ様じゃないかの?」
「そうだな。折角案内してくれるってんだから」
「「よろしくトンボ様」」
「もういいわよ! トンボで! なんか呼ばれなれちゃったし!」
声をそろえる俺達にぷんぷんと擬音まで聞こえてきそうにトンボは頬を膨らませているが、これをガイドにする妖精郷マジ半端ない。
もっとも、あんなに派手に乗り込んで来れば、他に立候補などあるわけないのも当たり前だが。
本来ならばトンボも貧乏クジを引かされたようなものなのだろうけれど、本人はそれなりに楽しそうなので、この際気にしないことにした。
トンボの案内で妖精郷を見て回ったのだが、夢のようなとても美しい所であることは間違いないだろう。
この妖精郷という所は結界の中にあるらしく、箱庭のようなものだというのだが、とてもそうは思えないほど広々としている。
その結界は侵入者を防ぐと同時に、自分達が最も住みやすい環境を作り出しているというのだから、この世界ですでに使われている魔法もなかなか侮れない。
目に映るのは広大な花畑と大きな湖である。
湖は琵琶湖のようなものを想像すればいいだろう。向こう岸が見えないほどに広い湖だが、その真ん中に大きな島があり、中心には見たこともない大樹が聳えていた。
そこが、カワズさんと戦ったあの女王様の居城らしい。
ハイピクシーと呼ばれる、トンボ達よりも高い位の妖精達が住んでいて、女王を守っているという。
とまぁそんな場所を覆い隠しているのだから、外の結界もそれは並ではない。
俺達はそんな結界の中を適当に進んで来たわけだが、普通なら様々な幻で五感を狂わせて、人間なんて五秒で迷子、三分で発狂、十分で廃人になる、それはもうおっかない代物だったというのだから冗談ではなかった。
「よく生きてるよって思って見てた」
とはトンボの談だがカワズさんにも何も考えがなかったわけではないようだった。
「お前さんにはちゃちな魔法はまず効かんわい。魔力の量が違いすぎる。わしも幻術はそれなりに訓練を積んどるからな、そう簡単にはかからんよ」
「訓練すればどうにかなるもんなわけ? 女王様は結構簡単にかかってたじゃん」
「あれは油断しておったからじゃよ。本人も戯れじゃと言っておったろうが。それでも数秒が限界じゃろうて」
だがそれでもハイピクシーなんて呼ばれている連中まで、まとめてきっちり幻術にかけるカワズさんの力量は相当ということか。
あの女王様はカワズさんよりも格上らしいから、彼女にも幻術をかけたカワズさんの技量は最初の紹介からしてみてもそう間違ったものでないらしかった。
「そもそも幻術なんぞ同格相手に使いものになる代物ではないんじゃよ。精々格下を追っ払う程度なんじゃ。
それでもわしがあえて幻術を使ったのは、相手が妖精だからじゃよ。
妖精はよくこの類の魔法を使うと聞いておったからな。試すというのなら、ああすれば力を認めるじゃろうと踏んでおったよ」
見事思惑通りに事が運んだだけに、カワズさんも饒舌である。
「へぇ、結構考えてたんだなぁ」
だからぎりぎりまで幻術を使っていなかったのか。
そういえば最後は女王様も気が付いていたし、幻術も完全無欠というわけではないわけだ。
しかしカワズさんの話を聞きながら、俺の頭の上でトンボはニヤニヤ笑っていた。
「あーでもあれけっこう女王様根に持ってるかも。わたしたちって人をおちょくるのは大好きだけど、おちょくられるのは大嫌いだから。
それにあの人クール系を装ってるけど、結構短気だし」
「……嫌な情報じゃのぅ」
トンボの豆知識に心底嫌そうな顔をするカワズさんだ。
そう言われてみれば、あのお互いに健闘を称えあっていた時の微笑みも、はらわた煮えくり返っているのを無理矢理笑顔の奥に押し込めていたように……見えなくもない。
本人に聞いてみないとわからない話だが、得意分野で一本取られるのは腹が立ちそうだとは簡単に想像がついた。
「とりあえず乙女のプライドを傷つけたカワズさんは置いといて、まだつかないのか?」
「もうチョイ。女王様のプライドに唾吐きかけたカワズさんはともかく、結界の入口あたりに案内するようにって言われてるよ」
「……君達ね。もう少しソフトな表現でお願い出来んかのぅ?」
「冗談だってカワズさん。今回のカワズさんはかっこよかったぞ? しびれたよ! カワズ三段おとし!」
「そうだよ! わたしも感動した! 人間もあんなに高く跳べるんだね! わたしもなんだかやれる気がしたもの!」
「……お前らなんでそんなに息があっておるんじゃ? ホント、口を縫いつける呪いでもかけてやろうか」
だが残念、俺にはちゃちな魔法は効かないのである。
ぎくりとしたトンボは俺の後ろの隠れているあたりちゃっかりしていた。
「この辺好きに使っていいって」
「おおー、結構広いな」
やってきたその場所は特に何もない場所だった。
森に隣接しているが、そこだけ広場のようになった、小高い丘の上である。
入り口というのは他所者が唯一ここに出入り出来る場所なのだそうだが、それも妖精の許可がないと入れないという。
「でもこういう場所だから、みんな住みたがらないの。侵入者が来たら一番危ないし」
「それで俺達に見張り番をしろってことね」
「そういうこと、でも侵入者なんてほとんど来たことないけどさ」
とトンボは言った。
言われてみればここに入ってから妖精以外に見かけた事はないので、その言葉は真実なのだろう。
「つうか、ほんとに何もないよね。人っこ一人いないし」
「それはタロ達が来たからってのもあるかも」
「……薄々わかってたよ」
可憐な妖精達に鼻つまみ者にされているというのは何気にショックである。
だがまぁ場所的には悪くないというか、むしろ都合がいいだろう。
妖精郷全体を見渡せる高台は景色もいいし、周りに人もいない。
ここでなら何の気兼ねもなく魔法も使えそうだった。
辺りを見て回っていたカワズさんが満足げな顔をしていたところを見ると、特に不都合もなさそうである。
さて、これからどうするか。
住むとなるなら家でも作るのだろうか?
持ってきたテントでいつまでも生活はしたくないなぁなどと考えていたら、その時カワズさんがなぜか気合いを入れて俺の肩を叩いたのだ。
「さて、魔法の練習もかねて、おぬしに家を作ってもらおうかの」
「やっぱりそうなるよな」
予想はしていましたがね。
「今回はわしがやってもいいんじゃが、疲れたからパスじゃ」
「……そんなこと言って、本当に出来るのかよカワズさん」
カワズさんの使える魔法で、そんな魔法があるのか疑問だったが、疑わしげな俺に自信満々で大きく頷いたところを見ると変な見栄とういわけどもなさそうである。
「当然、土魔法の応用でちょちょいのチョイじゃわい。わしでなくとも高名な魔法使いなら一晩で砦なんかを作ったりすることもあるんじゃよ」
「それは何とも寒そうな家になりそうだな……」
土限定となると、日本風は少し難しそうか。
神殿のような建物が思い浮かぶが、頑張れば鉄筋コンクリートの建物も再現出来そうで、何気に面白そうではあるか。
「まぁ快適さよりも硬さじゃからな。だがその点お前なら色々出来るじゃろう? あの魔法は応用を効かせれば本当になんでも出来るからのぅ。普段から何が出来るか色々と考えてみるがよかろう」
「なるほど……じゃあなんかやってみようかな」
つまる所お手並み拝見ということだろう。
俺も大分魔法に慣れてきたことだし、ここは一つ、俺の想像力の豊かさってやつをカワズさんに見せつけるのもいいかもしれない。
「自信ありげじゃのう、だが……はたしてわしの眼鏡に適うものが造れるかな?」
挑戦的に言うカワズさんだが、俺はあえて受けて立った。
「ほっほう。いいのか? そういうこと言っちゃって? 俺のセンスを爆発させちまうぜ?」
むしろ、その挑発を後悔させてやろう。
折角だからカワズさんと同じ土俵で勝負をするのもいいかと、準備を整えた。
土魔法の応用と言ったか、材質は大理石。
イメージは大きな塔だ。
白くて美しい雄大なそのフォルムを瞼の裏に描き出す。
「……よし!」
イメージが固まった。
イメージを叩きつけるように地面に手をつき魔法を使うと、地面が光り輝いていた。
そのままずれる様に盛り上がり、上空へと伸びて行く。
籠めた魔力の制御はまずまず。
しかし視界を真っ二つに割るほどに光の塔はあまりにも巨大だった。
数秒で、塔の全貌が明らかになる。
「よし出来た! どうよ! この素晴らしさ!」
光りが収まると、全長三百メートルはありそうな純白の塔が広場に現れていた。
中世ヨーロッパか、もしくはどこかの映画にでも出てきそうな塔は、実に勇壮な姿をしている。
「どうよカワズさん!」
高評価を期待して振り向いたのだが、首が痛そうに塔を見上げ、ぽかんとしている二人に気が付く。
あれ? 思ったより反応が薄い?
「……いや、どうよと言われても」
「スゴー……。でもやりすぎじゃないの?」
「そ、そうかな?」
俺も彼らに倣って自分の作った塔を見上げてみた。
ここに今から住むのか……。
どう見てもやりすぎである。
「何をやらかしたお前らは!!」
数分後、血相を変えてやってきた女王様達に超怒られました。
正座で説教なんて母さん以来である。
「……じゃあ元に戻し、以後常識をわきまえて行動するように!」
「……すいませんでした」
まだ言い足りない顔で帰ってゆく女王様達の背中を見送り、頭を掻く。
どうやらやりすぎたようだ。俺反省。
しかし妖精にまさか常識や節度について説教を受けるとは思わなかった。
「と、とにかくこれはなかったことにしよう」
すぐに同じ魔法を使って塔を片づけると、どこからか拍手が上がった。
騒ぎを聞きつけて野次馬が集まってきているらしい。
せっかくなので俺は拍手に応えてみたら、逃げだされた。
「……というわけで仕切り直しです。いい出来だったのになぁ」
「ふむ、悪くはなかったんじゃがのさっきの」
「そうだよねぇ。でっかすぎたのが敗因だよね。住みたくはないけど」
確かに、立派ではあったが住みたくはなかった。
よく出来ていただけに残念だが、駄目なら仕方がないだろう。
「それじゃあ、今度は真面目にいってみよう。機能性重視ね」
「おう、じゃあ今度はわしも手伝うわい。後から細かい所はいじるから、好きなように作りゃええ」
「はい! はいはい! わたしも装飾とか好きだから混ざる!」
何か企んでいるカワズさんと、元気よく手を上げるトンボちゃんはやる気十分だった。
ふむ、結構面白くなりそうだ。
ならばベース作りも気合いを入れて行かなければならないだろう。
「まずは地面を平らに致しましょう!」
ただ平たくするだけ。
テンションの上がってきた俺は手を打ち合わせると地面に手をついた。
魔法陣が浮かび上がって、さっきよりは大人しめのちょっとした振動の後、メコリと凹凸のあった地面が切り取ったように平らになった。
しかも完璧な水平。
見に来ていた妖精達がまたいつの間にか集まってきていて「おー」と驚きの声を上げていた。
いやいや、まだこんなもんじゃないぞ?
驚かせるのはここからである。
俺は、こう一味違う感じの魔法をダウンロードして舌なめずりをした。
せっかく妖精の森なのだから、ファンシーでスローライフな家がいい。
そのためにはすべて土では趣にかけるというものだ。
「さぁ! これでどうだ!!」
整地された土台の上に、さらに魔法陣が浮かび上がると、数秒後には俺のイメージ通りの「魔法使いの家」が完成していた。
それは赤い屋根に煉瓦の煙突のあるログハウスだ。
揺り椅子のおいてあるウッドデッキと、アーチ型の玄関がポイントである。
ついでなので木製の柵で周りを囲み、赤いポストもつけてみた。
にょきにょきと柵やポストが生える光景は、なかなか見ものだったのは間違いあるまい。
「よしラスト!!」
ぱちんと指を鳴らすと、窓がポコリとあらわれて、すべての窓にガラスがはまる。
最後に玄関にキノコのランプをつけて完成である。
「どうだ!」
我ながら、メルヘン爆発だなとは思ったが、妖精の家に近代的な家を建てるのも趣がないだろう。
自信作である。
比較的鼻の穴が膨らんでいるのを自覚しつつ、ギャラリーに目を向けると、おおむね好評の様だった。
「ほっほう! 窓にガラスまで入れるとは! しかも予想外にかわいい! このセンス嫌いじゃないが、
お前には絶対似合わんな!」
「あっはっは! だろ? ほっとけ! これでもセーブしたんだぞ?」
「ほぇー。なんでも出来ちゃうんだね。ほんとはどんなのにしようと思ったの?」
ぺしぺしと出来たばかりの家を叩きながら尋ねてくるトンボに、俺は第二プランも披露した。
「お菓子の家。でも虫が来そうだからやめた」
「いや! そこはやっとこうよ! 絶対ありだよ!」
涎を垂らさんばかりに興奮したトンボちゃんの気持ちはわかる。
わかるが、実際のお菓子の家というやつは住むには絶対向いていないことなどわかる歳になってしまったのだ。
残念である。
「……いや、わしはやらなくて正解だったと思うわい。ふむ、ではここからどうするかのぉ? せっかくだから工房も欲しいところじゃな」
そういえば魔法使いの家に実際何が必要なのかなど俺はさっぱりなだけに、その辺りはカワズさんに頼るしかない。
「あー、まぁその都度いい感じにいじっていくからいいじゃないの? なんだか楽しくなってきたし!」
俺は自分が興奮しているのを感じていた。
実際家をこんなに簡単に作れるというのは楽しくってしょうがない。
最初面倒くさそうにしていたカワズさんも、俺だけにやらせるにはもったいないと気が付いてしまっているようである。
「そうじゃな! なんかテンション上がってきた! わしにもなんかいじらせろ!」
「俺もまだまだ改造するからな!」
「わ、わたしもまぜてよぅ!」
最終的に生活に必要そうな各種の部屋。
光の取入れを意識した窓。
白と黒を基調にシンプルにまとめられた室内。
どんな魔法実験も出来そうな丈夫な内装。
巨大な竜が全速力で追突してきても壊れないくらい丈夫な素材。
さらに攻城戦クラスの魔法が飛んできても余裕で跳ね返すシールド。
最終的に地下に広くてどんなに暴れても壊れない、丈夫な異空間工房を作ったところで俺達は力尽きた。
だんだんひどくなってゆくそれに妖精達の呆れた視線は痛かったが、実に充実した作業だったのは間違いあるまい。
お気づきの方もいるだろうが、俺達はテンション壊れ気味だった。
案の定、体力ないくせに大はしゃぎしていたらガス欠になるわけで。
「やりすぎじゃない? 大丈夫?」
最終的に覗き込んできたトンボに、息も絶え絶えに返事を返すのが精いっぱいだった。
「ぐふ……塔みたいにばれなきゃ大丈夫さ、でもいい仕事してるだろ?」
「……ちょいと張り切りすぎたわい」
カワズさんの声にも力がないが、そこはかとなくやり遂げた気配が漂っている。
視線を向けると本当に干からびかけているカワズさんを発見して慌てた。
「カ、カワズさんが干からびてる! 水、水を飲ませないと!」
「いいのそんなので!」
あわただしい一日だったが、住処的にも作業的にも充実した一日だった。
……今日は早く寝よう。
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