アダルトゲームの歴史 1998年 その1のレビュー :

アダルトゲームの歴史 1998年 その1 ( アダルトゲーの歴史)

アダルトゲームの歴史を振り返るシリーズの第44弾ということで、
1998年の1回目になります。

未確認ではありますが、
1998年は250本程のアダルトゲームが発売されたそうです。


新作の本数自体は、前年よりもかなり増えた計算になりますね。
98年は何が変わったかというと、まず一番の違いは、ほぼ完全にプラットフォームがWIN95に移行し終えたことが挙げられるでしょう。
97年も後半に入る頃にはほぼWIN用のゲームになっていましたが、前半まではPC-98用の作品も多く、年間を通じてみた場合にはPC-98向けの勢力も無視できない状況にありました。98年にも『ラブエスカレーター』というPC-98最後のアダルトゲームが発売されていますが、それは例外のようなもので、新作はほぼ全てWIN95用で発売されるようになったのです。
また前年まではPC-98版とWIN版の両方を作るケースも多かったですし、旧作のWIN版への移植などもありました。しかし完全にwindowsの時代になることで新作も98版とWIN版の両方を作る手間がなくなりましたし、他方で移植もひと段落ついたということで、そういう部分に割いていた労力が無くなったことが、新作タイトルの大幅増につながった大きな理由と言えるのではないでしょうか。
尚、古い作品のリメイク作品や新作をPC-98版とWIN版の両方同時に発売するケースは理解できるのですが、PC-98用発売後の数ヵ月後にWIN版を発売するケースもあり、個人的には数ヶ月後に発売されるWIN用作品が売れるのかと最初は思ったものでした。おそらく当時のことを何も知らないでこれを読んでいる人も、両方発売すること、及びほんの数ヵ月後にWIN版を発売することに大きな意味を感じられないのではないでしょうか。しかし98版から数ヵ月後のWIN版もかなり売れており、中には先行する98版と同じくらい売れた作品もありました。それだけPC-98を所有しておらず、新規にwindows用のPCを購入して入ってきた人が多かったということなのかもしれません。

さて、97年は『To Heart』によるリーフの台頭もあり、新時代が到来しつつあることを感じさせました。
しかしそれは、あくまでも到来しつつあるというものであり、到来したのではありません。新しい勢力が伸びてきたというだけであり、決して雰囲気やこれまでの流れが全て変わったわけではありませんから。
そもそも97年には最大手のエルフが新作を発売しておらず(それでいながら、移植関連により収益自体はアダルトゲーム業界の歴代でもおそらく最高の数値を残しています)、アリスも96年の反動で意図的に小粒なものを作って小休止しており、その他も移植など異なる分野に力をいれ、いわば誰もいなくなった状態でした。つまり、大手が揃って不在という混沌とした状況だったわけです。
ゼロ年代も半ば頃になってくると、1本の作品を出すのに数年がかりというケースも多くなっています。1年に1本も出さないブランドもありますから、どこが大手かも分かりにくい上に大手があまり競合しない年もあります。
それが当たり前に思うと当時の状況は想像しにくいかもしれませんが、96年までは大手が年に何本も作品を出すのが当たり前の状況だったのです。しかし、それが忽然と消えてしまったのが97年でした。そんな状況だったということは、くれぐれも忘れないでもらいたいわけでして。
ふと思い出したのはサイバーフォーミュラの新条直輝で、今更その例えが通じるか分かりませんが、誰もいなかった年のチャンピオンに一体どれだけの意味があるのか、そんなもの一体誰が認めるというのか。去った者たちが戻ってくれば、すぐに状況は下に戻るに違いない・・・ってなことを言われたのです。
リーフの躍進もそれと同じこと。だから決して時代が変わったのではなく、最大手が本気を出せばまた元に戻るのだと、そう考えられていたのです。案の定、98年には沈黙を破ったエルフが『臭作』を発売し、歴代最高売上を更新して、エルフ作品が1位に返り咲いています。
96年から98年の間に本当に時代が変わったのなら、こういう事態はありえないでしょう。それだけに、やっぱりなと思わされたものでした。

さまざまなタイプの作品やそれらの支持層があって、その中で少しずつノベルの占める割合が以前よりも増え始めたのだけれど、まだ主流とまでは言えないというのが正確なところなのでしょう。
昔、当時の情勢を三国志に例えたものを見ましたが、あれは良くできていましたね。そこでは葉鍵は呉に例えられており、ノベル(水軍)という特殊な範囲でだけ頑張っていると、そういう認識が「2000年に入るくらいまで」は続いていたのです。
またここまで読んでくれた人ならもう分かりきっていると思いますが、ノベルという構造自体はアダルトゲーム業界に古くからあるものです。リーフのビジュアルノベルは画面全体に文字を表示させる点に特徴がありましたが、その形式にしても以前からありますし、また以後もこの形式が主流になる時代は1度たりとてありません。読むことを意識した試みも既にありましたし、ゲームの簡略化の流れも長き年月をかけてずっと続いてきたことなのです。
ゲーム形式面という観点から言えばリーフ作品が新たに作り上げたとか確立したものは何もないわけで、むしろ大きな流れの中にその1コマとしてリーフ作品も含まれていたにすぎません。
もっとも、97年の最後でも書いたように、萌えが普及しアダルトゲームを始めるオタク層が増えることで、ノベルと恋愛ゲームは年々シェアを拡大していきます。2000年頃には話題作のほぼ全てがノベルというような時代が来ますが、97年から2000年にかけての期間は、萌えを伴ったノベルゲームのシェアが徐々に「拡大していった時期」だったことは間違いない事実なのでしょう。

ちょっと一般論っぽくなりましたが、上記のように98年発売の新作は完全にWIN95に移行しました。WIN95になって何が変わったかと言うと、一番分かりやすいのは絵が綺麗になったことが挙げられるでしょう。色数が16色から256色、或いはフルカラーになり、解像度も上がりましたからね。絵の塗り方自体も変わってきますので、これはまるで違うものになったかのようでした。
つまりアダルトゲームの長い歴史の中でも、絵がプレイヤーに与えるインパクトが最も大きかった時期でもあり、絵が綺麗になることでより一層可愛いキャラが生まれ、購入における絵の占める割合が増えることで原画家の地位がどんどん上がっていったわけです。このような傾向は前年には既に生じてきていたのですが、98年はほぼ全ての新作がWIN用になることで、よりその傾向が鮮明に映し出されていったのです。
98年の作品で言えば、『With You ~みつめていたい~』の橋本タカシさんや、『キャッスルファンタジア』の山本和枝さん、『Re・Leaf(レリーフ)』のCARNELIANさんなどがこの年の代表例と言えるでしょうか。特に『With You ~みつめていたい~』の主人公の妹である伊藤乃絵美は、攻略対象でもないサブキャラであるにもかかわらず、長い間絶大な人気を有しており、非常に印象的な存在でした。

こうした原画家の地位の向上というのは、絵とストーリーの関係も絡んでいるのでしょう。PC-98までの作品は、もちろんCG集の系統は絵を見ることが目的となりますが、それ以外はストーリーに応じて絵を用いていました。それこそ93年以前には、作品内で1枚絵を見せるという発想のないゲームすらありましたし、絵を見せるためのシナリオではなく、ストーリーに応じてキャラを動かし絵を用いていたのです。
またこれはエルフの旧作が分かりやすいのですが、作品内のキャラや背景などが細かく動いていたわけで、当時はそれを楽しむ人たちも多かったのです。windowsの時代に入ると、一方で確かにイベントCGという1枚の絵は綺麗になったのですが、逆にエルフ的な細かな立ち絵や背景の動きみたいなものは減ってしまいます。98末期には増えていた目パチ口パクも減っていきますしね。(目パチ口パクは労力がかかるわりに新鮮さがなくなったことで効果が弱まり、見返りが少ないために用いられなくなったことも挙げられます。)
最近はまた立ち絵の数を増やしたりカットインを入れて動きを増やす作品が増えましたが、それらは90年代半ばまでにはあって、90年代後半になくなり、そして近年また復活してきたものなんですね。
だからwindows時代に入ってからの90年代後半というのは、画面内の動きという面では一番寂しい時期でもあったのです(そういう意味では、この年一番動きが良かったゲームが、PC-98最後の作品である『ラブ・エスカレーター』であることも皮肉に思えてきます。逆から考えるならば、まだwindowsでプログラム的に難しい事をやるのに慣れていない時期でもあったのでしょうね。だから必然的に、windows化に伴ってゲームが簡略化されてしまうと)。

そうして画面内の動きを犠牲にしつつも、その分だけイベントCGにおける1枚絵の質にはこだわるようになりました。この姿勢は流行していた恋愛というジャンルの方向性と相まってシナリオにも影響します。
平坦な日常を動きの乏しい立ち絵ですましそこはあくまでも次の場面へのつなぎであり、要所要所のイベントシーンで1枚絵を駆使しながら盛り上げる。
イベントCGが過ぎたらまた次のイベントCGを目指すという感じで、ひと山越えたら次の山を目指すという例えも用いられたりもしましたが、このような絵の用い方がストーリーの構造にも大きく影響してしまうのです。
これは良く言えばメリハリが生じるとなるのでしょうが、悪く言えば1枚絵にこだわらなければもっと自由なストーリーの組み立てができるだけに、1枚絵にこだわる姿勢はそれだけでストーリーの多様性を損なってしまうことになるのです。
後のアージュなどはそういう部分に危機感を募らせ、それでゼロ年代入った頃から通常部分の演出の強化を図っていったのでしょうが、アージュの挑戦はまだ大分先の話なわけで、この当時は業界全体が1枚絵にこだわる方向に向いていったということですね。
そして1枚絵を盛り上げるためにイベントが従的に存在することから、ライターよりも絵師の方が立場が大きくなっていったわけです。

90年代後半はシナリオ重視の時代に変化していったと一言で安易に済ませる見解もありますが、それなら何故多くのライターの名前が残らず、ライターの名前よりも原画家の名前の方が多く残りやすかったのか、その辺は一度きちんと考えるべきなのでしょう。
一見するとゲーム性が減ったことで読む量が増え、ストーリー・シナリオの比重が高まったようにも見えるのですが、他方で一枚絵重視によりイベント偏重の絵に従属したシナリオ構造に偏ってしまったこと、及び恋愛ゲームの隆盛によりキャラにストーリーが従属してしまったこと、更に萌えはメインストーリーからは無駄とも思える日常描写の積み重ねにより生まれやすいことからシナリオと萌えは必ずしも相性の良いものではないことにより、実はストーリー・シナリオが作品の構造的には最も軽視された時期に入ってしまったという皮肉な結果をも招いてしまいました。
2000年の『AIR』の時代にはストーリー・シナリオ重視の時代になったと言えるのでしょうが、少なくともそれまでのこの時期に関しては、構造の面でもユーザーの関心の観点からも、キャラ・グラフィック重視の時代であるとは言えるのではないでしょうか。

因みに、WIN95により色数は大幅に増やすことができたのですが、色数が増えるとPCのスペックも高いものが要求されます。ユーザーの平均的なスペックを考慮してか、99年頃までは256色表示が標準的でした。
もっともシーズウェアのように高スペックを要求しつつもhigh color(16 ビット)や音声を用いた作品(『Re・Leaf(レリーフ)』『luv wave』『DIVI-DEAD』)もあり、大きな特徴にもなっていました。

以上のような流れが97年からあって、それはそれで98年にも色濃く残っている、つまり一枚絵至上主義・キャラ最重視のような理念が市場を支配していたのが98年だったのですが、他方で絵やキャラだけを重視する路線に変化の兆候が生じたのもまた98年でした。それがシナリオ重視の路線なわけですね。

ちょっと前提の話にスペースを取ってしまいましたが、続きは次回に。


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