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十四話 俺的魔法活用法 4
「……お前さんから動くなど、槍でも降るんじゃないかのぅ?」

「いっそ本当に降らせてやろうかカワズさん……」

 一緒についてきたカワズさんが、心底胡散臭い目で人を眺めている。

 このカエル、本当に俺をいったいどんな風に見ているんだろうか?

 一度きっちりと話し合う必要がありそうだ。

 とは言ったものの、初の秘境探険がまさか迷子探しとは自分でも予想外だったのは間違いない。

「人聞きの悪いことをいうなよ。俺だって人助けぐらいするっつーの」

「……ほんとにそれだけか?」

「あー、じゃあ、この村は森から一番近いんだから、恩を売っておいて損はないだろ? ひょっとしたら宿代まけてくれるかもしれないし」

「せっこいやつじゃのぅ」

「せこいとか言うなよ」

 自分から聞いてきたくせに。

 しかし軽口を叩いている場合じゃなかった。

 さっそく魔法を使わないとまずい。

 すぐさまそう思うくらいには、深い木々の生い茂る森の中は、思ったよりもずっと秘境だったのである。


side 迷子の女の子


 アルヘイム、そこは未開の土地。

 幻獣達の住まう、秘境中の秘境。

 ここは間違っても覚悟なしに入っていい場所ではない。

 覚悟もなしに立ち入ったが最後、恐ろしい化け物が容易く愚か者の命を刈り取るだろう。

「はぁ……はぁ……おとぉさん、おかぁさん……」

 少女は道なき道を一心不乱に走っていた。

 傷によく効く薬草があると聞いて、彼女は準備を整えて森に足を踏み入れた。

 自信があったのだ。

 この森のそばでずっと暮らしていたし、少しは知恵も経験もある。

 事実、大人達の目を盗んで、森に入ることもたびたびあった。

「……うまくいくと思ったのに! なんだってあんな奴が!」

 後ろから追ってくるのは、三つ首の黒い犬のような魔獣だった。

 あんなの見たこともない。

 必死になって逃げたせいで、もう方向感覚などさっぱり狂ってしまっていた。

 あいつが本気になったら一瞬で丸のみだろう。

 だというのに、まだ生きていられるのは、あの化け物が非力な獲物をいたぶって遊んでいるからに他ならなかった。

「……せっかくお父さんの怪我、治せると思ったのに」

 さっきまでお気楽に喜んでいた自分が恨めしかった。

 いよいよ力尽きて、近くにあった大きな木の根の陰に滑り込む。

「グルルル……」

「!……!」

 すると地面を伝って聞こえる、巨大な獣の足音を肌で感じた。

 ズシリ、ズシリと徐々に近づいてくる。

 不気味な唸り声はどこか嬉しそうで、彼女の小さな心臓を恐怖で凍りつかせた。

 一歩一歩、確実に忍び寄ってきていることがわかるそれは、死神の声にも聞こえた。

 来るな、来ないで……!

 ただそれだけを一心に祈る。

 もう、全力疾走をするだけの体力なんて残ってない。

 必死に乱れる息を抑えて、膝を抱えて震える私のすぐ隣で音がした。

 ミシッ!

 突然嫌な軋みを上げて、近くの木がへし折れる。

 ゆっくりと倒れる巨木の破砕音は、地響きを立てて重く響き渡った。

 そして、ついに幹を折った張本人の体が、ゆっくりと私の視界の中に入ってくる。

 近くで見ると、あまりにも大きい獣に、息が止まりそうなった。

 確実に一つが少女の身長よりも大きな三つの頭で臭いをたどり、魔獣は木の周囲を徘徊しているらしい。

 スンスンと空気を吸い込む音が聞こえるたびに私は身を縮こまらせ、漏れ出そうになる悲鳴を懸命に抑える。

 だが、その行為はすべて無駄だったらしい。

 ゆっくりと振り返って、目があった魔獣の顔は、間違いなく笑っていた。

「……!!」

 声も出ない。

 死ぬ。

 そう思った。

 魔獣はこっちに狙いを定めると、襲いかかろうと身をかがめる。

 そして。

「キャイン!」

「ぬおわ!!」

 突然、思いもよらない悲鳴が二つ聞こえて、私は顔を上げた。

 あまりのことに目を離せずに固まっていると、突然何とも呑気な声が聞こえてきて、ハッとする。

 その声には聞き覚えがあったのだ。

「あー、いたいた。ってあぶな! これってケルベロスとかそういうの?」


side 太郎


「……便利すぎだな、植物操作」

「探し物なんぞ楽勝じゃな」

 森の中だからと、試しに植物に尋ねてみると、案外うまくいってしまった。

 いつか森を動かそうとした植物操作の魔法である。

 森の木々達に子供が入り込まなかったかと聞いてみると、テレパシーのようなものが返ってきて詳細に道案内してくれたのである。

 しかも枝で作った矢印付きで。

 探索の魔法なんて使わなくても、やり方次第で結構やれる!

 時代はエコなのだ。

 俺達は悠々と歩いて目的の場所に向かっていると、隣でカワズさんが呆れながら肩をすくめていた。

「結構奥まで来たもんじゃのう、侮れんわい」

「だなぁ、子供の行動力なめんなって感じだよ。しかし運がいい。あやかりたいわ」

「なんじゃいそれ?」

「……俺って運がないからなぁ。いきなり異世界に誘拐されたり。 ファンタジーはラックの重要性を見直すべきだ」

 魔力云々はともかく、異世界に召喚なんぞされた時点で、俺の幸運なんてどれくらいなものか、今度見てみたいような、そうでもないような感じである。

 その点リボンちゃんはあれだけ危ない危ないと大人でも警戒するようなこんな森に、驚くほど深く入り込んでいるくらいなのだから、恐ろしい幸運だと言えるだろう。

「その上、迷子になる前に俺に話しかけてるんだぜ? ホントあやかりたいよ」

「何が言いたいかはわからんが、とにかくちょっと急いだ方がよさそうじゃぞ? その娘の運が切れたようじゃ」

「おや、まずい」

 カワズさんの言葉通り、突然森の木々がざわめき始めたのである。

 俺の探し人がピンチらしいと教えてくれているらしい。

 かすかに怒りを感じるので、どうやら大きな樹木を折るくらいに、激しくやりあっているらしい。

「いけね、のんびりしすぎたかな?」

「どうする?」

「ちょっと急ぐ。この間のテレポート、試してしてみるわ。森の植物に場所は教えて貰えるみたいだし」

 言葉通り、森の木はリボンちゃんまでの詳細な位置をテレパシーで知らせてくれる。

 これならいけそうだと妙な確信があった。

「そんなことまで出来るのか?」

「たぶん。これだけ鮮明にわかるなら。目視出来なくてもちゃんと跳べるさ」

「……本当に規格外の魔法じゃな」

 カワズさんの気落ちしたような声に構っている暇はない。

 すぐさま頭の中に地図が三次元的に再現された。

 場所さえわかれば何の問題もない。

 すぐさま魔法を使って跳ぶ。

 だが視界が切り替わったとたん、そこにはいきなりアップででっかい犬が大口を開けて飛んできていたのだ。

「ぬおわ!!」

 さすがにこれはビビった。

 目の前にいきなりでかい口があれば誰だって驚くだろう。

 普通ならあの世行きである。

 しかしずらりと並んだその牙は、俺に届くことはなかった。

 こんなこともあろうかと、安全対策は万全なのだ。

 俺の肝の小ささを舐めてもらっては困る。

 相当の魔力を使ってダウンロードしたバリアーと回復魔法は、熊どころか核ミサイルの直撃にも耐える代物だとの触れ込みなのだ。

 もくろみ通り、俺のバリアーに触れたでかい生き物は、ボールのように跳ね返っていた。

 ドキドキと出鱈目に脈打つ動悸を抑えながら、周囲を見回す。

 そしてぴょっこりと木の間から見える黄色いリボンを発見して、俺はとりあえず胸をなでおろした。

「あー、いたいた。ってあぶな! これってケルベロスとかそういうの?」

 落ち着いてみると、ぶっ飛ばした大きな生き物には頭が三つあった。

 大きさは犬なんてかわいらしいものではなく、明らかに熊よりでかいだろう。

 しかしそのまま気でも失ってくれればいいのに、ケルベロスは追突のダメージから立ち直って、起き上がってくるつもりらしい。

「げっ! まだ動くのかよ……って当たり前か」

 俺はしぶしぶ炎の魔法を思い浮かべて身構えたのだが、どうにも様子がおかしいことに気が付いていた。

「? なんだ?」

 俺を視界に収めて牙をむきかけたケルベロスは、ぴたりと動きを止めていたのだ。

 いや、それどころかいきなり萎縮したと思ったら、なんだか気の毒なくらい震えだしたのである。

 これにはさすがに驚いた。

「あー、どうした?」

 なんだかかわいそうになってきて、とりあえず警戒だけでも解いてみようと少しだけ近づいてみると。

「……!!ク~ン……」

 声に出せないほど恐怖にひきつったケルベロスは腹を出して寝転がり、しっぽを丸めたじゃないか。

 しかもその表情は必死そのものだった。

「あー……まぁいいや」

 どうやら犬の方に何を言っても無駄らしい事は良くわかった。

 襲ってこないなら都合がいいので、そのまま寝っころがっていてもらうとしよう。

 俺は目的のリボンちゃんの方に向き直ると、木の隙間から俺のことを唖然とした表情で見上げるリボンちゃんを発見した。

 こっちもかよ。

 俺、怖がられすぎである。

 もっともリボンちゃん的には、今怖い目に合っていたのだから仕方がないか。

 俺は念のためにバリアーの魔法は解いて、手を差し伸べてみた。

「大丈夫か? 怪我とかしてないか?」

 だが俺の声に反応して、リボンちゃんはびくりと震える。

 なんだかなぁ。

 もう少し落ち着くまで待つべきかと、引っ込もうとした俺だったが、突然リボンちゃんは俺の手を無視して、服の方にしがみついてきたのである。

 俺のズボンにしがみ付くその肩は、小刻みに震えていた。

「ど、どうした?」

「うううううう……」

 どうやら泣いているらしい。

「……どうしたものやら」

 気持ちはすごくよくわかるが、戸惑っている俺に精々出来ることと言えば頭を撫でることくらいだった。

 引きはがすことなんて、とてもじゃないが出来ずに途方に暮れる。

 ……カワズさん助けてくれ。

 森に入ってから初めて、俺は心からカワズさんを呼んでいた。
ちょっと事件です。


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