色々見聞録

ろうけつ染めで制作したり、絵を見たり建築を見たり。五十路を前に元々弱かった記憶力がおぼつかなくなってきたので、忘備録として。

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ネタバレ御免 SPACE BATTLESHIP ヤマト

ネタバレってますー。
未見の方は読まない方がいいですよー。



いやもう、ど真ん中でヤマト世代な訳ですよ。
高校の文化祭の看板にスターシアを描いちゃったりした思い出バッチリな訳ですよ。
だから正直見に行くの怖かったですね~。

でも、見なきゃ見ないでケリがつかない感じというか。
無視しちゃうには余りにも気になりすぐる。



ということで行ってきました~。

古代進のキムタク、これは止むを得まい。
好むと好まざるによらず、なんか「仕方ない」感のあるキャスティング。
他に誰が、といわれても調度いい人が思いつかないし。

そして旬の黒木メイサ。

先にこの二人のキャスティングが決まってたんでしょうね、それに合わせてのキャラクターの変更が行われたんじゃないでしょうか?

黒木メイサが看護系のクルーは合わないということで、戦闘機乗りの気の強い女性と設定変更。
森雪だけが黒木メイサのために変更したという「特別」感を払拭するためと、脇をしっかり美人で固めるために佐渡先生を高島礼子に。

他のキャスティングは、特に「問題ない」
違和感は余りなかったです。

ただ、久しぶりに見た緒方直人が、山崎邦正に似てることに気がついてしまった。
並べてみたらそっくりなんじゃないだろうか?

あと、映画用の新しいキャストの空間騎兵隊 の斉藤始役、池内博之がカッコよかった。


ヤマトのCG画像は、文句なく良く出来てました。

日本も、此処まできたのだねえとしみじみしちゃう。
あのヤマトが立体画像で動くんですよ。
地中から発進するところは、胸が躍りましたねえ。


映画としては・・・・

一昔前に日本で作ったSFほどは安っぽくないのだけれども、色んなシーンに既視感(主にハリウッドSF映画)が多くて新鮮味には欠ける。

スターウオーズとか、マトリックスとか。



そして少なくとも、「戦艦」ということは軍隊なんだし、単身未知の空域に赴くのに、艦橋のクルーがこんなにユルくて大丈夫なのか?!とか、宇宙での戦闘で、目視だけの空中戦??なんてありえないんじゃないか??とか。

今から200年経ってたら、攻殻機動隊みたいな脳と機械をシンクロさせるシステムとかあっても不思議じゃないし、その方が説得力がでるしねえ。

あ、そういえばコックピット内の画像なかったなあ。そこまで作れなかったんだろう・・・・・(>_<)予算の関係?



それと、余りにも無防備すぎる諸々の対応。

敵戦闘機を捕獲して調べようって時に、防護服も着ずヘルメットもつけずに近寄ってる。
「生命反応はない(から大丈夫だろう)」って、人工知能の可能性もあるし、分解することによって自爆装置がはたらくかも知れない。

未知の病原菌やウイルスはどうよ?

映画ETでも、あのいたいけな?ETを捕らえるためにスゴイ防護装備をした研究者や軍隊が現れたんだよ?
常識で考えても「ありえない」

オマケに、私のトラウマ映画の一つである「エイリアン」ばりにいきなり何かわからないモノが逃げ出してさあ。
あのまま、船のどこかに潜伏してクルーを殺しまわっちゃうのかと思ったよ。
(エイリアンはマジ怖かった・・・・・(T_T)


生きて帰ってくることが最大の使命であるところのヤマト。
なんでそんなリスクを犯してまであのはぐれ戦闘機を拾ったのかよーわからん。


その上、きっちり発信装置で位置を知られて攻撃されて「当たり前やん?」



突っ込み所満載でもう・・・・(T_T)

10代でこの映画を見たらもっと素直に楽しめるかもなんだけど、流石に50前では難しいわー。



そもそも恋愛とかどうでもよくって、もっとヤマトの戦闘シーンとか、艦内のシステムの様子とか、そんなのが見たかったぁ。
そう、2199年という未来の世界をもっと見たかった。


1974年に見た未来ではなくて、2010年の立ち位置から新たに想像しなおした2199年の世界をもっと丁寧に作りこんで欲しかったと思うのは、原作がある作品に対して無理な注文というものだろうか??





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  1. 2011/01/03(月) 22:37:45|
  2. 映画も見たりする
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あけましておめでとうございます

本年もどうぞよろしくお願いいたします。
皆様に幸多き一年となりますように。

本年の年賀状でございます。ロウケツ染めで作りました(^^♪


2011年年賀状


あ、もちろんロウケツ染で画像を作って、フォトショップで文字を書き入れたんですよ?
紙だとボカシは難しいんですが、布だと上手い具合に出来ました。


これから制作シーズンに入りまして、昨年ほどの更新は難しいかと思いますがぼちぼちとよろしくお願いいたします。





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  1. 2011/01/02(日) 11:22:50|
  2. 日々のこと
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東京教会巡り その2

碑文谷からバスに乗って移動。
ひもんやと読むんですね。
長いことひぶんだにだと思っていました。地名はこういった罠があって危険。

Hotel 椿山荘前のバス停で降りるともう目の前は敷地だよ、と教えられる。
そして目の前に広がる光景は・・・・

東京カテドラル聖マリア大聖堂 1964年築

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うっわーーー。
やっぱすげーーー。

冬の透き通った陽射しの中で輝いています。


wikiより

《東京カテドラル聖マリア大聖堂(とうきょうカテドラルせいマリアだいせいどう)は、東京都文京区関口にあるカトリック関口教会(1900年創立)の教会堂で、カトリック東京大司教区の司教座聖堂(カテドラル)である。

1899年に建てられた最初の聖堂は木造でゴシック様式の建物だったが、1945年の東京大空襲で焼失。現在の大聖堂は建築家丹下健三の設計で、ドイツのケルン教区の支援によって建設され、1964年に落成した。

聖マリア大聖堂という名称は聖堂が「無原罪の聖母(マリア)」に捧げられていることに由来し、教会敷地内には聖母マリアが聖女ベルナデッタに無原罪の御宿りを告げたとされる、フランスのルルドの泉の洞窟の岩場が再現されている。

吉田茂元内閣総理大臣の葬儀が行われたことでも知られ、設計者の丹下健三自身の葬儀もここで行なわれた。》



さて、最初に案内していただいたのは、ルルドの泉。


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簡単な説明ですが


かなり本物に近いような。

ルルドの泉の水を使って作った薄荷飴があるんですねー。
クリスマスということで、プレゼントでいただきました(*^_^*)

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甘くておいしかったです。記憶力減退著しい脳に効能がありますように。


さて、大聖堂です。

うーん、1964年ということは、現在築46年。46年前にこんな前衛的な建物が、それも保守の総本山とも思えるカトリック教会の、さらに極東の日本で建てられるとは。

wikiより

《前川国男、谷口吉郎、丹下健三の3名指名コンペであり、設計期間は6か月。現代的なものをというケルン側からの要望で設計条件は特になく、宗教行事を執り行う上で必要不可欠なものを備えていさえすればよいとされた。審査員は建築界から吉武泰水、今井兼次、杉山英男、教会側からは3名の神父とケルンから派遣された教会建築専門の建築家ウィルヘルム・シュロンブ (Whilhelm Schlombs)があたった。

美術館を連想させるマッシブな四角い立方体の前川案、平面計画は三味線のバチを思わせる銀杏形であったが全体的にはやはり公会堂や音楽堂を連想させる箱型の谷口案に比べ、HPシェルの現代的な構造技術を用いながらも、教会の建物そのものが頂部において十字架型になるという丹下案が異彩を放ち、丹下が一等当選。

なお、これら3つの設計案を最終的に決めるのは土井辰雄枢機卿であり、しかも推薦された案を採用しなくてもよいと決められていた。彼は「私は皆さんが選んだものを神様の御意思として受けます。私は委員の皆さんを信頼しています」と語り、白柳誠一神父(当時)が模型や青写真を見るように頼んだが、「いいんです」と言って微笑した。ところが、後日に実際に建築プランや模型を見て、一瞬大変驚いたという》

・・・・・・・・・びっくりされたろうなあ。
こんなに前衛的な建物が一等になるとわ。


丹下健三、ってピンと来ない方も多いと思いますが日本の有名な建築家で、代表作の一つに都庁があります。

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グーグルマップで聖マリア大聖堂を空からみると、こうなります。


大きな地図で見る

グーグルマップ、すげー。



ただその前例のないチャレンジな工法ゆえ年数が経つと雨漏りが。

教会内部はシンプルにコンクリートの打ちっぱなしなのですが、雨漏りの跡があちらこちらに・・・・

「雨の日に結婚式やっていて、水がぽつーーん、ぽつーんって落ちてくるんですって。花嫁さん可哀想だったって聞いたわ」


・・・・・・・・・ああ、それは困ったことでしょう。

そこで、2007年に大規模な改修工事が行われました。
改修工事って聞いた時防水加工に塗料でも吹き付けたのかなと思ったんですがそれ所ではない大工事だったようです。

その時の様子が写真で乗ってます、面白いので是非みてください


張りなおしたスチール壁面?屋根?の写真はこちらです。

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思ったよりマットですね。磨いてあるのかとおもったら、でこぼこのある素材でした。
本気で鏡面のような素材を使ったら、まぶしくて見てられない建物になっちゃうんでしょうね。



教会の内部は写真禁止でしたので、HPでお楽しみください。



広い洞窟のような空間は圧倒的でした。

また、装飾を抑えた十字架が日本文化の侘び寂びにも通じそうな佇まいです。
当初の《宗教行事を執り行う上で必要不可欠なものを備えていさえすればよい》という言葉通りのシンプルさ。潔いという言葉がピッタリな空間でした。


また、この教会は音響効果がすばらしく、コンサートなどもよく催されています。
大きく立派なパイプオルガンが設置されているのですが、翌日の催しのため、練習で演奏されたんですね。これは本当にラッキーでした。


天から降ってくるような、体全体包まれるような響きでした。
音楽は不調法で良くわからないのですが、ここで聞くコンサートはさぞ素晴らしいものだろうと思います。

信心のない人間にとっても何かしら厳かで敬虔な気持ちになる空気が満たされていました。



また祭壇ちかくに人形(プレゼピオ)が飾ってありました。
こちらの教会の信者さんなんでしょう、一生懸命に落ち葉を配置したり、人形の位置をなおしたりされていました。


建築に興味を持ち出してからまだ日が浅いのですが、ずっと気になっていたので実物を見てとても嬉しかったです(*^_^*)



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  1. 2010/12/31(金) 15:42:24|
  2. 建物見学・街歩き
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東京教会巡り その1



年末進行で忙しくなっとります。
申し訳ないですが、松涛美術館は、少々お待ちください>って誰も待ってない??




クリスマスの前なのですが、先日教会めぐりに連れて行ってもらいました(^^♪

事の発端は、私の「東京カテドラル聖マリア大聖堂に行って見たい」発言。

友人のクリスチャンの方は「何か見るところ、あったっけ?」と不思議に思われたそうですが(笑)色んな教会を組み合わせて、案内していただける事になりました。

教会はあまりなじみがないですし、やはり信仰の場所。
好奇心で信仰のない人間が入っていっていいものやら・・・・
大体どんな場所でも一人で行くのは平気ですけれども、教会はやっぱり二の足を踏みます。よく知ってる方に案内していただくなんて、願ってもありません。


目黒駅に集合して、初めて都バスに。
最初に訪れたのは、こちら。



「カトリック碑文谷教会(目黒サレジオ教会)1954年築」

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サレジオという名前は、知り合いの子がサレジオ学園に行ったので聞いたことはありました。

「当教会はサレジオ会に委託された教会です。サレジオ会はキリスト教・カトリック男子修道会で、19世紀にイタリアの司祭ドン・ボスコによって設立されました。貧しい青少年の教育の必要性を痛感し、青少年教育への取り組みを始めました。やがて、ドンボスコの元に教え子たちが集まって修道会が発足しました。
 現在 16000名のサレジオ会員が世界128カ国において活動しています

碑文谷教会は「江戸のサンタマリア」に捧げられた教会です。
江戸迫害時代の最後のキリシタン・バテレンであるシドッチ師(後に江戸キリシタン屋敷で殉教)がイタリアから持ってこられた壁画がドルチ作の「親指の聖母」だといわれます。
その聖母に因んで「江戸のサンタマリア」に捧げられることになりました。聖母画のレプリカが聖堂横・入口の小祭壇上に掲げられています。 なお、献堂時イタリアの多くの方々のご厚意で、イタリア産の大理石の柱が何本も光沢をたたえています。」

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こちらが江戸のサンタマリアと呼ばれる絵のレプリカです。本物は東京国立博物館に収蔵されていて、残念ですが見ることはできないようです。

同じドルチ作の聖母マリアが、西洋美術館に常設展示されているそうです。何度か行ってるんですが、見たような見てないような・・・・(-_-;)

無題


http://www.nmwa.go.jp/jp/collection/1998-0002.html

とても美しいマリア様です。


12月に教会めぐりを企画してくれたのは、各教会がイエス・キリストの御降誕を喜び、情景を模した人形(プレゼピオ)が飾りつけてあるのを見ることができるためなのです。

厩で生まれたイエス・キリスト。聖母マリアとヨセフ、そして東方の三博士、羊飼いと羊たちが見守っています。本当は、24日にやっと、赤ちゃんイエス様を飾るんだそうですが、こちらは早々にお休みになっていました(*^_^*)

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日本で言えば、雛人形を飾るのにも少し似てますよね。

サレジオ教会は、外にも大き目の人形が飾ってありましたが、教会内の小さい人形は手がこんでいて美しいものでした。

平日の静かな教会の中は人影もなく、ステンドグラスを通して色とりどりの光が射しています。

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ドーム状の天井にはびっしりと模様が描かれています。

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ステンドグラスには、聖人や聖書の情景が。


さて、この教会は結婚式場としても人気があるそうで。
芸能界に疎い私はピンとこなかったんですが、あの聖子ちゃんの結婚式が行われたのがこちらでした。

wikiより

《1985年 
1月23日、交際を公にしていた歌手・郷ひろみと破局。郷ひろみが破局直前、聖子に言った「生まれ変わったら一緒になろう」という台詞が話題になるが、郷側は後に否定。

5カ月後の6月24日、映画『カリブ・愛のシンフォニー』(メキシコロケ)で共演した神田正輝と東京都目黒区サレジオ教会で結婚。

二人の結婚は、世紀の結婚をもじって「聖輝の結婚」と呼ばれた。
結婚式・披露宴の独占放送権を獲得したテレビ朝日は、約10時間にわたりこの模様を放送。ゴールデンタイムの平均視聴率は34.9%(ビデオリサーチ・関東地区)を記録した。》

うっわー。
そうなんですか、見た覚えのある方も多いんじゃないでしょうか。
私たちの年代にとっては、聖子ちゃんはスーパーアイドルでしたから。


折角なんでさがしたら、こんなのありましたー。



確かにサレジオ教会です。

最後の映像を付け足しちゃったらいきなり俗っぽくなりましたが、信者さんたちの思いのこもった美しい教会でした。


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  1. 2010/12/30(木) 10:29:10|
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「大正イマジュリィの世界」展@渋谷区立松涛美術館 その2

つづきます。

富本憲吉

「1886年6月5日 - 1963年6月8日 日本の陶芸家である。1955年、人間国宝に認定された。」

アーツ&クラフトや民藝運動にもかかわりの深い陶芸作家さんですね。
奈良に記念館があります。

http://www.tsujimoto-arts.jp/

随分探したのですが、出品されている作品が雑誌の表紙や古い本が多いため、該当する画像を見つけられず。

最近の装丁になりますが、富本憲吉の絵の雰囲気がわかる本を。

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高畠華宵

「1888年4月6日 - 1966年7月31日 愛媛県宇和島市裡町生まれの大正から昭和初期に活躍した、日本の画家である。本名は、高畠幸吉。京都市立美術工芸学校日本画科卒業。宇和島市長・衆議院議員を務めた高畠亀太郎は、実兄。」


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ビッグネームで説明は不要と思われます。
しかし、鎌倉に建てた華宵御殿、あれば是非見たかったですね。

実は華宵も余り趣味じゃないんですが、男色趣味だったらしいと他のブログで読んでから俄然興味が。いや、私は腐ってませんが、あの妙な色気の理由がちょっと納得だったり。

こちらも雑誌挿絵、表紙や便箋などが多数展示されていました。

広川松五郎

「1889-1952大正-昭和時代の染色工芸家。
明治22年1月29日生まれ。大正14年パリ万国装飾美術工芸博覧会で銀賞。15年工芸団体「无型(むけい)」を創立,同人となる。昭和4年帝展で特選,のち審査員をつとめた。10年母校東京美術学校(現東京芸大)の教授。25年染色研究団体「示風会」を創立。友禅染,蝋(ろう)染めを得意とした。昭和27年11月2日死去。63歳。新潟県出身。」

うわわ。染色家さんではありませんか。

東京藝大に学生時代の卒展作品と、染色の作品が所蔵されていました。

ジャンルを問わず色んな作家が装丁や挿絵に参加していたのが興味深いです。
ある意味、今の時代の方が分業化されてしまっているような気もしますねえ。


岸田劉生

「1891年6月23日 - 1929年12月20日)大正~昭和初期の洋画家。父親はジャーナリストの岸田吟香。」

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麗子像であまりにも有名な画家です。晩年は洋画からはなれ、日本画や南宋画に傾倒していくのですが、38歳で尿毒症で亡くなります。

出品されているカットや装丁は、筆で闊達に描かれていて、洋画家の匂いは余りかんじられません。なんというか、日本昔話風?


橘小夢(たちばなさゆめ)

この作家は初見です。
いやあ、まだまだ世の中広いし深いわ。知らない事がたくさんあって、わくわくしますね。

「橘小夢1892-1970は秋田県生まれ、洋画を黒田清輝、日本画を川端玉章に学び、雑誌や小説の挿絵を中心に版画、日本画を手がける。民話、伝説をモチーフに女性の魔性を表現し、発行禁止処分を何度も受け、「幻の画家」とよばれた。版画に「水魔」、挿絵に矢田挿雲(やだ・そううん、1882-1961)の「江戸から東京へ」がある。」


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妖しい妖しい。
何ともいえず不健康な美。
今まで見たことがなかったので、興味をそそられる作家です。
脳内チェックリストに入れておきます。



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  1. 2010/12/20(月) 21:46:00|
  2. 展覧会・美術館
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「大正イマジュリィの世界」展@渋谷区立松涛美術館 その1


「大正イマジュリィの世界」展@渋谷区立松涛美術館 

渋谷区立松涛美術館は、個性的な建築としても有名でいずれ行って見たいと思っていました。

建築設計は白井晟一

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おお。確かにインパクトがありますね。


入館料がなんと300円。

「へ?300円ですか?1300円?」
「300円です」

安いっ!び、びっくりしました。
定価で1500円が相場のビックネームの展覧会ばっかり続いていたので、安いというだけで評価がワンランクアップ。
貧乏人には有難いです。



澁谷の高級住宅街にあるこの美術館は、1980年築。景観への配慮か、地下へ掘り下げらています。
円形の回廊になった建物の真ん中に池と噴水、そしてそのまま吹き抜け構造にしてあって、開放感がありました。

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地下一階には橋が渡されいてユニークなんですが、残念ながら出られない模様。




建物は築30年。どこか改装工事をしていたみたいで、この大正イマジュリィの世界展は、新装開店記念展ということで、数も構成も、力の入ったものでした。

「イマジュリイ」とは、イメージ図像を意味するフランス語ですが、装丁、挿絵、ポスター、絵葉書、広告、漫画など大衆的な複製としての印刷・版画の総称です。
 ポピューラー・カルチャーの旗手として広く浸透し、モダニズムをめざしながらそれでいて叙情的な感性をみせた、大正の新しいイマジュリィのデザインやイラストレーションに注目します。  竹久夢二、杉浦非水、小林かいち、橋口五葉、高畠華宵、富本憲吉など独創的な発想で絶大な人気を博した美術家たち、知られざる奇想の美術家たちの約300点の作品を展示します。」



300点ってすいません舐めてました。
かなりの物量でございます。

第一部大正イマジュリイの13人

こちらでは、特に活躍の著しかった13人がピックアップされています。

藤島武二

「1867年10月15日(慶応3年9月18日) - 1943年(昭和18年)3月19日)は明治末から昭和期にかけて活躍した洋画家である」

洋画家としての印象が強かったんですが、この時代の人は結構装丁などやっておられるんですね。
与謝野晶子の書籍なども手がけています。

「与謝野晶子 青海波」

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洋画家らしい・・・潔い線が強くてカッコいい。


杉浦非水


「1876年5月15日 - 1965年8月18日 日本のグラフィックデザインの黎明期より活動し、商業美術の先駆けであり現代日本のグラフィックデザインの礎を築いた人物の一人として重要である。」

三越のデザイナーとして、広告の一時代を作った非水。アールヌーボーから分離派へ軸足は移していったのですが、その本質は描写の人ではなかったかと思います。

こちらには出ていませんでしたが、花や草のボタニカルっぽい絵が凄まじく上手い方です。


「杉浦翠子 みどりの眉」

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樋口五葉

「1880年(明治13年)12月21日 - 1921年(大正10年)2月24日)は明治末から大正期にかけて文学書の装幀作家、浮世絵研究者として活躍したが、最晩年、新版画作家として新境地を開こうとした矢先に急死した。アール・ヌーヴォー調の装幀本、現代の歌麿と形容された美人画を残している。」

夏目漱石の装丁で有名になりました。

「夏目漱石 吾輩ハ猫デアル」

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こちらは復刻の本の写真なので綺麗ですが、展示は当時の本です。
金の箔押しと朱の猫の図がインパクトがあり、綺麗ですね。

本や雑誌の展示が多数でした。

坂本繁二郎

「1882年3月2日 - 1969年7月14日)は、明治後期~昭和期の洋画家である。」

ほうほう。名だたる洋画家の名前が続きます。
自作の画集と挿絵が9点ほど展示してありました。

画家の描く挿絵はスケッチ的でもあって、デザイン的に消化しようという感じではないので、ちょっとラインからはずれてるかな?と思いましたが色んな作家がデザインに関わっていたのだとよく解ります。

竹久夢二

「明治17年(1884年)9月16日 - 昭和9年(1934年)9月1日)は日本の画家・詩人。数多くの美人画を残しており、その作品は「夢二式美人」と呼ばれ、大正浪漫を代表する画家である。また、児童雑誌や詩文の挿絵も描いた。文筆の分野でも、詩、歌謡、童話など創作しており、なかでも、詩『宵待草』には曲が付けられて大衆歌として受け、全国的な愛唱曲となった。また、多くの書籍の装幀、広告宣伝物、日用雑貨のほか、浴衣などのデザインも手がけており、日本の近代グラフィック・デザインの草分けのひとりともいえる。」


説明には及ばない大正浪漫のビッグネーム。

今回の展示には、音楽関係(楽譜の表紙など)が多かったです。

「竹久夢二 汝が碧き眼を開け/セノオ楽譜」

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ですが、個人的には夢二はダメ。
合いません。
デッサンの狂ったにゅるにゅるした体が、どうしても受け付けられないです。

良い絵(デッサンの狂いを補って余りある魅力がある)があることも確かですが、どうにもあの甘さが苦手です。

ですが、たくさん売っていたグッズはとても可愛らしかったです。

写真


これでまだ、13人紹介できてないんですが(-_-;)
調べていくと色々面白いんで長くなっちゃうんですね。


会期が2011年1月23日まで、本と装丁と大正浪漫が大好きな方はすぐにGO!


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  1. 2010/12/18(土) 11:50:14|
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ゆうきまさみ開業30周年記念企画展 parco museum shop by monozoku

ゆうきまさみ開業30周年記念企画展 parco museum shop by monozoku


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パルコ前の謎のオブジェ。行列ができていました。




こんな日が来るとは思わなかった・・・・・・
ゆうきまさみ先生の生原稿を、見ることができるなんて・・・・・


最初にはまったのがパトレイバーで、今の延長線上の未来像のリアルな手応えと、愛すべきキャラクター達に「この人すごい」とゆうきまさみ先生に永遠の愛を誓ったのでした。>いらんかもだが

あ~るを愛読、じゃじゃ馬で競馬の世界を知りバーディーをコツコツと追っかけているわけですが、オタク的ファンというほどではございません。
原画展を見に行くなんて思いつかなかったのですね・・・・。


ところが。
ツイッターにゆうき先生がいらしてですね、日々つぶやいていらっさるのですよ。
その先生が「原画展します」などとおっさるのですよ。



もう、ほとんど涙目になってこれは行かねばなるまい!と思いつく五十路前のおばさん。
19日には『四半世紀ぶり』となるサイン会も行われるとかっ!


さすがにサイン会に並ぶ勇気はございませんでしたが、原画展に行って来ました。



12月の澁谷パルコって、おしゃれな街のおしゃれな洋服売り場の奥に、そこだけ濃い空気のただよう場所がありましたー。

恐る恐る近寄ると、狭い会場に兄ちゃんおっさんがみっしり。
いや、私もおばさんだが。


懐かしい原画とともに、30年を祝う著名漫画家様達の応援カットが素晴らしかった。

高橋留美子さんやあだち充さんはもちろんだけど、荒川弘さんがお祝いを寄せいてて、その上手さに惚れ直す。





アルフォンス、って関係ありですよね!?

(イングラムの超絶模写の端っこに、アルのイラストが。アルの胸に菊の代紋が描かれていて、もう荒川先生、素敵すぎると悶絶してしまいました)



ゆうきまさみ先生。
ずっとお元気でこれからもまんが描いてください!

(単なる告白日記になってしもうた・・・。。)



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  1. 2010/12/17(金) 09:13:06|
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日本民藝館展

日本民藝館は、駒場東大前駅から歩いて8分ほどの場所にあります。
心なしか、一緒に降りる若人(わこうど)達が賢そうに見える~・・・・と思いつつ下車。
東京大学博物館で何かやってたら、ついでに見ようとおもっていたのに、閉館中でした。
残念。

閑静な住宅街のなかに、ある建物は重厚でとても趣があります。

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太い柱や磨きこんだ床は、それだけでもううっとりするような美しさ。
HPに写真が載ってますので、興味のある方はご覧になってくださいね。



民藝運動というのは、柳宗悦が中心になって1920年代から、当時省みられることのなかった生活用品に光を当て再評価を試みた運動です。

現在でも、その活動は日本民藝館などを中心に行われているんです。

HPより引用

《日本民藝館の仕事
民藝館の使命は美の標準の提示にある。その価値基準は「健康の美」「正常の美」にある。美の理念として之を超えるものはない。かかる一貫した美の目標の下に個々の品物を又全体を整理することは極めて重要な仕事と思はれる。云ふまでもなく,かかる標準を最初から理論で組み立てるべきではなく,深く直観に根差すべきなのはもとよりである。ここで民俗博物館との差異が起る。後者は直観に基く美的価値を中心とする美術館ではない。民藝館は単なる陳列場ではない。

従つて列べ方も事情の許す限り物の美しさを活かすやうに意を注いである。品物は置き方や,列べる棚や,背景の色合や,光線の取り方によつて少からぬ影響を受ける。陳列はそれ自身一つの技藝であり創作であつて,出来得るなら民藝館全体が一つの作物となるやうに育てたいと思ふ。とかく美術館は冷たい静止的な陳列場に陥り易いのであるから,もつと親しく温い場所にしたいといつも念じてゐる。 初代館長柳宗悦「日本民藝館案内」より。》


この理念に従って、毎年公募、展示会をしているのが「日本民藝館展-新作工芸公募展」です。

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今年友人が二人見事入選されました~(*^_^*)
12日に早速見に行ってきたのですが、一人はマフラーやストール、もう一人は着尺(着物の生地)でした。はああ・・・贅沢やねえ(*^_^*)


この展覧会は、他の公募展と違って値札がついてて全て販売しているのです。毎年楽しみにしていて、お買い求めになる方が多いらしく、私が行ったのは二日目の朝だったんですが、随分売約済みになっていました。



展覧会に出す、というのはその作家のベストの作品ということですよね。
そういった作品が、問屋やお店などのマージンなしで(もちろん販売手数料で民芸館に何割か払うそうですが)手に入るんです。お客さんも、作家にも有難いシステムです。

ガラスや陶器などが人気でしたね。



友人のもすでに売約済み、流石です。私もなんだかとても嬉しかったです。

この展覧会は12月23日まで、お近くの方はよかったら見てあげてくださいね~。


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  1. 2010/12/14(火) 21:39:58|
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谷内六郎<週刊新潮 表紙絵>展 1973/別館@横須賀美術館

♪赤とんぼのメロディ~

「週間新潮はただいま発売中です」



・・・・・・・・・・・・・このCM、解る人いますか?
懐かしいですね~、この音楽と少女の声を聞くと「ああ、日曜日が終わっちゃった・・・」と物悲しい気分になったものです。


折角なので当時の気分を味わいたいと思い、探してみたら別バージョンがありました。

♪チャッチャラチャラチャチャ~ン

これだけ明るく楽しいと、来る月曜日も頑張れそうですね。



いや、日曜日の夜の憂鬱を語りたかった訳ではなく、横須賀美術館別館にあたる谷内六郎館を説明したかったのでした。

1921年12月2日生 - 1981年1月23日59歳で没。
もっとも良く知られている仕事は、週刊新潮の表紙絵でしょう。
創刊号の1956年からおそらく亡くなる直前まで、ずっと担当されていて膨大な枚数を描かれたのではないかと思います。

海に向かって突き出した一角に、会場は設けられています。
*著作権が切れてないので画像は自粛(^_^;)

1973年。不肖ワタクシ、12歳のみぎりでございます。


子どもの頃は見慣れていたので当時は視界に入ってなかったですが、久方振りに見てみるとなんと懐かしい事。
当時(昭和30年代)ですら、谷内六郎の描く世界は一昔前か、田舎のイメージがあったんですが、新鮮な気持ちで見ることができました。

絵の一つ一つに丁寧に解説を書いてらしたのですね。
何時までも子どもの世界を忘れずにいる大人の、驚きやときめきや悲しみが丁寧に掬い取られていて、良い文章でした。



こちらの会場は、なぜか二部屋に分かれていて、移動する途中にまた海が見えます。

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もう一つの部屋は天井が高く、ほぼ真四角の小部屋。


いや、これ、別に分かれてなくてもよかったんじゃないでしょうか?
と、いうのは、展示監視員が、この小部屋ともう一つの大きい会場の二つを管理してるようで、場所が離れていてめんどくさそうだし、寒い時に外を通って移動するのは・・・・

多分、景観を考えて(この渡り廊下スペースはガラスで区切られている)山の方から海がよく見えるようにしてあるんだけれども、小部屋は狭いし圧迫感がありました。

谷内六郎館から別なスペースとして、一般人のギャラリーなどに利用できるならとも角、流れも切れてしまうし余り意味がないかな?と感じました。



和やか~な気持ちで拝見したのですが、遺族と係争があるらしいと伺いました。

うぬうぬ。何事だ・・・・・

WEBニュース

うわあ・・・・・・・・・


市長の言い分は・・・・



対する遺族側は・・・・




コメントは差し控えますが横須賀美術館、しょっぱなからこれって、大丈夫かしら?





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  1. 2010/12/13(月) 08:42:21|
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ラファエル前派からウィリアム・モリスへ」展@横須賀美術館 最後

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 

「南の国のマリアナ」 1897年


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この、マリアナという画題は、詩人のキーツの詩からで一時期流行したようです。
容色が衰えた自分を鏡に写して嘆いているシーンということですが、そんな気に病むことないでーと慰めてあげたい。

「フローラ」1890年
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イーブリン・ド・モーガン

「フローラ」1894年 油彩

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同じフローラという題で、両方とも綺麗でした。

恐らく、ボッチチェリの「春」から影響されているんでしょうね。

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真ん中が愛の女神ビーナス、その隣の服を着て前に一歩踏み出しているのが花の女神フローラです。

そしてもう一枚綺麗な絵を。

挿絵画家として有名な
ウォルター・クレイン

「平和の天使」1900年 油彩

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この方は三大挿絵画家とも言われていて、子どものための本をたくさん出したんですよね。
日本でも、出版されてます。

41G5H4SM.jpg


可愛い絵本です(^^♪

そして本繋がりで・・・・


ウイリアム・モリスはアーツアンドクラフトで有名なアーティストですが、その活動が書籍にまで及んでいるとは寡聞にして 知りませんでした。



「世界の果ての泉」 1896

05.jpg


文:ウイリアム・モリス
挿絵:バーン=ジョーンズ
印刷:ケルムスコット・プレス



ぐおおお。
本は手にとって触りたい~。
めくってみたい~匂いを嗅ぎたい~・・・・

ビブリオマニアでも書痴でもありませんが、本には多少思い入れがあります。


モリスは、社会主義者でもありアートやクラフトなど良質なものを、安価に一般大衆に届けることを目標にしていました。
(壁紙のデザインや、ステンドグラスの下絵や出来上がったカーペットなど、クラフトの作品も展示してありました。あの緻密なパターンの壁紙やファブリックは、一度みたら忘れません。)


しかし、本まで!
自分の納得の行く本作りを追求するため、私家版の出版社を立ち上げた訳ですね。

その活動は、福岡大学図書館のHPに詳しく書いてありました。



(これ読んでから見に行ったら、見方が変わっていたのに、残念です。)


社会主義者を自認するモリスも、やぱり芸術家なんですよ。
自分の納得の行く本を作ったら、一般庶民など到底手の届かない価格になっちゃったという、笑えない話でもありますが、出来上がった時には本人が一番嬉しかったろうと思います。

いつも思うんですけど、本って言うのは装丁からして芸術なんですから、透明なアクリル板を使って本を開く仕組みを作り、下に鏡を置いて本の表紙、裏表紙まで見せて下さい!!!

この間の藝大美術館でも、黙示録の表紙を見ようとあーだこーだ覗き込んでいたんですけど見えない!!ケチ!!!!!ケチケチ!!


ふうふう。少し血圧があがってしまいました(-_-;)

もし、美術館関係者がこちらをお読み下さっていたら、ご検討を宜しくお願いします。m(__)m



ウィリアム・モリスで〆といたしますが、全体的な印象としてはですね。
もうちょっと、鑑賞のための情報が欲しい感じでしたね。


あらかじめ勉強してから足を運ぶべきだったと反省点の残る鑑賞でした。





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  1. 2010/12/11(土) 20:06:31|
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プロフィール

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Author:kumakiti
ろうけつ染めで制作したり、絵を見たり建築を見たり。五十路を前に元々弱かった記憶力がおぼつかなくなってきたので、忘備録として。
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