『痕』、『To Heart』の両ゲームにハマれば、その行き着く先は必然的にこうなる、というコトで(^^;)、購入&プレイしたのが『雫』でした。
ところが、個人的には、このゲームは非常に「評価の難しいゲーム」となっており、現時点でも確たる判断ができていません。もちろん、個別要素の各論として語ることは可能ですし、何度もやりこんでいるだけあって気に入ったゲームであることは確かなのですが、総じて、他のアドベンチャーゲームと比較してどうか、と問われた際、優劣を語りにくい存在となっています。
さらに、このゲームをもとに作られたと思われる節があるゲームを、その後非常に多くやり込んでいることもあり、ちょい前にリプレイしたときに抱いた印象は、初プレイ当初のそれとは大幅に違っています。特に、『ONE』(Tactics)の影響を(私が)強く受けたことは否定できません(見た目では『MOON.』の方が似ていますが…)。
主人公・長瀬祐介(固定)は、世界崩壊の妄想を時おり抱く高校生。授業中、淫猥な言葉を残して同級生が発狂したのを契機に、彼は叔父に当たる教諭から調査を求められる。学校の中で、謎の集会が行われているのではないか、というのだ。彼は、調査中に知り合った少女とともに、夜の校内探査を行う。
アドベンチャーゲームでは基本的に、「シナリオ」と「ゲームデザイン」とを分けていますが、このゲームに関しては、敢えてこの2つを分けると実に語りにくくなるので、単一にしました。
選択肢によってシナリオが分岐するタイプのアドベンチャーゲームです。分岐となる条件はさほど厳しいものではないので、何度かプレイしていくうちにクリアすることは可能でしょう。難易度はさほど高いものではありません。ダミーの選択肢が少なからず存在していますが、テキストそのものに「読ませる力」が十分にあるため、バリエーションを増やすという意味でプレスに働いていると評価できます。しかし、「あるシナリオを読み、次のシナリオを読むと、理解が増し、さらに次のシナリオを読みたいという気持ちになる」という形式になっているわけではなく、また相互のシナリオの関連が非常に微妙であるため、マルチシナリオというには若干の抵抗を感じるものになっています。
『痕』は、マルチシナリオタイプのゲームの傑作と評して良いでしょう。しかし、この『雫』は、ゲームデザインの面で相当に不統一感を強く思わせるスタイルを取っています。それは、3人のヒロイン(瑠璃子・沙織・瑞穂)それぞれのトゥルーエンド、あるいはハッピーエンドを見た場合、それら相互の整合性がどうにも取れていないことです。
具体的には、瑠璃子系統のシナリオと沙織系統のシナリオとの間には共通のキーパーソンが象徴的な意味合いを帯びますが、瑞穂シナリオでは、このキーパーソンはそもそも中盤以降では影も形もありません。
こういったスタイルであるため、このシナリオを包括的に論じるのはなかなか難しいのですが、基本的には、後者のシナリオが、前者のシナリオグループを補完しているという前提で、話を進めます。
このゲームをリプレイして感じたのは、主人公、および各キャラクターが、「狂気」あるいは「力」に対する立場やスタンスによって、見事に二項対立の組み合わせとして把握できる、ということでした。陽と陰、明と暗といったイメージだけでなく、「狂気」への姿勢など、多くの象徴的な対抗図式を用意できます(プレイ済みの方は、瑠璃子と沙織とを軸に考えてみて下さい)。
ゲームのメインテーマに何を据えるかは微妙なところですが、上のような「二項対立」の軸から考えた場合、「狂気」あるいは「日常」のいずれかであろう、と考えるのが妥当かと思われます。トゥルーエンド・ハッピーエンドでは、「日常」というものをしみじみと満喫していることから、「日常」と把握することも可能ですが、それ以外のエンディングをも考慮した場合、「狂気」を軸に考えた方が良さそうに思えます。
正気を失った結果「安堵感を感じている」こと。人間であればこそ持つであろう悩みから、きれいさっぱりと解放される瞬間。これを「怖い」と感じる(捉える)のは、そう感じる人が「狂気に陥っていない」ことの証左とも言えましょうが、これこそが『雫』の真骨頂でしょう。「狂気」とは、その主体にとっては「究極の解放」ですが、第三者から見れば、それは「精神的な“死”」にほかなりません(ここでの「狂気」は、精神に異常をきたしているという意味ではなく、「非日常への逃走」という程度の意味と捉えて下さい)。
「精神的な“死”」を、もっともこれに近い形で取り上げたのが、先述の『ONE』だと思います(あまりこういう形で語られることはないようですが…)。しかし、『ONE』では、「忘れ去られる」という、多分に「他律的」な要素が入り込んでいる反面、『雫』は、「狂気」への対応を、より「主人公が取捨選択可能」な形式を取っている分、より恐ろしい魅力を感じます。
もちろん、こういった「狂気」への傾斜を感じることそれ自体が、どの程度「プレイヤーが自然に」受け入れるかで、この感触は大幅に異なってくるでしょうけれど。
なお、プレイヤーは作中の登場人物とは異なり、現実社会と適応可能な倫理観の制約を受けているため(^^;)、かなりの程度において「許せん!」と思うケースが出てきますが、ここで善悪という観念を捨て去った後に残るものこそが、『雫』のエッセンスでしょう。「あの野郎ムカつく」というのが『雫』の印象だ、という方は、今一度「狂気」と「日常」とのはざまを覗き込みながらリプレイされることをお勧めします。
本筋とは関係ありませんが、おまけシナリオ、全然わからなかったため、どこがおもしろいのか、見当もつきませんでした。『痕』が「汎用的なギャグ」だった(笑えるかどうかは別としてギャグとして認識することはできた)のとは違い、わからない人間には意味不明です。
キーボード・マウスの双方が使用可能です。既読のテキストはスキップ可能。また、テキスト表示も、シーンによって速くなったり遅くなったりをうまく調整しています。個人的には、もう少しスピードを上げてもらった方が嬉しいのですが。
ゲームそのものは、軽く進むので、マシンへの依存はかなり小さいと思われます。
CGモードもありますが、見たCGが1枚ずつ出てくるのみで、達成率などは表示されません。BGMモードは、隠れモードになっています。
なお、セーブするときには、必ず、単独の「しおり」を使うようにして下さい。そうしないと、セーブデータの情報が、各「しおり」ごとに分散され、読んだハズのテキストが未読扱いになったりします。さらに、この「セーブ」も、ゲームをエンディングまで終えると、「テキストの既読・未読/見たCGのチェック」以外のデータはクリアされますので、実質的に使いものになりません。あくまでも「ゲーム一時中断」時以外には使えないようになっていますので、注意が必要です。
BGMは、CD-DAで演奏されます。緊迫感あふれるシーンにマッチするサウンド、そして、ピュアに透き通るような、あるいは清冽な雰囲気に似合ったサウンドがぎっしりで、そのクオリティの高さは文句のつけようがありません。曲ごとのバランスにやや難があるという気もします(ハッピーエンドの曲は好きになれない…)けれど。
また、地味ながらも、効果音の使い方もなかなか良かったと感じます。
水無月徹さんの人物原画。目が細めで、非常に癖の強いキャラデザなので、かなり見る人を選ぶデザインと思います。私は『痕』ですでに浸っていたので(^^;)問題ありませんでしたが。人物の表情変化が楽しく、特に沙織の百面相(笑)は、異様な空気の中で「日常」を感じさせてくれます。
背景は、モノトーンで描かれています。人物をうまく浮き上がらせるように、非常に地味になっているのが効果的に働いていると感じます。
新城沙織。一緒にいるとそれだけで楽しそうですが、その反面、もっとも臆病、なおかつ、「狂気」への耐性がもっとも弱いから。守ってあげなきゃ、ね(^^)
冒頭でも述べたとおり、非常に評価の難しいゲームです。もとより、ゲーム全体のバランスにかなり「崩れているところ」があるため、まず「名作」と呼ぶことはできないように思えますが、シナリオの中に潜むテーマには、背筋が寒くなるほどの怖いものをさりげなく、しかし目に見える形でハッキリと呈示しています。その反面、ざらついた無機質の空間に、心地よい涼風を吹き込んでくれるような暖かさをも帯びています。
「不気味なゲーム」であるとともに、「不思議なゲーム」である、といえましょう。