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  淫魔の実 作者:樹氷霧氷
第23回 追跡

     23

 源蔵が家に帰ったのは午後3時を過ぎたところであった。
 市民病院で知人に会い、そのまま一緒に昼飯を食べたせいで、思いのほか帰宅時間が遅くなってしまったのである。
 いつもは出迎えに姿を見せるはずの真由那なのだが、今日はそれがなかった。
 源蔵は車を降りた。
 家が静まり返っている。
 板の間や庭に面した和室が開け放たれたままになっていた。そこに人の気配はない。
 家の裏側にある畑の方に行ってみた。だが、真由那どころか駿平の姿も見えなかった。
 表側に戻って、和室から家の中に入ろうとした。
 源蔵は足を止めた。
 畳の上の靴跡を認めたからだ。瞬時に、良からぬことが2人の身に起きたのだと悟った。
 源蔵は靴跡をじっと観察した。
 靴跡は3種類。そのうちの一つは、大きさと形状から女物とみた。
 家の中を見て回った。源蔵が出かけたときと同じで、整然としている。お金や貴重品などが奪われた形跡はない。
 無意識に、板の間においてあるかめのところに走った。蓋をあけると、オシラポスの実が10数個残っている。今朝の箱詰めのあとに残った数と変わっていないようだった。
 賊の目的がわからなかった。
 真由那と駿平の2人が目的だったのだろうか。
 ふと、縁側に視線を向けた。
 源蔵が栽培していた鉢植えが一つ、なくなっていた。トイレが近くなった年寄りに効くという薬効のある樹である。そんな樹が一緒に姿を消している。
(なるほど――)
 真由那が機転を利かせたのだろう。
 源蔵はそう推察した。

     ☆

 翌日、源蔵の体は板戸教授宅にあった。
 何者かがオシラポスの樹を探している。
 真由那からのメッセージを源蔵はそう読み取っていた。
 オシラポスの樹のことが日吉村の人間から漏れたとは考えにくい。あるとすれば、唯一、外部の人間である板戸教授サイドから――としか考えられなかったのである。
 現に、近所に住むクメばあさんのところの孫娘が、県外ナンバーの車が山浦家の敷地を出入りしたのを目撃している。2人の失踪に村外の人間が関わっているのは確かなようだった。
 手がかりを求めて板戸教授を訪ねたのは午前9時前であった。
「あまりお構いもできませんで申し訳ありません。娘が体調を崩して寝こんでおりまして――」
 お茶を出すと、板戸の妻直美はそそくさと2階に上がっていってしまった。
 直美の表情が暗かった。
 目の前に座る板戸も俯き加減で、重苦しい表情をしていた。
(何かあったな)
 源蔵は直感した。
「孫が2人、何者かに連れ去られたのじゃ」
「えっ」
 板戸が顔をあげた。
「オシラポスと関係があるようなのじゃが、お心当たりはござらぬか?」
 源蔵は板戸の目を凝視した。
 板戸はソファーから降りると、土下座した。
「……申し訳ありませんでした。論文が外部に漏れないように厳重に管理していたのですが、電子化した際に、誤ってネット上に流出してしまったようです」
「板戸さん、顔をあげてくだされ。あなたを責めに来たのではない。何か手掛かりを得られればと思うたまでのこと。それに、われわれの秘密にあなたを巻きこんでしまったことを申し訳ないとおもっておる」
 源蔵もソファーから降りて、床に両膝をついた。
「巻きこまれたなど、とんでもない。あのとき源蔵さんにお会いすることができたから、私たち夫婦は樹里菜を授かることができたのです」
「今回のことで、娘さんたちに深い傷を負わせてしまったようじゃな」
 源蔵は2階に目を向けた。
「私も直美も、あのときのことを後悔しておりません。たとえそれが原因で災厄に遭ったとしても、源蔵さんを恨むようなことはありません」
「ふむ……」
「私と直美は教職員と教え子の関係でありながら、恋愛関係になりました。当時、直美は大学を卒業したら結婚したいと言ってくれていました。でも、私は種無しの体だったので、結婚には踏み切れませんでした。それを、オシラポスの実が救ってくれました」
「そうじゃったな。オシラポスの実は、子宝の実とも言い伝えられておった。マゾヒズム症候群の遺伝子を持っていない種無しの男に子を授ける不思議な力があった。わしの父親もそうじゃった。よその村から婿養子で入ったのじゃが、なかなか子ができんでな。種がないに違いないと、オシラポスの実を食べさせられたそうじゃ。それで生まれたのが、このわしじゃ。ふふふ」
 源蔵につられて、板戸も表情を崩した。
「私もオシラポスの実を頂いたおかげで、樹里菜を授かることができました。直美も感謝しています」
「じゃがな……オシラポスの実で生まれた子――特におなごは、お腹にオシラポスを抱えているようなものじゃ。男を魅了する性器を持ち、それゆえに男を狂わせる。ひとたび欲望の火が灯れば、己自身も抗しがたいその火に身を焦されることにもなる。その命を宿した母とて同じじゃ。男を求める狂おしい欲望に呑みこまれることになる」
「ですから、直美とはあまり交わらないようにしてきました。それが、直美を苦しめていたようですが……」
「さようか。問題は樹里菜ちゃんじゃな。性の入り口に立ったばかりの若い娘じゃ。気をつけてやらなければなるまい」
 直美と樹里菜が押し入ってきた者どもに何をされたのか、聞くまでもなく想像できた。おぞましいことだと胸が痛くなった。
 それゆえに、連れ去られた真由那のことが心配であった。

「さて、板戸殿。連中の手掛かりについてじゃが――」
「女がこれを残していきました」
 板戸が棚から名刺を取ってきた。
「媚薬開発研究所……か」
「生殖医療に使うつもりなんでしょうか」
「いいや、目的は媚薬じゃ。マゾヒズム症候群の遺伝子を持っていない普通の男が食すと、大量射精が起きるのじゃ。どうやら、連中は何処かでその事実をつかんだらしいのう」
「大量射精?」
「これは、あくまでもわしの想像じゃが……普通の男が食した場合、細胞分裂のようなものが発生して生殖器の働きが活発になるのじゃろう。それが、種無しの男の精子を作り出し、なおかつ大量射精を引き起こしているではないかとおもうのじゃ。そなたも体験したのではないのか? 直美さんを妊娠させるときに」
「さあ。直美の中に出していましたから、それが大量だったのかなど、わかりません」
 板戸は恥ずかしそうに答えた。
「さようか。ほほほ」
 源蔵は笑った。

     ☆

 板戸家を辞した源蔵は、改めて名刺に書かれている住所を見た。
(セックス特区か)
 源蔵の脳裏にある男が浮かんだ。
(奴に骨を折ってもらうか)
 ケータイを取り出して、目的の番号にかけた。
 相手はすぐに出た。
「わしじゃ」
「ああ、わかっている。何だよ、そっちから電話してくるなんて」
「お前さんに大至急調べて欲しいことがあるんじゃ」
「おれだって忙しいんだぜ」
「四の五の言わずに、媚薬開発研究所について調べて欲しいのじゃ」
「何でおれが?」
「セックス特区にあるからじゃよ」
「ちょっと待ってくれよ。セックス特区はセックス特区でも、その研究所は性科学研究ゾーンにあるんじゃないのか?」
 そう指摘されて、源蔵は名刺に目を落とした。
「そのようじゃ」
「畑違いだぜ、じいさん。こっちは歓楽街にあるソープ店で働いているんだからさ」
「目と鼻の先じゃないか。とにかく、明日そっちに行く。それまでに調べておいてくれ」
「じいさんがセックス特区に? ははは――。60過ぎて、色気づいたんじゃないだろうな」
「そんなんじゃないわい!」
「そう、ムキになるなよ。ははは」
「とにかく、調べてくれ。どういう施設なのか。関連施設はどこにあるかなど、できるだけ多くの情報が欲しい」
「何だってそんなことを知りたいんだ?」
「今はゆっくり話している暇はない」
「つれないなぁ……」
「とにかく頼む」
「それなら、オシラポスの実を持ってきてくれないか」
「先週、30粒送ったばかりではないか」
「こっちは店の用心棒みたいなこともやっているんだ。殴られることもあって、マゾヒズム症候群を発症する危険がある。予防のために食っているから、オシラポスの実がいくつあっても足りないんだよ」
「あいにく、オシラポスの実を発送したばかりでな。ほとんど残っていない」
「ちぇっ。――まあ、いいや。あるだけ持ってきてくれよ」
「わかった。何とか都合をつける」
「悪いな、じいさん」
 電話は向こうから切れた。

   つづく
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