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  淫魔の実 作者:樹氷霧氷
第24回 露見

     24

 朝食が済むと、真由那と駿平は実験栽培棟に連れていかれた。ガラス張りの実験用の農場施設がいくつも並んでいる。小さな区画に分けられたその中で、様々な植物が栽培されていた。
 山浦家から持ちだされた「頻尿予防の樹」も、鉢から実験施設の土壌に移植されていた。
 昨日ここに連れてこられてから、真由那と駿平はそれぞれ独房に入れられた。食事はきちんと与えられていて、特に危害を加えられることはなかった。
 しかし、嘘がばれたらとおもうと、真由那の気持ちは重かった。
「中に入って」
 相田美紀という女研究員が中に招き入れた。男たちとやってきたあの女だ。白衣を着ているせいで、いかにも頭のいい研究者に見える。荒くれ者を引き連れていた昨日の姿が信じられないくらいだった。
 目つきの鋭い男たちはいなかった。その代わり、20代の男の研究員が一緒にいた。首からぶら下げた名札には松本と記されている。
 ラボの中に入ると、蒸し暑かった。
「ラボの中はコンピューター制御で様々な環境にできるの。いまは、梅雨明け間近の日吉村と同じ気候にしてあるわ。昼夜の気温差も忠実に再現できているはずよ」
 相田美紀は説明した。
「すげぇ」
 駿平が感心したような声を出した。
「いつでも実をつけられる環境にあると思うわ。さあ、何をしたらいいか、教えてちょうだい」
 相田美紀は訊いた。
「――ひと晩オリーブオイルに漬け込んだレーズンと米のとぎ汁を肥料としてこの樹の根元に撒くんです」
 独房の中で考えた嘘の栽培方法を告げた。
「なるほど。それで、この樹に緑の実がなるわけね」
 相田美紀は何の疑いも持たなかったようだ。
「この気候なら1週間ぐらいで白い花が咲いて、しばらくしたら実をつけはじめると思います……でも、人工的に作られた環境だから、それで実ができるのかわかりませんけど――」
「それは、こっちでうまく調整するわ。――少し季節を戻した方がいいかもしれないわね」
 と、相田美紀は傍らにいる松本に指示した。
「あの、わたしたちはいつになったら帰してもらえるんですか?」
「この樹に実ができたら帰れるとおもうわ」
「そうですか……」
 真由那は俯いた。
 目の前にある樹は、彼女たちが探していたオシラポスの樹ではない。実がなったとしても、それはオシラポスの実とは全く違うものだ。
(いつまでこの嘘をつきとおすことができるだろうか)
 この先のことを思うと、不安に押しつぶされそうになった。

     ☆

 夜8時になろうかというとき、所長室のドアが勢いよく開いて、男たちが入ってきた。
 デスクワークをしていた所長の田辺は顔をあげた。
 入ってきたのは茅野と谷村である。
 2人に両脇を抱えられるようにして、男がもう一人いた。
「いきなり何だ!」
 田辺は叱りつけた。
「ようやく尻尾を掴んだものでね」
 茅野と谷村は、抱えていた30歳ぐらいの男を床に転がした。
「いててっ!」
 茅野と谷村に多少殴られたのか、呻きながらお腹を押さえた。
「何者だ、こいつは?」
 細面のその男に視線を投げつけながら茅野に訊いた。
「セックス特区内で例の緑の実を売っていた男です」
「なに!」
 田辺はチェアーから立ち上がった。
「ソープ街のDエリアで妙なドラッグを売っている奴がいるという噂を耳にしたので、谷村と張っていたんです」
「ブツは?」
「これです」
 谷村が一個の実を差し出した。濃緑で、何かの果実を乾燥させたもののようだった。
「これは何の効果があるんだ?」
 田辺は男に訊いた。
「それを食うと、いつもよりも精液がいっぱい出るんだ」
「大量射精という意味か?」
「まあ、そんなところだ」
「どうやって、これを手に入れた?」
「それは……あるところから送られてくる……」
 男は言葉を濁した。
「入手先を白状しないのなら、セックス特区警察に突きだすまでだ。特区内では、許認可された者しかドラッグ類を販売できないことは知っているだろう」
「それだけは勘弁してくれ。ブツが欲しければ、定期的に渡してやるからさ」
「お前とそんな取引を行うつもりはない。おい、セックス特区のIDカードを探せ」
 田辺は茅野に命じた。
 セックス特区は日本人のための場所である。特に歓楽街への出入りは制限されている。日本人でも身分証明のIDカードがなければ入場できないシステムだ。
 谷村が男を羽交い絞めにした。
 茅野がブルゾンの内ポケットをまさぐった。
「おい、やめろ」
 男は、もがいた。
「ありました」
 茅野が見つけたIDカードを差し出した。
 富丘範久、31歳とある。顔写真と実物は一致している。
 田辺はチェアに腰掛けて、目の前の端末を操作した。所長のアクセス権限で、セックス特区入場許可者のデータベースにアクセスした。
 検索画面が現れたので、IDカードに記された登録番号を入力する。
 媚薬の治験を行う場合、セックス特区内で集められた被験者の身元確認が必要だった。所長の田辺は研究グループから治験申請が出されるたびに、入場許可者のデータベースにアクセスしていた。だから、身元確認の作業など朝飯前なのである。
 富丘の身元が割れた。
 本籍地は、あの日吉村になっていた。
「ほう、日吉村出身のようだな。すると、こいつは山浦家が扱っているブツというわけだ」
 田辺は手にしていた実をかざした。
「えっ、何でそんなことを知っているんだ?」
 富丘は目を丸くした。
「山浦家から樹を持ってきたんでな」
「本当か? 村の人間だってどの樹か教えられていないっていうのに――」
 俄かには信じられないという表情を富丘はした。
「ムショ暮らしの土産に見せてやろう。連れて来い」
 茅野たちにしっかりとガードさせて、富丘を実験棟に連れていった。
「あれが、緑の実の樹だ」
 と、田辺はラボの前で足を止めた。
 富丘はガラスドアにへばりつくようにしながら、中にある樹を眺めた。
「日吉村と同じ気候環境に設定してある。お前なんぞと取引しなくても、これからいくらでも収穫できる」
 田辺は胸を張った。
「くくく――」
 富丘は笑いだした。
「何が可笑しい?」
「あれがオシラポスの樹だって? ははは」
「オ、オシラポス?――」
「ああ、おれたちはそう呼んでいる」
「あの樹は違うというのか?」
 田辺は訊いた。
「そうだ。あれは『頻尿予防の樹』と言って、トイレが近くなった村の年寄りが、あの葉を煎じて飲んでいるのさ。おれの爺さんもよく煎じていた。ははは――」
 富丘は目に涙を浮かべながら笑いつづけた。
「警察に突きだされるのが困るから、口から出まかせを言っているんだろう?」
「だったら、今すぐにでも日吉村の人間に聞けばいいさ。あれが何の樹か教えてくれる。みんなが『頻尿予防の樹』だって言うはずだ」
「嘘をつくな! 山浦家から持ってきたんだぞ。そして、山浦家の人間に栽培方法も教えてもらっている」
「山浦家の人間? だれなんだ、そいつは?」
「真由那と駿平という姉弟だ」
「ああ。あんなガキじゃわからないだろう。オシラポスの実を仕切っているのは源蔵っていうじいさんなんだから」
(クソォ。あの小娘たちに一杯食わされた)
 田辺は地団駄を踏んだ。
 だが、オシラポスの実という大量射精できる実が存在することは確認できた。おまけに、姉弟という人質がいる。2人を使って源蔵というジジィを脅せば、オシラポスの実のなる樹が手に入るのはまちがいない。
 田辺は瞬時にそう計算した。
「よし、源蔵というジジィを連れて来い」
 茅野と谷村に命じた。
「そう、慌てることはないさ。源蔵じいさんなら、明日にでもセックス特区に来るって話だ。それで――」
 と、富丘が取引しようと、話を持ちかけてきたのだった。

   つづく
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