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十八話 俺的魔法活用法 8
「非常識じゃ!」

「さっきからそればっかりだなぁ……」

 部屋に戻ってくると、カワズさんが興奮しだしてしまった。

 その興奮具合たるや、緑色のボディがやや赤くなるほどである。

 しかしただ怒っているわけでもないようで、どうにもやるせないらしかった。

 ベッドでばたつくカワズさんはお世辞にも見栄えがいいとはいえないだろう。

「だってじゃよ? どうしてじゃよ? わしらが今まで回復魔法だと思って使っていた魔法は何なんじゃ?」

 カワズさん曰く、回復魔法は体の水の流れを整え、治癒効果を促進させたりするもんなんだそうだ。

 本来なら薬と併用してもあそこまでの効果は得られないらしく、せいぜい小さな傷をふさぐ程度だという。

「それでわしも死んだんじゃし、なんというか……やるせないのう」

「それは確かに悔しいかも」

「じゃろう?」

 そりゃぁ自分の死を回避出来る魔法が、死んだ後に見つかったら悔しいか。

 しかし、おんなじ魔法を持っていて、気が付かないカワズさんが悪い。

 人間、すでに持っているものは後回しにしてしまうものらしかった。

 しばし突っ伏してへこんでいたカワズさんだったが、どうにか立ち直ると、今度は標的を俺に変えた。

「それにしても。今回はやけに小粋なことをしとったなぁ、おぬし」

 ニヤニヤしながら言うカワズさんは、さっきまでとは打って変わって楽しそうである。

 俺からしたらどうやったらあそこまで切り替えられるのか、不思議なくらいだった。

「……ああ、そうだね」

 だが俺はそんなカワズさんにそっけない返事を返しただけだった。

 そんな気分ではなかったからなのだが、カワズさんはそれが不思議だったらしい。

「どうしたんじゃ? もっと喜ばんかい」

「喜んではいるさ、ほっとしただけで」

「ほっとした?」

 聞き返してくるカワズさんに、俺は盛大なため息でもって答えた。

「当たり前だろ? こっちは罪悪感でいっぱいだってのに」

「は? なんでじゃ?」

 口にしたくないことほど、聞きたがるのだからかなわない。

 しかし俺だってこのまま黙っておくのは気持ちが悪いのも確かのことで。

 我慢出来なくなった俺は、正直に言って見ることにした。

「俺が今日やったことは……ぶっちゃけ人体実験じゃないか? 内心いつ指摘されるかと思ってヒヤヒヤだった」

 そう、それはかなり無責任な話なのだが、実はアレが回復魔法初挑戦だったのだ。

「俺ってばダウンロードしたばっかの治療魔法を他人で試したんだぞ? さすがの俺も平然にとはいかないわ」

 カワズさんはハッと事の重大さに気が付いたらしかった。

 そうなのだ。結果こそ思い描いた通りだったが、一歩間違えたら最悪である。

「だから礼は断っとったのか、しかしそんなおぬしから改造されたわしの立場がないんじゃが?」

「それはお前、誘拐犯と一般人の対応の差だろう。カワズさんの時は割と必死だったし」

「……最悪じゃなおぬし」

「いや! 成功はすると思ってたんだよ! そこはちゃんと説明を何回も確認したし!」

 カワズさんの時みたく、斜め読みなんてしていない。

 これは言わなかったけど。

 もちろん成功する公算は高かったわけだが、効果が現実的なだけにドキドキだった。

 だって回復魔法がいくらすごかろうと試してみるには、回復魔法が必要な怪我をしないといけないわけじゃない?

 怪我なんて自分でしたくないじゃない?

 それが目の前に重傷の患者さんがいて、治らないと嘆いていたら……使うでしょそりゃ?

 ……使わないかな?

 自信は常に揺らいでいたが、勢いだけで押し切った。

「と、とにかく! これでご主人は怪我が治って、俺達は安心して回復魔法を使えるわけだよ! 
完全にギブ&テイクじゃん。お互いに納得の出来る取引だよ!」

「説明も納得もしとらんかったがのー」

「そこは反省している! だがしかし、自分の利益にもならないのに慈善事業で俺みたいな力を話使うのははっきり言ってよくないと思う! 少なくてもしょっちゅうはまずい!」

「そりゃそうかもしれんがのぅ」

 淡々としたカワズさんの同意の声が痛い。

 確実に改造の件、根に持っているに違いない。

「……いや、ぶっちゃけた話、俺今回色々やってみて思ったんだけど」

「なんじゃ?」

「あれ、たぶん俺じゃなかったら治ってなかったんだよな?」

「……そうじゃろうな」

 カワズさんの話を聞くと、どうやらあの怪我は本来ならきれいに治るようなものではないのだろう。

 だがもし、それが事実なら、だれもがこの魔法を欲しているということだ。

「それに、もし俺が今回やったことがカワズさんの時みたいな死者の蘇生だったら? 人間を不老不死にするような魔法だったら? まずくないか?」

 そして、今言葉にした魔法を再現出来るという確信もあった。

 それはまさに神をも恐れぬと、そんな言葉が頭をよぎるくらいには非常識なことではないかとも思うのだ。

「……」

 カワズさんが俺の質問に黙り込む。

 俺の魔法はただ強いだけじゃない。

 あらゆる意味で万能なのだから、カワズさんですら悔しがるし、誰だって使いたいのは当然だろう。

「やっぱり俺、逃げて正解だったかもしれない」

「……安心せい、どうにでもなるわい」

「……そだね、何でも出来るんだもんな」

 ちょっと思い詰めた風のカワズさんに俺はこっそり苦笑する。

「ともかく、やっちゃったものはしょうがないんだけどね」

 あえておどけて言うと、カワズさんもそれを鼻で笑いとばして返してくれた。

「まぁ、それでいいじゃないかの? 自分で決めたのならそれが一番じゃて。
それにお前さんは、いつも通り、お気楽でいた方が世の中平和じゃわい」

「なんだろう? すげぇ馬鹿にされた気がする」

「なんじゃ? わしがお前さんを馬鹿にしていない時があるとでも?」

「……なんだ、お互い様なんだな」

「なんじゃとぉ!」

 しばらく舌戦は続いたが、幾分ましになった気分で、その日は眠りにつけたのだった。




「あんた達、魔法使いなんだろう? 怪我を治してもらってなんなんだが、お前さん達に払えるような金は家にはないぜ? わかるだろう?」

 だけどさっそく次の日、いきなり億劫なイベントが発生したわけだけど。

「……カワズさん説明」

「う……む、そのじゃな、一般的にいうところの魔法使いってやつは、特殊技能での? そういう技能は大抵それ相応の見返りを求めるもんなんじゃよ」

「……ひょっとして魔法使いって結構あくどい?」

「人聞きの悪いことを言うな! ただちょっぴり、一般人には払い難い対価を要求する者がおるだけ……じゃわい!」

「……よくわかった」

 この世界で魔法使いというと、あまりリーズナブルなものではないらしい。

 しかし、このままぼったくるために魔法を使った陰険な魔法使いというのもまずいだろうと、俺は正直に白状することにした。

「あー。俺も言っとかなきゃいけないことが」

「? なんだ?」

 尋ね返されて、喉を鳴らす。

 だがそのまま勢いで言ってしまった。

「実は俺、まだ駆け出しの魔法使いでして……」

 事情を説明すると、きょとんとしたご主人がいた。

 恨み言の一つは覚悟していたのだが、返ってきたのは愉快そうな笑い声である。

「あっはっはっは! なるほどな! 俺も練習台だったってわけか!」

「すんませんっしたー! 出来心だったんです!!」

 俺はすぐさまお辞儀である。

 土下座でもしたほうがいいかと思ったが、その必要はなかったらしい。なぜならばご主人は思いのほかご機嫌で俺の肩をバシバシ叩いてきたのだから。

「ああいや、それは気にしねぇでくれよ。俺も気にしねぇし」

「へ?」

「別にいいんじゃねーか? 俺も助かったし。それに悪さをするつもりがあったわけじゃねぇんだろ? 俺は別に学があるわけじゃねぇから、難しいことはわからんが、迷子を助けることだって、怪我を治そうとすることだっていいことさ。
いいことしようってんだから、どんどんやってけばいいんじゃねぇかな?」

「……そんなもんですかね?」

「ああ。そんなもんさ。失敗したら反省すればいいだけだろ? そうすりゃ悪いことだけ続くことはねぇよ」

 快活に笑うご主人のなんと慈悲深いことか。

 俺は軽く感動した。

「なら、やっぱり礼はしときてぇな? 金でもいいが、魔法使いの満足出来るほど払えねぇし……」

 その上どうにも、ご主人はお礼までくれるつもりらしい。

 俺としては、もらう気などさらさらなかったが、しかし全部踏まえた上でくれるというのなら、断るのもどうかと思う。

 それならばと俺は鍛冶屋と聞いた時から興味があったものを思い出した。

「そういえば……鍛冶屋さんなんですよね?」

「ああ」

「それじゃあ……」

 気まずくはあったが、俺は内心の胸の高鳴りを抑えて欲しい物を口にした。



「よし! それじゃあ元気よく行って見よう!」

「うむ! その意気やよし!」

 秘境の探索は思ったより気楽に始まった。

 テンションもちょっぴり高めである。

 そして俺の手には一本の剣が握られていて、鞘ごと振り回しながらご機嫌だった。

 そう、これが例のお礼である。

 素人目に見てもそれはすごくいい剣で、現代で売っていた模造刀とは比べるべくもない。

「しっかし、なんで剣なんじゃ? はっきり言っていらんじゃろ?」

 そんなロマンに理解のないカワズさんに俺は白けた視線を送っておいた。

「馬鹿言うなよ。ファンタジーに来て剣を買うのは異世界人の常識だって。それに俺は京都でも木刀を買った派なんだ」

「……なんじゃいそれ?」

 今度会うことがあったら、この剣に敬意を表し「親方」と呼ぶことにしよう。

 その上、いい言葉ももらったし。

「いいことならどんどんやってけばいいか……まぁそんなもんかもね」

「どうしたんじゃ?」

「いいや別に」

 色々と思うところはあったけど、なに、結果オーライだ。


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