十一話 俺的魔法活用法 1
道なりにひたすら進み続けること三日ほど。
道も道らしくなくなり、ただの荒れた何かとなって俺を襲い始めたのはいつ頃だっただろうか?
そして二日目くらいで「魔法で酔い止めすればいいんじゃね?」と気が付いて泣いた旅も、もうそろそろ終わりを迎えるらしい。
「地図によると、この先に村があるのぅ……」
持参した地図を覗き込み、カワズさんは心底うざそうな顔をしていた。
その原因は案外近くにあったりする。
「マジで☆!……こんなところに、ありえねーんじゃNE?!」
「……」
くるっと回る無駄なアクションで驚きを表現してみた。
両手の形はラッパーかフレミングの法則か、そんな形である。
ちなみにダンス経験などあるわけがない。
こちらに来てこの方、悩まされ続けた乗り物酔いに、ついに別れを告げたのだから、それも仕方がないと思う。
旅特有のテンションも手伝って、俺ははちきれたのだ。
いや……俺とてこれはどうなんだろうとは思うのだ。
同行者があと一人でもいたら、きっと自重したというより、絶対やらないだろう。
だが幸か不幸か、一緒にいるのはカワズさんだった。
三半規管をやられてまいっている俺に、一言「魔法を使えばいいんじゃないかの?」っと優しい言葉の一つもかけてくれなかった上、陰でこっそり笑っていたカエルである。
俺が気がつかないのが悪いって?
それだってわかっているさ。
だから俺は文句など言わない。
俺は旅のテンションでおかしくなっているにすぎず、むしろ旅を盛り上げようと努力している節さえある。
うざいだけで。
ここが馬車の上であるということを考慮して動きを制限しているし、もちろん御者であるカワズさんの邪魔なんて全くしていない。
うざいだけで。
ハイテンション・マインド・アタックとでも名付けてやろうか。
きっとうざいだろう。
「どうしたんだYO! カワズさんYA! ノリが悪いZE!」
リズミカルに左右に揺れつつ、ウインクをかます。
ちなみにウインクなど小学校の時、興味本位で練習したのを最後にやったことはない。
きっとものすごく不細工な顔になっているのは確定だった。
「てい」
予備動作なしでカワズさんのヤクザ蹴りが俺に襲いかかった。
ここで補足するなら、カワズさんのカエルボディーは実はかなり高性能なのだ。
元々高いカエルの脚力を、人間大にすることで大幅に強化している。
その上、魂こそ爺さんだが、ぴっちぴちの潤いボディは無類の若々しさを手に入れているのである。
「ぬごんぐ!」
簡単に言うと、俺を蹴りだすには十分な脚力があるというわけだ。
そして俺は馬車から落ちた。
十回ほど転がって、体をくの字に折り曲げた状態で止まる。
「……」
俺はゆっくりと立ち上がると、軽く埃を払って止まって待っていた馬車に乗り込んだ。
「……頭は冷えたか?」
「……すいませんでした」
「分かればええんじゃ」
とまぁ、それなりに楽しくやっている俺達だった。
「ところでカワズさん、こんな所に本当に村なんてあんの?」
前のやり取りはなかったことにするとして、とにかく普通に話を進めよう。
風景はだんだんと人が住むような場所ではなくなってきている。
俺が改めて尋ねると、しかしカワズさんはウムと頷いた。
「開拓村と言ったところかな。あるにはあるが普通の村とは意味合いが異なる。
厳密にいうとアルヘルムに接する国境に、国境はないんじゃよ、未開の地じゃからな。超えた関所は便宜上、安全のために設けられたもので、あれが国境といえば国境か。誤ってアルヘイムに人が入りこまないようにするのが主な目的なんじゃ」
ということは、ここいらは兵士の人達に守られていない危険地帯ということか。
そういうことなら道の整備がいまいち行き届いていないことにも納得がいった。
「なんだってそんな所に村なんか? 危ないんだろ?」
「まあのぅ。しかし開拓すればその分の土地を自分達のものに出来るんじゃよ。
アルヘイムの資源も貴重じゃからな。うまくすれば大儲け、運が悪ければ対価は命になるわけじゃ。
だが戦争で故郷をなくした流民やら、新天地を求めた人々はそれでも未開の土地に希望を求める、誰でも自分の土地は欲しいからな」
「へぇ。なんかすごいな」
そういうのもなんだか憧れてしまう。
いわゆる一つの開拓使って奴だろう。
希望を求めてフロンティアへか、どう考えても過酷そうなそれは、俺にはとても真似出来そうにない。
「まぁ、中には一発逆転をかけた犯罪者やら、単に税金免除のためって部分もあるんじゃがな」
「……へー」
「だが聞いた話だと、この村はかなり大きいようだのぅ。たしか新しい鉱脈が発見されたとかで結構にぎわっておるはずじゃよ」
「へぇ、そういうの初めて見るかもだ」
俺はカワズさんの話に興味をそそられて、まだ見ぬ村を楽しみにすることにした。
いたるところで金槌の音が響き渡り、リズミカルな音を奏でていた。
煙突からはいくつもの煙が上がっていて、もっと寂れた感じかと思っていた俺を驚かせるには十分である。
ここはリント村、秘境アルヘイムに隣接する開拓村だ。
そんな村の様子を、修学旅行気分で見て回ると、案外期待していたほどファンタジーではなかったが、いかにも職人の村という風情は、歩き回っているだけでも結構楽しめる。
それによく探してみると、薬草や武器を売っているお店なんかもあって、俺的満足度もそれなりに満たしてくれたので個人的にはOKだった。
「あ! あなた達旅人さん?」
そんな調子で適当にぶらついていると、突然声をかけられて俺達は立ち止まった。
何事だろうと視線を向けると、走り寄ってきたのは十歳ほどと思われる栗色の髪をリボンで結んだ小さな女の子だった。
「やっぱりそうでしょ! 変わった格好してるもん!」
カワズさんを見てそう言ってるのかと思ったが、少女の視線は俺に向いていてちびっと傷ついた。
だが言われてみれば、俺の格好は元の世界のGパンに黒いシャツとスニーカである。
シンプルであるとはいえ、明らかに周りからは浮いていた。
かろうじてマントがこの世界の趣を出していたが、不覚である。
「……まぁね。君は?」
いろんなものをごくりと飲み込んで、努めて笑顔で尋ねると、女の子は嬉しそうに自己紹介をしてくれた。
「私は***! この村で宿をやってるの! たまにここにやってくる冒険者の人なんかが泊まっていくんだけど……お兄ちゃん達は冒険者じゃなさそうだよね?」
何気にカワズさんを除く、現地人とのファーストコンタクトである。
だがやはり名前は聞き取れなかった。
あれだなリボンちゃんで。
あだ名は決まったものの、リボンちゃんの質問に何と言ったものかと困っていると、カワズさんが咳払いして代わりに応えてくれた。
「うおっほん! わしらは学者でな。ちょっとアルヘルムの調査に来たのだよ」
「そうなんだ! 蛙の獣人さんなんてめずらしい! 私、初めて見たかも!」
「……ほっといてくれ」
しかし容赦ない幼女の何気ない一言に、カワズさんは軽い傷を負ったようだ。
「あ、ごめんなさい! 大丈夫! 来る者拒まずがうちの村のモットーだもん。
ここは厳しい土地だから、協力し合わないといけないの! さぁこちらへどうぞ!」
おおー、あの蛙面を前にして一歩も引かないどころか、笑顔すら浮かべてみせるとは。
俺なんか最初、自分でやったくせにちょっと引いたというのに。
本当に出来たお子様だなぁと俺は感心していると、カワズさんがこちらを半眼で見ていることに気がついた。
「おい、今ものすごく心外なこと考えたじゃろ?」
「……まさか。カワズさんのとっさの機転に感服しただけですとも」
「ほんとかのぅ」
ふぅ、きっとこれでごまかせたはず。
しかし心の声にまで反応してくるとは、カワズさんの勘は正直侮れない。
ともかく、いいタイミングだからここらで宿を獲得しておくことにして、俺達はリボンちゃんに続いた。
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