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九話 ジャックの豆の木? 1
 ゴトゴトと最初こそ好奇心を刺激されていた音は今はもう唯の衝撃でしかなく、むしろ死神の足音のようにも聞こえた。

「ぬぅぅぅぅ……どこまで行くんだー」

「まだまだ」

「せめて目的地を教えてくれ……モチベーションがちがうからぁ」

「三千世界の彼方まで」

「なんだそりゃぁぁ……」

 情けなく呻いているのは、顔色を真っ青にしながら死に体の俺である。

 旅の終わりは見えない。

 御者台に座ったカワズさんは、嫌そうに俺を見てため息をついていた。

「どこまでも貧弱なやつじゃのぅ」

「……この乗り物が思いのほか俺にダメージの大きい揺れ方をするんだぁ」

 こんなに揺れたら、三半規管が鋼で出来ていたって酔うんじゃないだろうか?

 平気そうにしているカワズさんの方が異常だと主張させてもらいたい。

「はぁ……こんなことでは今から行く場所ではすぐ死んでしまうぞ」

 呆れ顔のカワズさんだが、ピクリと俺は「死」と言う言葉に反応する。

 そんなの聞いてないのですが。

「……あー。今から行く場所ってひょっとして危険だったりするとか?」

 おずおずと俺が尋ねると、あっさりカワズさんは肯定した。

「ああ、この世界で最も危険な場所じゃよ。だからこそ見つかりづらい。
なんじゃ? 見つからん方がええじゃろ?」

 自分で言う割にカワズさんは余裕そうなのだが、意味を理解しているのだろうか?

 おいおいカワズさん。最も危険な場所だぞ?

 危険な場所で、すでにアウトである。

 さらにその上、「最も」までつくというのは、それはもう入ってはいけない場所じゃないだろうか?

 そんなもの、普通行こうとしたら厳重注意が必要だろう。

「……まぁねー。でも命は大事だと思うんだー」

 しかし、厳重に注意するほど気力がないのが残念だった。

「……わがままなやつじゃのぅ。そんなに心配する必要もないわい。危険なのは一般人、わしらは別じゃ」

「そうなんだ?」

「うむ。これから向かうのはアルヘイムという土地じゃよ」

 当然ながら聞き覚えなどあるわけがない。

 しかしわからないなりに、参考までに俺は聞いてみた。

「……それって国?」

「いやいや、国ではない。しいて言うなら森か山かの?」

「……なにそれ」

 森か山て。

 あまり想像出来なかった俺に、ほっほっほとカワズさんは楽しそうに笑っていた。

「アルヘイムはここから南に下った先に広がる、広大な未開の土地を指す」

「……夢のスローライフとは縁遠そうな土地だなー」

 何の根拠もなく、のどかな田舎を想像していたのだが、想像がよりとんでもない場所にランクダウンした。

 未開の土地。

 イメージはアマゾンみたいなジャングルで、謎の原住民とかが雄たけびをあげながら襲いかかってきたりとか?

 我ながらそれはないなと、半笑いである。

「まぁ、何があるかは行ってからのお楽しみじゃな。人間はおいそれとは入れん所じゃよ」

 しかしカワズさんは普通に説明していたが、俺からしたら聞けば聞くほど、よくもまぁそんなところに行く気になったなぁと感心してしまった。

 爺さん元気すぎである。

 しかし、となると少しばかり腑に落ちないところもあった。

「……でもさ、俺が言うのもなんだけど、本当によかったの? 国に帰らなくて」

「おまえさん……今更それを言うかの?」

 ありえねぇよとでも言いたげなカワズさんの視線は理解出来るが、行く場所が行く場所だけに、気になってしまったのだからしょうがない。

「いや、俺もそう思うけどさ。あんな胡散臭い説得で、よくもまぁそんな危険な土地に行く気になったなぁと」

 普通なら断ると思う。しかしカワズさんは面倒臭そうに言った。

「はぁー……ええんじゃよ。そんなに国に未練もないしの。本当に親しい奴らはとうの昔にくたばっとる。
考えてみればあの国にいたのはそいつらに頼まれとったからじゃしな。一生分でその義理も果たしたわい。
最近はわしの歳の半分にも満たないクソガキどもがわしを顎で使いよる、やっとれんわい」

 ぶつぶつと呟くカワズさんからは、なんだか黒いものが出ている気がした。

 触れてはいけないところに触れてしまったらしい。

「と、とにかく。それならいいんだけどさ」

「ふん。どちらにしてもしばらくは苦労するじゃろうがな。
しかし、わしも楽しみじゃないわけではなんじゃよ。実は彼の地には昔から興味があってのぅ。
アルヘイムには人の国では手に入らぬ品物や、今なお力衰えぬ強い種族がひしめいていると聞く。
興味は尽きぬが、おいそれと危険地帯に入れるような立場でもなかったからのぅ。
この際行ってみるのもええじゃろと」

 そう口にするカワズさんはどこかうれしそうだった。

 ああそうか、そういうのもあるわけね。

 身軽になれば、観光も行き易かろう。

 なんだかんだ言っても、結構楽しんでいるようでなによりだ。

 そして俺自身も興味がないかと言われたら、ないわけでもない。

「そうだなぁ。それもいいかもしれないなぁ」

「お? 意外じゃな。おぬしのことだから嫌がるかと思ったが?」

「いやいや、俺だってせっかくだから異世界らしいものを色々見てみたくはあるんだよ?
俺としては町並みよりも、変わった動物の方が感動しそうだし。
なんならカワズさんのやりたいことに付き合って、しばらくこの世界を見て回るのもありかなと」

「……ふむ。当てもなく彷徨う気にはならんか、さすがに」

「俺がいくら考えなしでもそこまではねぇ? それに俺のメンタルはシャボン玉くらいの耐久度しかないからさ、異世界で今一人旅とかさびしくて死ぬ」

「……しまらん理由じゃのう。おぬし、わしが直々に鍛えてやろうか?」

「気が向いたら手柔らかに……う。エロエロエロエロエロ……」

 そして俺は顔色を青くして、さらなる戦いに身を投じるのだった。

 ……だれか酔い止めの薬をください。

「ほんとうに情けないのう……」

 カワズさんの呟きが聞こえたが、返す気力もなかった。


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