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二十三話 トンボの眼鏡はゴーグルです 5
「ちょっとちょっとちょっと! あの人爆発しちゃったよ!」

「あー、あれだな。小さい子供はカエルを捕まえて、穴にストローやら爆竹やら突っ込んで色々やるらしいけど。なんていうか……ひどいことするよね」

「薄い! 反応が薄いよ! カエルの人、仲間なんでしょ! ならもう少し気の利いた台詞があるんじゃない!」

「気の利いた台詞ねぇ……へっ、きたねえ花火だ」

「おかしい! 反応の方向性がおかしい!」

 トンボは地団太を踏んでいる。

 どうでもいいが人の頭の上でそれをすると、非常に頭が痛いのだが。

 言わんとする所はわかるが、まだそんな段階ではないだろう。

「いやいや大騒ぎするのは早いって」

「えぇ?」

 そっとトンボを手のひらに移動させつつ、俺は成り行きを見守った。

 あまりにも見事な爆発にギャラリーからも歓声が上がっている。

 それは主に称賛である。

 しかし勝利を収めたはずの当の本人の表情はすぐれない。

 そして少しだけ悔しげに、彼女は俺の方に視線を向けた。

 いや、正確には俺のすぐ横にである。

「……やれやれ、此度の余興は妾の負けの様だ」

「ほっほっほ。いえいえあのまま続けていれば、どうなっていたかなどわかりゃしませんわい」

 声に驚愕したのはなにもトンボだけではない、俺と主様以外の全員だろう。

 この場の視線をすべて独り占めしたのは、俺のすぐ横で飄々と笑うカエルである。

 自慢の髭をしごきながら、カワズさんが突然現れたのだ。

「幻術か。よりにもよってその魔法をかけられては、負けを認めざるをえんだろう」

「わしは隙をついたにすぎませんわい。それに完璧にはかけきれなんだ」

 お互い微笑みを浮かべながら健闘を称えあう。

 だがそれなりに満足感は得られたらしく、二人の表情は対決前とは違って穏やかだった。

 トンボも思わぬ展開に目をしばたたかせていた。

「どこから幻だったの?」

 と首をかしげて俺に聞いてくる。

 まぁどのあたりかと言われたら、だいたいでしかわからないが見当はついていた。

「あー、たぶん慣らしが終わったあたりから」

「あ、一応本当に魔法に突っ込んではいたんだ」

「そうそう、あれはないよなぁ」

「ないない」

「しかもカワズ三段おとしって……」

「あ! わたし、幻術には妄想が反映されるって聞いたことある!」

「気が付かないうちに身も心もカエルに染まっちまったんだなカワズさん……」

「……聞こえとるぞ小童ども」

 おや、これはしまった。

 カワズさんが睨んできたので、ここまでにしておこう。

 そして肝心の判定結果はもちろん合格である。

「いいでしょう。健闘に免じてこの妖精郷に住むことを認めよう。ただし条件がある」

 妖精の主は目を細め、真剣な表情で続きを口にした。

「この地の妖精を傷つけぬこと。そして汝らが破った結界を修復すること。どうか?」

 しかし条件とはいうものの、そんなに無理なモノでもないように思う。

 壊したものを直すのは当たり前だし、戦うなどこっちからお断りしたい。

 もっと無理難題を吹っかけられるんじゃないかと冷や冷やしていた俺は、胸を撫でおろしていた。

「いいでしょう。結界はより強固なものにしても?」

 カワズさんもほっとしたのは同じようで、なんだか調子に乗っていることを付け加えていた。

「それはもちろん願ってもない。契約を守るならこの地に住むことを許す。だが決して我らが気を許したわけではないことを忘れるでない」

「……肝に銘じておきましょう」

「ではよしなに、それと妾のことは今後女王と呼ぶように」

 主様改め女王様が合図を送ると、一斉に兵達は姿を消し、後には俺達だけが残された。

「む~……」

 そして交渉に徹していたカワズさんもようやく肩の力が抜けたようで、その場で目を回して崩れ落ちる。

 俺はカワズさんの背中の焦げ跡に、回復魔法をかけておいた。

 後ろから見たら丸わかりだったが、一発当たっていたのだ。

「お疲れさんでした」

「いつつつつ、久しぶりの戦闘は堪えるわい。それよりも、よくわしの幻術を見破れたな」

「あー、ここに入った時みたく、変な気持ち悪さがあったから。それにしても無茶したもんだ」

「誰のせいじゃ誰の! あんな化け物ともう二度と戦いとうないわい……」

 治療が終わるとカワズさんは一度大きく伸びをして、傷の具合を確認する。

 そんなことをしながら怒っているんだから器用なものだと感心してしまった。

「いやいや、結構ノリノリに見えたけど」

 俺は飛び跳ねるカワズさんを思い出した。

 そうでもなければ、あんな特攻まがいのことはすまい。

 トンボもカワズさんの状態に気が付いて、複雑そうな呆れ顔だった。

「結構ギリギリだったんじゃない」

 自分のことでもないのにちょっと誇らしげなトンボに、カワズさんはじとっとした視線を向けていた。

「当たり前じゃ。妖精の主ともなれば相当力を溜めこんおるぞ。わしより魔力があるんじゃないか?」

「うそ! そうなんだ。カワズさんってもっと圧倒的だと思ってたよ」

 世界最高の魔法使いとかなんとか言っていた割に、ずいぶんと身近にもっと強いのがいたもんだと内心思ったが、だとするとかなり無茶をさせてしまったのかもしれない。

「じっくり見る余裕があったんならちゃんと前もって探っておかんかい! 危うく死ぬとこじゃ!
わしの魔力がトップクラスなのは人間限定! そこんとこ忘れてもらっては困るぞい」

 カワズさんはふてくされていたが、言われた俺は妙に納得していた。

 まぁ言われてみれば、そんなものかもしれない。

 竜やら魔獣やらがいる世界なのだ、そんな奴らを普通に圧倒するカワズさんの姿を想像してみたが、今一想像出来るもんじゃなかった。

「ちなみにカワズさんの見立てじゃ、あの女王様の魔力ってどんなもん?」

「そうじゃなぁ。だいたい1500ってところじゃな。相当なもんじゃ」

「……どんぐりの背比べじゃね?」

「お前さんから見りゃ大抵の奴はそうじゃろうよ!」

 頬を膨らませ、やけっぱち気味のカワズさんである。

 これで晴れて俺達はここに住めるようになったわけだが、しかし全体を通してみると何とも綱渡りだった気がして、思い出すのも怖いくらいだった。

「それにしてもカワズさん、ずいぶん強引にもっていたなぁ。何をそんなに急いでたんだ?」

「そりゃそうじゃろ。 わしだってあと何ヶ月も森の中を彷徨うのは真っ平ごめんなんじゃ」

「本音でた!」

 驚いてはみたが、疲れた風に言うカワズさんに俺も大いに同感だった。

 それに改めてみた妖精郷は素晴らしい眺めで、こんな場所、早々見つかるもんじゃないだろう。

 今回ばかりはカワズさんグッジョブだと思うね。
妖精は幻術が得意という設定です。


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