劇画=旭丘光志/手記=草河達夫・著/ほるぷ出版/
ほるぷ平和漫画シリーズ/1983年7月1日初版発行
中沢啓治・著/汐文社/A4判・4色刷絵本/
1980年8月1日初版発行(現行商品)
夢の話です。
友人と二人、仕事帰りの家路の途中、突然僕らの目の前を、迷彩塗装を施した戦車が通過してゆきました。<??・・・一般道路を戦車が走る!?>、と混乱する頭で状況を把握しようとする間にも、戦車の台数は増えてゆき、訳が分からないままにも、<なにか・・・ヤバイ!!>とだけ察知した僕等は路地裏に逃げ込みました。そこへ鳴り響く号砲。戦車から砲弾が発射され、粉塵を撒き散らしながら崩れる壁から必死で身をかばう僕等。瓦礫に埋もれながらもなんとか事なきを得たものの、気がつくと其処には外国人部隊の一師団が銃口をこちらに向け、一様に凍りつくような微笑を浮かべています。<・・・殺される!!>、そう思うのが早いか、友人が凶弾に倒れました。目の前でそれが当然かの如く、なんの躊躇も無く、一方的に打ち込まれた弾丸。<なんとかしなければ俺も、殺られる!!>という考えだけが頭の中でぐるぐる回っているだけで、足はすくみ口を開く事さえ出来ません。多少なりとも腕に自信がなくも無いはずの僕が、絶対的な戦力の差とそれに伴う殺意の前には無力であり、絶望感に支配されてゆくだけでした。そんな様子を見てあざけりの笑い声をあげながら、ゆっくりと銃の先についた刀剣を抜いた奴ら。<嘘だろ!?俺、殺されなきゃならねえ事なんて、なにもしてねぇじゃん!!>と声にならない叫びをあげようとした瞬間、一人の兵士の刀剣が鳩尾に打ち込まれました。ひんやりとした金属の感触に<あっ・・・冷たい・・・>とだけ思うと、あとは次々に突き立てられる刀剣に苦痛を感じるでもなく、意識が遠のいてゆくだけでした。
そこで目が覚めました。しばらくはその余りのリアルさに夢と理解出来なかったほどで、しばらくは胸の鼓動の激しさが治まらなかったにも関わらず、思わず苦笑いしてしまいました。そんな夢を見てしまった原因がすぐ分かったからです。就寝前に読んでいた『絵本 はだしのゲン』。そのインパクトの強さに少なからずショックを受けていたためでしょう。
『はだしのゲン』については、今さらここで説明する必要もないと思います。戦争、そして原爆の引き起こした悲劇について、実際にそれを経験してきた作者が放つヒューマンドラマで、もう40年もの間に渡って読み続けられている名作です。ただ僕個人においては、この作品についての感想は、ちょっと違ったものにならざるを得ません。
小学校低学年の頃だったと記憶していますが、学校の図書室に置いてあった『ゲン』を、<マンガが読める!>という軽い気持ちで読み始めた僕は、まさにトラウマになる程の衝撃を受けました。原爆の炎に焼かれ、全身の皮膚が垂れ下がりながらも、生を掴もうとしているかの如く腕を前に差し出し行進する様は、感受性が強かった幼き日の僕には刺激が強すぎました。以前、何かの本で、「自分が見てきた事を細かに描くと刺激が強すぎるため、被爆者の方々をあまりリアルには描写しなかった」という趣旨の作者インタビューを読んだのですが、逆に刺激を抑えるために描かれた人たちに、僕には耐えられない程の恐怖と嫌悪感を覚えたのです。人間がこんなどろどろになって、それでも生きている、という事に。
以来、僕は大人になるまで『はだしのゲン』はもとより、戦争物全般を読みませんでした。“戦争が生み出す悲惨さ”を考えるよりも、その恐怖感のみが優ってしまい、それらから目をそらしていたのです。
今回、この『絵本 はだしのゲン』を読んでみて、その思いが少し蘇りました。対象年齢が4歳〜小学校低学年向きという事で絵本という体裁をとっているため、そこにはフルカラーで描かれた惨状がありました。僕が幼少時に読んだモノクロのマンガ版より数倍の衝撃度です。確かにその凄まじさは、戦争は恐い!という思いを幼い心に植え付けもするでしょう。しかし、僕のようにそのメッセージ性以前にただただ恐怖だけを感じてしまい、拒絶反応を起こしてしまう子供たちも少なからずいるのではないでしょうか。そうなってしまっては逆効果となってしまう可能性もあります。もう少し、そのメッセージを受け取り、戦争について考える事が出来るようになってから読んでこそ、この『はだしのゲン』という作品の衝撃は活かされると思うのです。もしもこの文章を読んで不快に感じた方がいらしたなら申し訳なく思いますが、それが僕からの、一つの提言です。
『はだしのゲン』ほどの知名度はありませんが、同じく広島の悲劇を描いた作品に劇画『ある惑星の悲劇があります。作者は貸本マンガ時代から社会派マンガを描き続けていた旭丘光志(現在はルポライター)。氏がこの作品を描くきっかけとなったのは、古本屋で出会った一冊の小冊子、それが手記『ある惑星の悲劇』でした。それは著者名さえも記載されていない簡素な作りの自費出版物でしたが、その中身は、社会問題を好んで題材とし、読者に問題提起をし続けていた旭丘氏にとって、『読んだ後、一週間も仕事が手につかなくなる』程衝撃的なものだったといいます。
それは、昭和20年8月6日の広島、原爆爆心地にいた作者による記憶と、その悲痛な思いをしたためた短歌から成り立つ、真実の記録でした。
<これを劇画化して少年たちに戦争の悲惨さを、世界ではじめて原爆のいけにえになった広島の人々の姿をつたえなくてはならない>という使命感を感じた旭丘氏は、大学生〜中学生を主な読者層に持つ少年マガジン編集部へ出向き、小冊子の作者の消息を追う事を依頼、早速劇画化に取り組んだという事です。
この作品は原爆の悲劇を描いたという点では『はだしのゲン』とほぼ同様であり、その内容も似通ったものながら、要所要所で挿入される原作者である草河氏の短歌が特徴的です。
「ピカドンと 人は言えども ドン聞かず 家屋崩るる轟音に消ゆ」
「皮膚は剥げ 手を前にさげ ひょろひょろと 歩む姿は幽霊の如し」
など、失礼な言い方になりますが、その短歌に精通しない素人くささが、かえって生々しい迫力を感じさせずにはいられません。
また劇画担当の旭丘氏が被爆者ではない事も、この場合には原爆の残酷性を描き出すのには好都合だったと言えます。先ほど『はだしのゲン』の項で、作者の中沢氏が<自分が見てきた事を細かに描くと刺激が強すぎる>と、その表現に意識的にストップをかけるのに対して、いくら取材をしても、結局は想像するしか出来ない旭丘氏は、その憤りや情熱ゆえ、ストレートに悲惨さを前面に押し出す描写が出来たのです。例えば、顔面が焼けただれ、その余りの形相ゆえ自らの子供にさえ恐れられ、拒絶される母親。例えば、全身火達磨になり、その苦痛から逃れるため防火水に中に飛び込んだものの、そのまま仁王立ちで真っ黒コゲになった少女。そして、<せめても>と綿に含んだ水をその少女の遺体の口に持っていってやる母親・・・。この物語は8月6日以後数日を描いた短編であるため『はだしのゲン』の様な人間的成長を描くヒューマンドラマ性は無く、その“現実にあった地獄絵図”に焦点を絞る事で、作者である旭丘氏の目論見通り、若者達の胸を締め付けるような衝撃作となったのでした。
先日、古本屋でマンガを立ち読みしている高校生がいました。立ち読みをしている学生というと、くだらないギャクマンガを読んでニヤニヤし、あまつさえ平気で笑い声をあげたり、ろくでもない萌えマンガを読んでぶつぶつ独り言をいっている輩も多く、不快甚だしいイメージが強いのですが、彼は真剣な眼差しで立ち読みしていたため、ふと気になって、読んでいる本の表紙を覗き込んでみると、それは『はだしのゲン』でした。
きっと、彼にとって胸を打つものがあったのでしょう。多少なりとも世の中や自分を理解し始め、多感かつ幅広く物事を受け入れる事が出来る年代の彼らにこそ、これらの作品を読んでもらいたいと思います。そして何かを感じ、考えて欲しい。そう切に願うばかりです。
2008/10/30作成