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この作品の主人公は最強です。
東方のキャラ達から親愛や敬意を抱かれたり、警戒と畏怖を向けられたり、好敵手として認められたりします。
なんかたまにいいこと語ったりして、『大した奴だ……』とか『やはり天才』と評価を上げられたりします。
でも大抵は好きな漫画やアニメからあやかっているだけなので、本当に凄いのはそれらの作品の偉大な先人達だったりします。
其の一「博麗の巫女」
 例えば、自分が漫画的やアニメ的とも言える非常識な幻想の世界へと転生したとしよう――。

 現実ならばともかく、創作の世界においてそういった展開は割りとありふれたものだ。
 異世界トリップ、あるいは転生物とでも類されるのか。
 ネット小説の普及した昨今、一次創作や二次創作で扱われてきた大御所のジャンルだ。

 自分の生きてきた世界の常識の通じない異世界に降り立った、様々な性格や性質の主人公達。
 彼らあるいは彼女達がどうやってその世界で生きていくのか――その方向性がストーリーの基盤となるのだ。
 ある者はその世界にはない現代の知識を活かして栄光や安寧を掴まんとし、『転生トラック』や『神様』といった存在から得た何らかの付加技能を持つ者はその能力を以って新たな人生を歩んでいく。
 そこが二次創作の世界の中ならば、本来の物語に介入し、かつて画面越しに見ていた二次元のキャラクター達と関わり合うのも面白いかもしれない。
 あるいは、知識として知る物語の危険性を考慮してひっそりと暮らすことを望む場合もあるだろう。
 何をするのも自由だ。
 例え異世界であっても、それは自分の人生の土台でしかないのだから。

 さて、そんな『異世界トリップ転生』というジャンルの主人公として、ここに一人の元・彼あるいは彼女がいる。
 転生した先は『東方プロジェクト』――妖怪が跋扈し、神が君臨し、魔法や霊能力が弾幕となって飛び交う超常的な世界である。
 物理法則などの常識的かつ現実的な限界など存在しない創作の世界に降り立った彼あるいは彼女。

 君は現代知識を使った内政チートをしてもいいし、二次創作のキャラ達相手にハーレム展開などを望んで関わってもいい。原作設定では大物だったボスキャラ相手に能力を使った俺TUEEEも面白いだろう。
 現実では妄想にすぎなかったあらゆることが、創作の世界では可能なのだ。

 さて、では『何』を――?


「漫画の中でしか出来ない無茶苦茶な修行とかマジ憧れてました」


 一日三十時間の鍛錬と感謝の正拳突き一万回ですね、分かります。







 いつものように魔理沙が博麗神社の境内に降り立ち、この気だるい朝の時間帯には縁側でダラダラしているだけだろう霊夢の元へ向かうと、そこにはいつもと違う光景が広がっていた。
 一日の始まりなど苦痛でしかないとばかりにだるそうな様子で庭を眺めるいつもの霊夢はそこにはいなかった。

「雨が降るぜ」
「今日は一日快晴よ」

 縁側の雑巾がけをしていた霊夢は、半ば呆然とした魔理沙の呟きに憮然と返した。

「だからこそ異変だぜ。
 おい、霊夢。何か悪い物でも食ったのか?」
「巫女が神社の掃除をしてたらおかしいわけ?」
「お前が朝から生真面目に働いてるのがおかしいんだよ」

 友人と自称し、腐れ縁と他称される霊夢とのやりとりで本調子を取り戻した魔理沙は普段どおりの悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「今日は一体何があるんだ? 特別な事が起こるんだろう。じゃなきゃ、お前が朝からこんな気合い入れるわけないもんな」
「別に気合いなんて入れてないわよ。普通でしょ」
「普段はそのまま空にふわふわ浮いてくか、水みたいに地面に広がりそうな力の抜き具合してるくせに何言ってんだ」
「そこまで言うか」

 半目で睨みつける霊夢だったが、そこからは怒気など感じられないし迫力もない。
 魔理沙の知る限り、この博麗霊夢は良く言えばマイペース、悪く言えば無気力な少女だった。
 小言やぼやきは漏らしても、怒りや苛立ちなどといった激しい感情とは無縁に感じるのだ。
 もっとも、そんな平坦な心のまま苛烈な攻撃行動を取ることが、また別の意味で他の人間以上に恐怖を感じることもあるのだが。
 そんな霊夢が自主的に何かを為そうということ自体が魔理沙にとって驚きであり、新鮮であった。

「それで、ひょっとして今日は誰か客が来るのか?」
「あー……まぁ、ね」

 家の掃除をしてた理由に対してあたりをつけた魔理沙に対して、霊夢は言葉を濁した。
 これもまた珍しいことだった。しかも、目を逸らしてどこか恥ずかしげな表情すら浮かべる姿など今まで一度も見たことがない。
 魔理沙の好奇心は俄然刺激された。

「誰が来るんだ?」
「あー」
「私の知ってる奴か?」
「んー」
「誤魔化しても無駄だぜ。わたしの今日の予定はたった今決まったからな」
「……会ってくわけ?」
「お前の親友ってことで紹介してくれ」

 面白半分からかい半分の笑顔を浮かべる魔理沙に対して、霊夢は諦めたようにため息を吐いた。

「来るのは先代の博麗の巫女よ」
「おおっ、お前より前にここに住んでた人か! まだ生きてたんだな、てっきり死んで代替わりしたのか思ってたぜ」
「殺しても死なないと思うわよ」
「はぁ、霊夢がそう言うんなら相当強いんだろうな」
「博麗の秘術以上に純粋な武術に優れた人でね。今は人里で医療所を開いてるわ。ツボ治療とか整骨とか」
「なるほどー。しかし、お前に先代を敬う心があるとは驚きだぜ」

 普段、境内の掃除をだるそうにこなしている姿くらいでしか巫女としての責務を見出せなかった魔理沙は笑いながら言った。
 それに対して、霊夢は気を悪くした風もなく、雑巾を絞る。


「そりゃ、母親くらい普通に敬うでしょうよ」
「…………は?」


 魔理沙は霊夢と知り合って以来最大の衝撃を受けた。







 ――話をしよう。

 このような切り出しのネタから察してくれたと思うが、私はごくありふれた『異世界トリップ転生』を経験した女だ。
 名前は語らない。
 かつては『博麗■■■(なにがし)』と呼ばれていたが、博麗の巫女を今の代に継承して以来、その名前は『今の博麗』である霊夢の物だ。
 引退した今は『先代巫女』や『先代様』などと呼ばれている。
 生前の名前は覚えていない。
 転生とは言うが、生前の記憶に関してはかなり偏りがあるようなのだ。
 この幻想郷には不相応な現代知識から、自分が『転生した人間』という自覚はあるが、具体的な前世の記憶というものは酷く曖昧だった。
 前世の自分がどういう人格を持った人間で、どういう立場にいたのか? どのくらい生きて、どうやって死んだのか?
 ――何も、覚えていない。
 それどころか、今は女の身ではあるが生前の性別さえ定かではないのだ。
 自分の思考が男性的とも女性的とも言えない曖昧なものだと周囲と照らし合わせる限り自覚しているし、今のところどちらに対しても性的衝動を抱いたことがない。
 そんな風に生きていたら、いつの間にか『巫女』などという神聖な地位に納まってしまったのだから人生とは面白いものだ。
 だが、まあそんな特殊な立場にあっても私は別に不便を感じたことはない。
 生前の自分などに興味はないし、かつて自分がどう生きていたかなど、今を生きている私にとってはどうでもいい『他人の話』だ。
 転生とは、存外そんなものだろう。
 しかし、『生前の人生の知識』が影響を及ぼさなくとも『生前の世界の知識』というものは今の私を形作るのに大きな影響を与えていた。

 まず私は、今住んでいるこの世界が『東方プロジェクト』と呼ばれる創作物の中であることを知っている。

 この作品はシューティングゲームが原作でありながら、二次創作が盛んであり、幅広いジャンルへと伸びていったことで有名だった。
 かくいう私も生前はその二次創作から東方を知った口であり、肝心の原作はシューティングが苦手なこともあって手をつけたことは無い。俗に言う『実は東方やったことないんですよね(笑)』な人間だったようだ。
 ファンであるのは間違いない。東方の独特の世界観やキャラは大好きだ。
 原作に対する知識やこだわりはちょっとしたものであると自負できる。
 とはいえ、私が実際に生きて暮らしている以上、この世界は現実のものであり筋書きの存在する物語の中ではない。
 原作がシューティングゲームだからといって、十字キーとボタンで人間が動き、倒されても残機が存在するワケではないのだ。原作の知識が云々など些細な問題だろう。
 むしろ、私にとって重要なのはこの世界が『妖怪や神の存在する超常的な世界』だという点だ。
 この世界のことを理解した時、私は歓喜した。
 生前の自分がどんな人間だったかは分からない。ただ、生前の知識が私にある強い欲求をもたらしていたのだ。



 ――修行したい。バカみたいな修行に挑戦してみたい。



 ただそれだけの純粋な欲求だった。
 そう考えた私に超人願望があったことは否定できないが、それ以上に強くなる過程が重要だった。
 バトル物の漫画の中で描かれていた数々の無茶な修行過程。

 ―― 一日三十時間という矛盾を孕んだ鍛錬を続ける。

 ―― 一万回の正拳突きと感謝の祈りを繰り返して最終的には一時間以内で終わらせるようにする。

 ――全身に体重より重いオモリをつけて生活する。

 ――特殊な呼吸法を会得する為に十分間息を吸い続けて、その後十分間吐き続ける。

 その他、創作であるが故にインパクト重視や気をてらった修行法ばかりエトセトラエトセトラ。
 現実にやれば無駄どころの話ではない。強くなるどころか死ぬだけの修行すら当たり前だ。
 そんな結果さえ伴わない無茶苦茶な修行――しかし、ここは現実ではなく幻想の存在する超現実である。
 私は、試してみたくて仕方がなかった。
 『努力すれば報われる』という陳腐な理論を極限まで突き詰めてみたかったのだ。
 別段目的があったわけでもなく――将来起こる原作ストーリー上の異変への介入や強力な妖怪と戦って俺TUEEEしたいなど――極論すれば『それ東方でやる必要ないですよね』というくらい単純に私は修行を始めた。
 もちろん、苦痛と後悔を伴う内容であったことは言うまでもない。
 辛く、苦しく、何度途中で辞めようと思ったか知れない。
 しかし、私はやめなかった。
 何故なら始める前から『だって修行ってそういうものじゃん』という、割とどうしようもない開き直り方をしていたからだった。
 私は修行を続けた。
 死の間際で目覚める力が云々という理屈など珍しくない修行ばかりなので、死んでもいいやくらいの気持ちで続けた。
 自分でも狂っていると思うが、そもそもそんな理屈でやめるくらいなら最初から挑戦しない。
 その過程で、様々な相手との様々な戦いを繰り広げ、それに勝利し、出会い、別れ、それでも終わることなく――まあ、目的があって修行しているわけじゃないから当然なのだが――自らを鍛え続けた。
 鍛え続け、戦い続け、そして生き続けた結果……。



 私はいつの間にか、幻想郷を管理する『博麗の巫女』の中でも歴代最強の巫女として人間と妖怪から一目置かれる存在となっていた。



 ……いやぁ、人生って本当に面白いもんですね。
 もちろん、まだまだ修行続けるけどね。







「歴代最強かぁ……どうにも信じられないぜ」

 ショックから立ち直った魔理沙は、布団を干す霊夢の背中を眺めながら、彼女自身から受けた先代巫女の説明を反芻していた。

「それってつまり、霊夢より強いってことだろ?」
「巫女の修行つけてもらってたけど、結局一回も勝てなかったからね」
「信じられないことだらけだぜ……」

 霊夢はあっけらかんと答えるが、彼女の強さを十分に理解している魔理沙はその事実が信じられなかった。
 魔法使いとして自分がまだまだ未熟であることを自覚しているが、そんな実力差に関係なく、この博麗霊夢という少女の天性の力は圧倒的に感じる。
 雲のように何ものにも捉われない彼女が地に伏す姿など想像できない。
 ついでに言えば、そんな霊夢が人の子であるという現実もまた信じられなかった。

「なんだか、今日は驚きの連続だぜ。長い付き合いとは言わないが、霊夢に母親がいたなんて初耳だ」
「血は繋がってないけどね。木の股から生まれてきたとでも思ってたわけ?」
「お前から真っ当な出生を想像することなんて無理があるぜ」
「よし、そこになおれ」
「冗談だ。でも、本当に意外だったんだよ」

 ギロリと睨みつける霊夢に対して魔理沙は肩をすくめる。

「だって、お前身内のことなんて全然話さないじゃないか。天涯孤独って顔して、一人でこの神社に住んでるからさ」
「天涯孤独だなんて一度も言ったことないでしょ」
「でも、育ての親がいたってこと隠してただろ?」
「隠してないわよ。言ってないだけ」
「言えよ。一月に一回、人里から様子を見に来るって結構な頻度じゃないか。
 わたしとお前が知り合ってまだそれほど経ってないけど、それでも一回も会わないなんておかしいぜ」
「タイミングが悪かっただけでしょ。別に『この日は来るな』とか言ってもいないし」
「そうか? いや、しかし……うん? 待てよ」

 特に変わった様子も無く平然と受け答えをする霊夢に対して、憮然とし始めた魔理沙だったが、ふと思い出した。
 そして、確信を持って意地の悪い笑みを浮かべる。

「思い出したぜ。お前が今日みたいに二枚の布団を干していた日があったことをな!」
「……それが、なんなのよ」
「その日、自分の物以外の布団を干す理由尋ねた私にお前は『かび臭くなるから』って答えた。その日、おふくろさんが来るのを隠したんだろう?」
「だったら何だっつーのよ」
「いや、母親が泊まりに来るのをわたしに知られるのが恥ずかしかったという理由だったら面白いなーと」
「ぐ……っ」

 霊夢は不覚にも小さく呻いた。図星である。
 大した反応を期待していなかった魔理沙は、発見した親友の意外な一面に俄然色めき立った。

「ふふん、これで新しい話のタネが手に入ったぜ」
「からかいの、でしょ。あーもう、だからあんたには話したくなかったのよ」
「つれないこと言うなよ。こうなったら、今日はきっちりご両親に挨拶させてもらうぜ」
「好きにすれば……」

 霊夢はもはやなげやりに答えた。

「ところで、お前のおふくろさんってどういう人なんだ?」

 妙に嬉しそうな笑顔で魔理沙が尋ねる。
 霊夢という少女を知るが故に、彼女にここまで情を抱かせる相手がどういう人物なのか純粋に気になるのだった。

「会えば分かると思うけど?」
「はぐらかすなよ。かーちゃんにお前が寂しがってたって言っちゃうぞ」
「あーもー、メンドクサイ。もうすぐ本人に会えるわよ」

 霊夢は説明を放棄した。
 面倒だというのもある。しかし、それ以前に言葉のままの理由だった。
 会った方が早いし、きっと言葉では足りない――あの人は、そんな独特の雰囲気を持つ女性だった。
 それにいつも通りなら、そろそろ神社にやって来る時間なのだ。
 霊夢はゆっくりと歩き出した。自然とついてくる背後の魔理沙に顔を見られぬよう気をつける。
 目ざとい彼女は自分の心境の変化に勘付くかもしれない。
 嬉しくて浮かれているなどという、ほんの僅かに高揚する今の気持ちを。
 境内に出れば、ほら『期待した』通り、あの人がいる。
 こっちを見て、いつものように優しく微笑を浮かべる。
 そして、静かに名前を呼ぶ。

『霊夢』

 自然と笑みを返しながら、こう応える。

「いらっしゃい、母さん」







 私は今、数年前に出て行った博麗神社にやって来ている。
 霊夢に――博麗の巫女の後継者であり、義理の娘である少女に会う為に訪れたのだ。
 今日は一月に一度しかない親子のスキンシップタイムなのである。
 子供の成長というのは早いものだと言うが、それは本当のことなのだろう。会うたびに霊夢は成長し、綺麗になっている。
 いや、本当にね。親の贔屓目ではなく。
 修行狂いである私が唯一世間一般に誇れるものといったら、この自慢の一人娘くらいなのだ。

「いらっしゃい、母さん」

 そう言って、可愛らしく微笑みながら出迎えてくれる我が娘マジ天使。
 人里での噂や、他人との交流を見る限り誰に対しても平坦で素っ気無い対応の霊夢だが、私に対してはこう素直クールな感じなのよね。
 原作の知識からしても『誰に対しても優しくも厳しくもない』っていう設定だったと思うし。
 親子としては少し冷めた間柄のように感じるが、霊夢が相手だったら十分親しみのある関係だろう。
 育ての親の特権です。誰にも譲りません。

「少し、背が伸びたかな」

 私はお決まりの台詞を言う。

「母さん、それ会うたびに言ってない?」
「本当のことだ」
「あまり実感ないんだけどね」

 私を見上げながら呟く霊夢の顔はどこか不満そうだ。
 やっぱり子供の頃からの比較対象が私だからだろうか。
 女にしてはうすらデカイ身長だからね、鍛えてるせいでガタイもいいし。
 しかし、霊夢にはこんな大女にはなって欲しくないから、順調に女の子らしく育ってくれて私としてはとても嬉しい。
 霊夢は陰陽術などの技術方面に天性の才能があるので体など鍛える必要は無いのだ。
 私のように『博麗の秘術』と称した撲殺術で返り血を浴びながら妖怪退治などしないで、もっと巫女らしく優雅に務めを果たしてもらいたい。
 本当にね、私みたいに木とか岩とか鉄とか野獣とか妖怪とか両腕が傷だらけになるまで殴り続けるなんてやらないように!
 霊夢の綺麗な手が、私のようにボロボロのゴツゴツになっちゃったりしたらお母さん泣いちゃいます。
 傷だらけで『酷い』というより『汚い』という表現が合いそうな手だしね。
 私は全然気にしてないのだが、母親の手がこんなだなんて、霊夢に恥ずかしいと思われてないかだけが心配だ。
 一応、見た目の若さだけは例の漫画的修行の一つで会得出来たジョジョの『波紋』を使ってるから保てているが、こんな疲れる息の仕方ずっと続けるつもりないし、実際もういい歳だしね。
 こんなおばちゃんに張るほどの見栄もないでしょ。
 処女だけどある意味女捨てちゃってますから、私。この女として終わってる姿を反面教師にして、霊夢には若くてみずみずしい少女時代を満喫してもらいたい。
 親に出来ないことを子に望んでしまうのも情けない限りだけどねぇ……。

「母さん、今日も泊まっていくんでしょう?」
「ああ。霊夢さえ良ければ」
「もちろんよ」

 親としての都合のいい錯覚でなければ、霊夢はどこか嬉しそうに答えた。
 手土産として持ってきた私の荷物を自然な動作で受け取り、もう片方の手で私の手を引いてくれる。
 なんという優しい気遣い。娘マジサイコー。
 楽園の素敵な巫女もとい私の素敵な娘は、いつも無愛想な母親が胸の内でこんなバカなテンションになっていることを知らないだろう。
 他人の評価を聞く限り、私はあまり感情が表に出ないらしい。
 苦しい修行に耐える日々を送っていたら、いつの間にか顔面まで岩のように固まってしまったのだ。
 食い縛ることの多かった口から出る言葉は自然と少ないものになり、ふと気付けば娘に対してまでも言葉少なくなる私は本当にダメ親である。

「紹介するわ、母さん。『親友』の魔理沙よ」

 そんな風に、表に出さずに自己嫌悪していると、霊夢に一人の少女を紹介された。

「ちょ、やめろよ霊夢っ。あ、は……はじめまして。霧雨魔理沙と、言います」

 名前を聞くまでもなく私は理解していた。
 東方プロジェクトのもう一人の主人公であり、ゲームでの自機となる魔理沙である。肩書きは確か――。

「魔法使いか」
「あ、はい……そうです」
「ああ、別に畏まらなくていいよ」
「……はい」

 本物の霧雨魔理沙である。私は内心で感動していた。
 しかし、私の知る魔理沙というキャラクターと比べて随分としおらしい。もっと活発で男勝り、だけど内心は乙女っぽいというギャップ萌えがたまらん娘なのだが。
 やはり初対面の年配相手には緊張や警戒を抱くものなのだろう。
 魔理沙の『だぜ』口調を聞いてみたかったが、仕方ないね。

「元気の良い子は好きだ」

 いずれは本来の魔理沙を私にも見せてもらえるよう、さりげなくアピールしてみたが、まあ上手く通じてはいないだろうな。
 魔理沙と顔合わせは個人的に、霊夢にちゃんと友達が出来ていることは親的に喜ばしく思い、とりあえず私は満足した。

「霊夢、土間を借りるぞ」
「料理なら手伝うけど……」
「いや、いい。友達と待っていなさい」

 霊夢の申し出を断り、私は持参した食材を持って台所へ向かった。
 ふっ、なんかこれって結構親っぽい行動ではないだろうか。
 俗に言う『お友達もウチで食べていきなさい』ってやつである。
 ここは一つ、腕を振るうとしよう。
 こんな風にはりきってしまうのは、私自身が霊夢に親らしいことをあまりしてあげられなかった自覚があるからだろう。
 博麗の巫女という特殊な立場上、子供の頃からあの子には必要な技術を教え、鍛えるばかりで純粋な親子のふれあいをした記憶がほとんどない。
 霊夢の性格や性質を知るが故に、馴れ合いも自粛していた。親としては少し距離を開けすぎだったのではないかと今は後悔しているほどだ。
 加えて、プライベートな時間では飽きもせず修行をし続けるしかない能無しな私である。
 気がつけば巫女の代は引き継がれ、巫女の責務から自由になったかと思えば別居し、更に距離を置く生活が始まった。
 こうして月に一度様子を見るという建前でいろいろとお節介を焼きに行くのだが、割となんでもそつなくこなす霊夢を見るとあまり役に立っている実感がない。
 一緒に過ごすのが楽しくて、気がつけば一日が終わっているというのが毎度のパターンだ。
 果たしてこんな日々がいつまで続くものか――。
 年頃の娘を持つ、愛だけは一人前のダメ親が抱く身勝手な不安である。







 先代巫女――霊夢と同じような巫女服を着た女性の高い背中が廊下の向こうへ消えると、魔理沙は緊張から開放された。
 脱力と共に大きく息を吐き、そこでようやく自分がらしくもなく緊張していたことを自覚する。
 周りを見る余裕が出来たので霊夢の方を伺うと、予想通り意地の悪い笑みがそこに浮かんでいた。

「あたしが寂しがってたって言うんじゃなかったっけ?」
「うるさいな、からかうなよ!」

 魔理沙は自分のことを棚にあげて、照れ隠しに目を逸らした。

「ま、どういう人か分かったでしょ?」
「ああ、なんていうか……すごい人だな」

 魔理沙の先代に対する印象は、まずその一言につきた。
 美女と言っても差し支えない整った顔と身体つき。霊夢と同じ艶のある黒髪は、しかし彼女と違い腰まで届くほど長い。
 霊夢の着る博麗神社の巫女服と似たデザインの紅白の服を着ていることもあり、なるほど霊夢の母親なのだと納得させられるものがあった。
 逆に血が繋がっていないという点が信じられないほどだ。
 ――だが、確かに霊夢とは違う独特の雰囲気を持つ人でもあった。

「育ての親って言ってたけど、随分若いな」
「でも、年齢は五十過ぎてるわよ」
「なにぃっ!? ……おいおい、冗談がすぎるぜ」
「本当。『波紋』っていう特殊な呼吸法を使って日常的に肉体を活性化させてるって言ってたわ。それで老化が止まってるって」
「息の仕方一つで不老不死かよ!」
「不死ではないらしいけど、骨折治したり出血止めたりは出来るわ」
「まさか、霊夢までそのハモンってのが使えるのか?」
「それが絶対に教えてくれないのよね。波紋を使ってると食事も睡眠も必要無くなるから、便利だと思うんだけど」
「……まるっきり仙人だぜ」
「呼吸っていうのは乱れるものだから、少しずつ歳は取っているらしいけどね。
 それに、あたしが大人になったら波紋をやめるって言ってたわ。子供より親が長生きしちゃいけないって」

 不老不死は、人の夢だ。
 力や富を手に入れた者が次に求めるのは大抵、栄光を掴み続ける為の『不滅』であり、昔日の偉人達の多くはその不老不死を求めてきた。
 どれほどの鍛錬を積み重ねて得たものかは分からないが、あの女性はそれを手に入れ――そして子供への愛の為に容易く捨てることが出来る人間なのだ。

「……本当に、すごい人だぜ」

 魔理沙は、才能や力ではなく、その大きな器とそこに積み重ねたものに圧倒された。

「確かに、霊夢より強いかもな」

 呟いた声には知らず、強大なものに対して戦慄するような畏怖が混ざっている。
 美しい女性というくくりならば、それこそ人間とは思えない美しさを持つ妖怪を見たこともある魔理沙だ。あまり印象的に感じることはない。
 しかし、あの先代巫女の美しさは彼女独自のものだった。
 均整の取れた身体は不相応に引き締まった筋肉が付き、更には無数の傷跡が走っていた。
 特に両腕が酷い。裂傷や縫合の跡、指は節くれ立ち、骨折を何度も経験したのか少し歪んでいる。一度バラバラに切断してから繋ぎ直したかのような、傷に埋め尽くされた手だった。
 本来、女性としての魅力に溢れていたであろうふくよかな身体に刻まれた鍛錬と負傷の跡。
 醜いという印象を受け、女として憐れみを感じるのが普通だろう。
 しかし――魔理沙は『綺麗だ』と、圧倒すらされた。
 心に焼きつくような美しさを感じたのだ。

「あたしがあの人の一番好きな所って、手なのよね」

 魔理沙の内心を察したかのように、霊夢が言った。

「母さんの妖怪退治はね、博麗の秘宝である陰陽玉はもちろん符も針も使わないのよ。
 素手で妖怪ぶん殴るの。人間なんて簡単にボロ布に出来る妖怪の牙や爪をあの二本の腕でへし折って砕くのよ。冗談みたいでしょ?
 それに加えて、毎日束ねた青竹に何百回も貫手稽古、岩が抉れるまで突きの反復練習。皮がずる剥けて血が飛び散るわ、指は折れるわで、見てるこっちが痛いっていうの」
「それで、あんなにボロボロなのか」
「まだ小さかった子供の頃は、一緒に道を歩く時本当にたまにだけど手を繋いだわ。
 数えるくらいしかやったことはなかったけど、あの感触は今でも覚えてる。思ったとおり、石を握ってるみたいに硬くて、デコボコで、女の人の手とは思えなくて――でも、ずっと繋いでいたいって思ってた」

 視線の先に過去を浮かべた霊夢の横顔には、魔理沙も初めて見る表情が浮かんでいた。
 知らなかった。この博麗霊夢という少女が、誰かをこんなにも誇るような顔をするなんて。

「あのボロボロの両手が、たくさんのモノを守って、繋ぎ止めて、掬い上げてきた」

 霊夢は自分の手を目の前に掲げた。
 傷一つ無い綺麗な手だ。
 魔理沙が自分の手に目を落とせば、やはり同じような綺麗な肌が見える。
 少女らしい小さな手。
 そして、幼く未熟な手だと二人は感じていた。

「……霊夢にとって、あの人は憧れだってワケか?」
「まさか。あたしがそこまで生真面目に生きてるわけないでしょ」

 一転して、気楽に肩竦める友人の様子に、魔理沙は脱力した。
 そうだった、こいつはこういう奴だった。

「ただ、まあ……あたしが尊敬する数少ない人って話よ。
 なんていうか、根っこの部分で『敵わない』って感じるの。
 自分があんまり人と親しくなることに向いてない性分だって自覚してるけど、そういうの含めて娘として受け入れられているっていうか……」
「ああ、なんとなく分かるぜ。
 悪い意味じゃなくて、何もかも見透かされているような感じがあるんだよな」
「慣れない敬語使ってたけどねぇ。まあ、あんたの素の性格くらい完全に見抜かれてるでしょうよ」
「うるさいな、こうなったらもう今から開き直ってやるぜ!」
「そーしなさい。あの人には見栄張るだけ無駄だから」

 人に寄りかかる時のような、安心と信頼が語り合う二人の心に共通してあった。
 霊夢は他人に対して素っ気無く、魔理沙は言動が捻くれている。
 そんな二人にとって、言葉を重ねなくても黙って全てを受け入れてくれる存在というのは素晴らしいものだった。
 すっかり普段どおりの調子を取り戻した魔理沙は、食事の準備が整うまで霊夢と談笑した。







 縁側の方で霊夢と魔理沙が何か話しているのが聞こえる。
 やっぱり魔理沙とは初対面の私が話題かしら? 『お前のかーちゃんちょっと変だよなー』って感じの。もしくはスルーしてただの雑談かしら? 超聞き耳立てたい。
 しかし、そんな図太い真似は出来ない小心者な私である。
 ただ黙ってジャガイモの皮を剥く作業に集中することにした。この皮が途切れたら私死ぬ、って感じの意味の無い制約を付けた遊びを内心でやりながら。
 料理の内容? お母さんの手料理と言ったら一つしかない!

「――あら、今日は肉じゃがかしら」

 ババァーンッ、という効果音が背後から聞こえた気がした。
 嘘ですごめんなさい。BBAだなんてとんでもない。
 神出鬼没で胡散臭いキャラ設定のある妖怪だが、実際に会ってみると原作の知識どおりでありながら全てが融和し、同時に許せてしまうほどのカリスマと美貌を持っている。
 幻想郷の賢者『八雲紫』が、空中に開いたスキマと呼ばれる異次元の裂け目から私に笑いかけていた。

「……悪いな、紫。この料理は三人用なんだ」
「つれないわねぇ。いつも通り、驚いてもくれないし」

 ちょっとわざとらしく拗ねる仕草のゆかりんじゅうななさい可愛い。
 まあ、こんな舐めた思考がバレるとぶっ殺されてしまうのでポーカーフェイスに力入れてるだけなのよね。毎回普通に驚いてます。
 だからこそ、反応がネタ台詞になってしまっているわけだから。
 咄嗟に自分の言葉が出てこず、こんな風に漫画の台詞とかにあやかってその場を凌いでしまうのは私の癖だった。
 緊迫すると自分で考えた台詞はダメで、漫画の台詞だけスラスラ出てくるって生前の自分がどういう種類の人間だったのかなんとなく分かるね。よし、考えるのやめよう。

「包丁を使っている時は危ないから、普通に声を掛けてくれ」
「それじゃあ、面白くないじゃない?」
「私の反応を見てもつまらんだろう」
「そうね。本当に何故か、貴女は私のスキマの動きを察知出来ているようだし」

 え、いやそれは普通に無理。完全に不意打ちされてます。
 ただ東方の二次創作では『八雲紫=突然登場する』みたいな描写が一般的なので、そういうものなんだと捉えてるだけです。
 お風呂場とかでいきなり登場してパニック、とか同人誌ではわりと良くある展開なのでぶっちゃけ私も私生活では『あー、今この瞬間ゆかりんがこっち覗き見てそう』とか考えるようになっているだけなのだ。
 それでも普通に驚くので、実際に本気でやめて欲しい。
 面白がってわざとやりそうなキャラだと知っているから強くは言わないけど。

「それで、何か用か?」
「あら、用が無ければ貴女の傍にいちゃ駄目なのかしら?」

 質問を質問で返すなぁーっ! と、言いたいところだが、こっちの問いかけを揚げ足取りや言葉遊びで誤魔化すのは紫の常套手段なので、付き合いの長い私は気にしなかった。
 実際、傍にいられて迷惑なわけじゃ全然ないしね。

「もちろん、構わないよ」
「……」
「もう一食分作ろうか。一緒に食べよう」
「……貴女ってば、本当に……」

 あわよくば紫や霊夢達と一緒に食卓を囲む夢の展開を期待して提案した私だったが、何故か呆れたような反応を返された。

「嫌なのか?」
「いいえ、光栄ですわ。でも、それはまた後日。今はまだあの娘と顔を合わせる時ではありません」

 事務的な口調で断られてしまった。
 あの娘とは霊夢のことだろう。
 私と紫の付き合いは霊夢を娘にする以前から続いており、当然霊夢を育て、博麗の巫女を継がせた期間にも彼女との繋がりは断たれていなかったが、こと霊夢に対して紫は不干渉を貫いていた。
 東方では博麗霊夢と八雲紫はセットのような扱いが多いが、意外にも今日に至るまで二人は顔を合わせてすらいない。
 博麗の巫女としての修行や教育などは、至らない私に代わって陰ながらサポートしてくれたんだけどね。
 私自身の能力は面白アホ修行の結果で得たものだから、博麗伝来の術とかはあまり関係ないのだ。
 ……っていうか、むしろ霊夢の方がその方面には優れている。私のは『博麗に継承されし力(笑)』って感じ。
 もちろん、今日まで戦いに生き残ってきたのは私自身の力によるものだが、だからといってあんな漫画の中だけで許される修行の数々を霊夢にやらせるつもりは絶対なかった。
 私の反則技は駄目、正規に受け継がれるべき博麗の技は肝心の私がなんちゃって継承者――で、ある以上、紫の助力がなければ原作通りの『幻想郷の管理者にして最強の巫女』である今の霊夢はなかっただろう。
 ある意味、私以上に霊夢の成長に貢献しているのだ。
 その功績を考えれば、いい加減霊夢にちゃんと紹介してもいいと思うんだけどなぁ。
 紫が霊夢の育ての親という設定の同人誌とか結構読んだ気がするのだが、原作では実際どうだったんだろう? あるいは私が霊夢の傍にいる影響によるものなのか? さすがに分からない。
 まあ、東方って公式設定よりも二次創作の設定の方が広くまかり通ってることが多いからね。
 第一、その世界に現在進行形で生きる私には些細なことだ。今目の前にある現実が真実。
 私よりもはるかに頭のいい紫なのだから、相応の理由があるのだろう。私は深く追求せずに『そうか』と短く頷いた。
 ――あれ? 紫ってば今度は苦笑してる。

「まったく、貴女は淡白というか素直というか」
「なんだ?」
「なんでもありません。
 ――貴女に勿体ぶった話し方は意味がないわね。会いにきた用件を済ませるわ」
「ふむ、聞こうか」

 なんだかよく分からんが、一人で納得した紫は普段どおりの胡散臭い笑みを浮かべた。
 胡散臭いとは言うが、美人が浮かべるとそれすらも妖しい魅力を備えてしまう。
 なんとゆーか、いかにも八雲紫というキャラクターの底知れ無さを表していて、私はこの表情が結構好きだった。プロ絵師のイラストを見てる気分。しかも、生で無料でその一瞬だけしか見れないレアなのだ。
 美人は三日で飽きるというが、嘘だね。ゆかりんのご尊顔なら一日中でも見ていたい。
 しかし私以外の、他の人妖の知り合いからの評価は皆共通して『不気味』とか『警戒心を煽る』とかだった。
 やっぱり、2828出来ちゃう私の方がおかしいのかしらん?

「近々、幻想郷で『異変』が起こるわ」
「『異変』?」
「言い換えれば、幻想郷規模で起こる異常現象のことよ。原因は不明ね」

 原因不明なのに、異変が起こる時期まで分かってるというのはこれ如何に?
 なんか紫もそれ以上話すことはせず、ドヤ顔でこちらの様子を伺っているが――これって私の記憶と知識を比べる限り、原作で言う『レミリア・スカーレットの起こす紅霧異変』のことなんだろうか?
 霊夢が博麗の巫女を継承してから大規模な事件は起きておらず、もちろん紅い霧が発生する異常気象も発生していない。
 このことから『まだ原作ゲームの第一作目に当たる時期じゃないんだなー。これから起こるのかなー?』と、日々ノンキに構えていたのだが、それがついに来たということなのだろうか。
 仮に紅霧異変だったとして、ここから原作がシューティングたる所以の『弾幕ごっこ(スペルカード・ルール)』が普及するんだよね。
 えー、それで二次創作とかの考察では、この異変で弾幕ごっこが広まって紅魔館も有名になったから、裏でなんか取引があったんじゃないかと考えられてて――。

「……出来レースという奴か」
「っ!? …………さすがね、先代巫女」

 紫の言葉の真意を探ってるうちにいろいろ思考が脱線していた私は我に返った。
 なんか無意識に口走っていたようだ。
 よく分からないが、紫が私を見て驚いていた。

「そのとおりよ、この『異変』は首謀者と既に取引が済んでいる。
 これを切欠にして、この幻想郷に新しいルールを敷く。人間と妖怪を守る為の制約であり、活かす為の刺激を呼ぶものよ」

 紫は一変して分かりやすく説明してくれた。
 やはり、これは原作ゲーム本編のスタートであり、霊夢が本格的に博麗の巫女として活動し出す始まりであるようだ。
 ――となると、私もいよいよ本格的に御役御免だな。

「これから起こる異変の解決に、もう私の力は使えないな」

 だって私、シューティングの世界なのに能力が格ゲー仕様なんだもん。

「本当に、貴女にはどこまで見透かされているのか分からないわね。……ごめんなさい」

 何故か申し訳なさそうに謝る紫。
 え? いや、普通に考えて弾幕ごっこで『真っ直ぐ行って右ストレートでぶっとばす』とかやる奴が関わっちゃ駄目でしょ。そんなの許されざるよ。

「――幻想郷は変わった。一つの時代が終わり、私達の戦争は終わった。
 世の中には語り伝えられないものがある。伝えてはいけないことがある。紡いではいけない命がある」

 とりあえず、なんか重くなった場の空気をほぐす為にあの名台詞を言ってみる私。
 うん、いい台詞だけど全然言うタイミングじゃないよね。っていうか、ノリで口走ったから自分でも意味分からん。

「そう……貴女は、もうそんなことまで覚悟していてくれてたのね」

 でも、紫には言葉の意味が通じたっぽい。
 さすが妖怪の賢者パネェ。具体的にどういう風に言葉を受け止められたのか怖くて聞けないです。

「ありがとう、先代。新しいルールによって変わった幻想郷を、そこに生きる人間と妖怪を、どうか見届けて頂戴」
「ああ。私のやることは、何も変わらないさ」

 なんかもう全部分かったふりして私は大仰に頷くしかなかった。
 紫の真面目なお願いだから、よく分からなくても快く引き受ける以外選択肢はないけどね。
 まー、人里とか見守るのは現役の頃から慣れた仕事だから全然オッケーだよ。

「ありがとう――」

 私の返答に、紫は初めて見るような優しい笑顔を浮かべて一礼すると、そのまま静かにスキマを閉じて去って行った。
 ……そんなに感謝されるようなことだったかな?
 話した内容を要約すれば『近々異変が起きる→そこでスペルカードルールを普及させる→今後は霊夢が主役→私、お払い箱』ってことになる。
 紫にとって役に立つどころか、今後私が幻想郷に何らかの貢献をするような機会さえなくなるんじゃないか?
 うーん、分からん。
 多分、紫の計り知れない頭脳には何らかの利益が導き出されていたんだろう。
 紫の頭が良すぎるのと、私のお気楽な思考のせいで、会話が噛み合わないままなんとなく綺麗に纏まるというのは実は昔から結構あったのだ。
 私は気を取り直し、料理を再開することにした。
 はあ、しかし……いよいよ、霊夢や魔理沙がスペルカードを使うようになるのか。
 出来れば、その彼女達全員の弾幕ごっこの場面を生で見てみたいものだ。


 ……ふと、今更ながら気付いた。
 なんかさっきは普通に会話が成立していたが、私ってばスペルカード・ルールの説明どころか名前すら教えてもらってないよね?







 博麗神社の先代巫女――多くの者は、彼女を歴代最強の巫女と評する。
 しかし、八雲紫にとって彼女の評価は少し違った。
 幻想郷の誕生から長い時間、代替わりし続ける多くの『博麗の巫女』を見てきたからこそ言える。
 彼女は、歴代の中で最も捉えづらい巫女だ――と。
 鍛えられた鋼のような外見とは裏腹に内面は純朴で、だが決して鈍くはない。
 賢者と称される自分の姦計さえ無造作に見抜く。今回の異変とスペルカード・ルールの繋がりのように。
 意味深げに話題を自分で切り出しておきながら、逆に自分が驚かされる始末だ。事前の情報など断片すら得られるはずなどないというのに。
 彼女が一体どんな視点を持ってこの世界を見ているのか?
 長い年月を生きたこの大妖怪でも分からない、数少ない事だった。
 彼女は紫にとって常に未知の存在であり、不安の種であり、興味の対象であり――そして、自分を無条件で『好きだ』と言ってくれる、理解し難い相手だった。
 だから紫は先代巫女を『最も捉えづらい巫女』だと考えている。
 唯一掴んでいる確かなことは、彼女がさまざまな意味で自分の心を占める大きな存在だということだった。

 今代の霊夢がそうであるように、博麗とは血によって継承されていく名前ではない。
 その時代、最も優れた資質を持つ少女が自然と選び出され、技を学び、地位を受け継ぐ。
 それらの流れの中で、今の霊夢が最高の資質を持つ巫女ならば、先代はまさに『異質』であった。
 紫がその少女を見出した時、彼女は既に独自の力を得ていた。
 初めて彼女を見たのは――人里離れた山奥で、周囲に獣や妖怪の気配が蠢く中、無心で拳を振るい続ける姿だった。
 気を整え、拝み、祈り、構えて、突く。
 それを繰り返す。ただひたすら、半日以上も掛けて終えたかと思えば、眠り、起き、そして再び繰り返す。
 傍から見れば狂人の所業。時間を持て余す妖怪とは違い、短い生しか持たない人間が無為とも思える事に命を費やす異常。しかし、その果てに――。
 小さな好奇心が切欠で、余りある時間を理由として、いつの間にかその姿に惹かれ、気がつけば紫は彼女の拳が一つの成果を掴み取るのを見届けていた。
 音を置き去りにする拳。
 誰にも知られることなく生まれた神域の技を見た瞬間、紫の心は決まっていた。
 未だ不安定な幻想郷。しかし、彼女となら変えられる――!

『幻想郷は変わった――』

 先代巫女の呟きを聞き、紫は彼女と出会ってからこれまでの記憶が鮮明に蘇るのを感じた。
 何気なく呟かれたように思える言葉は、とても重く響いた。まるで老練な兵士の独白のように。
 彼女と過ごした数十年の年月は、大妖怪『八雲紫』にとってはわずかな時間。
 しかし、閃光のように眩しい日々だった。

『一つの時代が終わり、私達の戦争は終わった』

 激動の時代。
 まだ人間と妖怪のバランスも偏り、人が無差別に食い殺される傍らで、無抵抗の妖怪が囲まれて嬲り殺される。
 秘境の噂を聞きつけた、外の世界で未だ自らを支配者だと疑わぬ傲慢な妖怪が、侵略にやって来る。
 それらを全て、二本の腕で叩き伏せた。
 これまで人間の守護者として、ただ守る為に妖怪を封じる巫女ではない。幻想郷の管理者として、脅威を自ら踏み込んで駆逐する巫女――。
 今、幻想郷の多くの者に知られている『博麗の巫女』という役割を、彼女は確立したのだ。
 そして、彼女の言うとおり――彼女の戦争は終わった。

『世の中には語り伝えられないものがある』

 最後の戦いが彼女の勝利によって終結した。
 大陸を支配していた恐るべき吸血鬼の暴君が、自らの本拠地ごと幻想郷に転移して始めた侵略は、先代巫女が頭首を討つことで防がれた。
 そして、安定し始めた幻想郷。
 ――だが、残されたのは平穏だけではない。
 強大すぎる博麗の巫女の伝説。妖怪を超越した人間の力。
 人間の偉大な可能性を見せ付けた彼女の存在は、同時に人ならざる者達を恐怖させた。

『伝えてはいけないことがある』

 本来は在り得ない――在り得てはいけない、『人間が妖怪を支配する可能性』を彼女は示してしまった。
 人間は、妖怪を恐れなければならない。
 逆があってはならないのだ。そんな摂理は自然には存在しないのだから。
 紫の中に新たな不安が生まれ、二人の関係に小さな亀裂が走ろうとした時、まるで図ったかのように彼女は言った。
 博麗の巫女の継承者を見つけた、と。

『紡いではいけない命がある』

 新たな不安は生まれてすぐに解消した。まるで答えが最初から用意されていたかのように。
 彼女は『先代』となり、博麗の巫女は今の霊夢となった。
 霊夢もまた先代とは違った方面での天才であり、何者にも縛られない特有の能力を持ち、その平等な精神はある面で先代以上に幻想郷の管理者として適していた。
 何もかも、あつらえたかのように当てはまった。
 彼女は神社を去り、人里へ紛れるように住みつき、その力をほとんど振るわなくなった。唯一つ、人々の生活を見守ることだけは変わらず続けた。
 霊夢に継承されたものは正当な博麗伝来の陰陽術であり、先代が生み出した数々の技は一つとして伝えられることはなかった。彼女自身が、それを頑なに拒んだからだ。
 紫の中には、もはやわずかな懸念すら残らなかった。
 そして、彼女もまた何も語らなかった。

「そう……貴女は、もうそんなことまで覚悟していてくれてたのね」

 紫は今、初めて彼女の真意を言葉として聞き、胸が詰まる思いだった。
 彼女はこちらの言葉を何も聞かず、それでも全てを見抜いているかのように、ただ答えだけを示した。
 目の前の人間は、自分がずっと昔から夢見て、長い間想い続けた結果に生まれたこの理想郷を、同じくらい愛してくれているのだ。
 彼女の決断を、献身などという陳腐な言葉に収めるつもりはない。
 彼女が第一線を退いた今でも修行を続けていることは知っている。出会った時から一貫して自らを高めることを目的としているのだ。
 そんな彼女が自分の力を忌むはずはなく、霊夢に力を継承させないのは決して自己犠牲などという偽善の為ではない。
 彼女は、ただ自然に愛している。
 この幻想郷を、そこに住む人々――霊夢はもちろん、人里の者達、知己の妖怪や妖精達、そしてこの八雲紫を含む全てを。
 あらゆる真意を隠し、相手を貶める為に笑う自分の顔を好きだと言ってくれた。

「ありがとう、先代」

 許されるものならば、その時紫は涙を流していただろう。
 だが、許されはしない。自らが許さない。
 彼女を、新しい幻想郷のルールから弾き出したのは私。
 彼女の積み上げてきたものを塗り潰し、その上に平穏を築き上げようとしているのは私。
 黒幕は、私。

(でも、それでも貴女が、こんな腹に闇を抱え込んだ妖怪を好きだと言ってくれるから……)

 紫は、神よりも深く彼女に感謝した。


「ありがとう――■■■」


 貴女が私を含めた幻想郷の全てを愛するように、私も貴女を愛している。







「美味い! これ美味いぜ、さすが霊夢のお母さんだぜ!」

 フフフ、こんなに喜んでくれるとは、腕を奮った甲斐があったというものだ。
 なんか料理が完了して食卓を囲んでみれば、いつの間にか魔理沙が随分をフランクに接してくれるようになったし。
 いいのよ? そんな無理して『お母さん』とか言わなくても。『おばさん』とかでいいのよ? っていうか、魔理沙にそう呼ばれるのも結構萌えるのよ?

「……うん、やっぱり美味しい」

 こちらは静かに味わってくれている霊夢。
 その満足そうな微笑みを見るだけで、お母さんの胸はいっぱいです。いいのよ? もっとおかわりしていいのよ?

「いいものだな」

 私は感慨深げに呟いた。
 もちろん、表面上は涼しげな顔だが内心はヘヴン状態だ。
 あの霊夢と魔理沙の二人と、一つ屋根の下で食卓を囲んでいるのだ。テンション上がらない方がどうかしてる。
 っていうか、こんなに充実してていいのか私の人生。
 山奥で誰にも見られたくないような半ばギャグの域に達しているぶっとび修行をしていたはずが、いつの間にか紫と出会い、博麗の巫女の座に招かれ、あの博麗神社に住まわせてもらって、霊夢を義理の娘にして、今日は魔理沙と知り合った。
 なんという勝ち組な私。
 これまでなんかいろいろ死線とかも潜って来たけど、そういうのどうでもよくなる。
 もうね、言うわ。この勢いで言っちゃうわ。
 紫は私の嫁。
 魔理沙は私の嫁。
 いや、もう東方のキャラは皆、私の嫁でいいんじゃないかな?
 もちろん、霊夢は私の娘。



 ――幻想郷よ、愛してるぜ!
つづきます。
次のお話はもっと動きがあって面白いはずです。本当です。本当なんですっ!

ちなみに東方で一番好きなキャラは八雲紫です。僅差で次点が咲夜さんかな。
……いや、待て。だったら魔理沙のことはどう説明する? 早苗さんとチルノは?
そもそも彼女達に差をつける……だと?
わからない……クソッ! 俺を混乱させて、どうするつもりだ!?


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