病弱シナリオというと避けては通れないのがこれ、『加奈』ですね。1999年6月、D.O.より発売。
あらすじは――主人公・藤堂隆道の妹・加奈は慢性腎不全のため幼少の頃から入退院を繰り返している。最初はそんな妹を疎んじていた主人公も、とある事件(幼年期)をきっかけに“守るべき存在”として接するようになる。加奈が病気に苦しめられながらも念願の高校生となり、そして――というものです。
このゲームで特徴的なのは加奈の病気ですね。他のゲームでは病名まで出すのは少ないのですが、『加奈』でははっきり「腎不全」と本当にある病気を出しています。この腎不全という病気は、かなりの苦痛を伴う難病です。当然治療もきついものとなり、闘病生活は過酷なものとなります。『加奈』ではその闘病を(素人が出来る範囲で)入念に調べて、丁寧に描いてありました。
また闘病生活以外にも、「ホスピス」や「臓器移植」なども扱っています。ホスピスは私も詳しくないので批評は出来ませんが、臓器移植についてはもうちょっと突っ込んで欲しかったかな、と思います。少なくとも、もっと早い段階からストーリー中に織り込むべきだと思いました。
ストーリーは隆道と加奈のお話です。その中に病気関連の題材を盛り込み、さらに隆道に積極的にアタックする夕美、加奈に友人以上の好意を寄せる伊藤などが絡みあってきます。その展開に不自然なところは(うろ覚えですが)なかったように思います。後半のイベント配置も効果的になされていますし、文章表現力も水準以上でしょう。
エンディングは6つ。うち1つはハッピーエンドですが、残りは結末の違いはあれど全て加奈の死という形を取っています。ハッピーエンドはかなり強引な気もしましたが、この展開以外で加奈が助かる方法は(現実社会でも)ありませんし、加奈が助かるエンディングがないのはいくら何でもあんまりですから、目くじらを立てる必要はないでしょう。もっとも、真のエンディングとは思えませんが。
残りのエンディングはそれぞれが(感情移入度は別として)納得のいくものであり、単に加奈の死の悲劇のみを強調するでなく、残された主人公達が心の整理をつけていく様子を描いていることは、プレイ後の後味を良くしています。
と、結論としては病弱シナリオとしてはトップレベルの出来と言えます。当然私の評価も……と言いたいところですが、実は私、『加奈』をそれ程高く評価していません。
理由は色々あります。加奈の性格のデフォルメがきつく感情移入が出来なかったこと。隆道の性格にしても思いこみが激しすぎて、やはり感情移入できなかったこと。主役の2人に感情移入できなくては、やはりプレイ中のスタイルも淡泊にならざるをえません。
が、それよりも何よりも私が感情移入できなかった最大の原因は――正直に白状すると、2人の愛が“気味が悪かった”のです。加奈についてはやむを得ない面はあるでしょう。小さい頃から病気がちで学校に行けないことが多い上、引っ込み思案の性格から友達もおらず、頼るのは隆道のみでしたから。それにしても加奈の愛情は強すぎると思います。隆道にいたっては加奈を溺愛しているとすら言えます。
あまりに強すぎる愛は、むしろ不幸に作用するものです。それが2人だけで済むならまだしも(本当はよくないですが)、周囲も巻き込んでしまうところに問題があります。実際、終盤で隆道が夕美や伊藤から罵倒されるシーンがありますが、近親相姦というタブーは抜きにしても、これは甘受せざるをえないでしょう。夕美が隆道を、伊藤が加奈を好いていることは隆道も承知していることですし、加奈と結ばれるにしても「けじめ」はつけておくべきだ――と考えるのは私だけでしょうか?
これは私の個人的感情からの批判ですが、ゲームとして見ても難ありと言わざるをえません。ゲーム中の選択肢がその後の展開に直接影響を与えていないのです。具体的には選択肢で加奈の「知的ポイント」・「活発ポイント」が増加し、そのポイント数によってエンディングに影響が出るのですが、この手法はプレイヤーにゲームに参加した感触を持たせず、読者として参加した気分にさせていると思います。端的に言えば、作り手側がゲームをさせることよりも読ませることに固執しているように見受けられます。
無論、作品としては秀逸ですし、プレイして損のする内容ではありません。否、是非プレイするべきだとさえ言えます。「死」という難しいテーマを安易な感動を演出するための道具にせず、極めて真面目に、かつ真っ正面から取り組んでいます。その姿勢には素直に賛辞を送りたいと思います。
しかしプレイ後の感想については保証できるものではありません。感情移入できれば心に残る作品となるでしょうが、その間口は些か狭いと考えます。二律背反的な結論になってしまいましたが、これが私の率直な感想です。