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五話 ここがどこだか教えてほしい 5
「うほ!」

「あ、目が覚めた?」

 寝かせておいたベッドから飛び起きた爺さんは最初キョロキョロと落ち着かない様子だった。

 当然か。

 むしろあっさり納得する方がどうかしているだろう。

 俺は戸惑う爺さんに軽く手を上げて挨拶してみた。

「調子はどうよ? 爺さん?」

「いったいどうなっておる! わしは死んだはずじゃ!」

 だが俺に気が付いた途端、爺さんは血相を変えて詰め寄ってきて、俺は慌ててブロックした。

 頭のあたりをがっちり押しとどめたはいいものの、これからどうするかが問題だった。

「気持ちはわかるけど、落ち着いてくれ」

「……とりあえず顔面から手を離さんか?」

「だよね」

 言われてみると完全にアイアンクローの体制である。

 まったくその通りなので、顔から肩へと手を移した。

 さて次は何かしら言うべきなんだろうが、自分でも非常識この上ないと思うくらいなのだ、どうすれば納得してもらえるかなどさっぱりだった。

 俺は何となくポンポンと両肩をやさしく叩いて爺さん引き離すと、それで少しは落ち着いたのか、爺さんは深く息を吐いてベッドに座りなおしていた。

 ここまで元気なら、問題ないだろう。

 とりあえずは、あのとんでも魔法はちゃんと成功したらしい。

 爺さんが完全に落ち着くのを待って、俺は口を開いた。

「俺が生き返らせてみたんだけど、どうよ?」

「いや、どうよと言われても……」

 混乱している爺さんは、しかしすぐに事の重大さに気が付いたらしい。ぎょっとして顔を上げると俺を凝視したまま、大口を開けて固まってしまった。

「は? し、死者の蘇生じゃと? そんな非常識な魔法どうやって……?」

「いやぁ、結構簡単だったよ? ちょろっと行って帰ってきただけだし」

 実際、本当にちょっと疲れたくらいで、交渉自体は実にスムーズだった。

 ビバ超魔力である。

 地獄の沙汰も金次第とはよく言ったもんだと、もの悲しさは感じたが。

「ちょろっと行ってってお前……魔法を引き出すだけでも相当じゃったじゃろうに」

「あー……。そうでもなかったと思うけど?」

 これまた正直に白状すると、爺さんの顎はいよいよ落ちた。

「そんなバカな! それだけの魔力、一体どこから?……まさかおぬし虐殺でもやりおったな! 
なんと言うことじゃ! そのような者に我が魔力を渡してしもうたとは……! 善良そうに見えたのに!」

 どよんと落ち込む爺さんは、何かとんでもない勘違いをしているらしい。

 さすがにそんな勘違いはこっちとしても不本意なので、訂正しておいた方がいいだろう。

「……人聞きの悪いこと言うなよ。全部自前だっつーの」

「……は?」

「だから全部自前。そんな物騒なこと出来るわけないでしょうが」

 なんらウソ偽りなどないのだが、やはり信じられないのだろう。

 しばらくぽかんとしていた爺さんは急に正気に戻ると、今度はやれやれと両手を広げ、呆れた口調で返してきた。

 どうやら冗談の方向に心の安定を持って行ったようである。

「は、はは! 馬鹿言っちゃいかん。仮にその話を信じたとしよう。
なんでお前さんは干からびて死んでおらん? 魔力の枯渇は即「死」を意味する。 
わしの魔力があったとしても全く足りておらんではないか」

「だから、まだ余裕があるからでしょうがよ?」

 まぁ、信じたくない気持ちはわかるが、そこは素直に受け止めてほしい。

 乾いた笑いを張り付けた爺さんに、俺は特に動じることもなくごく普通の顔で応じる。

 俺の表情になにかを感じとったのか、爺さんはごくりと唾を飲み込むと、恐る恐る聞いてきた。

「……ちなみに君の魔力って、どのくらいなんじゃね?」

「800万1000。この1000の所があんたの魔力なんじゃないかと思うんだけど」

「……!」

 爺さんの頭がぐらりと揺れた。

 そんなに驚いてくれたなら、こっちも勿体つけたかいがあったというものである。

 崩れ落ちた爺さんは、なんだかすすけていた。

「……わしの五百年って一体」

「いやー、そんなに褒められても」

 照れ笑いする俺に、爺さんは素早く復活して元気に声を荒げていた。

「褒めとらんわ! ええ性格しとるのう! ってええい! 動きにくい! なんか体がおかしいんじゃが!? 失敗したんじゃあるまいな!」

「そう? やっぱり?」

「……やっぱり?」

 意味が分からなかったのだろう、聞き返した爺さんはそのまま目を点にしていた。

 俺はそれとなく視線をそらして、明後日の方を向く。

 当たり前だ、俺からしたら体に不具合がない方がおかしいと思うくらいなのだから。

 どうしようか? 先延ばしにしたって仕方がないし……。

 意を決した俺は、いっそ開き直って正直に言ってみることにした。

「あー……なんて言ったらいいかな? 死者蘇生の魔法には生贄がいるっていうからさ。その辺で見繕ったんだけど……」

「……おぬしやはり殺人を?……なんて奴じゃ! 血も涙もない!」

「だからそのノリはもういいって。人聞き悪いな爺さん。もう一回言うけど、その辺で捕まえてきたんだよ。かわいそうなことしたとは思うけど」

「……捕まえてきたじゃと?」

「うん。予想外の結果にはなったけどさ……。でもあれだ、俺を拉致した件でチャラにしてくれたらうれしい……んだけど」

 歯切れの悪い俺を、爺さんは訝しむ。

「なんじゃそれは?」

「あー。ほら鏡! ……あんまり怒らないでね?」

 じれた俺はあらかじめ用意していた鏡を差し出すと、鏡を覗き込んだ爺さんは驚愕のあまり、元々丸くクリクリした目をさらに丸くした。

 鮮やかななエメラルドグリーンの肌に、テカテカの光沢。

 ゲコゲコとふくらむ頬は風船のようだ。

 しかし、なぜか顎からは、しっかり白いヒゲが生えている。

「んな……!」

「これでもどうにかしようと頑張ってはみたんだけど……」

 鏡に映っていたのは、どこをどう見ても巨大な蛙だった。

 二足歩行のだが。

「いやーさすがに悪いと思ってさ、寝ている間に肉体改造の魔法をダウンロードして? 色々いじくったんだけど……どうにもやっぱり蛙でさ。
ああ! ヒゲもはやしたんだよ! 手足も自由に動くだろ? 二足歩行にも頑張ってしてみたんだ! ……良かったよね手足のある動物で」

 あっはっはと笑っては見たものの、嫌な汗が流れているのを感じる。

 実はこの珍妙な生物が誕生したのは、俺が妙なことをしたからなんだ。

 良かれと思ってやったんだけど、その結果がこれである。

 爺さんは、やはり鏡を持ったまま固まっていて。

 さすがにまずかったかと、気休めの一つも言ってみようとしたのだが……。

「おがん!」

 大きな蛙は盛大にひっくり返って、俺は慌てた。

「ああ、これが本当のひっくりカエルか……」

「やかましいわ!」

 世界最高の魔法使いと称された爺さんはその日、カエルとして生まれ変わった。
相棒? ということで一つ。


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