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十九話 トンボの眼鏡はゴーグルです 1
「あえて言おう! この出会いは必然だった! 鍛冶屋親子の問題を解決して仲良くなったのも、まさにこれを手に入れるため!」

 そう! まさにテンプレート。

 俺はおもむろに腰に差した鞘から剣を引き抜き、かっこよく掲げて見せる。

「この! 素晴らしい武器をこの手にするためだったのだ!」

 きらりと光る刃が超かっこいい。

「……いや、ごく普通の片手剣じゃからな」

「ふん……それはどうかな?」

 見る目のないカワズさんに、この剣の素晴らしさというやつを見せつけてやらねばならないだろう。

 周囲を見回すと、ちょうどいい所にでっかい岩がある。

 というか手ごろな的があるからこそ、ここで小芝居をしたのだから当たり前だ。

 俺は剣を構えて走り出す。

 腰だめに構えた刃が閃いた瞬間、腕そのものが霞んで消えた。

 否、そう見えるほどのスピードで振られたのだ。

「うひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 俺は剣を振り回しながら、あっという間に岩を賽の目に切り刻んだ。

 岩は一瞬でまるで精密機械にかけられたかのように寸断される。

 カワズさんが青くなっているのを確認して、俺はにんまり笑った。

 着地して鞘に納刀すると、カワズさんは恐る恐る聞いてきた。

「タ、タロー君は剣術の心得があったりするのかの?」

「馬鹿だなぁカワズさん、そんなもんあるわけないだろ? それより見ろよ俺の剣? すごくない?」

 俺自身、予想以上の効果に上機嫌である。

 差し出された剣に絡繰りがあると、ようやく気が付いたカワズさんは、刃を見ながらとんでもない魔力を感じているに違いなかった。

「……何をしたんじゃ?」

「簡単、剣に魔法をかけたのだよ! いくら斬っても刃こぼれひとつしない」

「……どこの伝説の名剣じゃ」

「そしてどんな攻撃からも持ち主を守るオートガード機能つき」

「もはや魔剣じゃな……」

「さらに、切りたい形にカットできるオートカット機能搭載、オプションで斬れないものはないが付いてくる」

「オプションがすごすぎじゃろ!」

「防犯対策として、持ち主以外が邪な気持ちでこの剣を握ると聖なる光で浄化される」

「……あーうん、いいんじゃないかの」

「それどころじゃない! 素晴らしいだろうが!」

 カワズさんは俺の付けた素晴らしい追加効果の数々に言葉も無いようである。

 当然だ、これぞ名剣というにふさわしいものになったと自負しているのだから、すげぇぜ俺の剣。

 トリガーハッピーならぬブレイドハッピーにでもなりそうだった。

 もっとも剣の技なんて全く知らないので、斬り方が千切りとか賽の目切りとか包丁の使い方になってしまうのが難点だが。

 それでもそれが可能なくらいよく切れるのだからびっくりだろう。

「でも面白いんだよ。こいつに魔法をかける時さ、誰でも持つだけで達人になれる魔法でもかけようと思ったんだけど、無理だった」

「ほぅなぜじゃ?」

「たぶん、俺の中で達人っていうのがちゃんとわからなかったからだと思う。個人名だと結構いけたけど、もっといいのを見つけたからやめたんだ、よくわからなかったし」

 付け加えると、歴史上の人物の技を再現は出来るようだが、あくまで再現であって、結局どんな技を使うかは自分でやらねばいけないらしい。

 極限の状況下でそんな判断が出来るからこそ達人なんだろうし、そんなもの俺が使ったところで宝の持ち腐れだろう。

「そ、そんなことまで出来たのか」

 戦くカワズさん同様、俺も見つけたときは驚いたものだった。

「うん。それで今かけた魔法にしてみたんだけど。どうにも魔法ってやつは技術云々の話をするより、もっと適当な方がいいみたいだよカワズさん」

「そうかの?」

「なんかこう必ず相手に当たる! とか絶対守る! とかの方がすごい魔法が出てくるし。少なくてもそれに近づけようとしてくれるみたいでさ。さすが魔法って感じだよね」

 逆にモーションパターンとかまで自分で入れろなんて言われたら興ざめだろう。

 その辺りおおざっぱなのが科学との違いかもしれない。

「……その分魔力はすごいことになりそうじゃがな」

「そうなんだよ。でも少し下げる方法がある」

「ほぅ、それは興味深いな」

「検索ワードで絞るんだ。例えば必ず当たるでも、心臓とか頭とかピンポイントにするとちょっと下がる」

「……なんつうものを作り出そうとしとるんじゃお前は」

「それとさ、怪我を負わせるとか、麻痺させるとか若干効果のグレードを下げるとまた少し下がる。
ところでカワズさん、斬られるとかっこいい効果が入る魔法とか。必ず笑顔になる魔法とか、好感度が上がりそうだと思わないか?」

「趣味が悪い!」

「いやいや考えてみろよ、「あなたを笑顔にしてくれる魔法のかかった剣」とかキャッチコピー的にステキじゃない?」

「剣の時点で物騒この上ないわ! それに考えてもみろ、斬られた奴らがみんな笑顔、どんな悪夢じゃ!」

「……そりゃそうだわな」

 一瞬想像しそうになって止めた。確かにそれは怖すぎる。

 ならば、絶対に怪我をしない魔法とかかけてみるか?

 いや、それはもはや剣じゃない、ただの面白い棒だ。

「ま、まぁいいや! もっと試してみればいい使い方も見つかるさ!」

「……ははは、なんだかとんでもないおもちゃを与えてしまったんではないかの?」

 カワズさんの心配をよそに、俺はまた新しい魔法の開発に戻る。

 だけど、これには思いもよらない誤算があった。

 しばらく後。


「あ……ちょっと待って、マジでしんどい」

「……お前というやつは」

 さすがに丸一日続けると、訛りきった体は悲鳴を上げました。

 HP十は伊達ではないのである。

 受験勉強でなまった体がこんなところで響いてきやがる。

 マジ、オート半端ないです。結局動いているのは俺の体ということか。

 そうでなくても過酷な道のりなのだ、歩きながら剣なんて振っていればバテて当たり前だった。

「もう我慢できない!」

「……っておまえそんなもんに回復魔法なんぞ使うな!」

「痛いんだから、しょうがないと思います!」

 幸い魔法のおかげで、靴擦れも筋肉痛もすぐに治るのが唯一の救いだった。

「だいたいはっちゃけすぎじゃろ」

そんな俺の醜態を眺めるカワズさんは呆れ顔だが、こればっかりはどうしようもないだろう。

「ぬぐ……それは否定できないけど。そもそも山道なんてほとんど歩かないから慣れてないんだって。靴だってただのスニーカーだし。うう、こんなことなら登山靴履いてくれば良かった」

「わしはいつもより楽々じゃな。野生のパワーかの? 蛙すごいぞ? なんだか若返ったようじゃし」

 ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねて見せるカワズさんが、本気で元気そうでちょっとうらやましかった。

 こっそり体力を計測したら、100近い。

 俺の10倍かよ……。

 俺はどうやら、現代人の非力さを舐めていたらしい。

「そうなんだ……蛙あなどれねぇっす。……ん? そういえば体力云々ならいい魔法をダウンロードしていたような」 

 そういえば迷子探しに入る時に、防御だけじゃなく護身用の魔法もダウンロードしたのだ。

 結局使うことはなかったのだが、今こそ使って見るべきかもしれない。

「そうだよ! その手があった!」

 突然上げた大声に、カワズさんを驚かせてしまったようだが、それどころではない。

 カワズさんに勝つ……じゃなくて、山道をより快適に歩くために必要な閃きなのだから。

「なんじゃよ?」

「フッフッフ。防御の呪文と一緒に肉体強化の魔法ってのもダウンロードしていたのですよ。名前からして強そうだろ? でも安かったんだぜ?」

 防御用の結界に相当魔力を使ってしまっていたので、そこはなんとなく安めにしたのだが、肉体の強化って響きがいいので気にしないことにしよう。

「……ああ、それなんじゃが」

「そおい!」

「……あーあ、やっちまいおったな」

 さっそく肉体強化を使って見ると、体が綿毛のように軽くなった。

 その軽さたるや、体の材質が変わったと言われたら信じてしまいそうなほどである。

 これですべての魔法の中で一番魔力を必要としないというのだから驚きだった。

「おお! すごい! 体が軽い! これならすいすい歩けるぞ!」

 今だかつてない高揚感に気をよくした俺は、調子に乗って走り出す。

 その効果はすさまじく、体は飛ぶように森を駆け回り、忍者のごとく木々を飛び回れるのだ。

「あーあ、知らんぞ」

 カワズさんはそんな俺の後ろ姿を眺めながら呟く。

 その顔は何か楽しいものを見つけたように笑っていた。

 カワズさんの台詞が俺に聞こえることはもちろんない。



 それから一時間後。



「……体がすごくいたいぃぃぃぃぃ」

 のたうちまわる俺。

 そしてニヤニヤとそれを眺めながら覗き込んでいるのがカワズさんだ。

 どうなっているんだカワズさん。

 非難の視線を送ると、カワズさんは吹き出しそうになるのを堪えているらしい。

「あったりまえじゃ馬鹿者。肉体強化したところで自分の体を使うことに変わりないんじゃ。
酷使した分リターンが来るのは当然じゃろう?」

 このカワズ、すべて知っていたのだと気がついたが、いまさら言ったところでもう手遅れである。

「……はかったなぁ! じじいぃぃぃ……」

 最後の気力を振り絞って呪詛を吐くが、全然効いてはいなかった。

「何を言う、説明しようとしたのに、さっさと魔法を使ったのはお前じゃろうが」

「止めてくれればよかったじゃん!」

「魔法をかけたら筋肉痛は決定じゃし。それなら黙っておいて、快く距離を稼いだ方がいいじゃろ?」

「なんだそりゃあああ……」

「ま、授業料だと思って甘んじて受け入れるがいい。肉体強化は無意識に使える者がいるほどに簡単な魔法なんじゃ。ちなみにそれをかけ続けて、長いこと鍛錬した者を戦士と呼ぶんじゃよ。
人並み外れた筋力を得た肉弾戦のエキスパートじゃな」

「そんなトリビアしらねぇぇぇ……」

 したり顔で解説するカワズさんはいつも以上に楽しそうだ。

 そして痛む俺の体をつつきながらゲコゲコと笑うのである。

「ううう、覚えてろよカワズさん……それにしても戦士になるにはこの地獄を超えなきゃいけないわけか」

 なんとなく戦士というとちょっとだけ憧れるものがあったが。

「なんじゃ? 戦士になりたいのかお前?」

「……だれがなるかぁぁぁ」

 その憧れは今日で死んだ。

それはカワズさんもわかっていたようでクックと笑っていのだった。

「じゃろう? 今日のところはここらで野宿かのぅ」

「また野宿なのか……こんな日ぐらいベッドで寝たい」

「アホ抜かせ、まだまだこれからじゃよ」

 それからしばらくは、動けないほどの激痛が続いたが、まともに動けるようになってから、改めて自分で回復魔法をかけてみると、筋肉痛ぐらいあっという間に治るんだからなんとも魔法ってやつは便利なんだか不便なんだか。
やっと森に再突入です


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