六話 ここがどこだか教えてほしい 6
「まったく、いい加減な事をしおって……バカ、お前ホントバカ」
机で向かい合った大きな蛙は、完全にふてくされて頬を膨らませていた、ゲコゲコと。
一応今は、家の中にあったローブのような服を着て、腰布を巻いて止めているらしい。
服を着ると心持ち、気持ち悪さは緩和されていた。
「だからごめんって。まさかまんま生贄の体になるとは思わなかったんだってば。
でもそっちだって俺を無理やりさらってきたんだし、あいこじゃない?」
「何があいこじゃ! こっちは命までかけてプレゼントをくれてやったと言うのに……」
俺としてはやらかしちゃったわけだから下手に出ているというのに、爺さんは当然のように不機嫌だった。
しかしあまりにも粘着質な愚痴に、俺のにこやかな笑顔にもコメカミに青筋が浮かぶ。
「……それを言うなら俺だって。気を遣って魔法を使えるようにしてもらったんだし」
それはそれで誘拐犯相手にびっくりの細やかな気遣いだと思うのだが。
渡したはずの魔力がちゃんと備わっていることに気が付いたんだろう。
爺さんもそれなりに驚いた顔をしていた。
「……むむ、確かに魔力を感じる。いったいどんな手を使ったんじゃ?」
「まぁそれは……秘密で」
片手間に頼んだらうまくいってしまったことは黙っておくとしよう。
「そんなことより派手に魔力使っちゃったけど、俺も寿命が縮んだりするのかな?」
爺さんが干からびて死ぬとか言っていたので、今更少し心配になって尋ねてみたのだが、爺さんはふてくされたまま首を振っていた。
「……安心せい。魔法で使った魔力は一晩休めば回復する。わしが渡したのはもっと根本的な……そうじゃのぅ、タンクのようなものじゃよ。一度にすべての魔力を使い切らなければ問題はない」
あまりに根本的で致命的な情報を知らなかった俺は、青くなった。
調子に乗って使いまくる前で助かった。
気が付いたらミイラなんてのはまっぴら御免である。
「なるほど……気をつけよう」
「ふん! 800万など使いきれる魔法は存在せんわ!」
吐き捨てるように言う爺さん。
なるほど確かに。
「そりゃそうか」
納得して頷くと、爺さんはハンカチがあったら噛み千切りそうな顔をしていた。
「ぐうううう。なぜじゃ! ものすごく理不尽を感じる!」
「そんなこと言われたって、あんたが連れてきたんだろ?」
「むぅ。だからじゃよぉ! だいたいなんじゃそのバカ魔力! いくらなんでも反則が過ぎるじゃろ! 人をカエルにするとかどこの悪魔じゃ!」
「それを言うなら人を神隠しにした上、改造するってどこの悪の組織だよ! びっくりするわ!」
いよいよキレる俺。
そんなに言うなら、俺だって言いたいことは沢山あるんだ。
というかそうするために生き返らせたようなものだし。
それから数時間、まぁしょうもない言い合いは続くわけだ。
「はぁ……」
「ふむ……」
しかしだ、たかが握手をしてお茶を飲むまでに一時間も使うとは思わなかった。
お互い一口、自分のカップのお茶を飲み、机に置く。
しばらく嫌な沈黙が続いたが、どちらともなくため息をついて肩を落とした。
「……ともかくお互い思うところはあるが、手打ちということにするのが妥当じゃろ」
「……そだね。確かにお互いに後ろめたいことは多々あるけど、このまま喧嘩し続けるのは不毛だし」
「うむ。それでこれからのことじゃが。おぬし、どうするつもりなんじゃ?」
突然そんなことを聞かれて、しかし俺はそういえばとあっさり答えた。
「まぁ、元の世界に帰ってみてもいいけどね」
「む?」
俺の答えは予想外だったらしく、爺さんはピクリと反応した。
「魔法、使えばやれるんじゃないか?」
「……そういえばそうかの」
そうなのだ。
おそらくは俺の魔力はこの爺さんすらも想定外の魔力量なのだろう。
俺はとんでもない魔法を湯水のごとく使用可能なのだ。
死者蘇生すら……多少の問題はあったものの成し遂げた俺からしてみたら、元の世界への帰還など朝飯前に思える。
爺さんも蛙顔でため息をつきつつ、それもそうかと唸っていた。
「……そうじゃな。そんなバカ魔力があれば不可能などあるまいよ」
「だろ? じゃあ帰るかどうかはともかく、一応検索してみるよ」
さっそく魔法創造を起動させて、検索してみた。
検索ワードは……異世界、送還などだろうか。
探してみると、すぐさま頭の中に情報が送られてくる。
なるほど、確かにその魔法はあった。
「……どうじゃ?」
「……マジでか?」
ただしその検索結果に俺は絶句してしまっていた。
「……どうしたんじゃ?」
爺さんの質問にも返事を返す余裕はない。
俺だってわけがわからないのだ。
すぐさま別の魔法を探すが、結局は同じ結果である。
流石に不信顔になってきた爺さんに、俺はとりあえず結果を伝えた。
「やば……俺、帰れないわ」
「なんでじゃ??」
爺さんもこの答えは意外だったらしい、俺は半笑いで当ての外れた魔法に必要な魔力を口にする。
「この魔法、引き出すだけで1000万だってさ……実際使うとなるともっとかも」
「い……」
完全硬直する蛙。
しかしそこであんたが驚くのかという感じだった。
「なんでそこで驚くんだよ? 爺さんもおんなじ魔法使えるんだろ?」
「いや、わしはお前さんほどその魔法を使いこなせんよ。魔力が足りん。だから必要な魔法を最低限引き出しただけなんじゃ」
検索の結果、出てきた魔法は……はっきり言ってコストが高すぎた。
死者の蘇生が可能なのに、元の世界に帰ることが出来ない?
そんなことがあるのか?
そんなものだと言ってしまえばそれまでなのだが、何とも納得がいかなかった。
人間と世界とやらの考え方の違いなのか?
しかし、どう言ったところで結果は変わるものではなく。
俺に出来ることと言えば、眉間にしわを寄せて黄昏ることくらいだった。
「はぁ……どうやら俺は帰れないらしい」
「……ふむ、鍛練で伸ばすにも少々多すぎるか」
「魔力って増えたりするものなの?」
「ああ、もちろんじゃ。訓練すれば増えるぞい。限度と言うものはあるがな。
わしも元々は100ほどじゃったが五百年かけて1000まで伸ばしたのじゃよ」
笑う爺さんに対して、俺は期待薄だなぁとこっそりため息をついた。
そりゃそうだ、五百年でたった900しか伸びないんじゃ、ちょっとどころまったく期待出来ない。
俺はもうなんだか面倒くさくなって、やれやれと笑った。
「帰還の可能性はゼロじゃないけど、限りなく低いか……ひどい話だ」
「ふむ、こちらの世界で暮らす当てをつけるのが妥当じゃろうな。
だが心配するな、おぬしの存在自体がわしの悲願でもある。こうなったら出来る限りの面倒は見てやるわい。
ところで、おぬしの名前を教えてもらえるかのう? あの時は聞きそびれてしもうたんじゃ」
「諸悪の根源がよく言うよ。……そういえば俺もあんたの名前を聞いてないんだ」
「そうかの? ではわしの名前は***じゃよ、魔法使い***じゃ」
「俺の名前は紅野 太郎」
「……」
「……」
「「今なんて言った?」」
俺達はさっそく自己紹介でつまずいていた。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。