二十話 トンボの眼鏡はゴーグルです 2
side ???
「いるいる……おバカな奴ら」
草陰から二人の人間に目を光らせている視線が一対。
彼女は、何の目的で来たのかはわからないが、不用意に自分達のテリトリーに入り込んだ馬鹿な異種族をじっと見張っていた。
それが彼女の任務である。
今いるここが最終ライン。
ここから先少しでも踏む込んでくるようなら容赦なく魔法で追い返してやるわけだ。
ただ、彼女も楽しんでいない訳ではなかったりする。
こうしてたまに迷い込んで来る奴らを観察するのは好きなのだ。
外からくる生き物は面白い。
特に持っている物がいちいち妖精の作る物とは違っていて、好奇心をくすぐられるのである。
「逃げられないのにわざわざ飛び込んでくるなんて、馬鹿だよね。死んじゃったらまた荷物をもらっちゃおっと!」
こっそりと笑いを噛み殺しながら、今度の新しい獲物をじっくりと観察した。
あいつらは何を持っているだろう?
それだけにしか興味がなかったが、しかし、眺めているうちにどんどん心変わりしてきた。
そうなるくらいに、新しく迷い込んできた二人組はとても面白そうだったのだから。
side 太郎
もう森で彷徨ってから数日は経った。
この森は本当に不思議現象の吹き溜まりみたいな場所で、何度ど肝を抜かれたかしれない。
夜歩けば、ぼんやりとした光がいくいつも飛び、見たこともない植物がそこら中に生えている。
首を上げても先が見えないくらいでっかい木には、ウネウネ動き回るツタが絡んでいたり、もいだらすぐさま実をつける木の実なんかもあった。
昨日なんて、寝ようとしたら、ちっさいおっさんと目があったし。
かと思ったら空に竜らしきものが飛んでいたりと、俺の想像の上をいってくれる。
もう何でもアリである。
しかし慣れない森歩きも、不思議現象も、ずっと続けば慣れもしてくるのだから人間の適応力も捨てたものではないらしい。
おかげで俺も野営の準備はお手の物になりつつあった。
テントを準備して、たき火で夜を明かす。
火なんかは練習もかねて魔法でおこしているのだが、これがやっぱり加減が難しいのだ。
ちょっと油断すると……。
ボン!
このように破裂してしまうわけだ。
石で作った竈の向こうでは、煤で真っ黒になったカワズさんがひくひくと怒りを堪えていた。
「ばかもん! せっかく集めた薪ごと吹き飛ばしてどうする!」
「あー、いやあれだよ、薪が湿気てたんだよ。駄目だな生木は」
「さらっと覚えたての知識で嘘を吐くんじゃない! 制御出来とらん証明じゃろうが!」
「それはそうですけど!」
「えばるな!」
とまぁこんな具合に、夜も更けてきたわけなのだが、新しい薪を調達するのは俺の仕事である。
手早く転がった薪を集めて火をつける。
今度はうまくいった。
「……っとこれで良し。どうだよカワズさん。俺だってやれば出来るだろう?」
「だからえばるなと。それくらい出来て当たり前なんじゃから」
ぷりぷりと顔の煤をふき取っているカワズさんからすればそうなのだろうが、俺からしたらその当たり前が未知なのだし。
「そうかもしれないけどさ、やっぱうれしいんだって、出来ないことが出来るようになるってのは」
しかもそれが、ゲーム風の魔法なら喜びもひとしおである。
「でもこんなの魔法なんて使わなくても、ライターがあれば一発ってのが悲しいけどな」
しかし現代人の悲しさか、どうしても快適なキャンプなんかと照らし合わせてしまうのが悩みの種だった。
カワズさんは当然意味不明そうだったが。
「らいたーってなんじゃい?」
片言で尋ねてきたカワズさんに、俺もどうにか説明しようと頭をひねってみたが。
「あー、カワズさんは知らないか。これくらいの大きさでさ、スイッチで火が付く……見せた方が早いな」
しかし身振りでの説明もまどろっこしくなってきたので、魔法をダウンロードしてみた。
ライターを作り出す魔法。
と限定するとさすがに難しかったので、イメージを具現化する魔法というのを取り出してみる。
「ライター出てこい!」
魔法は問題なく作用し、手のひらに現れた魔法陣からライターがしっかりと形作られが、しかし実際つけてみようとして失敗してしまった。
スイッチを押しても火が点かないのである。
「これがライターなんだけど……なんでだろ? 火が点かない」
「それはどんな魔法なんじゃ?」
カワズさんが興味深そうに聞いてきたので、おおざっぱに説明してみた。
「イメージを具現化する……はずだったんだけど駄目みたい。見たことのあるものならちゃんと再現できるはずなんだけどなぁ」
カワズさんの質問に答えると、カワズさんはすぐに続けた。
「……おぬし、そのらいたーの中身までしっかり知っておるのか?」
カワズさんに聞かれて、首をひねる。
ガスが詰まっていて、火打石で火をつける簡単な構造のものだろう?
しかし、分解して中身まで見たことがあるかと聞かれたら俺はない。
「すると、あれか? この魔法はキチンと内部構造まで理解してないと成功しないと?」
もしそうだとしたら、ほとんど現代の物など再現出来やしない。
カワズさんもたぶんそうじゃろうと頷いたので、俺は肩を落とした。
「そっか……これで、電子機器使い放題だと思ったのに」
「複雑な構造の物だと無理なんじゃろう。お前のそれは例の科学というものなんじゃろ? 魔法を一切使わぬという」
「うん。これも魔法は使ってないはず」
ライターを弄びながらカワズさんに投げて渡すと、カワズさんはそれを受けとって興味深そうに眺めていた。
「ならば簡単じゃよ。お前さんの根底にこれは魔法を使わないで火をつける道具というのがあるんじゃろう? ならばしっかりと火をつける機構を再現せねば火が点くはずがない」
「……むむむ。じゃあこれは失敗か」
「いや、火を点けるだけならば出来ると思うぞ?」
とそこにカワズさんが希望のありそうな言葉を投げてきて、俺は落ち込んだテンションが上がるのを感じていた。
「マジで? どうやるんだよ?」
身を乗り出すと、カワズさんはライターを指差してこう言ったのだ。
「簡単じゃよ。お前さんが自分の剣にしたのと同じことをすりゃええんじゃ。スイッチを押すと火が付く魔法をかける」
「……意味ねぇ」
しかしそれでは指の先から火を出しても同じである。
制御はいくらか簡単になりそうだが。
「まぁそうじゃな。同じ機能を魔法で代替しておるにすぎん。でも結果は同じじゃし」
「そ、それはそうだな」
「どっちがいいとは言わんが。要は使いようじゃろ?」
カワズさんの台詞に思わず感心して唸ってしまった。
まぁ結果が同じなら、その方法については別に問題じゃないのかもしれない。
最終的に求める答えが得られればいいのである。
それは少しばかり面白そうではあった。
「……そりゃそうだ。俺、頭が少し硬かったかも。よし! せっかくだから俺の世界の物を色々出して見せてやるよカワズさん」
「ほぅ、そりゃ面白そうじゃのぅ」
カワズさんも興味津々で覗き込んでくるので、ここは一つ面白いものを色々出してみよう。
車に飛行機、電車にヘリ。
みんな大好き乗り物シリーズである。
ちなみに一分の一スケールではなく、ミニカーサイズなのは俺の制御の成長っぷりのなせる業だ。ここ大事。
ちゃんと見たことのあるものなら無理矢理記憶を引き出して形にしてくれるらしく、乗り物のミニチュアはかなりの完成度だった。
「ほっほう、こいつは……」
「これが俺の世界の乗り物のミニチュアで、 他にもこんな……」
「なにこれ! オモシロっ!」
「「「……」」」
だがそこで盛り上がりが一瞬で氷結し、三つの視線が交錯した。
なんかいたのである。
突然の乱入者は、自分のしでかした失態に気が付いたらしい。
「や、やば!」
そう口から漏らすと、小さな影はあっという間に目にもとまらぬ速さで暗闇の中に逃げだしたのだ。
人間? いやそれにしては影が小さかった。
「……なんなんだいったい?」
「ただの動物ではなさそうじゃ」
ここはひとつ捕まえてみるのも一興か。
俺は方針を固め、おもむろに剣を引き抜くと、暗闇に消えた影に剣先を向ける。
すると剣から眩い光が一直線に飛び出した。
「喰らえ! 必殺必中ホーミングレーザー!(粘り)」
説明しよう。ホーミングレーザー(粘り)とは!
なんかビームでないかなーと思ったら出せてしまったわけだが、それはもはや剣じゃないということになり、色々いじくった挙句に失敗して鳥もちみたいになった残念なレーザーである。
しかも無駄に追尾機能付きだ。
数秒後、その性能が証明されて、森の中で悲鳴が上がっていた。
「みぎゃぁ! なにこれぇ!!」
レーザー(粘り)の餌食になったのは、思ったよりもずっと小さな影だった。
虫のような二対の羽と、人のような体のそれに、カワズさんは心当たりがあるらしい。
「んん? これは妖精じゃな?」
「マジで? まぁかわいい」
かく言う俺も心当たりありまくりである。
妖精、それは夜空を舞い踊る美しい空想生物。
赤ん坊の笑顔から生まれて、妖精を信じないと口にするたびに死んでゆく儚い生き物。
だがその肝心の妖精は光るネバネバに捕えられてもがいていると。子供が見たら泣きそうな光景だった。
抜け出そうと必死だが、それは暴れれば暴れるだけ絡まってゆく。
無駄に粘つくもんなそれ。
それに光るので夜でも獲物が見やすい。
気がつかなかったが、思わぬ利点だった。
「なによぉ! はーなーしーなーさーいーよー!」
しかし、べたべた粘つく妖精というのはなんというか……昆虫と見なすべきか、ちっさい女の子と見なすべきか悩むな。
前者でも後者でも問題ある気がするが……まぁいいか。
ともかく、かわいい赤毛の小さな妖精が、鳥もち相手に悪戦苦闘している姿は何気にえっちぃという話である。
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