さて、病弱シナリオの魅力とはなんでしょう? それは来るべき破局の時を迎えるまでに、いかに有限の時間を過ごすか……それにつきると思います。残り僅かな時間故の焦燥、死への恐怖という絶望、やり残したことへの悔恨――それらの入り交じった感情をどう演出するか……。本当に闘病生活を送っておられる方には不快なことでしょうが、それが私の偽らざる本音です。
しかし、実際に病気と闘っている方がおられることも事実。シナリオで病名を出さなくとも仮想病気を設定し、その病気を調べた上で丁寧に書くことが最低限の礼儀と思います。安易に病弱キャラを出しお手軽な感動を演出することは、プレイヤーは勿論、病気と向き合っている方々にも失礼と考えています。それをふまえた上で、今回から3回連続(予定)で病弱シナリオを見ていきたいと思います。
『She'sn』は1998年3月、アクセントより発売されました。なお、私がプレイしたのはSS版、発売日は1988年11月です。内容はオムニバス形式で各季節一話ずつ。しかし、各話に接点はありません。普通こういったオムニバス形式ですと、各話に何らかの接点があると思うのですが。接点のない作品を、私は他に知りません。
ゲーム期間は各話3日間。最初はメインヒロインとのノーマルエンドしか到達できなかったと思います。一度クリアすると、サブヒロイン・メインヒロインのトゥルーエンドにいけるようになります。こういうスタイルは珍しくないのでしょうが、当時の私には初めてのタイプでした。ストーリーは各話違います。その中で病弱シナリオ――冬シナリオについて。
主人公は所謂ホスト。女を食い物にしていて、今はお馬鹿なお嬢様をたらし込んでいる。それとは別に、主人公は一人の病弱の女のコの面倒を見ている。その少女の名前は鈴音。鈴音の姉はかつて主人公がたらし込んだ女で、主人公に結婚を迫り、それを拒否されたため自殺。以来、なし崩しに鈴音の入院費を出している。師走も後半に入って世間が賑わう中、主人公と鈴音はどんなクリスマスを迎えるか? というストーリーです。
ここで気になるのが主人公の性格です。はっきり言って下衆。それが何故鈴音の面倒を見るかですね。同情? 罪悪感? どちらも違うと思います。そういった感情とは無縁の男です。愛情? それも違うでしょう。主人公は姉が自殺するまで鈴音と会ったことはありませんし、そもそもこの主人公は女のことを“性欲を処理するための道具”としか思っていませんから。(シナリオ中に考えを変えますが)
これはおそらく主人公本人にも説明できない感情――気まぐれではないか、と思います。どこまでも自己中心的な性格でありながら、鈴音に対してだけはどこまでも献身的に接する。本人にも理解できていません。
これを「理屈では説明不可能な設定」とバッサリ斬り捨てるか、「気まぐれ」として納得するかはプレイヤーの判断でしょうね。しかし人間の心は面白いもので、
・平然と人を殺せる人間が、捨て子の赤ちゃんを見て涙を流す
・穏和で虫一匹殺せない人間が、平然と(何かの理由で)残虐に人を殺す
こともあり得ます。(多数例ではないでしょうが)
さて、シナリオに移りますが、鈴音の病気そのものは覚えていません。かなり重い病気で、ずっと入院していました。最初から主人公と知り合いですから、“重病のはずなのに平気で出歩けられる”という、ギャルゲー的病気ではありません。また、ゲーム期間も3日間しかありませんし、ギャルゲー的病気にする必要もなかったでしょう。
ストーリーは鈴音がクリスマスプレゼントに「モミの木を見たい」(うろ覚え)と言いだし、渋る病院側を主人公が説得。2人で出かけて、あとで鈴音の病状が悪化する――という展開です。
このときの鈴音の心情ですが、自分の病状(悪化している)については薄々気づいていたようです。視界がぼやける、平衡感覚がなくなってきている、などの自覚症状がありますし。それでも安静せずに主人公と街に出かけるわけですが、それは何故でしょう? 鈴音にとって、“身内”は姉と主人公だけですが、姉はもういません。(主人公は「姉は仕事で遠くにいる」と言ってありますが、鈴音は嘘を見破ってます)
あるいは鈴音は主人公に恋心を抱いていたのかもしれません。意識していないにしても。このあたりの詳しい描写はありませんが、いくつかヒントになるテキストはありますし、詳しい描写をしないことによって主人公の心情描写をより印象づけています。何れにしても、「鈴音は安静にするよりも、主人公と過ごす方を選んだ」事実のみが残っています。
一方主人公の心情ですが、こちらは一言では表現できません。鈴音が倒れたあと、治療室の前で待ちながら寝入ってしまい、夢を見ます。夢の内容は、主人公を取り巻く女達の主人公への台詞(過去に言った台詞)がゴチャゴチャに出てきます。結局朝まで待つものの鈴音の意識が戻らず一旦帰宅、自室で寝入ってしまい今度は夢に鈴音が現れて病院に走り――エンディングとなります。
治療室の前での夢と、自室での鈴音の夢がポイントとなると思いますが、見応えのあるものでした。下衆な主人公が、夢によって今までの自分の生き様に葛藤し(反省ではない)、病院に走ってエンディングへと流れるシーンは見事な演出でした。
結論として、病弱シナリオとしては良い出来だったと思います。ボリューム不足は否めませんが、逆に期間を限定し、主人公の心の流れのみに焦点を当てることによって、説明不足を補うことに成功しています。まぁ、狙ってではなく結果としてそうなった、だけとは思いますが。(他シナリオと比較してみて)
他シナリオについて簡単に補足しますと、プレイする価値はありません。私が病弱シナリオ好きだからというわけではなく、ボリューム不足が仇となって話が断片的にしかなっていないからです。今からプレイすることをお薦めはしませんが、“妹属性”で“病弱シナリオ好き”ならば、押さえておきたい1本ですね。