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十二話 俺的魔法活用法 2
「お母さん! お客さん連れてきたよ!」

「あら、いらっしゃい!」

 俺達を迎えてくれたのは、威勢のいい声だった。

 声の主は三十代前半くらいの女性で、金髪の髪に、よく日焼けした肌が健康的なきれいな人である。

 客商売らしく快活な笑顔の彼女は、おかみさんという言葉がよく似合う。

 よく見れば、客寄せしていた女の子にどことなく似ている所を見ると、親子なのだろう。

 二人並ぶと実に華やかだった。

「こりゃどうも」

「お世話になります」

 俺とカワズさんは軽く挨拶して、失礼にならない程度に宿屋の中を見回した。

 そう広くはないが、小奇麗で印象は悪くない。

 宿屋は二階らしく、それらしい扉がいくつも並んでいた。

 一階は食堂になっていて、昼時なのかテーブルはそれなりに埋まっているらしく、結構繁盛しているようで何よりだった。

 ここならいいだろう。カワズさんと頷きあって、俺達はさっそく宿を決めることにした。

「部屋空いていますか?」

「ああ、空いてるよ。そちらのカエルの人は連れだよね? 二階の二人部屋でいいかい?」

「あー、じゃあそれで」

「はいどうも! ***! お客さんを二階に案内してあげて!」

「はーい! じゃあお客さん! こちらにどうぞ?」

 テンポのよいやり取りの後、元気に返事をしてテコテコと自分達の前を歩くリボンちゃんに、部屋まで案内してもらう。

 さすがにちびっこに荷物を持ってもらう気にはなれなかったので、そこは自分で部屋まで運ぶと、部屋の前で、リボンちゃんから鍵を手渡された。

「はい! これがお部屋の鍵です! 馬車は宿の納屋においておくから! ではごゆっくり!」

「すごいな。しっかりしてる」

「ふふ。でしょ? 今後ともご贔屓に!」

 そう言って俺達に頭を下げるリボンちゃんは、本当にどこまでも出来た子だった。

 さて扉を開けると、宿の部屋も思った以上に奇麗で、清潔な白いシーツが俺達を呼んでいた。

 さっそく用意してあるベッドに寝そべるカワズさんもご満悦の様子である。

 疲れもあって、俺も自分のベッドに倒れこむ。

 なるほど、馬車と比べたら天国だ。

「あーやばい、俺ここに住むー……」

 ヒヤッとしたシーツの感触を堪能しつつ、ベッドの上をごろごろ転がる。

 ちらりと見ると、カワズさんも満足げに頷いていた。

「ええ宿じゃの。当たりじゃった。それにアルヘイムが近いせいか獣人に偏見もない、こっちに逃げてきたのは正解じゃのぅ」

「そういえばリボンちゃん、あんまりカワズさんに驚いてなかったな」

 むしろ俺の服装の方に驚いていたくらいだ、それはそれで釈然としない話だが。

 しかし、カワズさんからしたらすべては予想の範疇だったらしい。

「そっちの世界にはおらんかったか? こっちには獣人ってのがいてのぉ。簡単に言えば人間以外の人間じゃよ。街にもおるが数が少ない。アルヘイムの方に多いと聞くぞ」

「……そんなのまでいるのか、すごいな異世界」

 とは言いつつも、俺もいるんじゃないかとちょっと期待していただけにこっそり気分が盛り上がっていた。

 ネコ耳やウサギ耳のかわいい女の子や、美しいエルフの美女ともお近づきになりたい。

 一種のロマンである。

 しかし俺は一人ハッとした。

 そうだ、リボンちゃんはカワズさんに驚かなかったのだ。

 とすると、この先少なくてもカエル面よりもインパクトのある連中と出会う可能性があるということか?

 頭をよぎったのは、妙にリアルな化け猫娘と、とりあえず耳は長いが恐ろしげな化け物である。

 ……うむ、心の準備が必要なのかもしれない。

「……またなんか失礼なこと考えとらんか?」

「いや全然。それで? このまま森に入っちゃうつもりなんだよね?」

 そして流れのままに質問すると、カワズさんはきょとんとしていた。

 俺とてただ村を散歩していたわけではない。

 道中も合わせてアルヘイムという場所がどういう所かはしっかり聞いていたのだ。

 そのくくりは大きく、ぶっちゃけた話、人間の治めている国以外の土地は、だいたいそう呼ぶらしい。

 この近くなら、広大に広がる密林がすでに人間のテリトリーではなく、人外の領域だというのだから油断ならないだろう。

 カワズさんがアルヘイムを目指すというのなら当然、この先の森に入ることになるのだろうとあたりはつけていたのだが、カワズさんが頷いて俺の言葉を肯定したことで、予想が当たっていたことがはっきりした。

「そうじゃのぅ。このまま入ってみるのもええかと思っとるよ」

「あー、やっぱり入るんだ。俺ちょっとこの村に移住するのかと思ってた」

 まぁ希望的観測というやつだから、そんなに期待もしていない。

 カワズさん的にもその選択肢は鼻からなかったらしく、当たり前じゃと鼻を鳴らしていた。

「まぁ、人里恋しいならそれもよかろうが。しかし、わしらは少々特殊じゃからのぅ。
人間は魔力を感じる能力は低いが、高位の魔法使いならば気が付く奴もおるじゃろうし。
厄介ごとを避けるなら森に入るのがよかろうよ」

 やはり、森には入るのか。

 山歩きなど遠足くらいでしかやらなかっただけに、ちょっとだけ言葉に出せないがっかり感があった。

「なんじゃタロー? さっそく尻込みしたのか?」

 意地悪くカワズさんが図星をついてきたので苦笑いが浮かんだが、俺もそこは否定しておいた。

「いいや、そのつもりでここまで来たんだからなぁ。そのことに関しちゃ今更だよね」

「それもそうじゃな。なんにしろ、早い方がええわい」

 結局それが一番面倒がないらしい。

「なぁカワズさん。そういえば、さっき言ってたけど、人間って魔力感じたりする能力が低いの?」

 何となく気になって尋ねてみると、カワズさんは少しだけ得意げに言った。

「ああ、そうじゃよ。よほど高度な魔法使いじゃないとそんなことは出来ん……わし、みたいなな!」

「……まぁそれはともかく」

「おい」

 ここぞとばかりに得意げなカワズさんは置いておくとして。

 ということは某国民的バトルマンガのように、鍛えれば俺も魔力を探ったり出来るのだろうか?

 もし訓練で出来るなら、ぜひやってみたかった。





 しばらく部屋でゴロゴロして時間を潰し、夕食を食べるために食堂に降りていくと、そこにはまるで映画の中のような光景が広がっていた。

 武骨な男達が、笑顔で酒を酌み交わし、歌っている。

 そんな中にちょこまかと走り回りながら配膳をする、リボンちゃんも見つけた。

 その姿はまるでリスの様で、めまぐるしく働く様子はとてもかわいらしい。

 ざっと見回したが、テーブル席が空いていなかったので、カウンター席に座ることにした。

 席を見つけると、こちらに気が付いたおかみさんと軽く目が合う。

俺が手を挙げて挨拶すると、彼女はにこやかな笑顔で迎えてくれた。

「いらっしゃい! どうだい? うちの宿は?」

「ええ、いい宿ですね。久しぶりに大満足です」

「うれしいこと言ってくれるね! じゃあ、さっそく何にする? 今日はいい獣の肉が入ったからステーキなんてお勧めだよ?」

「カワズさん持ち合わせ大丈夫だよな?」

「ああ、気にするな」

「じゃあそれで。あと適当に見繕ってください」

「はいよ! まいどあり!」

 景気のいい返事から程なくして、肉汁の滴る大きなステーキ、それにパンとスープがドカンと豪快に目の前に持ってこられた。

 素晴らしい手際である。

 数日ぶりのちゃんと料理された食事に、思わず唾液がこぼれそうになった。

 なんだかんだあって、俺も結構疲れていたらしく、遠慮なくかぶりつかせてもらった。

 頼んだ料理は少し多いかと思ったが、実際食べてみると味もよく、その上空腹だとぺろりと平らげてしまいましたとも。

 食事もひと段落すると、少しだけ降りてきたのが遅かったこともあって、客も少なくなってきた。

 おかみさんも余裕が出てきたらしく、俺はせっかくなので礼を言ってみた。

「ごちそうさまでした。すっげーうまかったです」

「そいつはよかったよ。ところであんた達旅の学者さんなんだって? ***が言ってたんだけど、森に入るつもりなのかい?」

「ああ、聞きましたか。そうですよ明日あたり森に入ろうかと思ってます」

 ***が誰のことかはわからないが、たぶんリボンちゃんのことだろう。

 俺がそう言うと、しかしおかみさんは心配そうな表情を浮かべていた。

「そうなのかい? でも気をつけなよ? 舐めたら痛い目に合うからね。護衛の当てはあるのかい?」

「どうなの? カワズさん?」

「いや、その予定はないぞい。魔法をたしなんでおるから、それでどうにかしようと思っとります」

 カワズさんの台詞におかみさんは一瞬驚いていたようだが、納得した様子だった。

「ああ、あんたら魔法使いなんだ。でも護衛は雇った方がいいと思うよ? 悪いこと言わないから。
うちの旦那もまいっちまっててね」

「旦那さんどうかしたんですか?」

「ああ、森の魔物と鉢合わせしちまってね。助かりはしたんだけど怪我がね……。
みんなも気を使ってくれて、お客を回してくれたりしてるんだけど」

 なるほど、それで繁盛しているわけだ。

 しかし大黒柱が不在とは、またヘビーな話である。

 それでもそんな話を世間話のように出来る所を見ると、この土地の過酷さの一端を見た気がした。

「それじゃあ、お一人で大変ですね」

「元々宿は私と***で回してたから問題ないんだけどね。夫は鍛冶屋なんだ」

「へぇ」

「しばらくは薬代も馬鹿にならないから頑張んないとね! さぁあんたらも一杯どうだい?」

 あくまで商魂たくましいおかみさんに、苦笑いするカワズさんと目が合う。

 そんなことを言われたら、まぁ頼まないわけにはいかないだろう。

「「じゃあ一杯だけ」」

 そして同時にまったく同じセリフを言うと、嫌そうな顔でお互いを見る。

「あははは! あいよ!」

 おかみさんは噴出して愉快そうに笑うと、相変わらず豪快な手つきで、ジョッキのワインを二杯、俺達の前に置いた。


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