海外展開の視点

実務経験のある国際化支援アドバイザーの視点で、中小企業の海外展開に必要とされる実務情報を掲載しています。

ビジネス環境No.1、シンガポール進出に際してのポイント

国際化支援/海外販路開拓支援アドバイザー 三浦 港治

シンガポールミニ

 日本の中小企業が東南アジアの進出を加速する中、ASEANの主要国であるシンガポールへの注目度も以前より増しています。2010年度のGDP成長率が建国以来最高の14.5%を記録(2ケタ成長は1994年の10.6%以来)、国際金融公社と世界銀行が毎年発表する「ビジネス環境の現状」(ビジネス環境ランキング)でも5年連続で総合1位となり、日本からの直接投資も増えています。今回はASEANの雄、シンガポールの投資環境と、中小企業が進出する際の留意点を解説します。 

シンガポールの概略と日本企業の進出状況

シンガポール

 1965年にマレーシアから独立して建国されたシンガポールは、東京23区とほぼ同じ面積の国土に、500万人余りの人口を擁する多民族国家です(表1)。政治が経済に密接に関連する同国は、建国以来一貫して人民行動党(PAP)が与党として政権を維持し、政府主導による経済政策を推進してきました。初代首相のリー・クアンユー氏の強力なリーダーシップの下、今日の繁栄の礎を築いた後、1990年にはゴー・チョクトン氏が首相を引き継ぎ、さらに2004年にはリー・クアンユー氏の長男リー・シェンロン氏が首相に就任しています。

  表1.シンガポールの基礎データ

人口
(2010年)
約508万人(2010年)
《内訳》
国民・永住者:約377万人(74%)
外国人:約131万人(26%)
面積 約710平方キロメートル
(東京23区とほほ同じ)
民族 中華系74.1%、マレー系13.4%、
インド系9.2%、その他3.3%
言語
(公用語)
英語、中国語(マンダリン)、マレー語、タミル語
宗教 仏教、イスラム教、ヒンズー教、キリスト教他

  出所:JETROシンガポールホームページより作成

 

 シンガポールは、その地理的特性により自由貿易港として繁栄してきました。そして現在は東南アジアのビジネスセンターとして、金融、貿易、国際会議、国際展示会を中心に発展し、ASEANの中核国としての存在感をますます強めています。上の写真は、2010年の驚異的な経済成長率を引っ張ったといわれるカジノを中心とする総合リゾート施設です。

 

 日本からの直接投資も増えており(下図)、2011年9月15日現在、シンガポール日本商工会議所の会員会社数は725社です。少ない印象を受けるかもしれませんが、会員以外の企業も多く、実際の日系企業数は1500〜2000社程度といわれています。上述の会員企業の業種別内訳は、製造370社、建設46社、金融・保険48社、貿易60社、運輸通信59社、観光・流通・サービス142社で、製造業が最多ですが、近年は製造業以外の業種(貿易、小売り、流通、飲食)の中小企業の進出が目立っています。

 

日本からの対シンガポール直接投資額の推移

新規進出企業への税的優遇措置

 進出先を決定する際に、優遇措置を重要なポイントとする企業も多いと思いますが、近年シンガポールで施行された優遇措置は、金融や情報通信など、高付加価値産業を対象とするものがほとんどです。極めて現実的で実務的な考えをもって政策を実行するシンガポール政府としては、製薬などの高付加価値製品を除き、製造業の進出は実質的にあまり歓迎していないようです。一方で、金融、貿易、知的財産、バイオテクノロジー、メディカルなどの分野の企業については、インフラ整備を進めて進出を歓迎する姿勢を明確にしています。

 最近、一般的によく話題にあがる優遇税制として、地域統括会社に関するものがあります。地域統括会社とは、他国にある子会社や関連会社、支店、兄弟会社などに対して経営管理などの統括業務を主に行う会社を指します。優遇税制はその子会社などからの収益に対して適用されますが、これは明らかに大企業を対象にしたもので、中小企業への優遇適用はあまり現実的ではありません。もっとも、あくまで「社内的に」という意味でシンガポールの現地法人に地域統括機能を持たせるという考え方もあり、有効な手段であると言えるでしょう。

 中小企業にとってメリットが大きいと考える優遇税制としては、以下のものがあります。

 

1.新会社向け免税制度
 シンガポールに新たに設立された会社は「一定要件」の下に、設立から3賦課年度にわたり、法人課税所得のうち、最初の10万シンガポールドル(以下、Sドル)の全額、次の20万Sドルの50%が免税所得扱いになります。
 なお、ここで言う「一定要件」とは次の3点です。
 

  (1)シンガポールで設立された会社であること
  (2)会社が税務上の居住者であること(現地法人は税務上の居住者、支店は税務上の非居住者となります)
  (3)株主が20名以下であり、法人株主ではなく、すべて個人株主であること。

 

2.部分免税制度
 この制度は、シンガポール国内のすべての会社、外国会社の支店に適用されます。具体的には、算定された法人課税所得のうち、最初の1万Sドルについては75%、次の29万Sドルについては50%の免税となります。たとえば課税所得が30万Sドルであれば、実効税率は約8.36%となります。

 

 これらは、特に初年度から利益が見込める中小企業にとっては、17%という低い法人税率に加えて大きなメリットとなります。このほかにも、シンガポールには研究開発を促進するための助成金制度や投融資制度などの各種優遇策もあります。これらは経済開発促進局(EDB)をはじめとする政府機関が所管していますので、進出を検討する際には自社に適用可能な制度がないか調べてみるとよいでしょう。

 

シンガポール進出のメリット、デメリット、留意点

 上述の優遇税制のほかにも、シンガポールへの進出メリットとしては以下のものがあります。

  1. 政治が安定しており、政府が効率的かつクリーン(汚職などがない)
  2. 安定的かつ信用できるビジネスインフラ
    (法制度、港湾、空港、通信、交通網が整っている)
  3. 公用語の中でも英語が重視され、ビジネス言語となっている
    (国民の英語のレベルが高く、日本人も仕事が進めやすい)
  4. 法人税率が17%と低く、キャピタルゲインが非課税である
  5. 親日家が多く、日本・日本人に対して好意的でビジネスがやりやすい
  6. 労使関係が安定している
  7. 会社設立が容易で、100%独資(個人株主・会社株主)が認められている
     

 一方で、以下のようなデメリットとなる点もあります。

  1. ほかのASEAN諸国と比べて、全般的に物価がかなり高い
    ――人件費、家賃(オフィス、駐在員の住居)、自動車の維持費(購入やレンタル費用、電子式道路課金<ERP>システムへの対応費用、駐車料金)、医療費など
  2. 日本からの駐在予定者の就労ビザ取得と更新の基準が厳しくなりはじめた
    ――多くの進出予定中小企業にとって、駐在予定日本人スタッフの就労ビザ取得は重要
 

シンガポール2

 2011年5月の総選挙で、政権与党PAPの得票率が60.1%と過去最低に陥りましたが、これは、ここ数年の物価や不動産価格の上昇などと相まって、政府の移民政策があまりに寛大で国民に不利益をもたらしているとの国民の不満が反映された結果と言えます。この結果を受け、リー首相は同年8月の施政方針演説で、「シンガポール国民を第一に考える」とし、「外国人労働者については専門職や技術職を対象に就労ビザの発給条件を見直すとともに、給与の下限を再度引き上げて審査を厳しくする」と表明。教育・資格基準のさらなる厳格化も加えられたことから、新規定が適用される2012年1月以降は、基本的に四年制大学卒でないとビザ取得が難しくなることが懸念されています。今後、シンガポール進出を検討するにあたっては、駐在予定者の就労ビザ取得基準に十分注意する必要があります。

 

 こうした若干のデメリットはあるものの、グローバル企業が戦略拠点として統括会社を置いていることや、税制上のメリット、完備されたビジネスインフラを鑑みると、シンガポールに進出する企業は今後もさらに増えると思われます。実際、日本の有名外食チェーンや有力カジュアル衣料チェーン店は、ASEAN諸国への進出に際して、まずはシンガポールで開業してそれなりの知名度を得てから、マレーシアやタイなどへ進出するというケースも見られます。中小企業が東南アジアの拠点としてシンガポールにオフィスを構える場合は、グローバル企業同様、同国からどのように近隣諸国へ展開を図っていくのかという戦略を事前にしっかり立てておくべきでしょう。

国際化支援アドバイザー

国際化支援/海外販路開拓支援アドバイザー三浦 港治

三浦 港治(みうら こうじ

1972年大学卒業後、日本企業に入社し、20代でシンガポール駐在を経験。その後、転職した会社での米国勤務を経て、1986年に妻の母国であるシンガポールへの永住を決意し、同国の国際監査法人にコンサルタントとして勤務。1989年よりビジネスコンサルテイング会社代表として、シンガポールに進出する日系中小企業の進出および進出後の業務支援を行う。

(2011年11月 掲載)

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