〜きずあと〜 リーフ

1996年7月26日発売
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 私がPCゲームを買ったのは1997年の5月。そのとき、「えっちなげぇむ」もやってみようか、と、文字通りの助平心が私の手を伸ばせしめたのであります。その時、手中にあったのは、『痕〜きずあと〜』。この「初体験」が、その後の私を狂わせることになろうとは、その当時は夢にも思いませんでした。そしてまた、ハードウェアよりもソフトにかける金額が上回ることになる契機ともなったのでありました。

 「Leaf Visual Novel Series」の第2弾として、『』の次にリリースされた本作品は、千鶴さんを筆頭とする柏木四姉妹に対する根強いファンも多い中、現在では新パッケージで発売されています。ただ、この新パッケージでのキャラデザ、ゲーム内のキャラよりも雰囲気が違うんですよね。

シナリオ

 主人公・柏木耕一は大学生。別居していた父親が急死したという報を受けた彼は、父親の四十九日に、親戚の美人四姉妹の元に、旅行気分で身を寄せている。彼は、夜ごとに見る悪夢にうなされる。そして、その夢の中で、彼は猟奇的な行動を繰り返す「奴」が、自分の真の姿ではないのか、と脅える。そして、柏木家に伝わる「力」、この地に伝わる「鬼」の伝説…。そんなある日、本当に猟奇的な殺人事件が発生する。真実はどこにあるのか?

 

 高橋龍也氏が手がけたシナリオ。猟奇的でダークなノリかと思いきや、実際には、登場しているキャラクターが見事に描かれています。

 ここで指摘しておくべきは、展開されているストーリーのネタは、決して斬新なものでも何でもなく、むしろよく使い古された展開をほどよくまとめ、そこに「キャラクターのいきいきとしたさま」を織り込むことで、話にプレイヤーを織り込んでいる点が秀逸である、ということでしょう。シナリオとして優れている、というと、見たことのない手法に感嘆するという場合が多いモノですが、この『痕』にかぎっていえば、そういった面は影を潜めています。プロットのみで展開が未成熟というゲームがはびこる中、「進め方」に関して職人芸的な技量を感じさせます。悪夢、団欒、サスペンス、伝奇、そして恋愛と、これだけの要素を「つなぎあわせた」という印象を抱かせぬままに取り込み、話にメリハリをつけて「この先はどうなるのか」を常に気にさせつつ語っていく手法には、脱帽です。

 さらに、このシナリオは、単独で機能しているわけではなく、BGMや効果音、気の利いたグラフィック効果、独特のセリフ回しなど、「場」をうまく盛り上げる絶妙な演出効果があり、これとシナリオとがリンクすることで、ゲームそのものの魅力は何倍にも膨らんでいます。また、晩夏の季節感が見事に演出されていますね。

 主人公を徹底的に中立かつ嫌みのない存在にしていることもあり、「視点」にさほど不自然さを感じない点も好感を抱かせます。大学生というにはやや単純すぎて調子が良すぎる観がないでもないですが、主人公の行動自体を極端に走らせてはいない実直さは、取っつきやすさにつながっています。

 女性陣については、各ヒロインの描き方にかなり極端なものがある反面、こずるさをも感じさせるようにラブラブな展開へと移行する部分も多いため、キャラクターに萌えることも可能になっているため、一見暗そうな話に見えながら(実際、バッドエンドになるとかなり暗い展開になります)、裾の広さも併せ持っていると言えましょう。

 テキストについては、文字をそのまま小説として書き下ろせば、陳腐以下、駄文に近いものになりそうですが、数秒後には彼方に消えるテキストとして見た場合、プレイヤーが置かれている状況がきちんと把握できるものになっているのもポイントを上げる要因になっています。

 また、シーンに応じて文字表示速度を変えたり、一画面あたりに表示される行数を少なくしたりと、演出面でもよく考えられています。メッセージウィンドウ内に入りきらないテキストを大量に押し込んでいるゲームが多い昨今、こういったきめの細かさは嬉しいところです。

ゲームデザイン

 コマンド選択によってシナリオが分岐する、ビジュアルノベル形式のアドベンチャーゲーム。

 ダミーの選択肢が少なからず存在していますが、テキストそのものに「読ませる力」が十分にあるので、さまざまな選択肢はバラエティに富んだシナリオをより膨らませてくれる、良い装置として働いているように見えます。テキストの使い回しといった、姑息、あるいは手抜きといえる方法は一切ありません。

 また、初回プレイでは、到達できるエンディングは限定されており、あるエンディングを迎え、ゲームをリプレイすると、新しく選択肢が増え、新しいエンディングへ進むことができる、というスタイルになっています。これは、一見「不自由」に思えます。しかし、進めるシナリオの順序が限定されているために、ゲームの世界に一定の枠がはめられ、それゆえにこそ、その世界に没入することが出来ます。特に、ある2系統のシナリオでは、哀しい結末となる「トゥルーエンド」を見てからでないと「ハッピーエンド」に入れないようになっています。賛否両論ありそうなゲーム設計ですが、双方のエンディングにて感じられる「余韻」は、「トゥルーエンド」→「ハッピーエンド」という手順を踏んで初めて得られるものだ、という意見には、かなりの説得力がある、と言っておきましょう。

 しかし、この手法には、「諸刃の剣」とも言うべき面もあります。かなりの程度順序が制約されているとはいえ、完全に固定されているわけではありませんから、話のネタが先に割れてしまった場合、キャラクターの役割(意味)が、本来想定されていたものと大きく異なる可能性が出てきます。例えば、千鶴よりも先に楓をクリアしてしまうと、千鶴が文字通りの鬼のように見えてくることもあります。初回プレイでの制約はあれ、2回目以降は、3人のキャラの誰ともエンディングを迎えられるようなシステムになっていることを考えると、もう少し自由度を下げ、まず千鶴をクリアしないと絶対に他のルートには入れない、というスタイルにした方が良かったようにも思えます。

 

 各シナリオは、いずれも「『痕』的世界」の一要素として、すなわち、「部品」としての役割を担い、それぞれ相互が浮いたり矛盾したりすることなく、絶妙なリンクを見せてくれます。

 すなわち、「読むほどに、また、シナリオを一つ一つクリアしていくごとに、世界観がだんだん、じわ〜っと見えてくる」というわけです。

 マルチシナリオと呼ばれるスタイルを採ったゲームは、他にもいろいろと出ています。しかし、各シナリオ間の連関における無駄の排除、クリアするシナリオ順序を指定した結果としての明確化、この双方を実現しているといえるゲームは、こと18禁ゲームに限っていえば、『痕』以外には存在しないでしょう。

 序盤での“世界”は共通でありながら、中盤以降、シナリオが選別されていくと共に“世界”が分かれ、その"世界"の相違やギャップに戸惑いと快感とを相抱えながらプレイしていくことになるわけです。この「戸惑いと快感」という「快楽」は、まさにデジタルメディアゆえに実現できた快挙ともいえましょう。

 

 また、細かい点ですが、エンディングのスタッフロールを最後まで見ると、ゲーム内の登場人物(5人)がガイドをしてくれるケースがあります。これがなかなかに楽しいのですが、これを見られるのは1回キリというのが辛いところですね(^^;)

不具合・修正プログラム

 私がプレイしたときには特に不具合などは発生しませんでしたが、PC-98+88音源の場合、CD-DAが演奏されないそうです。また、1999年に発売された新パッケージ版でも不具合があるそうですので、リーフのサイトから修正ファイルをダウンロードしておくのが良いでしょう。

操作性など

 初回版の対象OSはWindows95ですが、Windows98でも問題なく動きます。WindowsXPでも動作はしますが、BGMが鳴らないため、魅力半減です。

 インストール先ディレクトリは任意に変更可能で、インストールオプション選択はありません。また、プレイの際にはCD-ROMが必須です。

 キーボード・マウスの双方が使用可能です。既読のテキストはスキップ可能。また、テキスト表示も、シーンによって速くなったり遅くなったりをうまく調整しています。個人的には、もう少しスピードを上げてもらった方が嬉しいのですが。

 テキストは全画面表示され、リーフオリジナルフォントで表示されます。スペースキーで文字消去、「Esc」キーまたはマウス右クリックでメニュー呼び出しとなっています。メニューの中には「一つ前の選択肢に戻る」というものもあり、間違えてクリックした場合も安心です。選択肢が出現した場合、マウスカーソルは制御されるものの、選択肢とは微妙にずれた位置にくるので、単純にエンターキーを連打しているだけなら、まず誤選択することがないのも良いですね。

 ゲームそのものも、軽く進むので、実に気持ちがいいですね。フルカラー環境では、「256色に切り替えますか」というダイアログボックスが出ますが、そのままプレイすることも可能です。ただ、画像表示環境が心細い場合は、素直に256色モードに切り替えるのが良いでしょう。

 CGモードもありますが、見たCGが1枚ずつ出てくるのみで、達成率などは表示されません。当時はこの程度でも良かったのかも知れませんが、どうにも物足りないという印象は否定できません。全エンディングを達成すると「あなたは痕マスターです」というCGが出てくるのですが、この画面を見ないまま終えてしまった人もけっこう多いのでは?

 BGMモードは、隠れモードになっています。

 なお、セーブするときには、必ず、単独の「しおり」を使うようにしましょう。そうしないと、セーブデータの情報が、各「しおり」ごとに分散され、読んだハズのテキストが未読扱いになったりします。したがって、セーブ可能なのは実質的に1個所だけ、ということになります。分岐が激しいこの種のゲームで、これだけはいただけません。まぁ、前作である『雫』に比べれば、これでもずっとマシなのですけれどね。

サウンド

 BGMは、CD-DAで演奏されます。地方の晩夏、そのけだるさをうまく出しています。しかし、「ためいき」など、何曲か不満が残るアレンジのものも多いので、私は、『さおりんといっしょ』同梱の音楽CDに収められたサウンドを吸い出し、『痕』のオリジナルディスクデータと合わせたCD-Rを作成しました(^^)

 また、ところどころで挿入される効果音も、よく利いています。風の唸る音など、『雫』を流用したものがやや目立ちますが。

グラフィック

 水無月徹さんの原画。やや角張った頬に、キッと横長の糸目。プレイ開始当初には「なんだかなぁ…これで「美少女」だぁ?」と思ったのですが、なじんでくると、この絵がなくては『痕』ではない、と思うようになってしまったのだから、不思議なものです。

 ゲームを起動した直後、憂いを含んだ四姉妹の表情がオープニングで流れますが、これが実に利いています。

 16色ですが、暗〜いなかでのHシーンなどでは、むしろこの色合いが合っていたりするから不思議なものです。ただ、Hシーンそのものの描写はあまりいいとはいえず、主人公はHの際に人が変わってしまうのが、このゲーム唯一の難点か。

 また、とにかく綿密、かつ効果的な背景は、それがモノトーンで描かれているがゆえの“効果”を出しています。地味なことですけれど、「わびさび感」が、制作者の独りよがりにならない形でできているのは、このゲームならでは、と見るべきでしょう。キャラクターをうまく浮かびあがらせ、その表情が見やすい形での、いわば「壁紙としての背景」が、演出の1つとしてよく利いています。

 現在の基準で見ると、特に塗りなどの面で、古くささは否定できませんが…。

お気に入り

 エディフェル。こういった悲劇譚に弱い、とか、いろいろと後付の理由を述べるのは簡単ですが、いずれにせよ、私が初めて萌えたキャラクターです。身を挺して、というシーンだけに留まらず、なんとも頑固そうな面、そして芯の強さを感じたせいでしょう。

あなたを失えば、きっと後悔する。…そう思った

こんなセリフ、彼女に言わせてみたいものです。言葉を介することなく伝える思い、それは強く、また美しいものでしょう。

 また、柳川祐也も、決して光の当てられない宿命を背負わされた人間として、印象に残っています。こういう存在を安易に断罪するべきではないと思います。

関連リンク先

 範囲をさほど限定せずに取り扱っているレビューサイトであれば、相当多くのページで取り上げられています。それはメジャーゲームの証といって良いのでしょうが、各人各様の受け止め方があるゲームですし、人様のレビューを見て「なるほど、そういう見方もあるか」と思うことがいまだに度々あります。このため、敢えてこの欄で特定のページをご紹介するのは避けておきます。

総評

 何だかべた褒め状態ですが、裏を返せば、「こういうゲームを味わえるころもあったんだな」と、すでにノスタルジックな気分になっている、ともいえましょう。このゲームに対して満点評価をつける姿勢にはいささかの揺らぎもありませんが、現在、リーフが開発しているゲームを見るかぎり、『痕』のようなゲームが再び出てくる可能性はあまり高くないでしょう。市場に受け入れられるゲームを作ってナンボ、である以上、これはごく自然な選択と言ってよいことですし、位置プレイヤーがしたり顔で語るべきもないと思います。

 しかし、「18禁ゲームはえろゲーム」という固定観念が、世間には根強く存在します。いえ、私自身、つい3年前までそうだったんですから、これを責めることなど出来ません。しかし、そういう人には、「黙ってこれをやってみなさい」と言える、そんなゲームであると言えましょう。

 プレイするたびに、うねりのような感動が身体を揺する。「固定観念」に凝り固まっていた私がそんな体験をすることができたのは、ひとえに、この『痕』のおかげです。

 シナリオのもつメッセージ性、そしてサウンドなどの個別の演出要素を別個に見た場合、前作にあたる『雫』のような、荒削りで力強い部分はやや影を潜めていますが、その一方で、オーケストラのように広がる小宇宙のようなスケールの大きさを実現させているのが、この『痕』でしょう。

 そしてまた、プレイする人によって、その人その人の楽しみ方、受け止め方を可能にする懐の深さを持ち、またプレイのスタイルによってさまざまな思い入れをもたらしめる逸品として受け止めていきたい、と思います。

個人評価 ★★★★★ ★★★★★
1999年8月19日
(2000年7月10日、加筆・修正)
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