憂楽帳:嫌な空気
毎日新聞 2013年02月12日 西部夕刊
何だか嫌な空気だ。大陸由来の大気汚染物質のせいではない。「3本の矢」とか「アベノミクス」とか言われる新政権の政策と因果関係があるのかどうか素人目には定かでないが、「円安」「株高」の見出しが新聞に躍る。嫌な空気は近所に住むA子さんも感じていた。私の母と同じ70代半ば。なじみの居酒屋で時折一緒になる。
この人は互いに写真でしか知らなかった男性と結婚した。九州から自分と同じ年の叔母に伴われて列車で上京。東京駅のホームで初めて対面した夫が、2人を交互に見て「どっちが俺の嫁さんか」と戸惑っていたのを懐かしそうに語る。結婚後は経済成長をひた走る東京で、クリーニングの店を夫婦で切り盛りしていたのだという。
山あり谷ありの日本経済の裾野を、泣き笑いを繰り返して歩んできたA子さんは現在、一人暮らし。「私らにおこぼれがあるわけない。後が怖いね」と経済の先行きに懐疑的な意見だ。「そうですね」と相づちを打つと、店にいた誰かが言った。「4本目の矢を庶民に向けてはくれないか」。一理あると思った。ただ、くれぐれも射殺(いころ)さぬように願いたい。【下薗和仁】