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2012年2月13日 (月)

バレンタインデーを祝ったら死刑

               صورة معبرة عن الموضوع سطام بن عبد العزيز آل سعود

 バレンタインデーを祝ったら死刑。

                  サッターム・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール=サウード

                  (サウジアラビア王子・勧善懲悪委員会委員・リヤド副知事)

 バレンタインデーはキリスト教文化に由来する行事だが、我が国では単なる「女性から男性への告白の日」となってしまっている。モテない男性から見れば忌み嫌うべき行事であり、この日になると憂鬱になると言う若者も少なくない。もっとも、我が国は2月14日の1日だけ耐えればいいが、台湾では2月14日が「西洋的情人節」(西洋の恋人の日)であるのに対して7月7日の七夕は「東洋的情人節」となっており、簡単に言えばバレンタインデーが年2回ある。韓国では毎月何か恋人の日がある。そういうわけで、日本に生まれた方が台湾や韓国に生まれるよりマシだと言えないこともない。

 バレンタインデーが単なる「恋人の日」になってしまったことで、キリスト教文化圏以外の国でも行事のある日になってしまったのは、まさしく我が国の製菓業界の商魂逞しきゆえである。私がトルコを訪れたのは2月14日の直後であったが、まだバレンタインデーの飾り付け等が残されていた。最近ではイスラムの国でもバレンタインデーがイベントの日になっており、トルコ国家が世俗国家であるということを差し引いても、キリスト教由来の行事が定着していることに対して大いに驚いたものだ。

 ただし、こうした風潮を望まない勢力も当然ながら存在する。特に、イスラーム勢力の盟主を自認するサウジアラビアでは、西洋文化排撃の動きと相俟って、クリスマス禁止のファトワー(イスラム法学者による法解釈)やミッキーマウスに対する死刑宣告のファトワーが出されていたところ、ついに近年は「バレンタインデー禁止」のファトワーが大ムフティーのアブドルアジズ・アール=アッシャイフ(サウジアラビア王国最高法官、最高ウラマー会議議長、ファトワー局長官)によって出されるに至り、西欧諸国から失笑を買ったのは記憶に新しい。

 法解釈が出ているだけならば「モテない男のひがみ」と同程度のものと笑っていればよかった。ファトワーはあくまでもイスラム法学者の法解釈であって日本で言うところの「学説」に過ぎず、それだけでただちにイスラム世界で普遍的に法的拘束力を持つわけではない。実際、「『トムとジェリー』で尊ぶべきネコが馬鹿にされ、汚らわしいネズミの方が頭がいい事になっているのはけしからん。発禁にすべきだ」というファトワーが出た事があるが(イスラム世界では猫はムハンマドが好んだ動物として尊重されるのに対して、ネズミは汚れた動物とされている)、誰もまともに相手にしなかった。バレンタインデー禁止のファトワーが出た後も、サウジアラビア国民はあまりまともに取らなかったふしがあり、禁止された筈なのにクリスマスもバレンタインデーも祝われていた。そこで、サウジアラビア当局としては本気でバレンタインデー撃滅に動く必要が出て来たようで、宗教警察と言うべき勧善懲悪委員会の委員のサッターム・ビン・アブドゥルアズィーズ・アール=サウード王子が、「バレンタインを祝ったら死刑」と言い出す。これによって、バレンタインを祝う事が違法行為であることは国民に認知されはじめているようだ。ただし、蔭ではこっそりプレゼントが授受されていると言う話もある。

 サウジアラビアは人口当たりの死刑執行が最も多い死刑大国である。死刑になるのは殺人にとどまらず、不倫や過失致死でも死刑が適用されており、公開処刑のTV中継が恒例行事となっている。としても、今のところバレンタインデーを祝ったことにより死刑になった例はないようだ。ただ、当局が圧力を強める中で、今後は死刑執行或いは鞭打ちなどの肉刑の執行があるかも知れない。

 日本を含めて欧米文化を受容している国々とは石油によって密接な関係を持っているサウジアラビアだが、必ずしも文化的精神的に西欧と近いとは言えない。むしろ、西洋文化(或いはワッハーブ派イスラム教以外の文化)の流入を頑なに拒否してすらいる。今後は、イスラム原理主義勢力を中心に、こうした動きに同調する国や勢力が増えていく可能性はある。

 実際、オランダやドイツなど移民を受け入れた国では、国内で「文明の衝突」が発生している。イスラームだけでなく、ヒンドゥーにおいても自由恋愛は原則的にご法度であって当然死に値することになっている。移民二世三世の娘がボーイフレンドと情を通じたことに激昂した家族が、「一族の恥」を抹殺するために「名誉の殺人」を行うことも珍しくはない。我が国においては移民が少ないこともあってこうした惨事は幸いにも報告されていないが、今後も無縁であると言い切ることはできない。たかがバレンタインデーと雖も、「宗教対立」「文明の衝突」とは無縁であると考えるべきではない。

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