その日の宿の一階は、食堂兼酒場でした。
夕暮れ時から満員で、私たちは隅っこで今日の夕ご飯です。
酒場の空気に、タバコの煙が混じりだしたので、そろそろお部屋へ帰る潮時かなーって眺めます。
ご飯も終わったし、このままじゃ酔っ払いが増えそうですもんね。それにタバコのにおい、苦手なんですよね。服に染み付いちゃうし!
お会計しようかな、と考えていると、
「甘いものもあるわよ、デザートにいかが?」
酒場のおねえさんが明るい声をかけてきました。顔に浮いたそばかすが、キュートな表情を引き立てています。なんですと。デザート!
「デザートってなんですかっ」
私は早速食いつきます。ここで食いつかねば私ではありません!
「フフフ、パンケーキに悪魔いちごのジャムを添えたやつなの。結構いいイチゴが入ったからさ」
「あ、あ、あ、悪魔いちご!」
あの、あの、一口で食べるものを虜にしちゃうっていう、噂のいちごですかっ! それはぜひ食べたいです!
「たのんでいいですかっ」
私の隣の席で、お酒のジョッキを傾ける勇者様に聞いてみます。勇者様は特にコメントせず、一つ頷いてくれました。よし!
私はうきうきとデザートを待つ姿勢になりました。すっかり頭の中からは、ここから出て行こうと考えていたことがすっぽ抜けてました。おねえさん、商売人ですね……。
勇者様と二人旅になってからはや2週間、全然知らない街にやってきています。
行先は一応勇者様が説明してくださったんだけど、地図がさっぱりなのでお任せ状態です……。
世界が変わったすぐ後、私の故郷に顔を出してから、一気に違う大陸へ、星術でとびました。
理由は明快。足取りを隠すためです。万が一があるから、と神官様がおっしゃっていたので。
転移術を使ったのははもちろん勇者様です。私は今は全然そういう術が使えないから、勇者様に頼りきりですっ。といっても、勇者様の術が強烈なのは変わってませんでした……ちょっとは計算で補助したけれど、転移で気を失いかけるぐらい酔うのは、相変わらずというか、なんというか。
今は勇者様は茶髪に緑の目、逆に私が黒髪に青い目になっています。初めてこの色の自分を見たとき、爆笑しました。
似合わなさすぎる! でも、かなり印象が変わるからしかたないことなんですがっ。
極論、自分の顔は鏡じゃないと見えないから、あまり変わらないんだけどね。
問題なのは勇者様です。
まだ見慣れません。
一瞬、人込みで見失いかけますよ! 最近は迷子防止のためによく手をひかれてます。まさに幼児扱いですねっ。いや……仕方ないんですが。
「兄ちゃん、飲んでるかっ! いいねえ、女の子と一緒だ!」
ひい! 隣の席の酔っ払いおじさんがあらわれました!
このおじさんは、町に入る前に一晩だけ一緒に旅をした人です。魔物がいないとはいえ、獣は出るから、まだまだ旅は完全に安全ではないのです。だから、みんな隊商を組んで移動します。
このおじさんも、行き会った隊商の一人でした。
おじさんは私を上から下まで眺めた後、
「ふむ、でもちーとばかし色気が足りんな」
失礼な! 胸がないのは、これから育つからですよ! ただの予定ですがっ!
「兄ちゃん、ちょっとこっちへきな、男の話をしようぜえ」
一言で言えば絡み酒、たちが悪いおじさんですが、なぜか憎めない人柄で、ペースに巻き込まれちゃうんですよね。昨日の晩も、一緒にいる予定はなかったけど結局言いくるめられて同道することになったし。
おじさんは手際よく勇者様を拉致していきます。
実は、勇者様は強烈な害意のない押しに弱いんですよ! 主張がないのか、あきらめてるのか謎です。
「いってらっしゃい!」
私にはデザート様が待っていらっしゃるので、一緒には行けません! だからイイ笑顔で見送れば、
「なにかあったら呼べ」
とおっしゃって、引きずられていきました。
やがて来たデザートは、満足がいくものでした!
香ばしいきつね色に焼き上げられた、しっとりとした甘さのないパンケーキ。
そこにあや模様を描く黒いソース。シンプルな、素材を生かす調理に、それゆえにレベルの高さがひきたつのです!
酒場のおねえさんがお盆で酔っ払いをあしらうのを眺めながら、私はデザートを堪能しまくりました。
星別者だったらご飯はいらないはず……なんだけど、私は一般人以下になっちゃってるから、がつがつ食べているのですよ! いまなら全部樹の成長に行くから、太らないはず! はず!
勇者様は前よりは食べるようになりましたが、それは星原樹が待機中に蒔いていた力のもとが循環しなくなったためです。代わりにあの光のもととなった物質は世界に漂ってるけど、それだけじゃあ完全じゃないみたい。だから、最近は珍しくものを食べる勇者様をガン見しています。だって珍しいんだもん。
それにしても、デザート様は素晴らしい!
どす黒いソースが、口に含めば強烈な甘さのくせに、後を引かないいちごの爽やかさを残して、ふわっと消えるんですよ!
悪魔いちご、まさに魔性のいちごですね! 恐ろしいほどのおいしさです!
気が付いたら皿の上が空ですよ!
もう一個頼むべき? 勇者様、帰ってこないし。
酔っ払いたちにもみくちゃにされている勇者様を眺めながら、私は真剣に思案します。
酔っ払いたちの論争は女性の胸には夢と希望が詰まっているとかなんとかいう話題のようです!
「女の価値は胸じゃないわ!」
酒場のおねえさんが、ぐっと握り拳を突き出しています!
「同意しますよ!」
私はすかさず言いました。
「よね!」
「はい!」
がしっ! と握手を交わすおねえさんと私。おねえさんも、私と同じように成長期なのです。主に胸が。
ややあって、ようやく解放された勇者様がこちらに帰ってきました。
「おかえりなさいー」
「ああ……」
かなり疲労していますね。
「部屋へ帰るか」
珍しく勇者様が切り上げます。おねえさんを呼んでお勘定です。
横でおとなしく待っていた私は、不意に肩をたたかれてビクッとしながら振り返りました。
酔っ払いのおじさんです。
「よかったなあねえちゃん!」
ぐっと親指を立てて、きらめく笑顔でおじさんは言いました。
「あんちゃんの好みは、胸よりも足と二の腕だそうだぞ!」
一瞬、おじさんの言っていることが分からなくてぽかんとしましたが、頭で理解できた瞬間に、ガッと勇者様に振り返りました!
「に、二の腕って、フェチすぎじゃないですか!」
「お前の腹筋へのこだわりと似たようなものだ」
で、でも、割れた腹筋ってすごいですよね!
「わ、私も腹筋割りたいんです!」
「それはどうかと思うわ」
おねえさんからのまさかのツッコミ! 勇者様のセリフが、なんか違うような、よくわからないような。流された?
首をひねっていると、
「帰るぞ」
と促されました。おじさん、ものすごくいい笑顔で見送ってます。
おやすみなさいー。
この後、ベッドに入って、あおむけになるまで、話題をそらされたことに私は気づきませんでした。
気づくの遅いって!
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