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二話 ここがどこだか教えてほしい 2
「んあ……」

 なんだか肌寒い。

 俺が再び目を開けると、いつの間にか見知らぬベッドに寝かされていた。

 中途半端に生暖かいベッドの中は、なんだかじいちゃんっぽい匂いがする。

 残念ながらいい思い出とかではなく、加齢臭的な意味でだが。

「……ここはどこだろう?」

 ぼんやりと呟き、声に出してようやく頭が回り始めた。

 俺は慌てて布団から飛び起きるとズキリと突然頭に痛みが走って、ぼさぼさの黒い毛をくしゃりと抑えた。

「いたたたた……。なにがあったんだっけ?」

 とにかく寝すぎた後のように頭が痛い。

 不安になって服の上から体を触ってみたが、頭が痛い以外には怪我もないようでほっとした。

 パッと見た感じにもわかりやすい変化はなく、格好も朝着てきたままのジーパンに黒いシャツのままだ、これで全身血みどろだったりした日には、もう一度気絶は間違いないだろう。

 だがふわふわと体の感覚はまだはっきりせず、どこか頼りない。

 俺はぼんやりしたままほぅっと長いため息をついていた。

「うわ……ほんとにどこだよここ」

 そしてなにより部屋の窓から外を眺めて、俺は唖然としてしまった。

 見知らぬ森が広がっている。

 斜面が多い所を見ると、どうやらここは山の中らしいのだが、まるで見覚えがなかった。

 そのせいか妙に肌寒く、体に染み入ってくるような冷気が漂っていて、俺はブルリと身を震わせた。

 ただ、その震えは必ずしも寒さのせいだけではないのかもしれない。

「……夢じゃなかった?」

 先ほどの不思議な夢を思い出して、俺は何とも気の抜けたため息を吐き出した。

 どうにも現実味がない。

 だがこのわけのわからない状況その二も、やはり原因はあの夢くらいしかい思い当らないのも確かだった。

「どうなってんだか。ありなのかね? こういうのも?」

 あえてポジティブに考えるなら「こんなゲーム染みたイベントに巻き込まれた俺すごくね?」とか?

 ……しまった、全然歓迎出来ない。

 まぁでも、こうなってしまったものはしょうがないか。

 人間諦めが肝心である。

 それよりも、今はこの状況を前向きにどうにかする方が先だろう。

「とりあえず、現状を把握しないと始まらないよな?」

 俺は一人で呟き、とりあえず今いるこの家を家探しすることに決めた。

 整然とした室内には、まだ人の気配が残っている。

 それは埃の積もっていない床だったり、まだ食べられそうな食料だったりするのだけれど、しかし実際には人がいる様子もなく、物音一つしなかった。

「……それにしても殺風景な部屋だな」

 感想を口にしながら、俺は手当たり次第に部屋をあさってみた。

 そのまま時間を費やすこと一時間ほど。

 結局人っ子一人見つけることは出来なかったが、唯一の成果は最初にいた部屋にぽつんと置かれた一通の手紙だった。

「……あやしい」

 しかし手紙を凝視しながら、俺は眉間の皺を濃くする。

 口元に手を当て、唸りながら手紙を眺めれば眺めるほど、怪しさが跳ね上がっている気がするのだから不思議なものである。

 さてどうしたものか?

 恐る恐る手に取ってみるが、宛名らしきものはなかった。

 しかし差出人は十中八九あの爺さんだろう。

 開けるべきか、無視するべきか。

 しかし……あれだけ探して、何の手がかりも見つけられなかったのだ。

 しぶしぶだが結局俺は、それを開けるしかなかったわけだ。

 封筒から二つ折りにされた手紙を取り出すと、手紙には見たこともない記号が書かれていた……のだが。

「……見たこともない文字なのに読めるな」

 不安になって、思わず口に出してしまった。

 本当に不思議なことに、俺には記号の内容が理解出来てしまったのである。

 こうあっさりとわかりやすい異変が起きている以上、本当になにかされてしまったらしい。

 やってくれる。

 心中で毒づくが、しかしこの際便利なので良しとしておこう。

 なにせ肝心の手紙には「遺言」と書き記してあったんだから。

「遺言か……ってことはやっぱりあの爺さんだよな」

 たしか死んだとか言っていたし。

 だがしんみりする時間すらも、俺には与えてはもらえなかった。

「ぬおぅ!」

 思わず悲鳴を上げる。

 本文を読もうと折り曲げられた手紙を開いたら、いきなりマグネシウムを燃やしたみたいな閃光が俺の眼球を直撃したのだ。

 痛む目を抑えながら、とんだトラップに、俺は一瞬でも爺さんに同情した自分を悔やんだ。

「ぐおおお、おのれ目が……あの爺さんホントろくなことしないな!」

 目をこすりながら毒づく。

 数秒してようやく光が収まったらしく、頃合いを見計らって瞼をゆっくりと開くと、溢れた光が小さなビーチボールくらいの大きさで手紙の上に浮いていた。

 そして光から、なんとぼんやりと映像が浮かび上がってきたのだ。

『この手紙を読む者へ。これを聞いているということはおそらく、召喚は成功したんじゃろう。
気分はどうじゃね?』

 しかも映し出された人物は、そのまましゃべりだしたのである。

「……最悪だよ爺さん、つうかさっき話しとけよ」

 もう一度この顔を見ることになるとは思わなかった。

 それは間違いなくあの爺さんだったのだ。

 いっそ手紙ごと床に叩きつけたい衝動に駆られたが、今は貴重な情報源だ、我慢する。

 少しばかりイライラしながら続きを待っていると、爺さんは淡々と用件を語りだした。

『それではさっそく君に与えた力の説明をしておこう。まず君は異世界の者でありながら、こちらの文字を理解出来た事に困惑しておると思う。
これはわしからのプレゼントじゃ。
わし自ら調整した翻訳の魔法をかけさせてもらった。
これによって君は、この世界のあらゆる言葉を理解し、文字を読み解く事が出来るじゃろう』

 ああ、だからさっき文字を読めたのか。

 魔法、便利すぎるだろう。

 この魔法があれば、俺も学校で補習を受ずにすんだに違いない。

 それは置いておくとして、爺さんはいよいよ本題に入るようだった。

『そして、ここからがメインじゃ。君には全部で七つの魔法を吹き込んでおいた』

「たった七つかよ」

『たった七つかよ? とか失礼な事思ったじゃろ?』

「……」

 台詞予想するなし。

 しかし七つか。

 あえて七つに絞った意味が何かあるのだろうか?

 爺さんもそこは弁えていたらしく、ちゃんと説明も用意してくれていたようだった。

『だがこの七つこそ魔法の基礎にして、魔法を究めたと謳われる我が集大成でもある』

「あー……って言ってもなぁ、本当に大丈夫かな?」

 思い出されるのは、夢に出てきた爺さんの人柄だ。

 なんというか……何とも頼りないが。

『まぁ心配せずとも大丈夫じゃ、まずは基本となる五大元素魔法の五つじゃな。
この世のモノはおおよそ五つの元素より成り立っていると言われておる。
それは「地」「水」「火」「風」「空」の五元素である。
七つの内、五つはその元素にそれぞれに対応した基本の魔法じゃ。
この五つの魔法が、すべての魔法の基礎となる。
つまりこれを覚えておらねば、他の二つの魔法は使用も出来んというわけじゃ。
一般的には攻撃魔法や属性魔法などという品のない呼ばれ方をしておるので、身を守るのに使うのもよかろう』

「完全に会話を先読みされてる……なんか悔しい。でも五大元素ねぇ、いよいよRPGとかカードゲームみたいだな」

 実は属性とかそういう小技でちょっとわくわくしてしまった。

 俺だって、TVゲームくらいならやったことがあるのだ。

『そしてもう一つは解析魔法。物や人を分析する魔法じゃな。
これを使えば人物の力量や、物ならばそれがどうやって構成されているかすら読み解く事が出来じゃろう。
つまるところ自分の知りたい情報を対象から引き出す魔法じゃ。
これを聞き終わってから、自分にこの魔法をかけてみると良いじゃろう。
驚異的な魔力量を見て驚くこと間違いなしじゃ! 
ちなみに魔力量については、わしら基準でお前さんに理解出来るよう魔法を調整しておる。
一般的な魔法使いを1として、わしは1000ほどじゃった。
それを上乗せしたのだから、いったいどれほどになるか……楽しみじゃろう?
この値は、わしが設定した帝国標準の魔力値なので、覚えておいて欲しい』

「結局自慢かよ。あれか要するに女の子のスリーサイズも計れるわけだな? エロ魔法か」

『エロいのはおぬしの頭じゃ』

「……ホントにただの録音かこれ?」

 思わず周囲を確認してしまった。

 そして映像の爺さんは最後に黙り込み、セリフを無駄に溜める。

 いい加減じれ始めた頃、おもむろに空気を作りながら爺さんは語りだした。

『そして最後に……これぞ我が秘奥にして最高の魔法。心せよ。これぞ究極の魔法なり』

「お? いきなり重々しい導入に入ったな?」

 しかし究極とか最高とか大好きな爺さんである。

 ただこれだけ自信満々なのだから、最後の魔法とやらにもちょっとだけ興味が出てきた。

 もっともそんな興味はすぐにクエスチョンマークに変えられたわけだが。

『最後の魔法、それすなわち魔法創造じゃ!』

 どどーんと本当に効果音付きで爺さんは言った。

「無駄に演出に凝りやがって……」

 俺はといえば結局意味の分からないことを言われて、首をかしげただけだったが。

 「想像」? いや「創造」かな?

 と言うと、魔法を作れるとか?

 だとしても、そんなもの作れたって、何の知識もないのだからどうしようもないと思うんだけど? 

 そもそも魔法がなんなのかさえ怪しいのに。

 当然のことながら、爺さんは俺に構うことなく続きを語り始めた。

『発想と魔力を糧に、世界より魔法を引き出す神技。そしてわしがおぬしをこの世界に呼ぶ事になった最大の理由でもある』

「へぇ……そいつは迷惑な話だ」

 理由があっても納得は出来ないが、知らないよりはましだろう。

 俺はしょうもなかったら、手紙ごと踏んづけてやろうと心に誓いながら、続きを待った。

『魔法とは、魔法使い達が少しずつ世界の秘密を解き明かして作り出した『望む現象を起こす術』だと言われておる。過程を省いて結果を導き出すような、世界を歪める技こそが魔法なのだ。
その代わりに、魔法使いは魔力を対価として世界に差し出す。
この魔法は、本来なら自ら解き明かさねばならぬ、方程式を世界から直接引き出す魔法である』

 うむ、わけがわからない。

『それは思いつきで魔法をすぐさま作り出せると言うことじゃ』

 だが続く爺さんの台詞に、俺もなんとなくその凄さがわかってきた。

 確かにそれは反則だろう。

 そして、この魔法さえあれば他にどんな魔法も必要ない。

 なにせ、したいことがあれば、出来る魔法を引っ張ってくればいいのだから。

 こんなにうまい話はないだろう。

『ただしこの魔法には欠点があってのぅ。
魔法を引き出す事、それ事態に恐ろしいほどの魔力が必要なのだ。
簡単な魔法でも、生半可な実力では干からびることになるじゃろう。
難易度の高い魔法を創造しようとすれば、さらにコストは高くなる。
だからこそ、わしはこの魔法を弟子達に教えなかった。
もし教えていたのなら、魔法の深淵にたどり着くために、弟子達は命も惜しまずにこの魔法を使い、そして死ぬ事になったじゃろう。
しかし、今のおぬしなら……間違いなくわし以上の魔力を持つおぬしならば、修行次第ではさらなる魔法を引き出すことも出来よう。
出来る事なら、良心に従い、その力を有意義に使ってくれることを祈っておる。
ではさらばじゃ!』

 一方的にしゃべり続けた爺さんの満足げな顔を残して、映像は消えていった。

 案の定、その魔法には何かしらのデメリットがあるらしい。

 本日二度目のお別れだが、俺の頭にはどちらも演出過多な爺さんだったなぁと見当はずれな感想が浮かんでいた。

「……なるほどね。恐ろしく勝手な爺さんだ。自慢したい気持ちはわからないでもないけどさ」

 あの爺さん自身も、これは自分の我儘だと言っていたが、それは確かに我儘だった様である。

 最高の魔法をそのまま幻にしたくなかったから、俺を無理やり巻き込んででもこんな大がかりなことをやらかしたのだろう。

 やり方こそ褒められるものではないが、その努力が並々ならぬものであったことは想像に難くない。

 しかしまぁ、それでも悔しかったはずだ。

 こんな大層なものを他人にくれてやらねばならなかったんだから。

 そんな爺さんに俺はなんとなく黙祷を捧げておいた。

 まぁこれくらいはしておいてもいいだろう。

 しばらくして顔を上げると、俺は気分を切り替えて、せっかくだからその魔法とやらを試してみることにした。


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