遠隔操作ウイルス事件で、警視庁などの合同捜査本部は誤認逮捕による初動捜査の遅れが致命的となり、真犯人の「サイバー空間」での痕跡をつかみ損ねた。今回使われたような遠隔操作ウイルスや匿名化ソフトは今後も悪用される危険性が強く、警察当局はサイバー犯罪に対抗する捜査力の向上という“重い課題”を突きつけられた。
警視庁、大阪府警、神奈川、三重両県警はそれぞれ昨年１２月の捜査の検証結果で示した通り、当初、遠隔操作ウイルスに感染していたことを見抜けず、男性４人を誤認逮捕した。ネット上の住所にあたる「ＩＰアドレス」を過大評価していた点も共通し、警察当局に、サイバー犯罪に対する知識が決定的に欠けていた事実が浮き彫りとなった。
真犯人は遠隔操作する際、匿名化ソフト「Ｔｏｒ（トーア）」を使い、海外サーバーを経由させることで痕跡を消し去った。合同捜査本部は欧米の複数のサーバーが使われていることまでは突き止め、同年１１月には捜査員を米国に派遣し捜査協力を求めたが、結果には結びついていない。
真犯人が自身のＰＣで殺害・襲撃の対象とした幼稚園や小学校などのホームページ（ＨＰ）を事前に閲覧した可能性もあるとみて、２２カ所のＨＰの通信記録の解析も進めた。ただ、誤認逮捕による初動捜査の遅れで、解析作業の開始も遅れ、９０億件もの膨大なデータに埋もれてしまった。
真犯人が犯したとみられるいくつかのミスも、初動捜査の遅れが致命的となって生かし切れなかった。同年８月２８日にトーアを使わずにネット掲示板「２ちゃんねる」に書き込みをした形跡が見つかり、２ちゃんねるの通信記録などを押収したが、記録は見つかっていないという。
警視庁幹部は「通信記録の保存を義務づける法整備が必要だ」と訴える。
真犯人が同年１１月に送った虚偽の自殺予告メールでは、添付された写真の撮影場所に捜査員を派遣したが、撮影場所のデータが書き換えられていたことが発覚。今年１月１日のメールでも、記録媒体を埋めたとする添付写真の通りに山の頂上を捜索したが、空振りに終わった。捜査関係者は「真犯人に振り回されたということだ」と唇をかむ。
事件を受け、警視庁は昨年１０月、民間のネットセキュリティー会社と協議会を設置し、サイバー犯罪の捜査に専門家の英知を結集する試みを始めた。
ただ、捜査情報をどの程度、民間側に伝えるかなど課題も多い。警視庁幹部は「今回の事件に限らず、あらゆる犯罪でインターネットが使われる時代。しかも、犯行の手口は日々進化している。専門の捜査員だけではなく、警察組織全体での底上げが必要だ」としている。