二十一話 トンボの眼鏡はゴーグルです 3
妖精を捕まえた俺達は、カワズさんの提案でそのまま先を急ぐことになった。
先導しているカワズさんに俺も続く。
魔法で明かりを出してくれているので早々迷うことはないはずである。
「……むー」
そして光るネバネバから解放された妖精は、今は俺の持っている虫かごの中に入っていた。
ちなみに透明の容器に緑色のふたの虫かごである。
せっかくだからと観察してみると、彼女は羽を除けば小さな女の子以外の何物でもなかった。
「やだ、お人形さんみたい」だ。
しかもこの妖精、よく見たらなんとも面白い格好をしていた。
いわゆる一つのツナギのような装いに、分厚い革製の手袋。
ショートヘアーの赤毛の上には、ゴーグルのようなものまで乗っている。
さながら、その装いはどこかの工場の職員かパイロットの様だった。
しかし鉄人とか、そういう系統の名前は女の子にしては武骨すぎるので、もう少しマイルドに「トンボ」にしておこう。
トンボちゃん。ゴーグルと羽にちなんでいるわけだ。
……いや、ニックネームも意外と思いつかないものなんだって。
日本じゃ名前にちなんだものが多かったから、結構難しいんだ。
しかし見た目、神秘的な妖精がそんな恰好をしていたら滑稽そうなものだが、似合っていないかと言われたら妙に似合っていて、それがまた笑いを誘った。
「なぁ、その恰好なんなんだ?」
好奇心に負けて尋ねてみると、彼女はしばらくは無言だった。
だが急に顔を上げて口を開きかけ……しかし、そこでやっぱり止まってしまう。
そのまま何度か魚のように口を開け閉めしていて、彼女なりに葛藤があるらしいことが見て取れたが、しかし結局はやけっぱち気味に言った。
「これはわたしの普段着! 手作りよ! さぁわたしは答えたわよ? 今度はあなたの番!」
「……ふてぶてしい奴だな。それで? 何が聞きたいの?」
「あ、答えてくれるんだ。じゃあこの入れ物の素材っていったいなんなの? ガラスじゃないし……見たこともないよこんなの?」
そこかよ!っと、とりあえず心の中だけでツッコミを入れておいた。
俺にまで呆れられたトンボは、自分の入っている虫かごをしきりにコンコンと叩いている。
不機嫌そうな態度は取り繕っているが、その目は隠しきれないほど輝いていた。
なんとも好奇心に忠実な上、感情を隠すのが下手な妖精である。
「……これはプラスチック。俺が魔法で作ったんだ」
もっとも、本当に同じものかは知らないが。
それを感心した風に眺めていたトンボは、腕を組んで俺を睨んだ。
「ふーん、でも残念。こんな面白そうな物作れるなら自分の家でおとなしくしてればいいのに。あんた達死んじゃうよ?」
しかもなんだか不吉なことを言い始めたじゃないか。
自分は虫かごに入れられているというのに、よくわからない奴である。
「おいおい物騒だな」
「当たり前でしょ。あんた達、妖精のテリトリーにいることに気が付いてないの? 馬鹿ねー」
そしてケラケラと笑い始めたトンボは、何が面白いのか足までバタバタしながら大爆笑だった。
「こら! 女の子が馬鹿とか言うんじゃありません!……ん?いや? バカバカ! ならあるいは……」
「何わけのわからないこと言ってんの! もうすぐ霧が出てくるわ。そこはもう妖精郷の中なんだから!」
「なんだよ、その楽しそうなところは。写メってデコって待ち受けにするぞ?」
聞くからに面白そうな響きのその場所に、俺はまた新たなファンタジーを見た気がしたのだが。
そんな俺の反応が気に食わないのだろう、トンボは不満そうに頬を膨らませていた。
「だから! そんな悠長に馬鹿言ってる場合じゃないでしょう? さっさとわたしを解放して、今すぐ出ていくなら見逃してあげてもいいけど!?」
一見すると、ツンと澄ましたようだが俺にはわかる。
小さな顔は引きつっていて、どう見たって動揺しているのが丸わかりである。
「……それって自分の失敗もみ消そうとしてないか?」
「そ、そんなわけないでしょう。あ、あるわけないじゃないですか。もー、人間は馬鹿だなぁ」
「……そんなわかりやすく動揺しなくても」
「だーかーらー! 善意で言ってあげてるんだからね!」
結局癇癪を起すトンボちゃんマジかわいい。
ではなく、怒り心頭の彼女にまぁまぁと笑いかける俺なのだった。
「わかった、わかった、でも大丈夫じゃん? 今逃げてる最中……カワズさん?」
「なんじゃ?」
だがふと気が付くと、周囲はなんだか真っ白になってきていて、俺は立ち止ってしまった。
気のせいか、背筋のあたりがひんやりと冷たく、心なしか気味が悪い。
そう、なぜか体中に蜘蛛の巣でも張り付いたみたいな気持ちの悪さが纏わりついているのである。
嫌な予感が増してきた。
会話に夢中でたいして気にも留めずにカワズさんの後をついてきたが、俺はいったいどこに向かっているんだろうか?
今更な気がしたが、先を歩くカワズさんに声をかけてみた。
「……なぁカワズさん、霧が出てきた気がするんだけど?」
「ああ、そうじゃな」
「……それになんだか気持ちが悪いんだけど」
「その感覚は覚えておいた方がええぞ。魔法で攻撃を受けるとそんな感じになる」
「……今なんつった、カワズさん?」
「だから、妖精の結界に入ったんじゃよ。安心せい、自分よりも格下の張った結界なんぞすぐわかる。
精神系は特にな。ちなみにこれが空属性の魔法に近いぞい。
この結界は広く、大きく場を守るためのもんじゃ。わかっとれば怖いことなんぞあるもんか」
「怖いよ! 怖いんですけどカワズさん! つうかちょっと待とう!」
すでに攻撃にさらされている時点で十分怖い。
しかしカワズさんはなんでもなさそうに余裕である。
「なんじゃよ……こんな湿っぽい所さっさと抜けたいんじゃが?」
「いやいや俺だって抜けたいよ! でも抜ける方向が逆でしょ? 回れ右!」
「何言うとるんじゃ? 目的地が近いというのに、帰るバカがおるかい」
「なんだと? カワズさんはここを目指してたわけか? なんか殺されるっぽいこと言われたんだけど」
トンボの入った虫かごをぐりぐり押し付けながらカワズさんに迫ると、あっけらかんと言われてしまった。
「んん? 今更何言うとる。言わんかったか?」
こういうやつだったー!
気がついてももう遅いが、俺は額に手を当てて己の迂闊さを呪った。
そうなのだ、カワズさんはこういうやつなのである。
「聞いてない! あんたはいつもそうだよ! 致命的な説明が足りてないんだって! 妖精にコネでもあんの!?」
「いやな、大した当てがあるわけじゃないんじゃが。スポットを目指しておっただけじゃ」
「……詳しく聞こうか?」
また意味の分からないことを言い出したカワズさんに、俺は言いたいことをぐっと堪えて続きを促すと、カワズさんは嬉々として話し始めた。
「ええぞ。スポットと言うのはのぅ、簡単に言えば魔力の吹き溜まり見たいなもんじゃ。
感じられるものはほとんどおらんが、この世界には自然の魔力が地下水のように流れておるんじゃよ。
わしはそれをラインと呼んでおる。
そのラインを辿るとな、魔力が地上に強く噴き出しておる場所、つまりスポットに行き当たるわけなんじゃが」
「へぇ。なんか地球でも似たような考え方聞いたことあるよ」
たしか、陰陽師とかそういう感じのなんかだ。
龍脈とか龍穴とか、しょせんは漫画知識だが、おおよそそんなものだったように思う。
「ちなみにそういう場所では、魔力の回復が早くなったり、思わぬ資源が見つかったり、まぁ色々特典があってのう。だから魔法使いはこぞってそこに住みたがる。もちろんわしもじゃが」
「おいおい楽しそうだな……」
俺は何となく眩暈を覚えながら、実に生き生きしているカワズさんに返す言葉も見つからなかった。
カワズさんが魔法使い的に魅力的な土地を目指していたことはわかった。
しかしだ、そこにはすでに重大な問題があるのは明白である。
「だがさ? 落ち着いて聞こうカワズさん。そのスポットとやらには妖精さん達がもういるってさ。なぁトンボちゃん」
「そ、そうよ? ばっちりいるわよ? って言うかトンボちゃんって何よ!」
トンボも俺達の会話のめちゃくちゃさに目を白黒させていたが、俺の言葉にハッとしてふんぞり返りながら言う。
そんなトンボをカワズさんは半眼で眺めて、大きくため息をついていた。
「お前さん……ツッコム所はそれでええんかのぅ。仮にも見張りじゃろ?
まぁええわい、そこは問題以前の問題じゃな。絶対なんかおるじゃろうとは思っとったし。
しかも十中八九人間じゃない奴がな。故に危ないんじゃ」
何を当たり前のことをと言わんばかりのカワズさんは、すべてを知った上でのことだったらしい。
なるほど、そんなに魅力的な場所を人間が抑えられない理由、それは必ずそこに住んでいる厄介な邪魔者がいるということか。
「……だから簡単には探しにいけないわけだ」
「そういうことじゃ。しかも住んどる時点で大抵強い。お前がおらんなら近寄りたくもないわい」
なにやら遠い目をしてそう言うカワズさんは、過去バカな事をしたのかもしれない。
「俺も嫌だぞ」
だがまぁそこだけははっきりさせてもらいたい所だが。
「……まぁそれは置いておいて」
「おい」
「ぼちぼち結界が強くなってきておる。近いかもしれんな」
歩き続けていた俺達は、心の準備もそこそこに、妖精卿とやらに到着してしまったらしい。
俺はやれやれとため息をついて、この際仕方がないかと開き直ることにした。
そう思えたのは、手際よく残りの結界を蹴散らし、いつも以上に魔法使いらしいカワズさんが不本意ながら頼もしく見えたせいかもしれない。
「……今日のカワズさんは頼りがいがありそうだ。魔法使いっぽいぞカワズさん」
皮肉交じりは否定しないが、そう口に出すとカワズさんは絞り出すようにゲロリと笑う。
「当然じゃ、人間じゃまずこんな所へは近づけんじゃろう、もっとも……」
そして少しだけ溜めてから。
「わし、以外……じゃがな!」
ものすごく得意げに振り返られてしまった。
「よかった……いつものカワズさんだ」
なんとなく癒された俺は、さっそく死なないように魔法をいくつか準備しておく事にする。
そんな俺の反応にカワズさんは不満げだった。
「なんで安心されたのかの? 実際すごいんじゃから素直に感心しとけ」
「うい、了解。でもいいわけ? そんな不法侵入みたいなまねして?」
「んん? まぁあんまり良くはないがの、こっちの方に目的地があるんじゃから仕方あるまい?」
「ちょ、ちょっと! あんた達正気? なんだってそんなに軽いのよ! 言っとくけどわたしみたいに人好きな子、めったにいないんだからね!」
いよいよ聞いていられなくなったのか今度はトンボが声を上げた。
俺達の反応に慌てるトンボだったが、もう手遅れである。
任務失敗をこっぴどく叱られるがいいだろう。
「いやいや、君も十分物騒なこと言ってたからね?」
「だいたい、お前さんがこいつと普通に会話しとるのがすでにすごいわい。妖精ってみんなこんな鈍感なのかのぅ……」
「なんか! 馬鹿にされてる! バカにされてるんじゃないのわたし!」
それから森をかき分けて進むこと数分、ついに霧の森を抜け出たのは突然だった。
いきなり映画の場面が切り替わるように視界が開ける。
ただ、続いて目に映るあまりに美しい情景に俺は言葉を失しなっていた。
大きな鏡のような湖面、そして一面に咲き誇る花々。
広がる花畑には大小さまざまな光の玉が浮かび、その場所を一層幻想的な風景に仕立てている。
しかし、それ以上に目につくものが多数あり、俺は自分の頬が痙攣しているのを感じていた。
「ほら見ろ、ろくなもんじゃない……」
「ほっほう! 盛大な歓迎じゃのぅ!」
「えっと……これはどういうことなのかしら? なんでハイピクシーの皆様方がこんなにも? まさかわたしの失敗がばれた!」
三者三様の驚き方をしつつ、俺達は頭を上げる。
そこには空一面に白銀の鎧で武装した少し大きめの妖精達がずらりと編隊を組んでいたのだから、ある意味その眺めは美しい風景よりも壮観だった。
そして突然眼前の地面が割れて、大きなつぼみが現れる。
それはゆっくりと花を開き、中から美しい羽をもった美女が姿を現したのだ。
深い緑の髪が広がり、ゆっくりと彼女は目を開くと、水晶のように澄んだ瞳が俺達を見据えていた。
「今度はなんだよ……」
大きな妖精は明らかに親玉っぽかった。
籠の中のトンボはすでに顔面蒼白で、今にもひっくり返りそうだ。
妖精の親分はしばらく俺達と向かい合ってから、厳かに語りだす。
「結界に無断で入ったのは汝らか?」
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